夢か現か、あるいは。
時は、来た。
誰にも知られぬ事の無いよう表情を和やかに取り繕いながら、フランツィスカは心中においてのみ呟く。
時は、来た。
ついに。その時が。
『大丈夫、落ち着いて、落ち着いて……何度もイメージトレーニングをしてきたじゃない、落ち着くの、落ち着くのよフランツィスカ!』
何度も何度も。神経回路が焼き切れそうな程に何度も、フランツィスカは自分に言い聞かせる
彼女達がやってきたのは、プレヴァルゴ家所有の訓練施設大浴場、その脱衣所。
多くの人間が一度に汗を流せるよう広く作られたそこへと、彼女はやってきた。
もちろん、エレーナやヘルミーナ、クララ、そして侍女達や護衛の女性騎士などの大所帯で。
だが、今のフランツィスカが、その磨かれてしまった気配探知能力まで総動員して様子を窺う相手はただ一人。
「では皆様、ここまでお疲れ様でした。どうぞゆっくりと汗を流し、疲れを癒やしてくださいませ」
その相手であるメルツェデスは、全く落ち着いた様子でこの場を仕切っている。
そもそもホストであるプレヴァルゴ家の人間としてここに来ているのだ、彼女が仕切るのは当然のこと。
更に彼女は、普段から女性騎士達やハンナを始めとする女性陣複数と入浴することに慣れている。
だから、意識しすぎて挙動不審となっているフランツィスカなど比べものにならない程に、落ち着いて指示を出していた。
「……フラン、流石にそこまで昂ぶるのはどうかと思うわ。落ち着いて、ステイ、ステーイ」
「わかってるわ、エレン。わかってるの、わかってる。私は大丈夫、平気、いつもの私……」
「もうその時点で普通の状態じゃないわよ……」
呆れたようにエレーナが言うが、フランツィスカとしても、わかってはいる。
落ち着けない。落ち着けるわけがない。
幼い頃は、何度も一緒に入浴する機会があった。
だが、ここ二年程の間は、お互いの生活時間もあり、一緒に入浴することもなかった。
そしてその間に、メルツェデスはあっという間に、そして恐ろしい程魅力的に成長した。
言うまでも無くフランツィスカ自身も凄まじく魅力的に成長しているのだが、当の本人はそのことにまるで無頓着である。
ここにおいてだけは、彼女もメルツェデスのことを言う資格は無い。
ともあれ。
直接見ること叶わず、しかし、間近でその発育ぶりを見ていたフランツィスカは、ついにメルツェデスのそれをその目で直接確認できる機会に恵まれた。
いや、その機会を自ら強引にたぐり寄せた。
そして、メルツェデスはそんなフランツィスカの下心に気付いた様子もなく、警戒すること無く振る舞い、あれこれといつものように世話を焼いて。
どうやら、それもようやっと一段落付いたらしい。
そしてついに。
そしてついに。
メルツェデス自身も、汗を流そうと服に手を掛けた。
その一挙手一投足を、あまねく、すべからく、あますところなく見届けようと。
しかし、気取られぬようにと。
さりげなく、横目で、その様子を窺うフランツィスカ。
その視線の先で、パパッと手早くメルツェデスはボタンを外し、更には何の躊躇いも無くばっとシャツを脱ぎ去ってしまった。
その勢いの良さ、唐突に訪れたその光景に、フランツィスカは思わず絶句してしまう。
「あら、どうしたのフラン。手が止まってるけど、入らないの?」
「い、いいえ、何でも無いわ、その、ちょっとびっくりしただけよ、あまりにあっさり脱ぐものだから」
「ああ、フラン達はびっくりするかも知れないわねぇ。騎士や兵士にとって早着替えも仕事の内だから、わたくしも一緒に訓練しているうちに、ね」
「そ、そうなの、ね……」
何とか返事をしながら、フランツィスカは無意識のうちに、ゴクリと唾を飲み込んで喉を鳴らしてしまった。
その上半身は、令嬢的な、たおやかなラインをしていない。
肌の色こそ、どうやって保っているのかはわからないが、真っ白なもの。
しかし肩は少々張り気味で、肩口にもしっかりと筋肉が付いている。
中性的とも言えるそのシルエットは、そのまま鍛えられた胸筋へと繋がり、しかしその先で豊かな膨らみへと変わっていく。
まだ下着に覆われてはいるが、柔らかく描かれているその曲線だけでもフランツィスカの情動を刺激して仕方ない。
言葉を失っている間に、メルツェデスはボトムスにも手をかけ、あっさりと脱ぎ下ろす。
途端にまろび出るのは、鍛えられた筋肉によってきゅっと引き上がったヒップライン。
決して誘惑するためのものではない、しかし、意図しないからこそ形成されてしまった、二つと無い程魅惑的な、力強くも優美なその形。
力強さと柔らかさが同居したその曲線は、きっと、彼女にしか作ることが出来ないもの。
フランツィスカは言うまでもなく、エレーナも、そして侍女やメイド達も思わず目を奪われてしまう。
さらにその先には、程よく筋肉で膨らみながらもほんのり脂肪を纏い、優美さを失っていない太腿。
後に聞けば、少し脂肪が残っていた方が防御力が高かったり病気への抵抗力が高いらしい、という無粋な理由でそうしているらしいが。
理由はともかく、それが彼女にしか為し得ない美しさを作り出していることは間違いない。
「……皆さん、どうなさったの?」
ほぼ全員が動きを止めていたのに気がついて、メルツェデスが問いかける。
誰もが声を失っていた中、代表してエレーナが声を出そうとしたのだが。
「ひぅっ」
すぐに、その言葉を飲み込んでしまう。
問いかけながら、メルツェデスはさらに無防備に、胸の下着を外したのだ。
そうすれば当然、秘められていた、エレーナもフランツィスカも初めて目にする、育った膨らみの頂が露わになる。
その衝撃にエレーナは、いやフランツィスカも絶句し、普段のお世話で主の裸など見慣れているはずのメイドや侍女達すら言葉もなく視線を向けてしまう。
この中で淡々と脱いでいるヘルミーナは、ある意味流石と言っていいかも知れない。
「その、きっと皆様、プレヴァルゴ様の堂々とした態度に感銘を受けていらっしゃるんですよ」
辛うじて、クララがそんなフォローを入れる。
それに合わせて幾人かがこくこくと頷いて見せれば、流石自分のことには鈍感なメルツェデス、あっさりと煙に巻かれてくれたらしい。
「確かに……そもそも、令嬢が自分で服を脱ぐなど、そうそうあることではないですしね。
フランもエレーナも、ここの訓練に参加するなら、慣れておいた方がいいわよ?」
「そ、そうね……慣れておかないと、心臓が止まると思うわ……」
「なぁにそれ。そんな大げさなことはないでしょ?」
なんとか言葉を絞り出すフランツィスカへと苦笑を向けながら。
メルツェデスは、最後の一枚までもあっさりと脱ぎ去った。
それを見た瞬間、フランツィスカの意識は飛びかけて。
それを予測していた侍女がゴスンと背後から気付けの一撃を打ち込み、その意識を強引に引き戻す。
くはっ、という令嬢らしからぬ呼吸の音を、それでも無意識にフランツィスカは押さえ込んでいた。
吹き飛びそうな意識を、今度はその鍛えられた精神力で必死に繋ぎ止める。
そして。
夢にまで見た、そして夢で見たよりも遙かに美しい彼女の身体を、しっかりとその目に焼き付けたのだった。




