男子三日会わざれば。
「なるほど、それで急ぎ送られてきたのがこのメッセージというわけだね」
「はい、左様でございます、陛下」
感心したように。あるいは、どこか楽しげに。
執務室の机で手渡された紙に書かれた文面を見ながら、国王クラレンスは口角が上がるのを抑えられない。
その正面に立つのはリヒターの父、エデリブラ公爵。
公爵であり多忙を極めるはずの彼が、メッセンジャーよろしくクラレンスの執務室に訪れていたのだ。
「内容はもちろん緊急のものだし、この情報をよくぞ届けてくれた、と思うのだけれど……その経緯がまたいいよね。
親馬鹿を承知で言えば、我が息子ながら大した機転と末恐ろしい人タラシだと思うよ」
「正直私から申し上げれば、陛下がおっしゃるのはどうかと思います。特に人タラシに関しては」
「ははっ、それは褒め言葉と受け取っておくよ」
若干ジト目になっているエデリブラ公爵の言葉に、クラレンスは悪びれもせず楽しげに笑っている。
何しろクラレンスは自分の魅力だとかカリスマ性だとかを理解しており、あまつさえそれを積極的に活用していたりするのだから質が悪い。
だからこそ家臣達は上手く纏まり、貴族派筆頭であるギルキャンス公爵すら、なんだかんだ上手いこと使われていたりするのだが。
「しかし、ジークフリート殿下が大した方であることに異論はございません。
よもや伝書鳩の利用規程を逆手にとって、『ホットライン』の使用を認めさせるとは……」
感心半分、呆れ半分な風情で呟きながらエデリブラ公爵は、クラレンスが手にする用紙へと目を落とす。
あの時、ジークフリートはギュンターに伝書鳩を用意するよう伝えた。
電話などの通信手段がないこの世界において、いくつかの例外を除き、伝書鳩は最速の通信手段と言って良い。
しかしそれだけに、いくら国交が正常化しているとはいえ、国外に向けて伝書鳩を飛ばすなどスパイ行為と取られても仕方の無いところ。
そのため、正規の通信手段として使う場合にはその文面の検閲が為される。
「まさか素直にそのまま全部書いて、かつ事情まで説明して、担当官が自分では抱えきれないと上に相談するように誘導するとはねぇ」
「最終的な判断を下されたのがラークティスの王太子殿下で、その殿下とは既に事前の夜会で懇意になっておられた。
ジークフリート殿下の人となりをご存じだった王太子殿下は、緊急性もご理解くださり、結果ラークティスが誇る通信魔道具の使用をお許しになった、と……。
一体何手先までお考えになっておられたのでしょうね、ジークフリート殿下は」
先程述べた『いくつかの例外』の一つが、『ホットライン』と呼ばれる、遠隔通信装置だ。
文字通り魔術的技術によって遠隔地との通信を可能とする魔道具なのだが、当然そんなものはあちらこちらにはない。
発信装置はラークティス王国の主要部にいくつかあるのみで、エデュラウム王国には国交正常化の際に贈呈された受信機が一つあるばかり。
それだけ貴重な装置なので、本来は国王同士が緊急時に連絡を取り合うだとか、重要課題について直接意見交換をするなど、特別なときにしか使われないものである。
また、その管理責任者は魔術関係の責任者となっているエデリブラ公爵であり、故に公爵の立場でありながらこのメッセージを運ぶ羽目になったのだが。
その『ホットライン』を、ラークティス王国王太子の助力を得て使用したのだ、ジークフリートは。
並大抵の外交手腕で出来ることでは無いし、クラレンスもそのことはよくわかっているのだが、ここで誇ってはそれこそ親馬鹿だと少しばかり謙遜をしてみた。
「どうだろうね、案外その場の即興で組み立てたのかも知れないよ」
「それはそれで別の末恐ろしさを感じるのですが……」
爽やかに笑うクラレンスへと、エデリブラ公爵はこめかみに指を当てながらゆるりと首を横に振る。
急ぎの連絡もありえると、伝書鳩の運用規定を頭に入れていたこと自体は、国外で活動する以上当たり前ではある。
また、今回の外遊は当然ラークティス王国との友好を深める意味もあるため、王太子と懇意になるのは必要、むしろ外交目的の一つであった。
しかし、それらを組み合わせて最終的に『ホットライン』の使用権をぶんどる計画を立案するなど、どれだけの人間ができるものか。
それを、弱冠15才のジークフリートがやってのけたのだから、末恐ろしい以外の言葉が出ない。
「それだけ褒めてもらえると、親としては光栄だけれどね。
そういう君のご子息も、大したものだと思うよ? あの歳でこの発想は、そうそうないと思うのだけど」
クラレンスはそう返しながら、ピン、とメッセージの書かれた紙の端を指で弾く。
そこに書かれていたことは当然公爵も目にしていたし……しっかり、覚えてもいた。
「それは、その……まあ、我が愚息ながら、悪くない目の付け所だとは」
唐突に振られて、エデリブラ公爵は口籠もる。
高位貴族だけ合って流石に顔色が変わるようなことはないが、残念ながら動揺は漏れてしまっていた。
まあ、国王派である彼とその国王であるクラレンスしかいない執務室で、気を張る必要がないと言えばないのだが。
「悪くないどころか、だと思うけどねぇ。
ジークの言う、御用商人の新規登録の停止は当然なんだけど」
そこで言葉を切ったクラレンスは、改めて堪能するかのように文面をゆっくりと目でなぞる。
「それで利益を損なうであろう商人達に対して、王城外に市場を開設して、そこでの商売を認めるように、とはね」
クラレンスの言葉に、公爵もこくりと頷いて応じた。
「ええ、この方式であれば、最優先事項である王城内へ入る人間の制限が可能なだけでなく、御用商人になれるはずだった商人達の利益も大きくは損ねないでしょう。
むしろ王城内とその近隣、高位貴族街へ向けてアピール出来る機会にもなり得るとなれば、かえって美味しいと言えるかも知れません」
「となれば、そこで異を唱える人間こそが怪しい存在、と浮き彫りになる……流石に、ここまで尻尾を掴ませない奴がそう簡単には引っかからないだろうけど、牽制にはなるだろうね。
……ねえ、エデリブラ公。君曰く、リヒターくんは真面目が過ぎて頭が固いという評価だったけれど……この意見は、四角四面な頭からは出てこないんじゃないかな?」
実に楽しげに。それでいて為政者としての計算と人材ハンターの欲望を滲ませながら。
クラレンスの浮かべた笑みの意味を知るだけに、そして目を付けられたリヒターの父であるだけに、エデリブラ公が浮かべる表情はどうしても苦笑のようなものになる。
「おっしゃる通りです。まさか愚息がこうも成長しているとは……私も評価を改めざるを得ません。
恐らくこれも、ジークフリート殿下と親しくさせていただいているからこその成長ではないかと」
「それこそ買いかぶりだとは思うけど、まあ、うん、そういうことにしておこうか。これ以上お互い褒めあい謙遜しあいでは、話が進まないし。
では、新規登録の停止と王城外市場の開設は決定ということでいいかな?」
「はい、私としては異存もございません。
王城外市場の詳細に関しては担当省庁と折衝をいたしますが、取り急ぎ新規登録は即時に行ってよろしいかと」
「うん、では早速その旨通達を出そう」
散々に親馬鹿ぶりを発揮して満足したのか、クラレンスの動きは速かった。
新規登録の即時停止、その理由として防衛上の機密と突きつけた上で、商人達の利益を確保するための市場開設。
当然早く開設されればその分の利益が商人達に舞い込むとあって、資材等々協力する者は次々と現れ、異例の速さで事業は進行していくことになる。
そして。
「すまんな、もう少しで御用商人のお許しがいただけたところだったのだが、急に新規登録が禁止となってな」
「いいえ、とんでもございません。話は私も聞いておりますし、伯爵様がここまでお骨折りいただいたこと、感謝に堪えません。
それに、王城外の市場も開設されるとのこと、そちらでの商いが出来れば十分でございます」
数日後、そんなやり取りが、とある伯爵と商人の間で行われていた。
色々と収賄ギリギリな融通を利かされてきた伯爵としては申し訳なさもあるが、流石に王命とあってはそれに異を唱えることはできない。
ましてそれが、国防上の懸念事項によるものとなれば尚のことだ。
商人の方も、それはよくわかっていた。
……そして、さらにそれ以上のこともわかっていた。
ここで不服な態度を僅かでも見せれば、間違いなく要注意人物リストに載る。
そのことを、商人は的確に嗅ぎつけていた。
つまり、クラレンスが考えたように、これが一種の罠であることに、彼は勘付いたのだ。
だから表立って異を唱えず、大人しく引き下がる姿勢を見せる。
そもそも保険として、彼本人が持つ商会だけで無く傘下にある商会にも御用商人の申請を出させていたくらいの慎重さで進めてきたことだ、まさか、ここまで来て尻尾を掴まれるわけにはいかない。
そしてこんな手を打ってくるということは、どうやら彼の使う『シャドウ・ゲイト』の特性に気がついたらしい。
そこまで考えが至った彼は、伯爵の邸宅を辞した後、言葉少なく自室、それも誰も来れないように人払いをした上で、自室の更に奥、地下に作った部屋へと籠もり、しっかりと扉にも鍵を掛けて。
何度も何度も鍵を、気配を、諸々確かめた後。
「こんな手を打たれるのは、あの暗殺者の女に『シャドウ・ゲイト』を見られたからか?
まあそりゃな、ゲームやってたりアニメ見てたり漫画読んでりゃわかるわな、どんな魔術か」
ブツブツと、今日起こった出来事を確認するように独り言を呟く。
それは、独り言というにはどうにも声が大きく、まるで見えない誰かに聞かせているかのよう。
芝居がかった仕草といい、彼が自分の世界に入ってしまっていることは間違いないようだ。
そうしてしばしブツブツと言葉を連ね。
ついに堪えきれなくなったか、ガバッと天井を振り仰ぎ、叫び声を上げる。
「ってことは、やっぱりてめぇの仕業か、ジークフリートォォォォォォ!!!!!」
と、ある意味正しく、ある意味間違っている叫びを上げたのだった。




