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虎の尾を踏む男。

 結果として、メルツェデスの狙いは概ね外れではなかったようだ。

 先程は一回の攻防で致命打を受けたギュンターが、三分以上メルツェデスの攻撃を受けきったのだから。

 

 彼が手にしていたのは、カイトシールド、あるいはナイトシールドと呼ばれる、文字通り西洋凧のように逆五角形の形をした盾。

 下に向かって細くなっているため騎乗した際にも馬に盾が当たりにくく、騎士がよく使う盾の一つだ。

 ギュンター自身も良く使っているその盾は、彼の左半身を実に良く守ってくれた。

 最終的には打ち崩されてしまったが、両手剣の時とは違った手応えをギュンターに与えてくれたのは間違いない。


 そして何より、ジークフリートと二人で組んだ場合、五分も耐えられるだけの防御力を発揮したことは大きな自信となった。

 ジークフリートに有効打を与えられたら負け、というルールだったため、当然ギュンターが前に出てメルツェデスの攻撃を受けようとする。

 そのギュンターを迂回しようと歩法を駆使して動くメルツェデスに、まずギュンターが反応し、その動きを見てジークフリートも視界外からの攻撃に備え、最初の一撃だけはなんとか凌ぐ。

 そこにギュンターが追いつき続けての攻撃を遮る、という連携によって、それだけ耐えきったのだ。


 ジークフリートよりは反応できるギュンターと、彼を信頼して次なる動きを判断するジークフリート。

 この二人が防御に徹すれば、流石のメルツェデスも崩すのには手間取ってしまった。

 これには彼女も、素直に賞賛せざるを得ない。


「お二人とも素晴らしい連携です。今し方軽い打ち合わせをしただけの、初めての組み合わせとはとても思えません」

「そ、そうかい……お褒めいただいて、光栄、だ……」


 和やかな笑みを見せるメルツェデスに対して、息も絶え絶えといった顔で、ジークフリートが応じる。

 動きだけで言えば、彼はギュンターやメルツェデスほどには動いていない。

 しかし、常にメルツェデスの殺気にさらされ、ギュンターとメルツェデスの動き両方を意識しながら自分を守るためにと頭を使い続けていたのだ、精神的疲労はとんでもないものになっている。

 

「は、ははっ、いやいや、ジークフリート殿下の動きが素晴らしかったのです、私などまだまだ!」


 などとギュンターは謙遜するし、実際、精神的な疲労という意味ではジークフリートよりも少ないだろう。

 それでも、常にジークフリートを背中にかばうよう位置取りを意識しながら、メルツェデスの翻弄するような動きにも対応する、という動きを五分も続けたのだ。

 並みの人間ではそこまで保たずとっくに倒れているだろうことを思えば、ギュンターの満足感もまたわかる。

 もちろん、これで慢心することなどとても出来ないが、それでもこの挑戦に大きな手応えを感じていた。


「いや、ギュンターが常に私が動きやすいようにしてくれていたからな……お前がいてくれたからこそ、だ」

「そう仰っていただけると、私も幾分か救われるというものです!」


 二人してへたり込みながら見上げれば、涼しげな顔で立って居るメルツェデスの額には汗がいくつも浮かび、呼吸も荒くなっている。

 少なくとも、それだけ本気にさせ、体力を使わせることができた。

 これは、大きな成長と言っても過言では無い。

 

 と、二人がそれぞれに手応えを感じていたところに、不意に声がかかった。


「おやおや、殿下の側仕えともあろう者が、随分と無様な格好だな」


 その声に、ギュンターははっとした顔で、ジークフリートは不機嫌そうな顔を一瞬見せてから、声のした方へと目を向ける。

 その先にいたのは、ジークフリート達と同じく騎士用の訓練服を身に纏った、明るい茶色の髪に整った顔立ちの、どちらかと言えば優男と言って良い風貌の男。


「……ゴルディオ伯爵令息殿、その言い方はないのではないかな」

「これは失礼いたしました、ジークフリート殿下。しかし、いくら訓練とはいえ、こうしてへたり込んでしまうなど騎士を目指す者としてどうかと。まして相手は……女だったのでしょう?」


 咎めるようなジークフリートへと、慇懃無礼な言い方をしながら、ゴルディオ伯爵令息と呼ばれた男は無遠慮な視線をメルツェデスへと向けた。

 一学年上の彼はメルツェデスの実態を知らないらしく、向けられたその視線に籠められているのは明らかな嘲り。

 挑発の意味もあって向けられたそれに、しかしメルツェデスは涼しい顔だ。

 何しろ、剣を学び始めてから『女だてらに』などと幾度言われたかは覚えていられない程。

 『退屈しのぎ』の際に向けられたのはもっと醜悪なものか、むしろ明確な殺意。

 こんな伯爵令息ごときの向けてくる嘲りなど、そよ風よりも軽いくらいだ。


 むしろ、反応したのは彼女以外の二人。


「ゴルディア様、こうして座り込んでいるのは私の未熟ゆえ、私へのお言葉は幾らでも承りましょう。

 しかし、プレヴァルゴ様を侮るような発言はおやめいただきたい」

「ん? なんだ、男爵令息ごときが、それも次男が私に逆らうと言うのか?」


 先程までの爽やかな顔はどこへやら、真顔になったギュンターの言葉に、しかし令息は嘲りの色を深めるばかり。

 彼はろくにギュンターと手合わせをしたこともないのに、年上である、ただそれだけのことでギュンターを侮っているのだが、それは当然周囲の人間の反感を買っている。

 ギリ、とギュンターが奥歯を噛みしめ、殺気を迸らせかけるが……それすらも、令息は気づけない。

 一触即発、いや、何かあればギュンターが一息で彼を殴り倒しかねない空気の中。

 

「ふむ、つまりそれは、同じく次男である私に対しても言っている、という解釈でいいのかな?」

「は!? い、いえ、ジークフリート殿下に対して含むことなど、滅相もない!」


 冷たいと感じる程に落ち着いたジークフリートの言葉を受けて、ゴルディア令息は慌てて居住まいを正した。

 そして取り繕ったような、媚びへつらうような笑顔を向けるが、今更そんなものが通用するジークフリートでもない。


「ならば、ギュンターと同じく、何なら二人がかりでメルツェデス嬢に打ち倒された私に対しても、含むところはない、と?」

「ふ、二人がかりで!? い、いえ、もちろんでございます、含むところなどあるわけがございません!」

「なるほど、そうか、よくわかった」


 まさかの発言にぎょっとした顔になりながらも、ゴルディア令息はコクコクと頷いて見せる。

 続くジークフリートの言葉に、なんとか窮地は脱したか、と思ったのだが……それは、見積もりが甘かった。


「つまり君は、家柄だけで判断しているということだね。戦技という、命の掛かった技術において」

「えっ、そ、それは……そんな、ことは……」


 思わぬ言葉に、ゴルディア令息は頭を必死に動かす。

 ジークフリートとギュンターの違い。

 ギュンターを嘲笑いながらジークフリートに向けたものでないというならば、二人の間にある明確で論理的な違いを出さねばならない。

 だが、勿論そんなものはない。

 二対一の立ち会いを見ていたわけでもない彼には、そんなことを言えるわけがない。


 言葉を失ったゴルディア令息をしばし見つめたジークフリートは、ふぅ、と大きく息を吐き出した。


「……まあいい。命が掛かる技術だけに、言葉が全てでもないからね」

「そ、そうです、おっしゃる通りでございます、殿下!」


 ジークフリートの言葉に、慌ててゴルディア令息はおべっかを使いながら乗ってかかる。

 これでこの場は誤魔化せる、と浅はかな希望をその表情に浮かべていたのだが。

 勿論それは、あっさりと打ち砕かれる。


「ならば、実際の行動で確かめてもらおうか。

 ギュンター、彼との立ち会い、一本勝負。いけるかい?」

「もちろんです、殿下!」


 問いかけられて、ギュンターは勢いよく立ち上がった。

 つい先程まで全力を出し切っていたのだ、未だ回復しきってはいない。

 しかし、ゴルディア令息相手に一本だけであれば、十分に動けるという自信があった。

 何よりも、今動かねば面目が立たぬ、という強烈な思いが彼を突き動かしている。


 反面、ゴルディア令息は予想外の展開に顔を引きつらせていた。

 プレヴァルゴ家ほどではないにしても、ゴルディア家は騎士長として軍部の要職に就く家柄。

 当然彼とてそれなりに鍛えてはいるのだが、ギュンターの纏う覇気に、これはまずい、と直感が訴えてきている。

 だが。


「ゴルディア伯爵令息。君の家もまた武門の家であり、しかも君は私達より一つ上だ。

 おまけに、次は君達の学年が戦技訓練を行うわけだから、準備運動もしているだろう?

 であれば、まさか受けない、なんてことはないよね?」


 脳裏に浮かんだ言い訳をジークフリートに全て潰され、しばし絶句した令息は。


「も、もちろんでございます、殿下……」


 そう返答するしか、なかった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんでこう、ジーク様の前で地雷を踏むようなことを言いますかね、この人は…メル様の実状を知らないのもお粗末ではありますが、その手の性差別、階級差別を聞いて喜ぶタイプのお人ではジーク様がないと…
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