拍手 052 百四十八話 「里の奥へ」の辺り
「と、いう訳でベル殿を聖地へ案内するから。あ、私も一緒に行くからね」
重鎮達が集まる家に行って、族長はそう告げるとにこやかに笑った。彼とは対照的に、重鎮達の顔は真っ青である。
「お、お待ちください族長。あの谷は我々の聖地。いかに同胞の恩人とはいえ、余所者、しかもユルダを連れていくなど――」
「そう、君は私の決定に異を唱えると言うんだね?」
「え?」
「悲しいなあ……これでも私は、この里の為に尽力してきたのにね。その私のささやかな望みすら、受け入れられないなんて……」
その場の重鎮達は、心を一つにして内心叫んだ。一族の聖地へ余所者を入れるのは、決してささやかな望みなどではない、と。
だが、実際に口を開く者は誰もいない。お互いに目配せをし合い、誰が族長をいさめるかを押しつけ合っている。
その様子を横目で見ながら、族長はさらに言いつのった。
「これは、もう決定事項だから。あ、出発は明日の朝ね」
「はあ!?」
今度は、重鎮達の声が揃った。
「そんな、急すぎます!」
「一時とはいえ、族長が里を離れるのですから、準備をしませんと!」
「この里は、族長の術式によって守られているのですよ!?」
誰もが口にする言葉は、里の為というよりは自分の保身だ。里の結界が揺らげば、ユルダどころかヤランクス達が大挙して押しかけるかもしれない。
自衛能力のない者達は、狩られてしまうだろう。その中には、彼等も含まれている。そうなれば、今までのように里の重鎮としてふんぞり返っていられた生活など、夢のまた夢だ。
だからこそ、彼等は族長を里から出したくない。その願いを今まで聞き入れてきたのは、この里そのものが彼の夢の結晶でもあるからだ。
でも、今回はどうしても行きたい。行かなくてはいけない。遺跡を目指すと言ったあの者となら、きっとたどり着ける。あの場所へ。
――帰れるんだ。
もう、記憶すらあやふやな、あの「故郷」へ。
「誰にも、邪魔はさせないから」
そう言い置くと、族長はその場を立ち去った。明日には、あの渓谷へと向かう。今夜は興奮して眠れないかもしれない。
仰ぎ見た空は、木々の隙間から時折瞬く星が見える。今日は月は見えないようだ。それが何だか、とても残念に感じられた。




