拍手 169 二百六十六「交代」の辺り
「え? ベル殿が来ていたのか?」
ここ連日、帝都を見て回っているフローネルが、隠居所に戻ってすぐ聞かされたのは、ティザーベルの突然の訪問だった。
しかも、既に彼女はクイトを伴って隠居所を後にしているという。
「どうせなら、帰るのを待ってくれれば良かったのに……」
「嬢ちゃんに会いたきゃ、地下都市戻るか?」
レモに問われ、即答出来ないフローネルだった。彼女にとって、ここ帝都は刺激に満ちあふれた場所である。
毎日のようにレモと一緒に出歩いているけれど、飽きるという事がない。何より帝都は広い。まだまだ見ていない箇所は多かった。
会いたい、けれどここから離れるのは嫌。その二つの間で揺れているフローネルの心を、レモは見抜いているらしい。
「ま、嬢ちゃんも帝都も逃げねえから、好きに悩みな」
「それはそうなんだが……レモは時々、優しくない」
ふてくされて言えば、頭をガシガシと乱暴に撫でられる。これが彼の愛情表現の一つなのだと知ったのは、ほんの少し前だった。
結局、五番都市に戻るのは先送りにし、帝都を堪能する事を優先する。
「あの大きな建物は、何だ? 教会?」
「いや、商店だよ」
「商店!? あれが!?」
デロル商会帝都本店。その前で、フローネルは建物のあまりの大きさに驚いている。彼女だけでなく、地方から来たばかりの「お上りさん」らしき人達も、彼女同様驚いて見上げていた。
デロル商会本店は、建物の大きさ壮麗さから、帝都の観光名所の一つとなっているらしい。
しかも店内には手頃な品から珍しい品まで取りそろえているのだから、人が吸い込まれるように入っていくのも頷けるというものだ。
「入ってみるか?」
「……いや、いい」
人が多いところでは、帽子の下の耳を見られる可能性が高くなる。今はまだ、危険を冒す事はしたくない。
「外から見られただけで、満足だ」
「そうか」
深くは聞いてこないところも、彼のいいところの一つだ。フローネルはそれを実感しつつ、レモが案内する次の帝都の見所を楽しんでいた。




