切り札は、最後に切るもの。
ハンナの殺気から男が逃げ出した後、いよいよ戦況は終盤を迎えていた。
「エレーナ嬢の部隊は前衛の防御支援に回ってくれ!
フランツィスカ嬢の部隊は上空を警戒しつつ、対地攻撃へ参加!」
飛行型の魔獣はもうほとんど落とされたのか、彼らへとは散発的に向かってくるだけ。
反面、地上にはまだ大型の魔獣も残っているため、ジークフリートは戦力を振り分けていく。
踏みとどまっていた前衛達の疲労は色濃く、しかし、気力はまだまだ充実していた。
「ギュンター、次の斉射で前衛入れ替え、最前列を休ませろ!
……すまん、お前はもう少しだけがんばってくれ!」
「かしこまりました、殿下! なぁにご心配なく、私はまだまだやれますとも!」
頼もしい言葉と共にギュンターが剣を一振りすれば、飛びかかってきた狼型の魔獣が切り払われた。
そこに追い打ちで後衛の攻撃魔術が炸裂し、とどめを刺す。
これだけの時間、ほとんどずっと前線で戦い続けているというのに、未だギュンターの守りは堅く、その剣も鋭い。
もちろん地属性魔術による自己回復があるから、というのはあるのだが、それにしても尋常では無いタフネスを発揮している。
「流石、頼もしいな、ギュンター!
ヘルミーナ嬢、アイスランスの斉射を用意、私の合図で前衛に群がっている連中に」
「御意。待機が多くて退屈していました」
ジークフリートの指示に、返すヘルミーナの言葉に、未だ慣れない生徒達はギョッとした顔を向ける者もいた。
だがジークフリートはその言葉を咎めることもなく。
そしてヘルミーナが詠唱を終えれば、普通の人間ならば一本しか出せないアイスランスが、20本ばかり出現している。
「リヒター、斉射の後に残った残敵を撃て!」
「了解しました、準備いたします」
頷くと、リヒターは攻撃呪文の詠唱を開始する。
流石にヘルミーナ程常識外れな魔力を持っていないリヒターだが、ジークフリートの指示に従っていた結果まだ魔力は枯渇していない。
当然ヘルミーナにはまだまだ余力があり、まだ二回は『ホワイト・アウト』を撃てそうな勢いである。
そのことに、リヒターは内心で驚嘆していた。
つまりこれは、ジークフリートは直面した敵を倒すためだけの指示でなく、魔力リソースの管理まで考えて指揮をしていたということなのだから。
当然そんなことは、普通の人間に出来ることでは無い。
この、普通では考えられない規模の魔獣相手の戦いの中で、彼の秘めていた能力が開花したのだろうか。
そんな思案をしていたところで、合図の声が響く。
「ヘルミーナ嬢、今だ!」
「了解。『アイス・ランス』」
返答と共に、ヘルミーナが一斉に氷の槍を解き放つ。
フランツィスカやメルツェデスをして『広範囲単体攻撃魔術』と言わしめたその魔術が襲いかかれば、ギュンター達によって足止めされ、弱らされていた魔獣などひとたまりもない。
そこからさらに二列目三列目と氷の槍が無慈悲に襲いかかり、貫いていけば、立って居られるものはほとんどなく。
「ギュンター、今だ!
リヒター、追撃!」
「かしこまりました!」
「はい。『アーク・ライトニング』」
合図と共に最前列にいた騎士達が後ろにさがり、二列目の騎士達が入れ替わり、押し出す。
その無防備な状態を襲おうとした魔獣も何体かはいたが、それらは全てリヒターの放った、地上から噴き出すように立ち上がる雷撃の柱によって吹き飛ばされた。
「皆さん、お疲れ様です! 『エリア・ヒール』!」
入れ替わり下がってきた騎士達は疲労困憊で、最前線からある程度離れたところで動けなくなる者が幾人もいた。
そこにクララの集団回復魔法がかかれば、傷も塞がり疲労も一気に回復してしまう。
御伽話で聞いたこともある、光属性の回復魔術。
それを実際に体感した彼らは、その桁違いの回復力に驚きを隠せない。
「これが、光の回復魔術……もう、すぐにでも動けそうだ」
「ありがとう、助かった! これなら、まだ戦える!」
クララへと口々に礼を言いながら、またすぐに戦列へと戻ろうとする彼らに、ジークフリートから声がかかる。
「その意気は買うが、許可できない。
携帯食と水をきちんと口にしろ、少なくとも15分は休め。
エネルギー切れはいきなりくる、きちんと栄養を身体に叩き込んで、行き渡らせてからだ」
「は、はいっ、了解であります!」
第二王子殿下からの直々のお言葉に、まさかと一瞬驚いた顔になった騎士達は慌てて胸に手を当て、了解の言葉を返す。
だが、ジークフリートが見せたのは、苦笑で。
「だから、休めと言っただろう? ここは戦場だ、規律さえ守られていれば余計な儀礼は要らないよ。
今の君達にとって、休息は任務であり責務だ。だから、しっかりと休むんだ」
「わ、わかりました、お言葉に甘えて、休ませていただきます!」
返答をした後に彼らが腰を下ろしたのを見て、ジークフリートはほっと一息を吐く。
クララの回復魔術もあって、消耗によって押し切られる心配は、もうほぼなくなったと言って良いだろう。
戦力も残り少なくなったか、敵の勢いは明らかに落ちてきているし、注意すべき大型の魔獣ももういない。
だが。何となくだが、このまま終わるはずがない、とジークフリートは考えていた。
だからこそ、下がってきた騎士達を休ませ、また戦えるように回復させようとしているのだから。
そして、そんなジークフリートの考えは、その数分後に現実となった。
「……何、この嫌な気配」
最初に呟いたのは、フランツィスカだった。
森の奥から、何かが来る。
それも、今までとはまるで違う、悍ましい何かが。
ついで、ジークフリートがハッとした顔になり。
「ギュンター、構えろ! ヘルミーナ嬢、もう一度斉射用意!」
「かしこまりました!」
「……了解」
ギュンターも、そしてヘルミーナも感じ取った。
今までとは違う何かが来る、と。
そして、緊張が高まったその時。
森から、黒い何かが飛び出した。
それは、人型をした存在ではあったのだが、明らかに人間ではありえない速度で走り、こちらへと向かってくる。
「……これは……ヘルミーナ嬢、あれに向かって斉射、『アイス・ランス』で壁を作れ!」
「……了解」
ジークフリートの言葉に頷いたヘルミーナが、再び十本以上の氷の槍を解き放った。
だが。
「なんですって!?」
その威力をよく知るエレーナが、思わず声を上げてしまう。
彼女の目の前で、皆が見ているその眼前で、氷の槍が砕けていった。
いや、それは砕けるというよりも、ほどけるという表現の方がふさわしい程に、音も無くするすると、サラサラと。
数多の魔獣を撃ち抜いてきた氷の槍がただの氷となって溶けていくその光景に、動じること無く声を出したのはジークフリートだった。
「やはり、『絶魔』か……。
ギュンター、あれが奴らの切り札だ、何としても食い止めろ!」
「なるほど、かしこまりました!」
ジークフリートの呟きに。そして指示に。ギュンターは視線を前に向けたまま頷いた。
『絶魔』。正確に言えば、『絶魔の指輪』や『絶魔の首飾り』など、装飾品、装備品の頭につく言葉である。
その意味するところは、魔術を絶対的に拒絶する、という性質。
魔術による干渉を退け、味方からの回復魔術や支援魔術も効かなくなる代わりに、攻撃魔術を無効化するというかなりとんでもないアイテムである。
当然そこらに出回っている物ではないが、連中はこれを持ち出してくる、とジークフリートは読んでいた。
何しろヘルミーナを筆頭に、標準的な人間よりも高い魔力を持つ貴族の子女で構成されているのだから、当然攻撃は魔術による火力に偏ることになる。
であれば、それに対して連中が対策を立ててこないわけがない。
そして、あれだけの資金力とアイテム探索能力を持つ連中が、魔術に対して絶対的な効力を持つアイテムを持ち出さないわけもない。
当然その可能性は事前のブリーフィングで伝えられており、まさに今、それが的中して目の前に現れたのだ。
「あれは、ウェアウルフか!」
霧状になった氷の向こうから現れた姿を見て、リヒターが声を上げる。
ウェアウルフ。人狼とも言われるその種族は、文字通り全身に狼の毛を生やした人型の魔物であり、狼の身体能力と人間並みの知能を併せ持つ、厄介な存在だ。
だが、ということは狼以上の身体能力ではなく、複数人の騎士でかかれば対処は可能な存在でもある、のだが。
明らかに今目の前にいるウェアウルフは、それ以上の身体能力を発揮していた。
それを見て取ったジークフリートが、更に指示を重ねる。
「恐らくコルディアと同じく闇の魔力で強化されている! 初撃をなんとしても防げ!」
「わかっております!」
答えるギュンターの目には、ウェアウルフの動きが、あの日のコルディア伯爵令息の動きに重なって見えた。
そう、見えた。
普通の人間では反応しきれないような速さと圧力を持って襲いかかってくるその姿が。
右腕を振り上げる動きも、獰猛な瞳がどこを見ているかも。
だから。
最初の、爪による一撃は、ギュンターの盾によって防がれた。




