燃え尽きる程に熱い夏。
結局その後は、五人が絡まり合うようにお互いをもみくちゃにしあいながら。
敷き詰められた布団の上、メルツェデスを押し倒したままくっつき合い、おしゃべりを続けた。
他愛もない話題ばかりだったが、夜だからか、こうしてくっついているからか、それだけなのに何故か楽しくて。
そんなささやかで、でも大事な時間はあっという間に過ぎていく。
「……あらあら、皆もう大分おねむね」
既に寝入っている者もいるなか、小さな声でメルツェデスが呟く。
夏といえど涼しい山の夜、こうしてくっついていれば、その温もりは何物にも代えがたい安らぐもの。
であれば、眠りに誘われるのも自然なことで。
「まだ、寝てない、わよ……」
眠りの淵に足をかなり入れてしまった状態のフランツィスカが何とか声を出すも、他の三人は完全に眠ってしまっていた。
そして、フランツィスカももう、あと少しでというところ。
「フランももう寝ちゃいなさいな、明日から早いのだから」
「んぅ……や、だぁ……」
普段の姿はどこへやら、甘えたように言いながらメルツェデスの腕に縋る姿は幼子のようで。
そんなフランツィスカもまた可愛いと思ってしまうのは、仕方の無いことだろう。
「そんなこと言わないの、明日も一緒だから、ね?」
「それ、ならぁ……」
宥めるようにメルツェデスが言えば、こてん、とフランツィスカは力を抜き、布団へと沈む。
ちなみに、一緒とは言ったが一緒に寝るとは言っていない。
わざとこんな言い回しをしたメルツェデスは、自分に自分で呆れたりもする。
「ええ、だから、おやすみなさい、フラン」
「ん、おやすみ、メル……」
そんな狡い自分を突き通して、フランツィスカを眠りへと誘うと、ふぅ、と小さく息を吐き出してからメルツェデス自身も身体の力を抜く。
何しろ、明日から本格的に訓練が始まる。
その過酷さは嫌という程知っているだけに、まずは寝て体力を温存してもらわないと、という考えがあった。
時刻は、日付が変わるか変わらないかぐらい。これであれば、きっと明日には響かないだろう。
「ちゃんと、最後までやりきって欲しいもの」
小さく小さく、そう呟く。
10才の頃から付き合いのあるフランツィスカは、メルツェデスから見て完璧な令嬢と言って良い存在だった。
清く正しく、公明正大。文武両道、才色兼備。
およそ褒め称える四文字熟語の大概が当てはまる彼女は、それゆえか、我が儘の一つも言ったことがない。少なくとも、メルツェデスは見たことがなかった。
それが、今回こうして若干無理をしてでもキャンプに来たいと言ってきた。
もちろんメルツェデスは驚いたが、同時に嬉しくもあった。
フランツィスカが、自分のしたいことを優先してきたのだから。
であれば、それに対して全力で応えるべきなのだろう。
色々な意味で。
「明日からが楽しみね。……プレヴァルゴ流のおもてなしをしてあげないと」
……きっと、フランツィスカは寝てしまったことが、幸いだった。
メルツェデスが浮かべた笑みも、その纏う気配も知らずにいられたのだから。
まあ、翌日になればわかってしまうので、大した意味はないのだが。
そして、翌朝。
「も、だめ……」
ぱたり、ヘルミーナが地面に突っ伏した。
ちなみに、今はまだ正午よりかなり前である。
「救護員、ピスケシオス様を日陰へ! 後の者は続けろ!」
「はいっ!」
ガイウスの指示でテキパキと救護員が動き、それ以外の者はまた訓練に戻る。
いや、まだ慣れていないエレーナやクララは、心配そうにヘルミーナの方を何度も振り返っているが。
良くも悪くも慣れているメルツェデスは自分のペースを守っているし、フランツィスカも何かを振り切るような顔で、訓練へと戻った。
今はまだ、午前の訓練の、さらに前半でしかない。
だというのに、ヘルミーナは脱落した。いや。
「はい、ピスケシオス様、吸ってー、吐いてー、このポーション飲んでくださいね~」
「大丈夫です、すぐ動けるようになります。できるできる! 大丈夫大丈夫!」
そんな脳筋な励ましと共に、ヘルミーナへと処置が為されていく。
それを見ていたクララの背筋も冷えるが、ヘルミーナはもっと恐ろしかった。
……とんでもない勢いで、身体が回復していく。させられていく。
恐らくこのままいけば、後五分ほどでまた訓練に戻れてしまうだろう。
そのことが、恐ろしかった。
「ふむ、ちょっと5kmのランニングはきつかったか? 後衛組の基本距離なんだが」
「いえ、距離では無くペースの問題かと。ミーナ自身のペースならば5km完走は問題なかったと思うのですが」
そんな会話をしながら、ガイウスとメルツェデスの二人は、淡々とコンスタントにペースを刻みながら走って行く。
グイグイと後続を置いてきぼりにしていくペースで。
いや、弟であるクリストファーや、二番目の重鎮である副長はなんとか振り切られずにいるが。
後なんとか食い下がろうとしているのはフランツィスカくらいのものであろうか。
更に後ろ、精鋭であるはずの騎士や兵士達の大半は、いつものことと割り切って居るのか自分達のペースを守っていた。
「なるほど。しかし、あまり遅くすると、それこそピスケシオス様の希望する魔術訓練に参加できなくなるしなぁ」
「流石に、そんな何十分もは変わりませんでしょう? とはいえ、彼女の今後を考えれば、クリアして欲しいところではありますが」
軽く息が弾む程度の状態で、この親子は会話をする。
既に10kmを越える程に走っているというのに。
これが地獄の始まり、朝の訓練の、しかもウォーミングアップである。
朝6時に起床、手早く朝食をかきこむように食べて、7時から訓練開始。
まだこれだけならば、比較的常識的な範囲ではあっただろう。
そこからストレッチや基礎体力を作るための軽い、とガイウスが考えている程度の自重負荷筋トレを休憩を挟みながら1時間あまり。
そこで水分補給とカロリー補給をしてから、足腰を鍛える為のランニングを、体力の少ない魔術師等のいわゆる後衛組で5km。
メルツェデス達前衛組は20kmを走ることになる。
もうこの時点で頭がおかしい。
更におかしいのは、これを軽々とこなしているプレヴァルゴ家の面々なのだが。
この時点で新兵達には泣きが入っているし、エレーナとクララもかなり悲壮感が漂い始めている。
まだ目の光を失っていないのはフランツィスカくらいだろうか。
「まだ、このくらいで、私はっ」
歯を食いしばって走るその姿は、公爵令嬢らしい高貴さは欠片もない。
まして、昨夜夢うつつに見せていた幸せそうな表情は見る影もない。
人の夢と書いて儚いと読む、というのはメルツェデスにしかわからないが、同じような感慨はフランツィスカの胸中を埋め尽くさんばかり。
それでも。
それでも確かにその姿は、生命力に溢れ、輝いていた。




