切られた、互いの切り札。
「グルァァァァァァ!!!」
「なんのぉ!!」
盾で右の爪を防がれたと見れば左の爪を、と息も吐かせぬ連続攻撃を、ギュンターは冷静に片手剣で捌く。
次いで大きく開かれた口から覗くギラリと光る牙が襲い来るも、盾で逸らしながら身を屈めて回避する。
並みの人間であれば反応することすらできないであろう攻撃ばかりだが、ギュンターには見えていた。
「まだまだぁ! まだまだぁ!
どうしたどうした、そんなものかウェアウルフ!」
挑発するような言葉に、ギラリとウェアウルフの目が怒りを帯びて光り、その動きが更に加速する。
いかに見えているとはいえ、身体の反応はまた別物。
ギリギリで交わし、弾き、受け。
だというのに、ギュンターは全く顔色を変えず、余裕の表情を作って見せていた。
こうも凌がれれば、一方的に攻めていたウェアウルフの方が攻め疲れ、息も上がってくる。
仕切り直しだ、とばかりに彼が後方へと飛びすさった、その時だった。
「『フリージング・サーフェイス』」
ぽつりと呟かれた魔術発動の声に、しかしウェアウルフは鼻で笑う。
先程のあれを見て、まだ魔術を仕掛けてくるような頭の足りないのがいたのか、と。
ならばいっそ、そちらへ飛びかかるか、と地面を踏みしめる、つもりだった。
ズルリ。
足が滑り、ウェアウルフは突然のことになすすべも無く盛大にすっころぶ。
何が起こったのか、と考える暇など、ギュンターが与えてくれるはずもなく。
「そこだぁ!!」
「くっそ!?」
片腕だというのに大木すら叩き斬れそうな勢いで振り下ろされる剣を、ウェアウルフは地面を転がり回避する。
いかに強化されているとはいえ、あの一撃を食らえば流石にただでは済まない。
焦り転がるその視界の端に映る、凍った地面。
先程『アイス・ランス』を全て防がれたヘルミーナが、お返しとばかりに仕掛けた罠。
さらに。
「『ライジング・ウォール』!」
「ぬぉわ!?」
エレーナの言葉と共に、地面が急激に持ち上がり壁を形成すると、丁度その上にいたウェアウルフの身体が跳ね上げられた。
魔術を全て無効化するはずの『絶魔の首輪』を付けているというのに、何故魔術が効果を発揮しているのか。
理解する間もなく追い打ちがかけられる。
「『バースト・ブラスト』!」
「ったぁ!?」
フランツィスカの『バースト・ブラスト』がエレーナの作った壁に着弾、爆発してウェアウルフの身体を宙へと打ち上げ、更には破片がウェアウルフの身体にいくつもぶつかっていく。
頑丈な毛皮に守られた身には大して痛くないとはいえ、何が起こっているのかとウェアウルフは混乱するばかり。
と言っても、実はこれらは種を明かせば簡単なことだ。
『絶魔』のアイテムは、装備者を対象とする魔術を全て無効化する。
だが、今ヘルミーナとエレーナが使った魔術は地面が対象だし、フランツィスカのは壁が対象だ。
つまり、全てウェアウルフを対象としない魔術であり、発動は阻害されない。
そして彼は、その発動した魔術が引き起こした現象に巻き込まれただけなのだ。
これで発動するのではないか、というのは『絶魔』の情報を事前に検討したヘルミーナとリヒターが導き出した仮説だったのだが、当然、ゲームではこんな魔術の使い方はできない。
だからゲームの知識が根っこにある黒幕は予測も出来ず、対策も立てていなかった。
その結果が、空に高々と打ち上げられたウェアウルフである。
「ざまぁ」
攻撃魔術を防がれるという不満を晴らしたヘルミーナの口の端が吊り上がり、今この時ばかりは悪役令嬢らしい笑みを見せた。
ただ、直撃ではない以上、どうしても彼に与えられるダメージは小さく、致命傷にはほど遠い。
だから。
「メル、仕上げは任せた」
「はいはい、これくらいはしないとね」
ウェアウルフを転倒させ、持ち上げ、打ち上げ。
それだけの時間があれば、メルツェデスがその落下地点に到達するのは造作もなく。
「ごめんあそばせ?」
白刃を閃かせ、ろくに身動きが取れないウェアウルフの四肢を斬り飛ばすのも、難しいことではなかった。
受け身を取ることもできず、悲鳴を上げながら『どしゃり』と鈍い音を立ててウェアウルフの胴体が、そしてばらばらに腕が、足が地面に落ちる。
これで終わったか、と見ていた大半の生徒達は思ったのだが。
「メルツェデス様、気をつけて! 闇の魔力が、まだ途絶えていません!」
「……やはり、一筋縄ではいかないものねぇ」
クララが注意を促す声を上げれば、気付いていたのか予想していたのか、物憂げな溜息を吐きながらメルツェデスは片刃の剣を手にウェアウルフへと向き直る。
見れば、切断された面から闇色のもやが吹き出し、斬り飛ばされた四肢へと繋がり、それを引き戻していた。
「ふむ。自身の体内から出る魔力は拒絶しないと。いや、そもそも『絶魔』の装備が四肢ではなく胴体部分にあるとしたら、四肢は魔力を拒絶しないということか」
「お前はこんな時でも考察するのかよ……。
だが、その意見には賛成だ。恐らくやつの身に付けている首輪が、それだろう」
「ちっ、もやし野郎と意見が一致するなんて」
「……お前な、令嬢として舌打ちはどうなんだ、まったく」
その現象を見ていたヘルミーナとリヒターが漫才のようなやり取りをしながらも考察した内容は、間近で対峙しているメルツェデスの見立てとも一致している。
そして、あわよくば生け捕りに、と考えて首を落とさなかったことを若干後悔しているその目の前で、ウェアウルフの四肢が繋がり、その身を起こしていた。
引き寄せて無理矢理くっつけたからか、歪な印象のある手足。
塞がりきっていない傷口からはいまだに闇色の魔力が漏れ出し、靄のようにそれを纏わり付かせるその姿は、この世のものならざる異様さを醸し出していた。
再生を果たしたウェアウルフは、にぃとその唇を引き上げ、口を開いた、のだが。
彼が言葉を発する前に、再び銀光が閃いたと思えば、その身体が崩れ落ちる。
まず首が、ついで両腕、さらには胴が紙のようにあっさりと切り離され、立ちすくんでいた下半身が最後に地面へと倒れた。
「……見えたか?」
「……なんとか、ですが……」
離れて見ていたジークフリートの問いかけに、ギュンターが絞り出すような重い口調で答える。
幾度も打ち合い、ある程度慣れてきた、と思っていた。
だが、それは思い上がりだったのだと、まざまざと見せつけられた。
「きっと、あの子の本質は刃。普段鞘に納めているそれは、敵に向けた時に真価を発揮するものなのでしょう」
繰り広げられた凄惨な解体ショーを見ても眉一つ動かさずに、フランツィスカが淡々と言う。
あの時、バーナス子爵邸で見せた鮮やかな大立ち回りですら、人間相手故にまだ抑えていたものだったのだと、今更ながらに思いつつ。
さて、あの隣に立つのならば、どうすれば。
そんなことを考えていたフランツィスカの視線の先では、またウェアウルフが胴体から闇の魔力を溢れさせ出したのだが、復活を待つこと無くその頭部をメルツェデスが容赦なく刀で貫いていた。
「なるほど、一回首を斬っただけでは死なないと。なら、後何回殺せば死ぬのかしら」
言葉通りの無慈悲さで、今度はウェアウルフの胸部、心臓の辺りを貫く。
恐らく、ウェアウルフに意識があれば、その姿はまさに悪役令嬢でしかなかっただろう。
びくん、とその身体が震えるが、流石に首が離れていては悲鳴も上げられない。
はて、この状態で痛覚は繋がっているのだろうか、などと考えていたメルツェデスが、やおら顔を上げて視線を森へと向ける。
その視線の先、森の木々が、しばらくすると揺れだし。
「ひぇ~、お嬢様にしちゃ随分とエグいことすんじゃねぇか。いくら再生するからって、抵抗できない相手にそこまでするなんてよぉ」
揶揄するような言葉と共に、一人の男が姿を見せた。
三十代半ばほどだろうか、場数を踏んでいるらしく落ち着いて居る彼が身に付けているのは、闇を思わせる漆黒のプレートメイル。
全身を板金の鎧に覆われているというのに、その動きはまるで部屋着で歩いているかのような気楽さ。
一見粗雑で気が抜けているように見えて、そのくせ目配りは油断なくメルツェデスを、そしてその後ろにいる面々を見ている。
なるほど、やはりまだ本当の切り札は隠されていたらしい、と納得したのをおくびにも出さず、メルツェデスは呆れたように肩を竦めて見せた。
「あら、まともに動ける状態だったら油断できない相手、と最大限の敬意を払ったつもりなのですけれど」
「はっは、敬意を払った結果がそれ、か。いやいや、中々面白いお嬢さんもいたもんだ」
そう言いながら、彼は森から抜け出した。
だというのに、未だ森のざわめきは収まらない。
「しかしこっちは面白くねぇんだよな、一人勝手に暴走した奴がかき回したところを、楽に遊ばせてもらおうと思ってたのによ。
ま、今更言ってもしょうがねぇ。だったら……今から、遊ばせてもらおうか」
にやり、と彼が浮かべたのは随分と下卑た笑み。
そして、その背後、森から現れたのは、やはり何か嫌な気配を纏った、五体のウェアウルフだった。




