お呼びがなくとも即参上。
「来るわ、『ストーン・ブラスト』用意! 当てることは考えないで、とにかくきちんと弾幕で覆って!
カウント、3、2、1……放て!」
エレーナの指示と共に、地属性攻撃魔術『ストーン・ブラスト』が空へと向かって放たれる。
崖に挟まれた地形の関係上、飛行型の魔物も侵入できる範囲は限られているため、その限られた範囲を弾幕で覆うことで迎撃していた。
飛行型はその特性上、身体が軽い。そのため、質量を保つ地属性の攻撃は当たると影響がでかいため、攻撃されたと見るや襲撃を中断して回避に入る性質があるらしい。
それを利用してエレーナは魔物に回避行動を取らせ。
「回避の終わり際を狙って! 『バースト・ボルト』斉射用意……今!」
くるりと回避して、そのターンの終わり際。
速度が落ちるそのタイミングを狙ったフランツィスカの指示で、火属性攻撃魔術が放たれる。
爆発する矢を放つ『バースト・ボルト』は、直撃しなくても爆風の余波でダメージが行く。
それが、翼を持つ飛行型にかすりでもすれば、その影響は甚大だ。
飛行能力を失って落ちてきたものは地上で待ち構えていた武器持ちの遊撃部隊がトドメを刺し、そこまではいかずとも飛行能力が落ちたものは、エレーナやフランツィスカが狙い撃つ。
その繰り返しで、ここまでは問題なく対空迎撃をこなしてきていた。
「……なんだか、数が減ってきたわね?」
「そろそろ向こうも終わりが見えてきた……わけじゃ、なさそうね、この気配」
エレーナがぽつりと零せば、フランツィスカが軽口を叩きながら、表情を引き締める。
ここまで魔物の攻撃にさらされ、撃退しているうちに、いわゆる気配というものを何となくだが感じられるようになってきたフランツィスカ。
その彼女の感覚は、油断ならない相手がこちらを狙っている、そんな視線を捉えていた。
ザワリ、と森が蠢いたような感覚。
ついで、大きな音を立てて、森から巨大な何かが飛び立った。
「なっ、まさかあれ、ガルーダ!?」
「あんなものまで召喚したっていうの!? でも、単体だわ! 全員、『フレイム・ランス』用意!」
「こっちは、半数は『ストーン・ブラスト』、もう半数は『フォース・フィールド』!
突っ込んでくるのを止めるわよ!」
風属性、飛行系魔物の中でも上位に属する魔物であるガルーダ。
退治するには熟練の騎士でも苦労するため、当然、本来この訓練場に出現するような魔物ではない。
その攻撃は、遠距離から羽を飛ばすフェザーショット、近接してからの爪やくちばしによる攻撃が主なもの。
特に近接された場合、その爪で掴まれて上空に連れ去られる可能性があるため、近接されることは絶対に防がなければならないため、エレーナは『フォース・フィールド』を張ることを指示したのだが。
「きゃぁっ!」
「だ、だめです、止まらないっ!」
ガルーダがその長大な翼を振るって数十枚にも及ぶ羽を飛ばせば、あちこちで悲鳴が上がった。
強大な力を持つガルーダは、属性相性を力で押し切りフェザーショットで『ストーン・ブラスト』を相殺して、さらに数枚の『フォース・フィールド』を貫いてしまう。
それだけ、今の生徒達とこの魔物の力には差があった。
更に、誰か生徒に目を付けたらしく上空から一気に降下、残る『フォース・フィールド』を突き破りながら襲いかかってくる。
その勢いとプレッシャーに、逃げるべきなのに足が竦んで動けない。ほとんどの生徒がそうだったのだが。
「『ロック・キャノン』!!」
エレーナの声が響くと共に大きな岩がガルーダの腹に直撃し、さすがのガルーダも降下を止め、一旦体勢を立て直そうとする。
そこへ火属性部隊からの『フレイム・ランス』が着弾し。
「『バースト・ブラスト』!!」
動きが止まったところで、フランツィスカの魔術が直撃、ガルーダを吹き飛ばす。
流石上位にある魔物だけあってまだこれだけでは落ちないが、勢いを止めることはできた。
先程まで絶望的な顔をしていた生徒達の顔に、生気が少しばかり戻ってくる。
「もう一つっ! 『ロック・キャノン』!」
追い打ちをかけるように、エレーナが魔術を放ち、それはまた直撃した、のだが。
先程と違って不意打ちではなかったためか、思ったよりもひるませられていない。
そして、その鋭い視線でエレーナを捉えながら、巨大な翼を一打ち。
風を切りながら、その巨体が物理法則を置き去りにしてエレーナへ突っ込んできた。
「エレン、避けて!」
「間に合わないわよ、もう!」
フランツィスカの言葉に、魔術を放った直後のエレーナは応じることができない。
せめてもと腕を上げて交差させ、防ごうとするが……その細腕であの巨体を受け止めることなど、到底できないだろう。
その身体が吹き飛ぶところを、全員が見た、気がしたのだが。
「あら、おかげで間に合ったわよ?」
その幻影は、涼やかな言葉と共に閃いた銀の光によって切り裂かれた。
次の瞬間には、首と泣き別れになったガルーダの胴体が砂煙を上げながらエレーナの横をかすめて墜落する。
それを為した、そしてエレーナとガルーダの間に割り込んで来たのは、もちろん。
「「メル!!」」
「ふふ、何とか役目はこなせたようね。エレン、大丈夫?」
「え、う、うん、大丈夫、よ……?」
何でも無かったかのように髪を左手で払いながら、メルツェデスはエレーナへと振り返る。
答えるエレーナは、こくこくと頷いて返すその顔は、ほんのり赤く染まっていたりしているのだが。
「本当に大丈夫? なんだか顔が赤いけれど……疲れかしら」
「そ、それはちょっとは疲れてるけど、まだまだこれくらい平気よ!」
「そう? それならいいのだけれど」
誤魔化すようなエレーナの言葉にそれ以上メルツェデスは何も言わず、今度は地属性の部隊、火属性の部隊へと向き直った。
「皆さんのおかげで、わたくしの親友のピンチに間に合いました。お礼申し上げます」
「えっ、とんでもない、私達こそ!」
頭を下げるメルツェデスに、生徒達は慌てて手を、首を振る。
ここまで、的確な指示で彼ら彼女らを率いていたエレーナ。
そのエレーナがあのまま倒されれば、そのまま生徒達も薙ぎ払われていた可能性が高い。
生き残ることができるのは、フランツィスカくらいだろうか。
そうなってしまえば対空攻撃が一気に手薄になり……これからの戦闘がどうなっていたか、わからない。
それを防いだことを、彼女であれば理解しているだろうに、まるで鼻にかけた様子がない。
「っと、あまりゆっくり話してもいられませんわね、一旦失礼いたしますわ」
そう言ってメルツェデスは身を翻し、普段よりも熱っぽいエレーナとフランツィスカの視線を背に受けながら駆け出す。
その先には、崖を伝って前衛の作る壁を回避してきた、猿型のモンスター達。
飛び降りて奇襲を仕掛けようとしたその着地際を、メルツェデスによって切り払われていく。
「助かります、プレヴァルゴ様!」
「後ろは任せてくださいな、そちらはお願いします、ギュンターさん」
「はい、必ずや!」
前方から視線を動かさないギュンターへと、気を悪くした様子もなくメルツェデスは応じた。
実際、ギュンターはギュンターで、先程から大型の獣などをよく防ぎ、奮戦しているので、とても向き直る余裕などない。
それだけに、背後で魔物に暴れられては堪らないのだが、そこを掃除する遊撃として、メルツェデスがいる。
そのことがギュンターには、いや、その快刀乱麻っぷりを目撃した生徒達全員には、頼もしくて仕方ない。
だが、当のメルツェデスはどこか申し訳なさげな表情である。
「……なんだかわたくしばかり楽なお仕事で、申し訳ないわねぇ」
彼女からすれば、ガルーダを一太刀で仕留められたのはフランツィスカやエレーナ達が弱らせていたからだし、猿型モンスターも、身動きの取れない着地際を狙って斬るなど、彼女にとっては造作もないこと。
……その状態でも一太刀で斬り捨てられる威力の一撃を放てる人間はそうはいないし、あの数の猿型をあっという間に切り倒せるだけの素早さも普通はないのだが。
彼女とすれ違いざまにその呟きを聞いた男子生徒が、ぎょっとした顔になったのが何よりの証拠だった。




