表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そしてラプンツェルは歌いだす

作者: はち

階段もドアも、外につながるものは小さな窓1つしかない塔の1番上。

そこに閉じ込められ、手慰みに歌を歌っていたという少女は一体どんな気持ちで歌っていたのだろう。

1人閉ざされた小さな世界で、観客なんか誰一人いないあの場所で、

彼女はなぜ歌い続けていたのだろう。


「一条先輩って最初に物語を書いたのはいつですか?」

高2、2学期のとある放課後、文学部の部室。再来月に控えた文化祭で発行する予定の部誌についての会議、という名のいつもの雑談で、僕以外の実質唯一の活動部員である後輩、七瀬君がふと思いついたように尋ねてきた。

「あぁ、えっと…小学校5年生、かな。たぶん」

「そんな昔から⁉」

「いや、なんか国語の授業でなかった?子供達と動物達が書かれた絵を見て、そこから物語を創ってみましょう、みたいなやつ」

「えぇ、そんなのありましたっけ…?」

「んー。学校によって使う教科書とか違うだろうし、七瀬君の学校じゃやらなかったのかな」

かもしれないですー、と七瀬君が応える。

「七瀬君は?いつから?」

そう僕が聞くと、途端に七瀬君はバツが悪い顔をした。

「…この部活入ってからです…」

意外な言葉に、えっ、と七瀬君の方を見ると、彼女はうつむいて小さい声で続けた。

「二次創作とか、書きたいシーンだけ、とかは中学の頃から書いてたんですけど。ちゃんと一作品書き上げるようになったのは、ここ入ってからです…」

「え、そうなの?毎回、面白い話書いてくるから普通に前から書いてる人だと思ってた」

私の話、ちゃんと面白いですか…?と七瀬君が不安げに聞いてくるので、面白いよ、少なくとも僕は好き、と答えるとさっきまで暗かった彼女の顔がぱぁと明るくなった。

漫画だったら効果音が付きそうなほどの表情の変化に思わず吹き出す。

「あ、一条先輩、なんで今笑うんですか⁉」

「ごめん、ごめん。いや、七瀬君は素直でいいなって」

「なんか馬鹿にしてますね、それ⁉」

不貞腐れる七瀬君を見ながら、ふと思う。彼女の感情が表に出てくる点は美点だ。彼女は自身をひねくれているというけれど、僕から見ればひねくれ方が単純なのでいっそわかりやすい。

もし、僕も七瀬君のように素直だったら。

あの時、あの子は泣かなかっただろうか。


もともと本が好きだった僕が、何かを吐き出すように物語を書き始めたのは中1の時。

僕が通っていた中学にも文学部はあったけれど、なんとなくそこに入るのを避けた僕は帰宅部に入り、放課後は図書室でノートに駄文を綴る日々を送っていた。誰に読んでもらうでもない、ただただ吐き出し、綴るだけの物語。

あの頃の僕は、今思えば、ただただ自己完結の自己満足の塊を創っているだけだった。

そんな日々が終わったのは、中2の2学期が始まったばかりの頃。

まだ、残暑が厳しい日のことだった。


いつものように放課後を図書室で過ごし、帰り際に先生に頼まれた雑用をこなして家に帰った後、鞄の中にいつも使っている創作用ノートがないことに気づいた。

「まじか…」

思わず声が漏れる。いくらやましいことは書いてないとはいえ、さすがにあのノートが人目に触れるのは恥ずかしい。

次の日、少し早めに学校にいった僕は、そのまま図書室へと向かった。

いつも使っている隅の席、そこを見ると一つ、学生鞄が置いてある。

そしてその近くで、高そうなカメラを構え、窓の外の景色を撮っている一人の女子生徒がいた。

肩に切りそろえられた黒い綺麗な髪、校則をきちんと守った少し長めのスカート。


彼女は入ってきた僕に気づくと、あ、っと声を出した。

「もしかして、このノート、貴方のですか?」

そう言いながら彼女が鞄から取り出したのは、確かに僕のノートだった。

「あ、そうです!ありがとう。探してました」

そう言いながら受け取ると、彼女は少し硬い表情をした。そして申し訳なさそうに続ける。

「すみません…。貴方がいつもあの席に座ってるのは分かってたので見つけた時も多分貴方のだろうとは思ってたんですが、確信がなくて…その、なにか、手掛かりになるものはないかと思って…」

中身、見ちゃいました…

消え入りそうな小さな声で、彼女は言った。

あー、見られちゃったかぁ、と思わず声が漏れる。でも、すごく申し訳なさそうにしてる彼女が気の毒になり、大丈夫ですよ、と笑って続けた。

「むしろ、下手な文章見せちゃってすみません」

そういうと、彼女ははじかれたように顔を上げた。

「全然下手じゃないです!一つ目の、主人公が最後、傷を乗り超えて家族に会いに行くシーンとか本当に良くて!泣きそうになっちゃって」

「あ、結構がっつり読みましたね?」

まさか不意打ちで褒められるとは思ってなくて恥ずかしくなる。

彼女はというと、読み始めたら止まらなくなっちゃって…とまた申し訳なさそうに下を向いた。


こんな出会いがきっかけで、彼女、五條のぞみ、と知り合った。

それから、図書室で度々出会う彼女と少しずつ世間話をするようになった。

彼女が一つ年下なこと。僕と同じ帰宅部で、写真が趣味なこと。図書委員で時折貸し出しカウンターにいたため僕のことを知っていたこと。図書室にいるのに本を読むでもなく、勉強するでもなく、ただただノートに何かを綴る僕が何をしているのか、実は気になっていたこと。

学校のこと、テストのこと、苦手な教科のこと、将来のこと。

放課後、彼女とぽつりぽつりと話す時間がとても心地良いものだと気づいたのは、中3になった春。校庭に咲く桜がちらちら散り始めた時期だった。


僕はたまに、彼女が撮った写真を見せてもらった。

街を照らす太陽、路地裏で寝る猫、風船と遊ぶ子供。

ごく普通の風景なのに、とても暖かい彼女の写真が好きだった。

「いやなことがあっても、すこしでも、写真を見た人が元気になってくれればいいなって思って」

少しはにかみながらそう言う彼女の写真が好きだった。


彼女はたまに、僕の書いた物語を読んだ。

あくまで僕が、まぁこれなら読まれても大丈夫かな、というやつ選んで彼女に見せていただけだけど。彼女は渡したすべてのものをとても丁寧に読んでくれた。読み終わった後は、ここが良かった、あの人がかっこよかった、とたくさんの感想を教えてくれた。

この時、僕ははじめて、物語には「伝える相手」がいるのだと気づいた。


静かに、穏やかに日々を綴って。

僕が物語を書くのをやめたのは、中3の夏だった。


「…なんで、それを私に渡そうとするんですか」

中3の秋。まるで一年前、彼女と初めて会ったときのように残暑の厳しい日の放課後。

図書室で、僕が差し出した、僕がいままで駄文を綴っていたノートを見た彼女は震えた声でそう言った。

「いや、もう、僕にはいらないから、もしよかったらと思って。五條くんがいらないなら捨てるけど」

「もう、書かないんですか」

「中3だしね。受験もあるし」

「高校にいったらまた書けばいいじゃないですか」

「もともと勢いで始めたものだし、そんなに才能もなさそうだしね」

辞めるには、ちょうどいいかなって。


「…それは、先輩の本心ですか」

それは、彼女にしては珍しい、責めるような、怒ったような声で。

僕の目をまっすぐに見つめて彼女は言った。


「私は、先輩の事情は知りません。先輩のこと、実はそんなにわかってません。でも、もし本当に先輩がさっき言ってたことが全部本心なら。本当にそう思っているのなら」


なんで先輩、そんなに泣きそうなんですか


彼女の声にハッとした。

震えた声で彼女は続ける。


「先輩のお話、私はすごい好きだけど、時々すごく悲しくなるんです」

主人公は何か大事なものがあって、でも、それを守るのを周りが拒んで、迷って悩んで傷つく主人公ばかりだから


「…やっぱり、書く話偏ってるよね。なんか似たような話ばっかりになっちゃってさ。やっぱり才能ないからかな」

「そういうことが言いたいんじゃないんです!」

珍しく、彼女が声を荒げた。

「話がおんなじとか、そういうことじゃないんです。だって、同じようなことを伝えようと思ったら、自然とモチーフは似ますもん。全く違うものを全く違う角度から撮ったとしても、結局、伝えたいことが変わらなかったら、必ずどこか雰囲気が似たような写真になりますもん。先輩だって言ってたじゃないですか、私の写真は全部どっかあったかいねって。そう言ってくれたじゃないですか」

「それは、五條くんの写真が全部綺麗だから」

「変わんないです!私は、ずっと1つの写真にあこがれてて。そんな、見た人が救われるような写真が撮りたくて。それを目指してずっと写真を続けてて。それを先輩は全部あったかい、って言ってくれて。だから、それと同じように」


先輩も、ずっと同じことを言ってるんじゃないんですか

苦しくても辛くても、ずっと大事に抱えてれば最後には報われるって、そういうことが言いたかったんじゃないんですか


「…それは五條くんの考えすぎだよ。僕はただなんとなく書きたい話を書いてるだけで」

「だったらなんで!」

3年間もずっと、物語なんかを書き続けてるんですか


虚をつかれて息をのむ。

「…本当に何も考えずに書いてる人は、3年間もずっと書き続けられません。同じような話だとしても何本も書き上げられません。そもそも、似たようなテーマにすらなりません。

あんなに、泣きそうな声がする物語は書けません」

最初期からの古参ファン舐めないでください。

まるでを睨み付けるようにして、その目から涙を流して、彼女は言った。

泣いてる彼女が綺麗だと、ぼんやりした頭で思った。


あぁ、そうだ。僕は、いつだっておんなじことが言いたかった。


僕が今一緒に住んでいる父親は、どうやら実の父親じゃないらしい。

それがわかったのは小学校5年生のときだった。

なぜわかったのか、今となってはあんまり覚えていないけど。

たしか何かの親戚の集まりで、小学校の国語の授業で僕が作った物語が褒められたと言ったら「やっぱり作家先生の血が流れてる奴は違うな」と酔ったおじさんに言われたのがきっかけだったはずだ。

僕の今の父親は普通にサラリーマンだから意味が分からなくて、そして、おじさんのその言葉で明らかに周りの空気が変わったのを肌で感じた僕は、その意味をなんとなく悟った。

―僕が小さい時に別れたのであろう実の父親は、作家をしているらしい。

あぁ、だから、僕の物語が学校で褒められたと母に話した時、母は嬉しそうな顔をしなかったんだな、とぼんやり思った。


それでも、蛙の子は蛙というか、僕はなぜか物語を書くことが好きになっていた。

ペンとノートさえあれば、最悪、僕の頭一つで、自由に創れる世界。

ある意味でお手軽な娯楽に僕はのめり込んでいった。

それでも、両親が、特に母があまり良い顔をしていないのは分かっていたから、いつしか僕は隠れて物語を書くようになっていた。

それでも、書くことをやめられなかったことからは、僕は目をそらしていた。

気づいたら、好きなことを必死に好きだと叫び続けようとする主人公しか書いていないことに、僕は気づかないふりをしていた。


「それで五條くんに会ってさ、僕のこんな話を好きだといってくれたから。中学も終わるし、受験が本格化するタイミングで君にこのノートを渡せたら、僕もすっぱり書くのをやめられるかなって思ったんだけど」

「…たぶん、先輩は私にこのノートを渡しても書くのをやめられなかったと思いますよ」

僕の目をまっすぐ見て、彼女は続けた。

「だって先輩は、私が何かを撮らないと生きていけない人間なのと同じように、何かを書かないと生きていけない人間だから。他の人にとっての酸素が、私にとっては写真で、先輩にとっては物語なんです」

あ、でも、吐き出すという意味では二酸化炭素なのかな。

そんなことを真剣な様子でつぶやく彼女がおかしくて、思わず吹き出す。

僕のその様子をみて、彼女も笑った。


「…誰かに望まれてなくても、書くの、続けていいのかな」

下校のチャイムが鳴り、校舎をでた帰り道、小さくつぶやいた僕の声は、隣を歩く彼女には届いたらしい。

「当たり前です」

当然、といった声音で彼女は続ける。

「たかが趣味なんて、娯楽なんて、どっかの誰かには嫌われるものなんです。それでも、やってる本人が楽しいから、救われるからやるんです。公序良俗に反していない限り、それを止める権利は誰も持ってません」

力強くそういう彼女に、僕はまた笑った。

結局、その時彼女に受け取ってもらえなかった僕の中学の創作ノートは、その後割とすぐに、彼女が親御さんの仕事の都合で転校になったり、僕も僕で高校受験だなんだと忙しくなったりと、ばたばたしているうちに僕の手元に残ったままとなり、まだ部屋の本棚の片隅にひっそりと眠ってる。


そして、僕は今でもダラダラと物語を書き続けている。

変わったことと言えば、高校から文学部に入り、書くことを隠さなくなったことと、書く物語の幅が多少広がったことくらいか。

文学部に入ってると母に伝えた時、その反応は案外そっけないものだった。

許されたのか、諦められたのか。僕にはよくわからない。


「せんぱーい、生きてますかー?」

良く通る七瀬君の声に、はっと我に返る。

「生きてるよ。どうしたの」

「いえ、急に先輩が静かになったので、とうとう電池が切れたのかと」

「あぁ、ごめん、ちょっと昔を懐かしんでた」

「先輩、そんな昔を懐かしむような年ですか」

「いや、僕は昔から後輩に恵まれてたんだなって」

「どういう文脈ですか、それ」

そのまんまだよ。七瀬君の素直なところは美点だなってところから。

やっぱりどこか馬鹿にしてますよね、と七瀬君はまたむくれた。


そんな会話を続けていたら、下校のチャイムが鳴ったので2人で帰り支度を始める。

部室の鍵を閉め、並んで廊下を歩きながら「そういえば、今日、転校生が来たんですよねー」と七瀬君が言った。

「へぇ、うちの高校に?編入試験、難しいらしいのに珍しいね」

「なんか、この夏に親御さんが仕事の都合で海外赴任になったらしくて。海外行くのめんどくさいからおばあちゃん家が近いこの学校に転入できるように試験勉強頑張った、って言ってました」

「七瀬君、仲良くなるの早くない?」

「話やすくていい子なんですよー」

そんなことを話しながら鍵を返すために職員室へ向かう。


窓の外の夕焼けが、街を暖かく照らしてて。

あぁ、彼女が好きそうな景色だなと思って。

ふと、視線を戻せば、廊下の先、職員室の前の窓の側。カメラを構える人がいた。


「あ、のぞみちゃん!先生との話終わった?」

嬉しそうな七瀬君の声が、なぜかどこか遠くで聞こえた。

七瀬君の声に、カメラを構えてた少女がゆっくりとこちらを向く。

肩に切りそろえられた黒い綺麗な髪、校則をきちんと守った少し長めのスカート。

七瀬君を見つけて嬉しそうに微笑んでいた彼女の瞳が僕を捉えて、驚いたように大きくなった。隣にいる七瀬君と交互に見て、僕が手にもっていた、部誌用の仮原稿に気づいて。

そしていたずらっ子のように笑って言った。


「やっぱり書くの、やめられませんでした?」


「やめられなかったよ、君の言う通り」

僕も笑ってそう返す。


隣の七瀬君は、え、知り合い?と驚いているけれど。

申し訳ないけど、とりあえず今は置いておいて。


数年前とは違う、高らかに、自由に、物語を謳えるこの場所で。

今度こそ、君が泣かない物語を。


-END-

お久しぶりです。はちと申します。


今作はずいぶん前に書いた「私は人魚姫になれない」のスピンオフとなっております。

やっと一条先輩をかけました…

テーマをラプンツェルに決めてから軽く一年くらい経ってます…

兎にも角にも、年内に書き上げることが出来て良かったです。


誤字、脱字などありましたらご指摘いただけたら幸いです。

感想、評価など頂けたら喜びます。


それでは、読んでくださった皆様に最大級の感謝を込めて。

はち


12/22追記

素で「私は人魚姫になれない」のタイトルを間違えたので訂正しました、すみません。

当時、「ならない」と「なれない」のどっちにするか投稿ぎりぎりまで悩んでいたので、という言い訳をさせてください、ごめんなさい。

それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。


はち

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ