拍手 171 二百六十八「思い煩う」の辺り
帝都に戻って日常が帰ってきたと思っていたセロアだが、そうは問屋が卸さなかった。
「情報共有制度の構築……? 今頃?」
手元に来た辞令を見て、ふるふると震える。
確かに、自分が帝都に呼ばれたのはこれを提案したからだが、確か各街を物理的に結ぶ手段が見つからずに、暗礁に乗り上げていたはずだ。
「問題が解決されたのかしら?」
ともかく、辞令が出た以上部署異動をしなくてはならない。ギルドに入ってここまで、ずっとカウンター業務を中心にしていたので、少し寂しい思いがある。
今のギルド本部は、カウンターも裏も本当に優秀な人材で一杯だ。一時期はどうにも使えないような者ばかりになっていたけれど、数度にわたる人員整理の結果らしい。
そんな働きやすくなった職場を後にするとは。そんな事を考えつつ、荷物整理をしていると、三ヶ月前に帝都に来た同僚ターシャが声をかけてきた。
「おはよう、セロア。……どうしたの? 何だか暗い顔をしているけれど」
「ああ、ターシャ。実はね……」
先程受け取ったばかりの辞令を見せる。彼女は文面を見ていき、段々と顔をこわばらせた。
「え……これ、噂では聞いていたけど、本当にやるんだ?」
「うん、まあね」
「しかもこんな中途半端な時期に異動なんて……セロアも大変ね」
「……まあね」
システムの提案者だという事は、ギルドでも一部の人間しか知らない。セロア自身、吹聴しないので、ターシャも知らないのだ。
その後もあれこれ話しながらも、お互い手を動かす。そろそろギルドを開ける時間だ。ギルドはどこも、朝が一番忙しい。
割のいい依頼を受けようと、冒険者達が殺到する。その姿を目の端で見ながら、セロアは最後の荷物をまとめた。
「あ、セロア! おはよう!」
友達の冒険者、ザミとシャキトゼリナだ。彼女達の後ろには、パーティー「モファレナ」のメンバーも勢揃いしている。
「おはようザミ、シャキト。依頼を受けに来たの?」
「うん、ちょっと長くお休みもらっていたからさ」
「新しい依頼を探そうって事になったの」
「そっか。いい依頼がある事を祈ってるわ」
「セロア、その荷物、何?」
シャキトゼリナが、めざとくセロアの手元の荷物を見た。
「うん、部署異動があって」
「部署異動!?」
ザミとシャキトゼリナの声が、朝の忙しいギルド内部に響く。一瞬、辺りが静まりかえった。
何事かとこちらを見てくる冒険者に愛想笑いをし、ザミ達をカウンターに引き寄せた。
「詳しい事は後で話すから!」
「う、うん」
「今日の晩ご飯、一緒出来る?」
訳がわからず頷くザミと、ちゃっかり夕飯の予約を入れるシャキトゼリナ。セロアは笑って頷いた。
「今日は他に予定がないから大丈夫」
「じゃあ、その時に」
そう言うと、彼女達はカウンターから離れていく。ギルド内は、いつの間にかいつもの喧噪に包まれていた。
その夜、異動の事やティザーベルの事を洗いざらい話さざるを得なくなり、大変な思いをしたセロアだった。




