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拍手 110 二百七「しばし休憩」の辺り

 振り抜いた剣が、対象物を切り裂く。

「ふう……」

 額に残る汗を拭い、ヤードは今し方切った的を見る。少しは調子が戻ってきているらしい。新調した剣も、いい調子だ。

 あの後、結局剣に付けた能力は少し変わったものだった。直接攻撃力が上がった訳ではないが、確かにこれからの戦いには必要なものだろう。この能力、後で変更も利くというから驚きだ。

 改めて、練習場としている室内を見回す、先程までは街中を駆け回りながら動く的を切りつけていたはずだが、それらの建造物は全て消えている。幻影と幻覚を利用した、疑似空間というのだそうだ。

 指定すれば、他にも色々な土地を映し出す事が出来るそうだ。街中を選択したのは、これからの戦闘に必要だと判断したからだった。

 戦闘の中心は、ティザーベルになる。自分達は、彼女の足を引っ張らないように動かなくてはならない。

 そのティザーベルは、敵情視察に敵陣深くに潜入している。レモも自分も反対したのだが、敵の力量を知らなければ打てる手も打てなくなる、と言われては、強硬に反対は出来なかった。

 敵に素性がわかれば、命の危険があるというのに。

『魔物と相対するのだって、危険な事じゃない?』

 あっけらかんと言われては、反論のしようがなかった。大体、魔物だったらこんなに心配などしない。人間相手だからこそ、心配もするというものだ。

 ティザーベルは、何故か「人外専門」と言い張っている。確かに、魔物を狩る時の彼女は生き生きとしているが、盗賊討伐などは嫌々やっているのが傍目からもわかった。

 生き物を殺すという行為は、どちらも同じだと思うのだが。

 レモなどは、それが彼女の信条ならば文句は言わないという立ち位置だ。叔父である彼は誰に対してもそうで、人によっては「冷たい」と言われる人物である。

 そのレモは、最近フローネルという新顔と一緒にいる事が多い。彼女はこちらの大陸出身で、「エルフ」と呼ばれる種族なのだそうだ。

 人と何が違うのかよくわからないが、確かに耳の形は大分違う。それ以外にも、人とは違う能力や習慣を持っているそうで、少し聞いただけでは理解出来なかった。

 彼女はそれまで人に対して嫌悪感しか持っていなかったという。無理もない。彼女達エルフを、この大陸の人間は虐げている。そんな人間相手に、好感情を持てという方が無茶というものだ。

 だが、危険なところをティザーベルに救われて、フローネルは見る目が変わったそうだ。それもあって、レモに人のあれこれを聞いているらしい。

 一度自分も聞かれたが、うまく答えられなかったからか二度目はなかった。

 確かに、自分よりレモの方が口はうまい。仕事柄もあるのだろうが、おそらくあれは生来のものだと思う。

 元々家が暗殺を生業としていたからか、人の中に紛れ込むのがうまい。そうして気配を絶ち、対象に近づくのだとか。同じ血を引いているけれど、自分には到底無理な芸当だ。

 たまに、故国で何もなく過ごせていたらどうだったか、と思う事がある。もう殆ど記憶にない国ではあるけれど。

 そうだったら、多分レモとの関わり方は今とは違うものだっただろう。仕える者と、仕えられる者。その関係は終生変わらない。

 国を出る時に起こった事件は嫌なものだけれど、今のこの状況をヤードは気に入っている。何より、自分で望むように生きられるのは大きい。

 無論制限はあるけれど、それは誰しもが持つものだ。望む時に望む場所へ行き望む相手と過ごす。それだけ出来ればいい。少なくとも、自分は。

 ヤードは再び剣を構え、周囲の景観をまた違う街へと変える。自分の望みの為にも、今は己を鍛え直さなくてはならない。この先に待つ、大きな戦いの為に。

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