因果は更に次へと繋がる。
結果として、護衛の騎士達は全員後遺症もなく回復し、コルディア伯爵令息も、無事闇の魔力を『浄化』することができた。
これにて一件落着、めでたしめでたし、で終われば良かったのだが、残念ながらそうもいかない。
当然というかなんというか、コルディア伯爵令息に対しての裁きは当然下されることとなった。
本来であれば王族へ攻撃を仕掛けたというだけで反逆罪、令息の死刑どころかコルディア伯爵家一族郎党諸共根絶やしとなるところである。
しかし、この件に関しては何者かによって闇の魔力を植え付けられたことによる影響が大きかったこと、『浄化』が終わった後の令息が素直に情報を提供したことなどにより、伯爵家への処罰は回避された。
その令息は、『浄化』によって色々な意味で闇が取り払われた結果、取り調べに同席したジークフリートが驚く程素直にあれこれと、何があったかを喋っていった。
……そのため、彼が繁華街で何をしていたかまで明るみに出てしまったため、彼自身への処罰は免れなくなってしまったが。
いくら形式としては正当防衛の形だったとはいえ、彼自身によってゴロツキ共が襲ってくるよう誘導した上での死傷沙汰だ、流石にお咎めなしとは出来ない。
学園は病気による退学となり、療養のため『こういった時のための』貴族病院へと入院することになった。
その先の処遇はまだ決まっていないが、一生幽閉されるか、どこかのタイミングで『病死』するか……いずれにせよ、彼が生きて病院を出ることはないだろう。
「といったところが、現時点で決まっていること、かな。君達から見れば手ぬるいかも知れないが……」
言葉通りの申し訳なさげな表情でジークフリートが詫びる。
事件から数日後の昼下がり、学園内にあるサロン。
上級貴族の子弟が使うその区画に、メルツェデス達は集まっていた。
「いえ、とんでもございません。コルディア伯爵家の忠節と武功はわたくしとて知るところ。
それが失われずに済んだこと自体は僥倖と言えましょう」
「それは確かに、ね。結果としてあの時君達のおかげで全ての収拾が付いたことも功を奏したよ、正直なところ」
ゆるりと首を横に振りながらのメルツェデスの言葉に、ジークフリートはゆっくりと、深く息を吐き出す。
例えば、あの時身を挺してジークフリートを守った護衛騎士達の怪我が深く、後遺症でも残っていたら、その見舞金だとか補償だとかで問題が大きくなっていただろう。
しかし、彼らはヘルミーナの魔術によって完璧に治癒され、翌日からすぐ職務に復帰できていた。
ついでに言えば、彼らで歯が立たなかった相手を、学生であるメルツェデスが制圧してしまったということも、話を内密の内に終わらせられた、というか終わらせねばならなかった要因だったりするのだが。
「ふ、全く以てその通り。王室と学園は私にもっと感謝してもいいくらいですよ」
「それは否定しないのだけれど、あまり表立って表彰するわけにもいかないからね、申し訳ないが」
不敬ギリギリ、むしろアウトなくらい偉そうに言うヘルミーナに対して、腹を立てることもなくジークフリートは応じる。
実際の所、ヘルミーナの見せた魔術は、即宮廷魔術師のスカウトが来るレベル。
なんなら勅命による強制任官としてもいいくらいのものだった。
まあ、クラレンスの性格的にそれはないし、ヘルミーナの性格的にも宮廷魔術師など務まりそうも無いが。
「申し訳ないだなんてとんでもございません、むしろ私なんて最近悪目立ちしている気がしているくらいですから、表彰だなんてとてもとても……」
「君のそれは、一目置かれている、という奴ではないかと思うんだが……とは言え、気になるのも仕方ないか」
一方クララは、ジークフリートの言葉に恐縮し、肩を縮こまらせて小さくなっている。
元々平民上がりの光属性持ち男爵令嬢ということで好奇の視線を集めてはいたが、先日の戦技訓練からこちら、更に注目を集めている気がしているし、それは事実だ。
だがそれは、あれだけの重傷だったコルディア令息を一瞬で治してしまったその治癒力に対する畏怖だったり敬意だったりするのだが、残念ながらクララはそのことがわかっていない。
むしろひっそりと平穏に過ごしたかった彼女としては、向けられる視線の種類に関係なく居心地が悪いところもあるのだろう。
「クララさんは性格もそうですけれど、見られるということにあまり慣れていないでしょうしね」
「デビュタントでは注目を集めてたけど」
「あの時はエレーナ様が傍にいてくださってましたから、まだ気にはならなかったのですが……学園内で常にご一緒しているわけでもないですし……」
労るようなメルツェデスの言葉に続いたヘルミーナのツッコミに、クララは困ったような顔をしながら、恐る恐ると答える。
……どうもここ最近の絡まれ方から、ヘルミーナに対して苦手意識というか恐怖というかそういった感情が生まれているように見えてならない。
扱い方さえわかれば御しやすいものなのだが……と思っているのはメルツェデスくらいなものだということを、他ならぬ彼女だけが知らなかったりする。
「エレンは礼儀作法の授業では上位貴族のクラスに行くし、他にもそういった場面はあるものね」
「はい、おっしゃる通りです。……エレーナ様にご心配をおかけしないよう、私一人でもなんとか出来るようにならないといけないのですが……」
そう言いながらクララは、少しばかり俯く。
勉強においては半分より上にいき、希少な光属性を持っている上にその力も強く、この年齢としては類を見ない程の回復魔術を使える、さらには『浄化』まで可能となった少女。
持っている能力を考えれば堂々と胸を張ってよいとメルツェデスなどは思うのだが、生来の性格と身分の引け目はどうしても拭えないらしい。
言葉が弱々しくなっていくクララをじぃっと見つめていたヘルミーナが、ぽん、と手を打った。
「なるほど、わかった。では今後クララは、私の実験素材ということで」
「どういうことですか!?」
唐突な宣言に、思わずクララは悲鳴を上げる。
いや、それは悲鳴の一つも上げたくなるだろう、と隣で聞いていたジークフリートなどは思うのだが。
「あなたが私の実験素材になれば、私の管理下になる。
ついでに私はエレンと違って礼法とかサボってるから、クララの観察ということで下位貴族の授業に行くことも可能」
「いや待ってくれヘルミーナ嬢。流石に王立学園の生徒である君が、王族、つまり運営関係者である私の前で堂々とサボり宣言は止めて欲しいのだが」
悪びれもしていないヘルミーナへと、こめかみに手を当てながらジークフリートが若干絞り出すような重さで口を出す。
一応彼は王族として生徒達が風紀を乱すこと無く学園生活を送るよう監督する、風紀委員のような役割も与えられている。
その彼がいる前でのサボり宣言は、流石に色々とまずい。
「そうよミーナ、あなた、ただでさえ進級も危ぶまれているのに」
「ふ、進級するギリギリを取る計算は出来ている」
メルツェデスの窘める言葉にも、ドヤ顔で自慢できることでは決して無いことを胸を張って言い返す。
その姿勢は、ある意味潔くもあったのだが。
「そう、でもギリギリだったらお疲れ様会に参加させないわよ」
「んなっ! ずるい、私だけ仲間外れはずるい!」
「ずるくないわよ、あれは頑張った人へのご褒美なんだから。頑張らない人は参加させません」
「そんな殺生な!」
にべもないメルツェデスの腕を掴み、ガクガクと揺さぶろうとして、メルツェデスの体幹を揺るがすには腕力が足りず逆に自分が揺れていたりするのだが、それでも必死にヘルミーナは言い募る。
中間試験後に催したクララへのご褒美お茶会の話を聞いて、ずるいと大暴れしたのはつい先日のこと。
その時の様子を思い出して、クララなどはたらりと額に冷や汗を垂らしたりしているのだが、メルツェデスは涼しい顔だ。
「あそこのお店、スイーツが中々に美味しかったのよ。ねえ、クララさん?」
「ふえっ!? た、確かに美味しかったですけども……」
唐突に投げかけられた問いに、反射的に応じて。
それから、失言した、と恐る恐るヘルミーナを伺えば、やはりご機嫌斜めなむくれ顔。
「やっぱり!? ずるい、私も食べたいのに!」
「だったらちゃんと魔術実技以外も勉強なさいな。そうねぇ、とりあえず真ん中以上の成績は取ってもらわないと」
むくれようとも騒ごうとも、親友であり彼女をよく知るメルツェデスは揺るがない。
そのことをわかっているヘルミーナもまた、彼女が折れないことを知っているから。
「真ん中以上、言ったね、確かに言ったね!? わかった、絶対取ってやる!」
「わぁ……こんなに真剣なピスケシオス様、初めて見ました……」
売り言葉に買い言葉、と言わんばかりの勢いに、思わずクララから本音が零れた。
クララに絡みついてきた時も十分に鬼気迫るものだったが、今のこれはそれ以上。
何がヘルミーナをここまで駆り立てるのか、まだ付き合いの浅い彼女はわかっていない。
いずれ、嫌という程わからされる事になるのだが。
「ええ言ったわ。次の試験、楽しみにしているわね」
ニコニコと笑いながら頷くメルツェデス。
次の試験、更にその後はまた重要イベントがやってくる。
恐らくそこで敵方は、ゲーム以上のことを仕掛けてくるだろう。
だが、きっと乗り越えられる。
頼もしい友人達とのお茶を楽しみながら、メルツェデスは確信のようなものを持っていた。
一方その頃。
「……もう三日経つってのに、何の騒ぎにもなってねぇ。
少なくともジークフリートは無事ってことか……何だってんだ、一体。これもシナリオの強制力だってのか?」
とある薄暗い一室にて、部下からの報告書に目を通した男は苛立ちを交えながらぼやく。
この時点であればメインキャラであろうと蹂躙できるだけのレベルにして伯爵令息を送り込んだ。
しかし、結果として何の騒ぎにもなっていない……つまり、騒ぎになる前に制圧された、ということ。
それは、とても彼には理解も納得もできなかった。
「いくらなんでもおかしいだろ、モブとは言え伯爵家のポテンシャルがあったってのに」
この世界では、戦闘能力を決定づけるのは魔力であり、その魔力は高位貴族である程強くなる。
伯爵家の人間となれば人間として上位1%に入る程であり、そのレベル30ともなれば、護衛騎士など足下にも及ばない、と彼は考えている。
実際、その通りではあったのだが。
しかし、結果は彼の考えた通りにはならなかった。
「何があったってんだ……くっそ、学園の中には手下も入れねぇし」
苛立ち紛れに、ドン、とテーブルを叩く。
ゲーム知識は豊富な彼だが、この世界における情報については後手に回ることも少なくない。
何しろそれはゲーム内でも描写されなかった部分が多く、ゲームの舞台は一般庶民が触れる機会など無い世界の話である上に、貴族の子女が通う王立学園は、この国最高水準の防諜が為されている。
いかに彼とて、なかったものは知らないし、人を使っての調査にも限界はあった。
「だが、こうも上手くいかないってことは、あっち側に上手くやってる奴がいるってことだ。
てことは、あっち側にもゲームを知ってる奴がいるってことか?
ジークフリートの暗殺を二回も阻止して、ヘルミーナ誘拐を防いだのも、恐らくそいつだ……」
そんな事ができる存在。それは、はたして誰なのか。
「……情報が足りねぇ。なら、次のイベントで……」
呟きながら、ギラリと目を光らせる。
元々ここに戦力を注ぎ込むつもりではあったが、更に上乗せをせねばなるまい。
そのイベントは、『魔獣討伐訓練』。
メインキャラクター達が初めて実戦を行うイベントに乗じて。
くっくっくと喉を鳴らして笑いながら、男は昏い笑みを浮かべた。




