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そして響き渡るのは。

 そして、メルツェデスが片刃の剣を鞘に納めた途端。

 見守っていた生徒達から、どっと割れんばかりの歓声が上がった。


「やったぁぁぁぁ!! プレヴァルゴ様、お見事です!!」

「メルツェデス様、流石でございました!」


 男子も女子も、生徒達はそれぞれに歓喜の声を上げ、笑顔で手を振り、あるいは突き上げる。

 魔獣の大軍を相手に長時間緊張を強いられていたのだ、それが終わったとなれば思わず盛り上がるのも仕方のないところ。

 だが、それをよしとするわけにもいかない男もいる。


「皆、静まれ! まだ戦況確認が終わっていない、残敵がいる可能性を忘れるな!」


 ジークフリートの鋭い一喝にピタリと歓声が止み、各自がまたそれぞれの得物を手に持ち場へと戻った。

 一度緩んでしまった空気を、それでも何とか必死に引き締めようと各部隊のリーダーが声をかけ、生徒達もそれに応えようと互いに声を掛け合い、周囲を警戒するように視線を動かす。


 まだいるのか? 来るのか?

 来ないでくれ、もう終わってくれ。

 焦れるような静寂の中、祈るように心の中で必死に生徒達は願う。

 

 だが。

 その視線の先、魔獣達が湧き出ていた森の茂みが、微かに揺れた。

 息を呑む音があちらこちらで聞こえ、緊張感が一気に高まる。

 いや、それだけでなく、願いが叶わなかったのかと微かな失望感すら生じていた。

 

「ギュンター、もうひと踏ん張り、できるか?」

「ええ、もちろんですとも!」


 その空気をいち早く察したジークフリートが問えば、ギュンターは力強く答える。

 勿論ギュンターとて疲労は溜まっているが、ここで否と言えるわけがない。

 彼が崩されさえしなければ、持ちこたえられるはずだ。

 それに何より、メルツェデスが未だ余裕を残している。

 そんな計算をしながら、ジークフリートが見つめる先で。

 森の中から、姿を現したのは。


 ……一人の騎士だった。

 その鎧の胸当てには、燦然と輝く王国騎士団の紋章。

 つまり。


「ジークフリート殿下に申し上げます!

 ガイウス・フォン・プレヴァルゴ様の指揮により、第一騎士団が森林内の状況を確認!

 残敵は、おりません! 魔獣討伐の達成を確認いたしました、おめでとうございます!!」


 胸に手を当てた敬礼の姿勢を取り、朗々と響き渡る声で騎士がそう告げれば、それが合図だったかのように、森を捜索していたであろう騎士達が次から次へと姿を見せた。

 状況が終了したからか兜の面宛てを外した彼らは、皆一様に明るい笑顔。

 それを目にした生徒達は、呆然とした様子で言葉を失って。

 

「殿下」


 その中で一人平静を保っていたメルツェデスが声をかければ、ジークフリートはハッと正気に返る。

 確認するようにメルツェデスを、そして森から出てきた騎士達を見て。

 ゆっくり、ゆっくりと呼吸をすること一度、二度。


 そうして。

 高々と、力一杯に拳を突き上げた。


「今度こそ喜べ、諸君!! 我々の、勝利だ!!!」


 途端に。

 大地を揺るがす程の歓声が響き渡る。

 いや、ギュンターなどもはや咆吼とすら言って良い程の雄叫びを上げていた。

 冷静に振る舞おうとしていたリヒターすら、いつの間にかギュッと拳を握り、噛みしめるようにガッツポーズを取っているくらいだ。

 

 少し離れた場所では、互いに顔を見合わせたフランツィスカとエレーナが、同時に破顔したと思えば、ぎゅっと互いを抱きしめた。

 かと思えば、一人『ふふん』とばかりにドヤ顔を見せていたヘルミーナへと駆け寄り、二人がかりでぎゅむぎゅむと抱きしめる。

 突然の抱擁にわたわたともがくヘルミーナだったが、その顔はすぐに緩み、笑顔へと変わっていく。

 そんな三人のじゃれ合いを、クララは少しばかり涙ぐみながらも、微笑ましげに見守っていた。


 そうやって互いの無事と勝利を喜び合っていた生徒達だったが、その声が一際大きくなる。

 一人突出してウェアウルフと鎧男を打ち倒したメルツェデスが、帰陣したのだ。

 それを見れば生徒達は駆け寄り口々に賞賛の声を上げ、メルツェデスも微笑みながら手を振りそれらに応える。

 と、その人垣が割れれば、その向こうから指揮官であるジークフリートが姿を見せた。


「ありがとう、メルツェデス嬢。切り札として最高の仕事を果たしてくれたよ」


 そう言いながらジークフリートが右手を差し出せば、にこりと笑いながらメルツェデスはその手をしっかりと握り返す。


「とんでもございません。信頼を裏切ること無く努めを果たせて、ほっとしております。

 ジークフリート殿下こそ、見事な采配でございました」

「そうかい? はは、そう言ってもらえるなら、頑張った甲斐があった、よ……?」

「殿下!?」


 メルツェデスの言葉に笑い返したジークフリートの膝が、かくんと折れた。

 すぐ傍にいたメルツェデスが慌ててその身体を抱き留め、地面に倒れることは免れたが。

 だが、どうやら足腰に力が入らず立つことができないらしい。


「……そう言えば殿下、休憩は取っておられましたか?」

「……そう言えば、休む暇もなかった、ね……。はは、休憩を取れだとか人には言いながら、面目ない」


 あれだけ生徒達の体力に気を配り、休憩を計画的に取らせていたジークフリートが、唯一見ることができていない生徒がいた。

 つまり、彼自身である。

 水分こそ取ってはいたものの、次から次へと襲いかかってくる魔獣を相手に、指示を止める暇などなく。

 集中していたからか、戦闘中は疲労を感じることなく乗り切ってみせたが、笑って気が緩んだ瞬間に、それこそ彼が言っていた通り一気に来たらしい。

 まだまだ未熟、とジークフリートはその顔を曇らせた。だが。


「とんでもございません。指揮官としての責務を果たすべく、疲れも忘れて立ち続けていたなど武人の鑑。

 素晴らしい男ぶりでございますよ」


 そんな彼を、メルツェデスは晴れやかな笑顔で絶賛する。

 その笑顔を間近で見て、ジークフリートは思わず呆然となり視線を動かすことができないでいた。

 間近の、普段ならありえない距離にあるメルツェデスの笑顔、微かに感じる彼女の汗の香り。

 それは、数年前、初めて彼女に会った、そしてボコボコにされたあの日を思い出させた。

 同時に、あの日感じた気持ちも。


 これは、疲労感と高揚感が引き起こした感情かも知れない。

 しかし、何年もの間消えなかった思いは、決して紛い物ではないはずだ。

 いっそ今この場で。

 これだけ人の目が集まっている中で?

 いや、むしろだからこそ。


 感情と理性がぐるぐると駆け巡り、考え続けること数秒。

 ついに意を決して顔を上げた、その時だった。


「いやぁ、まさに! 見事なご采配に、このギュンター感動を禁じ得ません! 素晴らしい男ぶりでした!」


 響き渡ったのは、言葉通りに感極まったギュンターの声。


「まあまあ、何をおっしゃいます。ギュンターさんも素晴らしい男ぶりでしたよ。

 最初から最後まで最前線で身体を張り続けるなど、並大抵では出来ません。おかげでわたくしも安心して前に出ることができましたし」

「なんと! いやはや、プレヴァルゴ様にそのように言っていただけるなど、これ以上の誉れはございませんな!

 プレヴァルゴ様こそ見事な腕前でございました、このギュンター、実によい勉強をさせていただきました!

 ああ、殿下のお体は私が預かりましょう」


 機先を制されて思わず言葉を飲み込んでしまったジークフリートの眼前で、互いを称え合ったメルツェデスとギュンターが、こつんと拳を打ち合わせていたりする。

 エネルギー切れを起こしたか、頭が上手く回ってくれない内にあれよあれよとメルツェデスの身体は離れ、代わりにギュンターのゴツゴツとした鎧の感触が寄り添ってきた。

 え、え、と状況が掴めないうちに、メルツェデスの元には友人達が駆け寄ってきている。


「メル、無事で良かった! それから、助けてくれてありがとう!」


 そう言いながら、エレーナがメルツェデスへと抱きついてきた。

 普段の彼女であれば控えるであろう素直な言葉と態度に、メルツェデスは一瞬驚きの顔を見せるが、すぐに笑顔を取り戻してぎゅっと抱き返す。


「とんでもない、わたくしこそ、エレン達が対空攻撃を頑張ってくれたから助かったわ。何より、エレンが無事で良かった」

「そ、そう? 私、少しはメルの役に立てた?」

「もちろん、とても助かったわ」


 メルツェデスが即答で返せば、見上げていたエレーナの顔がくしゃりと涙で歪む。

 そのままメルツェデスの胸に顔を埋めれば、くぐもった嗚咽の声が漏れ聞こえる。


「メル、お疲れ様。エレンもね、よく頑張ったわ」


 そう言いながら、抱き合う二人を包み込むようにフランツィスカが腕を回し抱きしめる。

 その感触にメルツェデスはまた笑みを深め。


「フランも、お疲れ様。フランもエレンも、素晴らしい女ぶりだったわよ」

「ふふ、メルにそう言ってもらえたら光栄ね。私も少しは自信を持っていいのかしら」


 などと余裕を持った言葉で言いながら。

 メルツェデスに見えない位置にあるフランツィスカの顔は、嬉しさのあまり緩々に緩んでいた。


 そうやって抱き合い塊となっている三人の元へと、ヘルミーナが歩み寄り。


「ナイスフィニッシュ」


 そう言いながら、右手の親指を立てながらニヤリと笑って見せる。

 と、メルツェデスも同じく右手の親指を立てて見せ。


「ナイスアタック。ミーナの魔術がなかったら、こんなに早く終わらなかったわ」

「ふ、当然。流石私」


 メルツェデスの言葉に胸を張り、ドヤ顔を見せるヘルミーナ。

 そして、ちらっ、ちらっと何か意味ありげな視線をメルツェデス達へと向ける。

 気がついたメルツェデスが、ちょいちょい、と手招きをして見せれば、ヘルミーナはためらうように右を見て、左を見て。

 しかし意を決したか、はにかむような笑顔を見せながらとてとてと歩み寄り、ぎゅっとメルツェデス達三人に抱きついた。


 その光景を見ていたクララが、いや、何人もの生徒が思わず鼻血が出ないか鼻を押さえてしまったのは、仕方の無いことだったかも知れない。


 そんな和気藹々とした様子を、ギュンターの肩を借りながら見ていたジークフリートは、おもわずジト目でギュンターを見てしまう。


「ギュンター。まさかさっきのは、わざとじゃないよな?」

「はっはっは、何のことかわかりませんな!」

「ほんっと、良い性格になったよな、お前も……」


 朗らかに笑うギュンターを見ながら、呆れたような脱力した声でジークフリートはぼやく。

 だが、残念ながらジークフリートの味方は少ないようだった。


「いえ、今のはあそこでヘタレた、もとい躊躇った殿下が悪いと思いますよ?」

「君も言うようになったな、リヒター。君こそいいのか、婚約者殿をあちらに取られてしまって」

「ええ、構いません。むしろあいつがああやって笑えているのなら、その方が望ましいです」


 反撃のつもりで放ったジークフリートの言葉は、しかし余裕な態度のリヒターには通じなかった。

 むしろ、言葉の通りヘルミーナがじゃれ合い笑い合っている姿を優しく見守っているくらいである。

 どうやらまだまだ色々な意味で修行が足りないらしいと理解したジークフリートは、大きく息を吐き出す。


「まあいいさ、私だってまだまだ胸を張れる自分とは思っていないんだ。だが、いつかきっと」


 いまだ喜びに沸き立つ生徒達の歓声の中、ジークフリートは自分に宣言するかのように、小さく呟いた。

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― 新着の感想 ―
ギュンターぁ と思ったが、 殿下がヘタレたのを察した上でならヨシ(σ・ω・)σ
[良い点] ディフェンスに定評のあるギュンター!
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 王子様と良い雰囲気!確かにチャンスが有ったかも。絶妙なタイミングでギュンターさんに邪魔されましたw あの時間が一瞬でしかないですから、躊躇ったのは別に王子さ…
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