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遺書

作者: 心憧むえ

 私はベランダからの眺望が気に入っている。特に朝は格別だ。忙しなく駅に向かう人々や、長蛇の列を作り出すロータリー。大学生という身分に甘んじている私にとって、朝っぱらから動き回る人間というものは、どうも滑稽に目に映る。目まぐるしく変化する景色をつまみにコーヒーを嗜む、これが大学生になった私の日課だ。

 四階から、文字通り見下すこの行為に、私は言い知れない快感を覚えるのだ。次いですぐ、自己嫌悪に陥る。理想と本能は時間をかけて、摩耗するように解離していく。

 疲れた。私は疲れたのだ。偉人の残した言葉も、魂をのせた歌声も、私には響かない。響いてくれない。生に執着する言い訳も底を尽きて、私はいよいよ英断したのだ。

 私は上下スウェットのまま、部屋を後にする。外に出て、見下していた人々の波にのまれて、駅に向かう。スーツや制服に身を包むそれらは私に一瞥だけくれると、何事もなかったかのように歩き続ける。準備中の定食屋を抜け、開店したてのパン屋を抜けると、もう駅の入り口だ。エスカレータに乗ってすぐ、改札が目に入った。後ろポケットから財布を取り出し、ICカードをかざして改札を抜ける。ホームに繋がる階段を降りると、電車が停留していた。私よりも後から階段を慌てて降りてくる幾人かが、吸い込まれるようにして電車へ駆け込む。こうしてみていると、電車というのはまるで掃除機のようだ。人が自らの意志で乗り込むのではなく、否応なしに乗り込まされているように見て取れる。やがて炭酸がはじけるような音を立てながら扉は閉じて、出発する。

 きっと、今の心象を空模様に表すなら、それは雲一つない青空だ。頭上には、私の心象風景をそのまま映し出したような空が広がっている。以前から、死ぬ日は快晴の日と決めていたのだ。

 ベルが鳴り、アナウンスが流れる。目的の急行列車がこの駅を通過する。

 私は自問する。なぜ、自ら命を絶つのか。命を絶つ必要があるのか。考えてみても、明瞭な答えは得られない。考えれば考える程、余計答えは朧げになって、鳴りを潜めるのだ。

白状しよう。私は、生きていたいのだ。幸せになりたかったのだ。今となってそれらは、お伽噺の類に属するものとなってしまった。

自分に嘘をつき続ける私は、私を言い負かす言葉の数々を並べ立てることが出来るだろう。そんな日々を送り続けることは、今の私には、耐えられそうにもない。

とどのつまり私にとっての自殺とは、思考の放棄ということだ。

 電車が見えてきた。勢いを殺すことなく、一直線でホームへ向かってくる。黄色い線の内側に行儀よく突っ立った人々を尻目に、背中から落ちるように線路へ飛び出した。ホームに立つ人々の表情の変化が遅々に変化する。電車は容赦なく私の元へ突貫する。

 頭上では、茫洋とした蒼天が私を見下していた。


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