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因果の報い

「何が役者の違いだ、俺に、俺にお前なんかが敵う訳がねぇぇぇ!!!」


 激高したコルディア令息は拳を固く握りしめ、叫び。

 ドン、と音がするほどの強さで地面を蹴ると、一気にメルツェデスの元へと距離を詰め、右の拳を振り上げた。


「あらまあ。そこまで全身全霊で『殴りますよ』とおっしゃらずとも、よく見えておりますわよ?」


 普通の人間ならば反応することもできない程の速度。

 ジークフリート達が警戒していた、溜めを作ってからの凶悪な瞬発力にものを言わせた攻撃に、メルツェデスは、一歩、踏み込む。

 予想だにしていなかった動きに令息は慌てて拳を打ち下ろそうとするが、その速さがあだとなって、既に懐に入られてしまった後。

 虚しく空を切る拳、踏み込まれて身体を寄せられ、窮屈になった下半身。

 更にメルツェデスが身を捻れば、簡単に重心は崩され力は流されて。


「うわぁぁ!?」


 令息の視界が、グルリと回る。

 次の瞬間には背中に重い衝撃が走り、呼吸が止まるかと錯覚する程。

 投げられた、とは流石に理解し、投げられた勢い、衝撃を利用してそのままゴロゴロと転がると、メルツェデスから離れたところで立ち上がった。


「お、お前、今一体何を……いや、何で俺を投げたりできるんだよ!?」

「まあ、それが役者の違いと申しましょうか」

「そもそも女の癖に、なんで投げ技なんかできるんだよ!?」


 ある意味もっともな、しかしメルツェデスを知る人間が聞けば鼻で笑うようなことを言うコルディア令息へと、メルツェデスが見せたのは呆れたような顔。

 ついでにわざとらしい溜息の一つも見せながら。


「剣はともかく投げ技でしたら、プレヴァルゴの家に生まれた者ならば女であろうと身に付けますわよ?

 己の身を守る技術の一つや二つ、コルディア家でも教えてらっしゃるのでは?」

「女に必要ねぇだろうがぁぁ!!」


 言葉と共に数歩助走し、そこからの、跳び蹴り。

 ついていけない人間からすれば驚異的な威力を持つ大技は、しかし見切ることができるメルツェデスには隙だらけの大味なもの。

 また踏み込みながら左腕を振り上げれば、それに弾かれた令息の右足は的を外して逸れていく。

 交差する瞬間に右手を令息の腰に当て、下半身の捻りと体軸の回転を力に変えれば、令息の身体は軽々と吹き飛ばされた。


「な、あぁぁぁ!?」


 何が起こったのかも理解できずに悲鳴を上げ、また転がった令息。

 身体のダメージはまだ然程でもないが、何が起こっているのか理解できないせいかフラフラと頼りない顔で立ち上がる。


「ふっ、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな!!」

「失礼な、流石にふざけてなどいませんわよ? あなたの未熟をわたくしのせいにしないでくださいませ」


 今の令息の速さとパワーだけならば、いかなメルツェデスと言えども油断はできないものがある。

 だがそれも、正しく効率的に振るわれなければ意味が無い。

 拳を振り上げ殴っても、力任せに蹴っても、その全てはかわされ、いなされ、なんなら投げ飛ばされる。

 当たれば致命打になるであろうそれらは、まったくかすりもしない。


「なめんなよ、俺が本気を出せば、お前なんてぇ!!」


 令息が叫ぶと、その腕から、脚から、闇色の魔力が溢れてくる。

 禍々しい力に満ちたそれは、踏みしめた足下の芝を吹き飛ばす程。

 物語に出てくる悪魔が見せているかのような光景に、思わずジークフリートが声を上げた。


「メルツェデス嬢気をつけろ、彼は闇の魔力に染まっている! まともに受ければ、鋼の剣でも折られたくらいだ!」

「ご忠告痛み入りますわ、殿下。確かに中々厄介な力があるようですが……」


 メルツェデスが答えているところへと、令息が殴りかかった。

 先程以上の速度を持つそれは、受けてしまえば人間など粉々に砕けてしまいそうな程だというのに。

 

「避けてしまえば、どうということはないでしょう?」


 軽やかな声と身のこなし。

 ひらり、という擬音がこれ以上似合うものはない、と言わんばかりに避けてみせたついでに、脚を掛けて令息を転がしたメルツェデスは、ニコリと笑って見せる。

 この、一歩間違えば命を失いかねない場において、あくまでも大胆不敵、泰然自若。

 その肝の据わりっぷりは、まさに、役者が違う。


「……なるほど、確かにそれはそうだ、そうなんだが……」

「当たり前のようにやられてしまいますと、立つ瀬がありませんな!」


 状況は好転しているというのに、思わずに悩ましげに零してしまうジークフリート。

 朗らかに応じながらも、ギュンターは呼吸を整え、少しでも体力と魔力が回復するようにしつつ、油断なく視線を二人へと向けている。

 自己回復という面においては主要四属性で最も優れているのが地属性であり、ゲームにおいてもギュンターのそれは地味に有り難いものだった。

 万が一のことがあれば直ぐに壁になれるように、と回復に努めるギュンターを見ていたジークフリートは、はたと気がついた顔になる。


「いや、そうか、だから彼女はあんなにも挑発的なのか」

「と、言いますと?」

「彼女がああやってコルディアを挑発しているから、コルディアはもうメルツェデス嬢を倒すことしか頭にない。

 その結果、私を守る必要もなく、ああやって丁々発止と動き、かわすことができているんじゃないだろうか。

 ギュンターや皆は、私を守ること前提に、ああやって耐えてくれただろう? その分、回避をすることもできずに」


 ギュンターの問いかけに、ジークフリートは思考を続けながら答えていく。

 あれだけ彼やギュンターへと憎悪を振りまいていてたコルディア伯爵令息は、いまやもう彼らへと視線を向けることすらない。

 怒りや恨みに飲み込まれてしまった彼は、だからこそ感情の赴くまま、怒りの赴くまま、目の前で挑発を繰り返すメルツェデスを攻撃していて、だから彼女はああも避けることができるのだとしたら。


「なるほど、それは、確かにそうかも知れません。しかし、それが我らの果たすべき役割でもありますから」


 同じ状況でなら、あるいはあそこまで削られなかったかも知れない。

 しかし、それはあり得ない前提だ。

 身体を張り、ジークフリートを守る。それが彼の、彼らの使命であり、誇りでもあるのだから。


「そうだね、君達の働きには本当に感謝している。

 そして、だからこそ、使命を課せられていない、『勝手振る舞い』を持つ彼女だからこそ、あの戦い方が許されるんだ」


 ジークフリートが言った途端、またコルディア令息は転がされた。

 手玉に取られる、という言葉がこれほど似合う状況もないのではないか、とそんな他愛もないことが脳裏をよぎる。

 転がされている令息は、たまったものではないのだが。


「はっ、ははっ、ちくしょう、なんだってんだ、お前は、お前はっ!」

「なんだと問われれば、こう答えましょう。巷を騒がす退屈令嬢とはわたくしのことです、と」

「あんな、あんなくだらない戯れ言が、平民共の逃避染みた噂話が、まさか本当だなんて思うかよぉ!」


 ついに、認めてしまった。彼女は噂通りの凄腕なのだと。

 しかし心は敗北を認めず、それでも何とかしようと悪あがきを試みる。


 もう一度雄叫びを上げ、今度は全身に満遍なく闇の魔力を纏い付かせる。

 そして今度は。


「避けられるってんなら、かわされるってんなら……これなら、どうだっ!」


 飛びかからない。

 一歩、一歩、じりじりと距離を詰めていく。

 確かにこれなら、いかなメルツェデスと言えども投げ飛ばすことは難しい。


「なるほど、これは少々厄介ですね」

「はっ、余裕ぶっこいてられんのも今のうちだ、お前は武器を持っていねぇ、どうやって俺を倒す!

 仮に武器があっても、俺が纏うのは闇属性、普通の刃では折れ、魔力を纏わせれば威力は減衰するしなぁ!」


 嘲りながらコルディア令息は、一歩、また一歩、重心を崩さぬように注意をしながら、闇の鎧を纏った姿で間合いを詰めてくる。

 ……その歩法自体は決して悪いものではなく、彼がもしも心から修練していたのであれば、ひとかどの騎士になっていただろうと思わせるだけのものはあった。

 残念ながら、その未来は閉ざされてしまったが。


「そんなの、簡単なことですわよ?」


 きょとん、と小首を傾げる仕草は、愛らしくすらあった。


 だが。


 その直後、消えたかと錯覚する速さで踏み込んだ動きも、その勢いを使って繰り出した掌底も、全く可愛げのないものだったが。


「ガ、ハ……?」


 ゴヅン、と僅かに響く鈍い音。

 令息の顎を捉えて生じたその音は、令息の脳にだけは大きく強く、致命的に響く。

 並みの人間であれば一発で意識を飛ばしたであろうそれを、何とか耐えはした。

 ただし、意識は飛ばなかった、というだけの意味で。


 ガクンと腰が落ち、膝が笑う。

 地面がどこにあるのか、自分がどこを向いているのかわからない状態のまま、それでも必死に立とうとするけれども。


「物理で脳を揺らせば良い。まだ人間なんですもの、それだけのことですわ?」


 言葉は、果たして届いたかどうか。

 直後彼の身体はぐるりと周り、地面に叩きつけられる。

 追い打ち、とばかりに頭がまた打ち付けられて。

 

 今度こそ彼は、ぐるりと白目を剥いて意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
一般の三下相手なら、フランやエレンでも投げれますね?
[良い点] おおぉ!相変わらずかも知れませんが、メルさんはマジでカッコ良い!!本当にとても大した技術です!そして力に技術で対応するのはいつも良いロマンに成ります〜 それにしてもコルディア令息、自分もチ…
[良い点] …なるほど、言わば常時全員が「庇う」を発動している状態で高火力、攻撃軽減持ちの相手と戦うのはどうしようもなく最悪の選択肢ですが、避けて、ステータス異常「気絶」を狙ってしまえばいいと…。 こ…
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