切磋琢磨。
王城にて大人達が顔を突き合わせ対策を講じてから数日後。
学園では、訓練場で生徒達が魔獣討伐訓練に向けて最後の仕上げを行っていた。
「それではいきます……『スペル・エンハンス』!」
クララが魔術を発動させると、ふわりとエレーナの身体を光が包み込んだかと思えば、すぅ、と吸い込まれていく。
目を閉じてそれを受けていたエレーナは、閉じたままその力を感じ取り、自身の力を乗せ、形を作っていき。
「いくわよ! 『フォース・フィールド』!!」
気合いの声と共にエレーナが両手を突き出せば、その先に生じる、茶色を帯びたほのかに光る力場。
魔術も物理攻撃も防ぐことができる汎用結界魔術であり、比較的エレーナが得意とする魔術でもある。
彼女の属性である地属性を帯びており、風属性の攻撃に強く火属性に弱い、という特徴を持つそれは、普段に倍する厚みを持っていた。
「これは……確かに全然手応えが違うわね……」
魔術を発動させた本人であるエレーナが、驚きのあまりやや呆然としたような声を出す。
比較的得意、ではあるものの、魔術の才能においてヘルミーナはもちろんフランツィスカにも到底及ばないエレーナが展開できる結界は、公爵令嬢として恥じない程度ではあるもののそれ以上でもなく、さして強力なものではない。
しかし、魔術強化という効果を持つクララの『スペル・エンハンス』を受けてエレーナが張った結界の力強さときたら、フランツィスカのそれにも引けを取らないくらいのもの。
「なら、『アイスランス』を全力でいっても大丈夫ってこと?」
「待って、加減はして、一本ずつ、五割程度から!!」
「ち、仕方ない……」
きょとんと小首を傾げた、愛らしいとすら言える仕草のヘルミーナの口から出るのは、やはり『マジキチ』の滲む可愛げのない言葉。
慌ててエレーナが首を振りながら否定し訂正すれば、返ってくるのは舌打ちと残念そうな声。
もちろんヘルミーナとてエレーナが嫌いなわけではない。
だが、強化された結界がどの程度のものか確かめてみたい、という欲求を抑えきれないだけなのだ。
いや、だけなのだと言われても、エレーナからすればたまったものではないだろうが。
「仕方ない、じゃないわよ! 普段なら一本にも耐えきれないんだから!」
「まあ、うん、私だし。貫通しないだけ、大したもの」
悲鳴染みたエレーナの抗議に、ヘルミーナはドヤ顔を返す。
それを見てエレーナはさらにぐぬぬとなるのだが、この言い方ではわかりにくいものの、実はヘルミーナはエレーナのことをそれなりに認めていた。
確かにエレーナの結界は、ヘルミーナの『アイスランス』一発で崩壊する。
しかし、崩壊の際に生じるエネルギーにより『アイスランス』は相殺され、実質一発は防げた形になっていた。
これが他の令嬢令息が張った結界であれば、崩壊による相殺などとてもできず、あっさり貫通して直撃するところ。
そうはならないあたり、彼女とて親友達のせいで鍛えられてはいるのだ。おかげではなく、せいで、だが。
「全然慰めにもなってないし……でも、多分一発は保つと思う、けど……やっぱり五割から始めてね?」
「了解、ではいく。『アイスランス』」
「ちょっとぉ!?」
こくんとうなずいたヘルミーナは、いきなり詠唱無しで『アイスランス』を放った。
確かにこれだと威力は詠唱ありの五割程度。そういう意味では間違っていない。
しかし、エレーナの心の準備だとか、人間的な配慮だとか、そういう意味では間違っていた。
だが。
「……え……防げた……?」
エレーナの結界を襲った氷の槍は、金属がひしゃげるような気味の悪い音を凶悪と言っていい程のボリュームで響かせ、しかし貫くことなく、砕け散った。
この結果にはエレーナも、そしてヘルミーナも思わず目を見開き驚いてしまう。
「なるほど……やはり、全力でいくべきだったか」
「まって、一本だけにして! 十本とか出すのやめて!」
負けず嫌いを刺激されたヘルミーナの目が据わり、察したエレーナは慌ててぶんぶんと手を振る。
聞いているのかいないのか、詠唱を終えたヘルミーナの周囲に浮かび上がるは、十数本の氷の槍。
「わかった。まずは、一本」
まだ、ギリギリ自制は効いていたらしい。
言葉とともに、一本の氷の槍が……一本目の倍の速度で放たれ、先程以上の轟音を立ててエレーナの結界に着弾する。
「くぁっ……た、耐えられた……」
普段ならば一発で結界が消し飛ばされる一撃を食らい、その衝撃によろけながらも、いまだ健在である結界を目にしたエレーナは茫洋とした口調で呟く。
そして。
それを見たヘルミーナの口角が、にぃ、と吊り上がった。
「なるほど、これを耐える。なら、次は、二本、いや、三本……」
「無理! 三本は無理だから!! 二本で、二本でお願いっ!!!」
「さあ、どこまで耐えられるかな……」
「やめてぇぇぇぇぇ!?」
くつくつと喉を鳴らすヘルミーナへとエレーナは懇願するが、もちろん聞き入れられるわけがない。
直後に襲いかかった氷の槍二本は、何とか防ぎきったが。むしろそれを防げただけでも賞賛に値するが。
流石に続く三本は防ぎきれず、結界崩壊の余波を受けて、エレーナは吹き飛ばされた。
「エレーナ様!?」
慌ててクララが駆け寄るが、吹き飛ばした張本人はそれを見てなお涼しい顔である。
「流石エレン、無理と見て自分から後ろに飛ぶとは……私も今のは加減したけれど、必要なかったかな」
「いやいや、流石に加減されてなかったら、この程度じゃ済まなかったわよ……あたたたた……」
派手に吹き飛ばされた、いや、吹き飛んだエレーナが、ヘルミーナの言葉を受けてむくりと上半身を起こした。
彼女の言葉どおり、そしてヘルミーナの言う通り、直撃して吹き飛ばされたにしては明らかにダメージがない。
せいぜいが転んだ時の擦過傷程度であり、それもすぐにクララが治癒魔術で治してしまえば、残るは土汚れ程度のものである。
「しかし、ということはクララの『スペル・エンハンス』は結界の強度を三倍前後に引き上げるということ?」
エレーナの無事を確認してから、ヘルミーナが『マジキチ』の、どちらかと言えば研究者の顔を覗かせる。
負けず嫌いに踊らされて攻撃していたように見えて、実はあれでも頭のどこかで冷静に観察しているところがあった。
だからこそ最後の三本同時は絶妙な加減が出来た、とも言えるが。
そんなヘルミーナの呟きに、エレーナはゆるりと首を横に振る。
「あ~……それは、個人差があるみたいね。以前フランにかけてもらった時は、二倍くらいだったと思うし」
「ふむ。ということは、効果を左右する要素がある、ということ。それが何かも研究したいところ」
なるほど、と小さく頷いてヘルミーナは淡々と言葉を重ねた。
ここまでは。
次の瞬間。
ギュン! と音がしそうな勢いでクララの方へと振り向けば、思わずクララの喉から「ひぃ」と声にならない悲鳴が漏れる。
「やはり、研究するしかない。訓練のその日まで、微に入り細を穿つ勢いで徹底的に、あなたを」
「や、ちょ、勘弁してください~~!!」
今日も今日とて、逃げるクララと追いかけるヘルミーナという構図ができあがり、周囲で見ている同級生達は『また始まった』と生暖かくスルー。
本来ならば割って入るべき後見役のエレーナも、疲れもあってか傍観気味だ。
「た、助けてください、エレーナ様ぁ!!」
「大丈夫大丈夫、後2周も走ればミーナはバテるから!」
「ふ、甘いな。私とて成長している、3周はいける」
「じゃあ4周ね、頑張ってクララ!」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
無責任なエレーナの応援に、クララは悲鳴を上げながらスピードを上げる。
結局、3周半でヘルミーナは力尽き、クララは涙目になりながらも逃げ切ったのだが……徐々にヘルミーナの走れる距離が伸びてきていることに、危機感を募らせることにもなった。




