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それぞれに色々な暗躍。

「何が、どうなってんだ? なんで悪役令嬢のメルツェデスが、『高笑いバーサーカー』が、生徒共のフォローに駆けずり回ってんだ?

 いや、退屈令嬢だとかわけわかんねぇあだ名がついてるのは知ってたけどよ」


 メルツェデスが次から次へと、防御の隙間を縫って侵入してきた魔獣達を斬り伏せていく姿を、特製の望遠鏡で遠くから眺めていた黒フードの男が、呆然とした口調で呟いていた。

 そこは、メルツェデス達が布陣している崖の間の、丁度向かい側にある木々の立ち並ぶ小高い場所。

 程よく隠れ、主戦場となる開けた場所と、そこに至る崖の間の道を見通すことができるそこは、無様に逃げ出す姿が最後までじっくりと見られると期待して選んだのだが……思惑は大きく外されていた。


 確かに、先頭から最後尾まで、しっかりと見通せる。

 しかし、そこで繰り広げられている光景は、彼の期待していたものと真逆だった。


「ギュンターがゲームより強いのはわかっていた、だからジークフリートを守れたんだろうって。

 けどおかしいだろ、なんでヘルミーナが味方を巻き込まないように魔術を使ってんだ?

 これは、あいつが味方を巻き込んで大騒動になるイベントだろ?」


 答える者が誰も居ない森の中、ぶつぶつと独り言を呟く男。

 彼の周囲には、護衛として召喚した闇属性で人型の魔物が数体いるにはいるが、彼らは主と会話をするような能力を持たない。

 だから、誰かに窘められるでもなく、彼の独り言は勝手に盛り上がっていく。


「大体、なんでリヒターがあんな複数攻撃魔術使ってんだよ、まだこの時期だと心が折れてて禄に使えないままのはずだろ?

 うわ、またやられた……あれで最後か、ウォーターエレメンタル……。

 後なんだよ、あの茶髪の女。あんだけ強けりゃネームドのはずだろ、あんなのいたか? ……いや、何か見た気はするな……?」


 彼の視線の先では、リヒターの雷撃で周囲の敵もろともウォーターエレメンタルが打ち倒されていた。

 さらに視線を動かせば、『ロック・ブラスト』の一撃で飛行型魔獣を叩き落とすエレーナ。

 どうやら彼は、ゲームでの登場がほとんどない彼女のことを覚えていなかったらしい。

 その横では、互いを補い合うかのようにフランツィスカが奮闘しているのだが……。


「あんなのが暴れてんのに、フランツィスカがいねぇのはどういうこった? 金髪の強い女はいるが、ありゃ違うし……。

 暴れて無くても、居たらすぐわかる見た目だってのに……病欠かなんかか?」


 もちろん彼の目はフランツィスカを捉えていた。

 だが、彼はフランツィスカだと認識しなかった。

 

 彼の知るフランツィスカはゲームのビア樽令嬢。

 今の、絶世の美少女と成長したフランツィスカではないのだ。

 いや、その凜々しい雰囲気や立ち居振る舞いはゲームの彼女もそうだったのだが、残念なことに彼の目には別人にしか映っていなかった。


「くっそ、モブ令嬢どももやたらと強いし、森の外はバカ強い騎士共が暴れまくってて増援もこれ以上は届かねぇし……どうなってんだ、くっそ!」


 ばんっ! と音を立てて近くの木を叩き、その痛みに思わず手を振って痛みを紛らわせる。

 だが彼の苛立ちはそんなことでは消えないし、むしろ無駄に煽られてすら居る。それは単なる自業自得なのだが。


「流石にもうこれは、強制力だとか越えてるだろ!? むしろこれが強制力だってんなら、どうしようもねぇじゃねぇか!

 考えろ、間違いなく俺以外の、ゲームを知っている奴が干渉している!

 誰だ、あの悪役令嬢どもを手懐け、あれだけ大規模な騎士を動員出来る……出来る……?」


 そこまで呟いた彼は、慌てて心当たりを探す。

 そして見つけたその人物は、明らかに彼の知っているそれとは違っていて。


「そうか、てめぇか、てめぇが!」


 見つけた、というほの暗い喜びに快哉の声を上げる。

 それは、本来であれば何の影響もなかったはずだった。


 これだけ離れていて、森の中に隠れていて、なんならギリースーツ、草木に紛れて隠れるための装備まで身に纏っている。

 普通の人間であれば、彼を見つけることなどできない。

 そのはずだった。


「……見つけた」


 ほんの僅かに、しかし、地獄の底から響くような恐ろしい声が聞こえた気がした。

 そのことに気付いた彼が反応するよりも早く、バシュンと弾けるような音と共に、護衛につけていた魔物が一体、細切れにされる。

 その光景が、スローモーションのようにはっきりと見えた。


 細切れにされ、魔力の塵となって消えていくその向こうに佇む、一人の女性。

 活動的な衣服に身を包み、肩の辺りで切りそろえられた茶色の髪、こちらへと向けてくる深淵のような底知れぬ剣呑な視線。

 両手に持っている短剣は逆手の構え。見たところただの短剣にしか見えない、だというのに、魔物は切り裂かれた。


 明らかに裏の仕事をしている人間だ、と直感し。

 彼女が発する強烈な殺気に、膝が折れそうになる。


「ふ、防げぇっ!」


 なんとか絞り出した声に応じて、残る数体の魔物をけしかけた、のだが。


 音も無く。悲鳴を上げる間もなく。

 彼が直衛につけるだけあってそれなりのレベルにある魔物達が、紙切れか何かのように切り裂かれていく。

 その光景は、スローモーションのようにやけにゆっくりと、鮮明に見えて。

 それはさながら、話に聞く交通事故遭遇時の感覚のようで。


「うわぁぁぁぁ!! 『シャドウ・ゲイト』!!」


 気がついた瞬間、反射的に発動させたのは緊急避難の魔術。

 自身の影を入り口に、指定した出口へと繋ぎ移動するという闇属性魔術特有のそれが発動した直後、彼がいた場所を彼女の短剣が切り裂いた。

 彼が後コンマ5秒でも躊躇していれば、きっと彼の命はなかったことだろう。


「……逃しましたか。まあ、いいでしょう。

 背丈を見ました。気配を知りました。声を聞きました」


 ポツリ、ポツリ。

 彼が消え去った残滓を見つめながら、彼女は……ハンナは呟く。

 淡々と、感情無く。

 いや、感情を振り切ってしまったが故に感じさせない、人ならざる気配の声で。


「決して忘れない。二度と逃しはしない。

 必ず、必ず。

 追い詰めて、追い詰めて……生まれてきたことを、下手な企みを仕組んだ己を、後悔させて差し上げます」


 森が、静まり返る。

 雑多な生き物が生息するはずの森が、息を潜めたかのように。

 遠くで、数多の羽ばたきがした。

 ハンナから遠く、すぐには手が届かない距離の鳥が、あるいは鳥形の魔獣が、一目散に。

 それぞれがそれぞれに、必死に、ハンナの殺意から逃れようとしているその空間で。

 殺意の根源であるハンナは、それらの存在にまるで無頓着だった。






「はぁっ、はぁっ!! な、なんだよ、ありゃぁ!?」


 命からがら、影の道を伝って遠く離れた場所にあるアジトの一つへと逃げ延びた男は、ぺたりと尻餅をついたまま、動けないでいた。

 今まで感じたことのないほど心臓が脈打ち、全力疾走の後以上に呼吸は荒く。

 紙一重でかわしたあの殺意が、本当に彼を殺すものだったと今更ながらに感じられて。

 遅ればせながら、全身が恐怖でブルブルと震え出す。


 それでも。

 心も体も混乱する中でも。

 まだ、彼の頭は、なんとか動いていた。


「や、やっぱりか、やっぱり、奴なのか!

 あんな暗殺者だか何だか、王家直属の凄腕に決まってる!

 その上、騎士を大量動員できて、悪役令嬢共を従えて、ヘタレなはずが偉そうに指揮を執って!

 そんなことができる奴は、一人しかいない!」


 緊急脱出先のそこは、彼しか知らない人里離れた山小屋。

 そうとわかっているから、身体の芯まで冷やされた恐怖を誤魔化そうと大声を張り上げる。


「てめぇも転生者か、ジークフリートォォォォ!!!」


 響き渡ったのは、状況的にそう思っても仕方が無い、しかし力一杯勘違いした叫びだった。

 肺から全ての空気を絞り出すかのように叫びきった彼は、ばたりと力尽きたように床に寝転がる。


「だからかよ、こんだけ邪魔されたのは!

 だがそれもここまでだ、魔獣共をいくら倒されたところで痛くもかゆくもねぇ。

 仮に倒し切れても、こっちにゃ切り札がいるんだ……疲れ切ったてめえらじゃ、どうしようもないからなぁ」


 ゲラゲラと笑っている、つもりなのだろう。

 だがその声は、そして身体は、芯に刻み込まれた恐怖によって震えている。

 今までぶつけられたことの無かった明確で底知れない殺意は、彼が気付かぬ内に、いや目を背けている内にしっかりと爪痕を残していた。


 だから彼は、結果を確かめに戻ることもせず。

 もしも最後まで見届けていれば彼の勘違いを正せたかも知れない機会を、失ってしまった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] こんなのを相手に、メル達はレベル上げしなきゃいけないの?
[一言] ジークフリート「(´・ω・`)冤罪よー」
[一言] あちゃあ……(憐れむ目) これゲーム知識はあってもあんまりストーリーラインその物は追ってないし、個々の人物の様子もろくにチェックしてないな? ストーリーラインを追ってたプレイヤーなら、 「ど…
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