拍手 123 二百二十「黒」の当たり
退屈な毎日だった。狭い里から出られず、いつも同じ顔ぶれの日々。
そんな生活を、変えたいと思ったって、悪くはないだろう?
あの日、里の縁まで出た際に、仲間二人と一緒にヤランクスに捕まった。捕まったといっても、俺達は男だから商品価値はないらしい。仲間内で言い合いが始まった。
「ちっ。男かよ」
「いや、最近は男でも売れるらしいぜ?」
「バカ言え。それでも女より値段は下がるじゃねえか」
こちらの事など、眼中にない彼等の様子に、逃げるなら今かと繋がれた縄を切る事に集中する。
だが、途中で見つかった。
「おっと。せっかく捕まえたのに、逃げられちゃ堪らねえなあ」
「くっ」
「ふん……おい、お前、ここから逃げたいか?」
「……当たり前だろ」
ヤランクスを睨み付けると、相手は何故かにやりと笑う。
「一つ、機会をやろう。ここはお前らの里だよな? 里丸ごと俺らに売る気はねえか?」
「なん――」
「まあまあ、聞きなって。里の縁まで来ていたって事は、お前ら外の世界に興味があるんだろ? 楽しいぜえ、外はよお」
その場で断るつもりだったのに、ヤランクスの言葉に、つい意識が持って行かれてしまった。隣で仲間が「聞くな!」と言っているが、俺の耳には入らない。
「里いたんじゃあお目にかかれねえでかい建物にうまい食事、綺麗な夕日の街並みってなあ、俺らみたいな奴らでもつい目を奪われる程だぜえ。それに、あそこに山が見えるだろ? あの山から見下ろす景色がまた格別なんだ」
「山の、上?」
空でも飛ぶというのか、人間が。驚いていると、ヤランクスは再びにやりと笑って俺に囁く。
「どうだ? 見てみたいとは、思わないか?」
「……どうやって、山まで登るというのだ」
「そりゃおめえ、専用の馬と馬車でさ。頂上までとはいかねえが、かなり上の方まで山道が敷かれてるのよ」
山の道を、馬車で登るだと? そんな話、聞いた事もない。
「でたらめだ」
「そんな訳あるか。それに、里を出りゃあこの広い世界をいくらでも見て回れるぜ。エルフってなあ、長生きな分知りたがりなんだってなあ? なのに、狭い里で一生生きなきゃいけねえ。里の掟ってのも、理不尽なもんだぜ」
そうだ、理不尽だ。エルフに生まれたのなら、世界の森羅万象を読み解きたいと願うのは当然の事なのに、長も誰も、掟を盾に外へ出る事を禁じる。
ならば、その里が消えたらどうなるのか。
「ギョーネン……」
ケニフが不安そうに俺を呼ぶ。こいつは小さい頃から気が弱い。ヤプッドはエルフには珍しい考えなしだ。面白そうな事なら、何でも手を出す。
今も、俺よりもヤランクスの話に食いついていた。
「ケニフ、お前だって外の世界を見てみたいだろ?」
「それは……そうだけど……」
弱気なケニフだが、外への好奇心だけは隠せない。これも血筋か。俺達の両親は、そろいもそろって里の掟を破って外の世界へと出て行っている。もちろん、追放刑を食らっているので、里へ帰る事は出来ない。
幼い俺達を置いて、里からの追放を食らってまで、両親が望んだものはなんだったのか。それが知りたいとも思う。それに、掟の為とはいえ、親を取り上げた里の連中にも憤りを感じていた。
何より、自分の好奇心がうずく。
結局、俺達はヤランクスの言葉を信じて、里へ入る手引きをした。その結果が、変態に売られるという末路だったのだから笑える。
里は潰れた。俺達が引き込んだヤランクスの手によって。俺は、俺達は、本当にこの結果を望んだのだろうか。
もう、自分でもよくわからない。




