拍手 050 百四十六話 「交渉」の辺り
到着した村は、のんびりとした場所だった。
「★@*※△◎」
やはり人々がなんと言っているのか理解出来ないが、ここまでレモを連れてきてくれた男女が何やら説明しているらしい。話が終わったのか、年かさの男性がレモの前に来た。
「☆○◆@*※」
「何言ってるかはわからねえが、悪意はねえよ」
攻撃の意思なしという事をわかってもらう為に、両手を挙げた。その様子に、男性が何やら頷いて、背後の村人に何事かを叫ぶ。
どうやら、この村はレモを受け入れてくれたようだ。ひとまずの暮らしは、何とかなりそうな事に、ほっと胸をなで下ろす。
「人間、食って寝て生きなきゃな」
死んでしまっては二人を待つ事も出来ない。レモはしばらくの宿となる村を見回してから、空を見上げた。青く晴れた空は、どこまでも澄んでいる。
この空を、二人も見上げているといい。そう思いながらしばらく空を眺めていた。
トマは、村長の一人息子だ。彼はつい先月幼馴染みのフイと結婚したばかり。所帯を持って一人前と見なされた彼は、妻フイと共に初の街への出荷に向かった。
行きは順調だった。この辺りはもうじき雨の季節がやってくる。街へ到着した途端、雨に降られてどうしたものかと思ったけれど。翌日の出発までには上がってくれた。
幸先がいいとフイと笑い合い、村への道を馬車でのんびり走っていた時、とんでもない災難が降りかかる
魔物だ。しかも足の速いオオカミ型だ。でも、この手の魔物は、街道まで出てくる事などまれなはず。どうして、今ここで出会ってしまったのか。
恐怖で泣き叫ぶフイを抱きしめ、ここで自分の人生は終わってしまうのかと悲嘆にくれた。
だが、トマの人生はそこでは終わらなかった。見知らぬ男性が、あっという間に魔物を倒してくれたのだ。
最初、盗賊か何かかと思ったが、それにしては身なりがしっかりしている。腕の立つ狩人か何かだろうか。
「あ、ありがとうございます! 助かりました!!」
「本当に、ありがとうございました!」
フイと二人で感謝の言葉を述べたところ、相手は何だかおかしな表情をして空を見上げてしまった。一体、どうした事かと思ったが、どうやら言葉が通じない
「え……あなた、このお方の言った事、わかる?」
「いや、全然」
そういえば、遠く離れた国には違う言葉を話す人々がいると、昔聞いた事がある。では、彼はその遠い国の人なのだろうか。
「と、とにかく、ぜひともお礼をさせてください! 何もない村ですが、おいしい野菜があります」
「そ、そうです。つたないですが、私も手料理で精一杯おもてなしさせていただきます!」
言葉は通じなくても、何とか一緒に来てもらう事に成功し、馬車を走らせた。
「良かったね。来てもらえて」
「そうだね。命の恩人をそのままにしてしまったら、父さんに怒られるよ」
「いやだ、あなたったら」
フイの笑顔に釣られて。トマも笑った。
その後もう一度魔物に襲われたが、やはり恩人が助けてくれて事なきを得た。何だか助けられてばかりで申し訳ないと思いつつ、村に到着する。
「父さん!」
「おお、トマ。フイも、無事に戻って何よりだ」
「それが……」
トマは、街からの帰りに魔物に二回も襲われたと話す。驚く父、村長に、恩人の事を教えた。
「実は、こちらの方が二回も僕らを助けてくれたんだ」
「でも、この方、言葉がわからないらしいの」
「何だって?」
その場に集まった村人も、同様に驚いている。この辺りで。言葉が通じない人と遭遇する事など、殆どないのだから当然だ。
「それで……どうするんだ?」
「言葉がわからないまま、この先に行かせる訳にはいかないよ! 俺のところで、言葉を覚えてもらおうと思う」
「……出来るのか?」
「やる! 命を救ってもらったんだ。それくらいはやらないと!」
村長はしばらく黙ってトマを見つめていたが、やがて視線を客人へと向けて彼の前に立つ。
「息子を助けてくれた事、礼を言う。言葉を覚えたら、また改めて伝えたい」
村長は、トマに向き直った。
「しっかりやれ」
「はい!」
こうして、村には奇妙な住人が増える事になった。




