拍手 130 二百二十七「再起動へ向けて」の辺り
「はっくしょい!」
セロアは王都のギルド、カウンター内で盛大なくしゃみをした。
「大丈夫? 風邪?」
同僚の言葉に、愛想笑いを返して「大丈夫」と言う。事実、風邪らしい症状は他にないし、寒気も感じない。
「……誰かが噂してるな」
誰かではなく、まず間違いなくティザーベルだろう。それ以外にいない。勝手に決めつけておく。
彼女が長期の仕事だと言って故郷であるラザトークスに向かい、既に数ヶ月。一度無事だという手紙が届き、その中に詳しい事が書いてあったのであまり心配はしていない。
――それにしても、やっぱりここ以外にもあったんだね、大陸って。
以前、まだラザトークスにいた頃に、そんな話をティザーベルとした事がある。帝国のあるこの大陸は、どのくらいの大きさなのかと。
意外に小さな島だったりして、という意見も出たが、水路の複雑さや帝都までかかる日数、山や地形に由来する気候の違いなどから、それなりの大きさの大陸、もしくは亜大陸ではないかという結論に達した。
だとするなら、この惑星には他にもまだ自分達の知らない大陸があるのではないか。さすがに星一つに大陸もしくは亜大陸が一つはあり得ない。
その証明が、測らずも出来たのだが、さすがにどこにも発表は出来ない。証拠が何一つないのだから。
――あってもしないけど。てか、どこにそんなの発表する場があんのよ。
セロアはギルドに務める一般庶民だ。お偉い学者様でもなければ、貴族でもない。帝国は割と暮らしやすい国ではあるけれど、身分差はしっかりとある。
庶民が何かを発明したり発見したりしても、それらを大々的に発表するのは庶民が所属する領の領主である貴族が行う。
これには、庶民の生活を守る意味も含まれる。地方領を任される貴族にはあまりおかしなものはいないが、中央の貴族には庶民の手柄を横取りするどうしようもない者もいるのだ。
そうした連中を相手にした場合、庶民では闘う術もなく負けてしまう。だが、地方領主になれる貴族であれば、十分に対抗できるのだ。
発見、発明した庶民には、領主から十分な恩賞が出るので懐が潤い、領主も自分の名前で発表出来るので名が上がり嬉しい。双方お得な制度でもあった。
それもこれも、ティザーベルが帰ってきて、他に大きな大陸があるという証拠を示せれば、の話だが。
「……帝都の領主って、やっぱり皇帝陛下なのかしら?」
「はあ? 何急に」
「いや、ふと思いついてさ」
「帝都は皇帝直轄領だけど、陛下が直接領主を務めているんじゃなくて、他の直轄領同様代官様を置いているの」
「ぶっ!!」
「今度は何!?」
セロアがいきなり吹いたので、同僚が驚いている。だが、理由を説明出来る自信がなかった。
――どう言えっていうのよ! 友達のパーティー名がまさしく「お代官様」ですってか!!
言えるわけがない。ティザーベルがつけたパーティー名は、日本語をそのままの音でつけているのだから。その意味がわかるのは、同じ日本からの転生者のみだ。
いや、もう一人、わかる人間がいた。今のところただ一人の日本からの転移者、藤崎菜々美だ。
彼女も帝都で生活をしていて、時折セロアと食事やお茶をする友達となっていた。彼女は召喚などではなくいきなり転移していたそうで、当初は大分苦労したと聞く。
そんな彼女は、現在後見人を務めてくれるザハーの元、商人としての修行をしている。才能があるらしく、大店の一角にコーナーをもらえる事になったそうだ。
そこで、自分が発案した商品を並べる事が出来るのだという。今はその準備に奔走していて、最近では会うと疲れた様子が窺えた。
とはいえ、本人はとても嬉しそうに職人や他の商人の間を飛び回っている。
「で、帝都を治める代官って、誰なの?」
「確か、皇族の方よ。先帝陛下の末の弟さんじゃなかったかしら?」
「なるほどー」
そういえば、皇族に見えない皇族も、同じ「元」日本人だ。彼の後見人を務める大貴族の元当主と、このギルドの最上階に部屋を持つ統括長官も同様である。
この帝国だけで、これだけの転生者が見つかったのだから、意外と今ティザーベルがいる大陸でも見つかっているのかもしれない。
帰ったら、その辺りを聞いてみよう。きっと面白い話が聞けるはずだ。
彼女は知らない。元日本人どころか元アメリカ人もいて、その人物が大陸に広がる宗教の教祖をしているなどと。
そしてその教祖と友が対立し、今や彼を倒そうとしているなど。
そのせいで、帝国への帰還が遅れている事も。




