憂い無き為に。
「そうなってくると、やはり彼女は一人で一つの戦闘ユニットと考えるべきだろうな」
「残念ながら、そのご意見には賛同するしかありません。
一人で十人分以上の火力がある上に、できることが多岐に渡りすぎている。
あいつと足並みを揃えて動ける人間は、生徒の中に一人もいないでしょう」
自分も含めて、と言外に言いながら、リヒターはジークフリートの確認とも取れる言葉に応じる。
彼らは今、『魔獣討伐訓練』当日に生徒達をどう編成してどう戦わせるか、作戦の立案を行っていた。
例年通りの訓練であれば魔獣の数もそう多くはなく、生徒数人のグループで十分に各個撃破できていたのだが、今年は恐らくそうはいかない。
大規模な襲撃が予想され、それに対抗するには組織的な動きが必要である。
そこで先日のコルディア伯爵令息事件の際に見せた指揮能力を買われ、ジークフリートが今回1年生全体の指揮を執ることになったのだ。
リヒターはその見識を買われて参謀役、というわけである。
「うん……基本的には広範囲攻撃の主力となってもらうことになるけれど、被害が増大した場合には複数人への回復魔術をかけてもらう必要があるし、場合によっては身体強化を使ってもらうことにもなるだろう。
それらの指示を、彼女と同じ速度で実行できる生徒は多分いないから。
……確か彼女、無詠唱で『アイスランス』を使えるんだよね?」
信じ難いことだが、目の前のリヒターは嘘を吐くような人間ではないし、魔術において見間違いをするようなことも考えられない。
であれば、本当のことなのだろう。本当に信じ難い事だが。
「ええ、信じ難いことに。おかげで何度煮え湯を飲まされたことか……」
「一体君達は何をやっているんだ……婚約者の関係、だよな……?」
「さあ、なんでしょうね? どう表現したものか……いわゆる婚約者の逢瀬だとかそんなものでないことだけは確かですが」
呆然と、恐る恐ると投げかけられるジークフリートの問いに、リヒターは苦笑しながら答える。
まさか馬鹿正直に殺し合い寸前の、いや、殺されるかどうかギリギリの魔術合戦などと言うわけにもいくまい。
そんなことを言ってしまえば、この人が良く心配性なところがある第二王子は、色々と気を使ってしまうだろうから。
社交界で見せたことの無い、呆気に取られたような表情を浮かべていたジークフリートだったが、はっと我に返って小さく首を振ると、仕切り直しとでも言わんばかりに小さく咳払いをした。
「なるほど、それで君もあれだけ魔術が使えるわけか。結界などの防御系魔術に関しては宮廷魔術師も舌を巻く腕と報告にあるが」
「それは……恐縮です。あいつの魔術に対抗しているだけだったのですが」
「……そこまでやらねば対抗できない、とも聞こえるが。いや、愚問だな、あれだものな」
とうとう、ジークフリートまで『あれ』扱いである。
先程ヘルミーナが見せた氷の嵐が、氷の槍の群れが、強烈だったということでもあるのだが。
「ええ、残念ながらというか何と言うか、あれですから。その代わり、上手く動かせられたならば頼りになることも間違いありません」
「そして、彼女の操縦術はメルツェデス嬢やフランツィスカ嬢、エレーナ嬢からの情報である程度把握は出来ている、と。
彼女の攻撃魔術を主力に戦術を組み立てることになるから、その点は大変ありがたいところだが」
そう言いながら、ジークフリートは机の上に広げた地図へと目を落とす。
描かれているのは、山間の地形。
左右に切り立つ崖がそびえる山道を抜けた先の少し開けた場所が、今回の訓練の主戦場になるはずだ。
「崖の上に関しては、騎士団が展開して魔獣の掃討と警戒を行うのですよね?」
「うん、いくらなんでも崖の上から攻撃されたら、経験の少ない私達は碌な対応もできずに崩壊するだろうからね。
逆に、崖の上の安全さえ保証されれば、この地形は私達に有利に働く」
「この開けた場所に魔獣を誘導、我々は崖の終わりの狭い場所で迎撃。
仮に全体の数は向こうが上である状態となっても、一度に接敵する数を限定することで相手に数の有利を使わせない、と」
「更に言えば、人間が一度に認識できる方向は限定的だからね、前だけを向いて戦えば良い状態にしたい」
ジークフリートの意図するところに、なるほど、とリヒターは頷いて見せる。
例えば、優れた剣士であっても、対戦中に横合いからいきなり攻撃されれば、なすすべも無いという。
これが訓練が不十分で未熟な生徒達となれば、尚のこと周囲に気を配ることなどできはしないだろう。
まして、極度の緊張下において人間の視野は更に狭まると聞く。
だから緊張しないように鍛える、ではなく、視野が狭くても戦える状況を作ることをジークフリートは選択した。
個人の技量では無く全体の仕組みによって対応しようとするその姿勢に、人を使う者の資質を見たとリヒターは思う。
であれば、それを最大限支えていきたい、とも。
「そういうことでしたら、崖上には騎士団だけでなく魔術師など遠距離攻撃が出来る部隊も配置しておくべきでしょう。
また、対空攻撃を主任務とする部隊も作っておくべきかと。
恐らくですが、敵は風属性の魔物を多数使ってくる可能性が高い。となると、飛行能力を持つ魔物も少なからずいるでしょうから」
「ああ、なるほど……ヘルミーナ嬢の水属性攻撃魔術対策、というわけか」
「ええ、直接見たことはありませんが、水属性が無効な魔物もいると言いますし」
リヒターの進言に、なるほど、とジークフリートも首肯する。
以前にも述べたが、ゲーム『エタエレ』では属性相性というものがあり、風属性は水属性に強く、逆に水属性は風属性に弱い。
そのため、物理的にはおかしいのだが、氷の嵐の中を平気で飛ぶ飛行系魔物などというものが存在していた。
どうやらその法則は、この世界においても存在しているらしい。
「となると、対空攻撃の部隊には地属性の生徒を当てた方がいいか……あるいは火属性もありか?」
「はい、おっしゃる通りかと。であれば、エレーナ嬢とフランツィスカ嬢に率いてもらうのも手かとは」
「なるほど、彼女らであれば判断力も高いし、適任だな」
地属性は風属性に強いが、攻撃魔術が然程豊富ではない上に、他属性に比べて攻撃魔術を得意とする生徒も少ない。
火属性であれば相性関係がなくダメージが普通に通り、攻撃魔術を得意とする生徒も多いとなれば、地属性の火力不足を火属性で補うのは、良いアイディアに思えた。
おまけに、家柄的にも能力的にもリーダーとして十二分に機能しそうな二人もいるとなれば、採用しない手はない。
「後は、前衛の構成ですが……これは、ギュンターを中心に騎士家子息で問題ないかと」
「うん、よく鍛えられているというか、しごかれているからね……伯爵家令息が泥に塗れている姿を見せられたら、手を抜く言い訳なんてなくなってしまうし」
ギュンターに蹴散らされているように見える他の騎士家子息達だが、ギュンターの成長が著しすぎるだけで、実際の能力としては既に騎士として十分な程に鍛えられている者が多かったりする。
これは、ギュンターだけでなくクリストファーまでもがきつい訓練へと自主的に参加している影響もあった。
何しろ軍部のトップであるプレヴァルゴ伯爵家の嫡男が、騎士爵や男爵とその令息に混じって、誰よりも熱心に訓練をしているのだから、周囲としては否が応でも付き合わねばならない。
更にクリストファーの体力はギュンターにも並ぶほどであり、結果として彼らは限界まで体力を使い果たし脱落する、を繰り返している。
だから彼らの力は結果として底上げされていたりもするのだが。
「つくづくあの家は、我が国を支える礎の一つですね……。
そう言えば、その姉君であるメルツェデス嬢はどうされるのです?」
リヒターも社交の場で幾度も会ったことのあるクリストファーを思い出しながら、更にはその姉を、婚約者の最も親しい友人を思い出す。
彼女こそ武術の極み、ヘルミーナと双極を為す存在と言って良いだろうし、彼女の運用が重要であることは言うまでもない。
その剣技を実際にその目で見た者として、あれから更に腕が磨かれていると聞く彼女を、ジークフリートはどう評し、使おうというのか。
視線を向けられ、ジークフリートが返したのは……苦笑だった。
「正直なところ、彼女は私の指揮下に置けるものではないと思っている。
特にその視野の広さときたら私など及ばないし、下手をしたら見えていない敵にまで反応しそうなくらいだ」
ジークフリートは知らない。まさに、彼女は既に相手の気配だけで攻撃を回避できるレベルにあることを。
なんなら目を向けることなく斬り伏せることすらできたりするのだが……いずれにせよ、メルツェデスにとってジークフリートの指示を待つのは、文字通り待つことになってしまい、時間の浪費となりかねない。
であれば。
「いっそ彼女には、好き勝手してもらおうかなと考えているよ。丁度『勝手振る舞い』もあることだしね」
「は、はぁ……まあ彼女ならば、それでも有効な動きをするでしょうが」
予想外の言葉にリヒターは曖昧な返事を返しながら、かつての事件を思い出す。
あの時、多勢相手に怯むこと無く、むしろ余裕と貫禄すら感じさせながら狼藉者達を斬り倒していったメルツェデス。
確かにあの動きは、ヘルミーナ同様、ついていける生徒はいないだろう。
であれば、彼女もまた一人で一つの戦闘ユニットとして扱うべき。
そう結論づけた彼へと、ジークフリートはどこか楽しげな笑みを見せる。
「ところで、あと一人重要な人物について話が出来ていないのだが」
「あと一人、ですか? それは一体」
ヘルミーナはもちろんのこと、エレーナにフランツィスカ、ギュンターやメルツェデスの役割については既に話し終えた。
クリストファーもいれば心強いところだが、残念ながら彼は学年が違う上に入学は来年なので、今回は違う。
となれば他に話していないのは。
「君だよ、リヒター。今回の訓練において、君はとても重要なんだ」
「私、ですか?」
ジークフリートの予想だにしなかった言葉に、リヒターは思わずオウム返しをしてしまった。
……それから説明された内容に納得もし、背筋が伸びる思いをすることにもなるのだが。




