また別の因果応報
「まったく、呆れる程に鮮やかな手並みだな……」
「仰る通りとしか申し上げようがございませんな!」
ぼやくジークフリートと、朗らかに応じるギュンター。
二人の表情はそれぞれだが、受けている感銘の深さは同じ物があった。
条件の違いはあれど、彼らがあれだけ手こずった相手を手玉に取り、鮮やかに沈めて見せた技量。
それも、武器を持たず、相手を気絶させるだけに留めるという、相当な実力差が無ければできないことを、いともあっさりと。
いや、コルディア令息も武器を持っていなかったが、この場合、あの闇の魔力は武器と言ってもいいだろう。
だというのに当のメルツェデスは、武器を持たず魔力も纏わず、その身体能力と身に付けた技術だけという不利な条件で取り押さえてしまったのだから。
「やれやれ、まるで追いつける気がしない」
「仰る通りとしか申し上げようがございませんな!」
「……ギュンター、扱いがぞんざいな気がするのは気のせいか?」
「はっはっは、何をおっしゃいますやら!」
ジト目のジークフリートに、ギュンターは快活に答える。
しかしジークフリートはわかっていた。彼が肯定も否定もしていなかったことを。
だからと言って、咎める気もない。
真面目な彼にこんな一面があったことは、驚きこそするが、喜ばしいことだとも思えるから。
などと考えていたところへ、駆け寄ってくる人影が見えた。
「い、今、こちらから何かおかしな魔力が……って、何事ですかこれは!?」
最初に駆け込んで来たクララが、思わず悲鳴を上げた。
なるほど、光属性の彼女であれば、対極にある闇属性に素早く反応したのもわかる。
そして、彼女ならばもしかしたら。
「クララさん、ちょっとこちらに来てもらえるかしら」
「えっ、あの、でも騎士の方々を治療しませんと……」
「いや、彼らは全員生命に別状はないから大丈夫だ。全て打撃によるものだし、鎧や剣で受けてはいたからな」
メルツェデスの呼びかけに躊躇いを見せたクララへと、ジークフリートは声を掛けた。
もちろんメルツェデスもそれを見切っていたからの言葉なのだろう。
であれば、今、クララに、優先的にやって欲しいことは。
「こちらの方が、先程まで闇属性の魔力を纏って暴れていたのよ。でも、彼の本来の属性は違うはず……となると、誰かに闇の魔力を無理矢理纏わされたとかそんなところだと思うのだけれど……クララさん、あなた、これを『浄化』できないかしら」
「えっ、『浄化』ですか? ……練習はしてますけど、実際に使った事が無いので、なんとも言えないですが……」
そう答えながら、クララはメルツェデスの隣、倒れているコルディア伯爵令息の傍へと恐る恐る歩み寄る。
幾度も投げ飛ばされたその身体も服装も汚れに塗れてはいるが、生命に別状はなさそうだ。
しかし、確かにあの時感じたおかしな魔力を、彼の体内から感じる。
「これは……まだ残っていますし、多分目を覚ましたら、また暴れ出す可能性が高いと思います」
「ですわよね。このままにしておいたら、次こそは……ですから」
仮に縛り上げても、あの闇の魔力であれば、縄をも引きちぎりかねない。
となれば今とどめを刺すべきだが、仮にも伯爵令息だ、裁判も待たずにとなれば正当防衛と言えども禍根が残る恐れがある。
これが、もしも『浄化』して闇の魔力を払うことが出来るのなら、話は別だ。
「なるほど、わかりました……やってみます!」
クララからすれば赤の他人、むしろ知人であるギュンターを侮り、遠回しにメルツェデスも小馬鹿にしたような相手だ、助ける義理がないと言えばないのだが。
それでも彼女は即座に頷き、両手を令息へと向けてかざした。
暖かな光がその両手から生じて令息を包み込めば、その身体のあちこちで、バチリバチリと火花のような物が弾けだす。
恐らくは、光の魔力と闇の魔力がせめぎ合っているのだろう。
その光景を見守っていたところへ、さらに二人、駆けつけてきた。
……いや、駆けつけてというには、あまりにもフラフラだったが。
「魔力……レアな、魔力の、気配……きっとこれは、闇の、魔力……」
「お前のその執着心は一体どこから来るんだよ……」
恐らく全力ダッシュして早々に体力が尽きたのであろうヘルミーナが、巻き込まれたか付き合わされたかしたリヒターに支えられている。
身体はフラフラだが、いや、だからか、目は爛々と尋常でない光を放っている。
「これでよくわかったろ、お前はもうちょっと体力を付けろ」
「くぅ……もやし野郎に言われる屈辱……」
リヒターに諭され、心底悔しそうな表情を見せるヘルミーナ。
彼とて然程余裕があるわけでもないが、それでもこうして彼女を支えながらここまで来ることができる程度はできた。
その事実がまた、ヘルミーナに悔しさを植え付ける。
レアな魔力の観測に間に合わず、リヒターに肩を借りる羽目になっているこの状態は、到底受け入れられない。
身体を鍛えようと密かに決意したヘルミーナへと、声が掛かる。
「ミーナ、丁度良かった。あちらの騎士様方に、回復魔術をかけて欲しいのだけど」
「え、なんで私が。しんどいのに」
人道的に当たり前なお願いだというのにつれない返事。
普通ならば面食らうところだろうが、あいにくとそこは彼女をよく知るメルツェデスである。
「なんでって、ミーナだからよ?
クララさんが『浄化』にかかりきりな今、回復が得意な光属性の彼女と同じことを期待できるのは、ミーナしかいないじゃない」
「……仕方ないなぁ、そこまで言われたら仕方ない。ほんっとうに仕方ない」
きょとんとした顔のメルツェデスにそう言われれば、ヨロヨロのまま、ニマニマとした顔で勿体を付けながら、ミーナは仁王立ちになった。
『お前絶対仕方ないとか思ってないだろ……』などとリヒターは思うが、変に拗ねられても困ると口を噤む。
ついでに言えば、彼女が回復魔術を使うところを見てみたいという好奇心にも似た気持ちもあったりはしたが。
「光属性をも凌駕すると言われた私の回復魔術、見せてやろう。……『ヒールレイン』!」
『言ってない、誰もそこまで言ってない』という言葉を、リヒターが飲み込む傍らで、ヘルミーナが詠唱を完了し、魔術が発動した。
途端、彼女から間欠泉のごとく膨大な水の魔力が吹き出して、空へと舞い上がり。
それから、キラキラと輝く粒子が騎士達に、ジークフリートやギュンター達にと降り注ぐ。
「うおっ、なんだ、これは……傷が、塞がっていく……」
「身体が、動く。痛みもない。こんな大人数を一度に、この速さで治すだと……?」
「ふ、私だから当然。流石私。まさに私」
いきなり回復した事に驚く騎士達と、両手を腰に当ててドヤ顔を見せるヘルミーナ。両脚はプルプルしているが。
その光景を、リヒターは感慨深げな顔で眺めていた。
「……やっぱり、できるんじゃないか。何か大きなことが」
あの日口にした言葉は、彼女に感じていたことは、間違いではなかった。
当たり前のようにやってみせたが、これだけの人数を、これだけの速さで回復させるなど、魔術に造詣が深いリヒターですら見たことがない。
あるいは光属性の魔術ならばできるのかも知れないが……それを、水属性の魔術でやってのけた。
それがどれ程のことか、今この場にいる中で、恐らくリヒターが一番よく理解していた。
そして、もう一人。
「やっぱり、ミーナは凄いわ……全然、違う」
メルツェデスの呟きの意味を、理解しきれた者はこの場にいなかっただろう。
友人の言うことを聞いてホイホイと乗せられ、とんでもない広範囲回復魔術を当たり前のように使って見せる。
その姿を目にして、改めて思う。
ひたすら攻撃魔術に傾倒し、誰も彼もを傷つけ、破壊を撒き散らす悪役令嬢はもういない。
ゲームの悪役令嬢ヘルミーナの辿った結末と、今目の前に居る親友が進むであろう未来は、大きく分かたれたのだ、と。




