雨垂れ石を穿つか。
「では、参ります!!」
開始の合図とばかりにギュンターが声を上げ、盾を前に押し出しながら突進しようと踏み出した、その瞬間。
フランツィスカもまた、前へと踏み出した。
意表を突かれたギュンターは一瞬脚が鈍り、しかし即座に再加速を始めるのだが。
「なんと!?」
ガィン! と強烈な音と共に衝撃を受けて踏ん張ってしまい、脚が止まってしまう。
見やれば、背筋を伸ばしたまま大きく踏み出した姿勢でレイピアを突き出しているフランツィスカ。
彼女は、ギュンターが再加速を始めたのに合わせて更に踏み出し、体重の乗った突きを、ギュンターの盾目がけて放っていたのだ。
元々ゲーム『エタエレ』ではあの体型だったのだ、筋力もそれなりに秘めていたところへ、メルツェデスの指導の元トレーニングを重ねていたフランツィスカは、出鼻を挫く形であればギュンターすら止めるだけのパワーを獲得してしまっていたらしい。
状況を理解したメルツェデスなどは『やりすぎたかしら』などと内心で冷や汗を掻いていたりするが、対戦しているギュンターは満足げな笑みが浮かんでくるのを止められない。
彼の突進は、それなりに鍛えていたコルディア伯爵令息すら吹き飛ばすもの。
そのパワーを発揮させないためスピードが乗る前に仕掛ける、というのは理屈としては正しい。
しかし、彼の放つ迫力を前にそれが実行できる人間など、そうはいないだろう。
それを、まだ剣を始めて二ヶ月足らずのフランツィスカは、きちんと体重を乗せた突きを放つというおまけつきで、やってのけたのだ。
どれだけの度胸とセンスがあればそんなことができるのか、ギュンターには想像もつかない。
ただ一つ確かなのは。
フランツィスカが持つ資質を感じた彼の直感は間違っていなかった、ということだ。
「素晴らしい突きですな、エルタウルス様!」
「それは、お褒めに預かり恐縮です、わっ」
手短に交わされる、賞賛と謙遜。
次の瞬間、フランツィスカはギュンターの左手側、盾を持つ方へと敢えて回り込んでいた。
本来ならば防御の硬いそちらへと回るのは悪手と言って良いのだが、相手の視界が悪く防御一辺倒にさせられるという一面もある。
そして、先程のように突進をパワーで抑え込めれば、あるいは勝機も僅かばかりに見えるかも知れない。
初心者が熟練者相手に番狂わせを起こすには、とにかく相手を受けに回らせ手数で攻め立てるしかないのだから。
つまり。
どれだけ勝ち目が薄くとも、フランツィスカは勝つつもりなのだ。
負ける気のない、気持ちと威力の乗った突きが、再びギュンターの盾を打ち、その動きを押しとどめる。
「なるほど、実にお見事! しかし!」
衝撃に脚を止めたギュンターは、また回り込むフランツィスカを追いかけた。
そして三度繰り出された突きに対して、盾をやや斜めに傾け、受けた衝撃を逸らしてしまう。
「なっ、くっ!」
突きを逸らされ、足止めが十分でないと察したフランツィスカは思わず小さく声を上げながら横に跳ぶ。
次の瞬間、今まで彼女がいた場所を薙ぎ払う、ギュンターの剣。
逸らした剣を左手で払いのける動きで身体を捻り、右手の剣を振るってきたのだ。
「あら、お見事」
メルツェデスが、小さく呟く。
猛烈な勢いで振られた剣は、先程フランツィスカのいた場所を薙いだ後、跳んで逃げたフランツィスカへと剣先が向いたところで体勢を崩すことなくピタリと止まった。
剣を振るった後も隙を作ることのないその動きを、片手で行える者がどれだけいるか。
更には、淀むこと無くそのまま剣を突きつけるようにしながら相手へと進む動きに繋げられる者がどれだけいるか。
盾を構えての突進とはまた違う、鋭い圧力にさらされたフランツィスカは。
「こうなったら……一手ご教授いただきますわっ!」
足を止めての打ち合いを選択した。
先程のフランツィスカの突きにも劣らない鋭さの、倍以上の威力が乗ったギュンターの突きを、それでも必死に逸らす。
反撃に出たいところだが、その剣は押さえ込むのがやっとの重さ。
と、その重さが急に消えた。
その意味するところを理解するより早くレイピアが動き、突き終わりの体勢から素早く引いた剣を返して切り下ろしてきたギュンターの剣を何とか弾く。
だがその衝撃は重く、たった一合でフランツィスカの手は痺れてしまった。
そして。
痺れていた手から、金属音と共に、レイピアの感触がなくなる。
剣の動きに合わせて振り払われたギュンターの盾によって、彼女の剣はたたき落とされてしまったのだ。
それを理解したフランツィスカは、大きく息を吐き出す。
「ふぅ~……参りました、完敗ですわ」
潔いその敗北宣言に、ギュンターは笑顔を返した。
「いやいや、お見事でした。鋭いだけでなく重く力強い一撃、とても剣を始めたばかりの方とは思えません。
むしろ、まだまだ私も修練が足りないと痛感させていただきました!」
そう言いながらギュンターは鞘に剣を納め、それから彼が撃ち落としたフランツィスカのレイピアを拾う。
刀身を持ち柄をフランツィスカへと向けて差し出しながら、その刀身の感触に、改めて彼女の力を感じた。
訓練用とはいえ刺突用の剣として十分な強度を持つはずのそれが、所々歪んでしまっている。
ほんの数回の突きでそれ、ということは、果たしてどれだけの威力が込められていたのか。
……もちろん、歪むということはまだ技術的に不十分で力を完全には伝えられていないということでもあるのだが、それを今のフランツィスカに求めるのは酷というものだろう。
「ギュンターさんで修練が足りないと言われたら、私など本当にまだまだですわね」
ほんの数回の攻防で、ギュンターがどれだけの物を積み上げてきているか痛感したフランツィスカは、ゆるりと首を振る。
しかし、同時に手応えのようなものを感じていたのも事実。
「そうねぇ、勿論まだまだな所は多いのだけれど……普通の初心者は、そもそもあそこで前に出られないし、ギュンターさんを一瞬でも止めるような突きは放てないわよ」
「左様ですな。あれは正直なところ完全に予想外、私の見積もりを遙かに上回る一撃でした。
女性であのような一撃を放てる方など、プレヴァルゴ様以外では初めてです」
どちらかと言えば褒めて伸ばすタイプのメルツェデスと、良い点は良いと率直に告げる性格のギュンター。
そんな二人の性格を知っているフランツィスカだが、今この場で最も剣の腕が立つと言って良い二人からそう言われて、嬉しくないわけがない。
「あら……ふふ、思い切って胸を借りるつもりで挑んだのが良かったのかしら」
恐らく、公爵令嬢として喜ぶべきではない言葉だけれど。
剣を手にすると決めたフランツィスカにとって、その言葉は何よりの励ましとなった。




