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FANG DOLL  作者: 華猫
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#4 Golden Boy

■ #4 Golden Boy


「プアゾ、プアゾ、どこ行くの?」

 僕が外出しようとすると、ルアナが指定席の棚の上から声を掛けてきた。

「サー・ウェンガーのところさ。注文を取りに来てくれって。留守番頼んだ」

「プアゾも弟子をとればいいのに。御用聞きなんて、そんなの丁稚の役目じゃないの?プアゾだってタゾーラの生きてた頃は――」

「僕はまだまだ親方なんてガラじゃないよ。僕みたいな若造のところに誰が弟子入りにくる?」

「そーかなー?」

 さて、ウェンガーは、都の瑠璃区の、超がつくほどの高級住宅街に大きな別荘を持っている。帝国の大貴族だ。そこらの中小国の、称号だけの田舎貴族とは違う。当主はかなり若い時に継いで、肩書きから連想されるほどの歳ではないという――この辺はウィスプから仕入れた情報だけども。

 僕は、その館の門前に立って圧倒された。想像以上だった。邸内は見事に造園され、一部の隙もない。

 僕は嬉しくなった。この庭一つとって見てもわかる。今度のクライアントの審美眼は信用できそうだ。由緒正しい大貴族というのも看板だけではない。

 玄関で呼び鈴の紐を引くと、ややあって、扉が細めに開いて少年が顔を覗かせた。

 きれいな顔だけど愛想がない。胡散臭そうな目付きで僕をじろじろと見つめた。

「あなたが?人形匠のプアゾ?」

「はい。サー・ウェンガーの……」僕は精一杯営業用のスマイルを浮かべてみせた。だけど……?

 まさか、彼がウェンガーじゃないだろう。いくらなんでも若すぎだ。彼の子供か、従者か……だけど使用人しては衣服は高級だ。


 サロンで出会ったウェンガーは、なるほど、話に聞いた通り、せいぜい二〇代後半から三〇代半ばというくらいの男だった。いかにも帝国貴族らしい顔立ちと目付きをしている。持って生まれた自信を全身から発散しているような。

 彼は、僕を一目見るなり、一瞬意外そうな顔をして、それから笑顔になった。

 僕も内心ほっとする。ビジネスは第一印象が大事だ。

「初めまして、プアゾといいます。どうぞよろしくお願いします」

「やあこちらこそ。私がウェンガーだ」帝国訛りが強い。それが一層尊大な雰囲気を与える。だけど口調は気さくだ。

「しかし、噂以上だな」

「何でしょう?」

「君の容姿さ。人形匠にしておくには惜しいな」

「それはどうも」僕は愛想笑いを浮かべておいた。あまり嬉しくない。ときおりトラブルのもとになるから。

「御注文を承りましょう」

「それは――エカ」

 彼に呼ばれてやってきたのはさっき僕をここに案内してくれた少年だ。ウェンガーは少年の肩に手をかけて僕にいった。

「こいつの肖像代わりの人形を造ってもらいたいのだ。等身大で、そっくりに、だ」

「彼の、ですか?」

 少々面食らった――が、すぐに事情は飲み込めた。

 断る理由はない。不可能でもない。

「わかりました」

「費用はいくらかかっても構わん。この仕事を第一にしてくれたまえ。早速今日からでも」

 僕は素早く計算した。今、受けている注文は二つばかりあるけど、どちらも特に急かされてはいない。しかもウェンガーの方が金離れがよさそうだ。

 そうと決めたら早く仕事を始めたほうがいい。

「では、ちょっと二人きりにしていただけますか?」

 まもなく少年と二人、控え室らしい小部屋に通された。

 エカは不安そうだ。僕の方をちらちらと落ちつきなく見ている。

「エカ、だっけ?服を脱いでくれる?全部」

 途端にエカは敵意を込めて僕を睨みつけた。

「なんで!」

「肉体を見たいんだ、全身を」

 エカは渋々、服を脱いで、裸身をさらけた。

 ガッチリした骨格が、適度な筋肉に包まれている。肥満ではなくマッチョでもない。やや痩せ気味で、均整のとれた美しいといえるプロポーションをしている。

 近付いて、肩甲骨の隆起に触れた時、彼が小刻みに身体を震わせていることに気付いた。拳を固く握りしめてなにかをこらえようとしている。

 僕は皮膚の下の筋肉の具合を手探った。……うん、程よく発達している。野生の獣のように、余分な肉も付いていない。恐らく彼はこの肉体を維持するのに、人並みならぬ努力をしているに違いない。きっとウェンガーは完璧主義者なのだろう。

「――いいよ、もう。服を着ても」

 そう声をかけると、少年はもどかしそうに服を身に着け、逃げるようにして部屋を出た。そして外で待っていたウェンガーに飛び付く。

「ヴィシー!あいつが、ボクを裸にして……」

「プロポーションを見ただけです。筋肉の付き具合を見るために触らせてもらいましたが。ヘンな意味じゃありません」

 僕は落ち着き払っていった。

 ウェンガーは戸惑ったようにエカに、

「彼は梟都で一、二を争うほどの人形匠だ。彼を信用しろ」

 それから僕に向かって

「で、どうだ?初見の感想は」

「お任せください。必ず、お気に召すように造りましょう。それには、彼を工房にこさせて欲しいのですが」



「ここがあんたの工房か。思った通りだ」エカは工房内を見回して相変わらずぶっきらぼうにいった。

「不潔で気味が悪い。だいたいこんな町で――」

 僕は彼の口元に長尺を突き付けて、しかしあくまで営業用のスマイルをたたえながら命令した。

「モデルの席はそっちだ。デッサンの間中は黙っててくれるかな。きれいに作って欲しいのならね」

「なん……誰に向かっていってるんだ?ヴィシーに言い付けるぞ」

「僕がなにかおかしなコトでも?」

「デタラメいってやる。アンタに乱暴されたって……」

「そんなこと言えるのか?」

 エカは急に言葉を失った。なにかいおうとして、だが声にならない。

 そしておとなしくスツールに腰掛けてくれた。……どうも彼とは気が合わないようだ。ついこちらもケンカ腰になってしまう。

 彼をあくまでモチーフと看做して、その姿態を感覚に刻みこむためにデッサンを始めた。

 しばらくの静寂。

「――なあ、わかってんだろ、ボクとヴィシーのコト」

 不意にエカが口をきいた。

「まあね」僕はコンテをすり減らすのに夢中だった。目の前の彼の肉体を一度、身体の要素毎に分解し、それを再構成する。すべて脳裏で。

「ヴィシーはボクをなによりもかわいがってくれる」

「そうらしいね」……いやこのカーブが違う。

「あんたなんかに邪魔させないからな」

「……邪魔?」僕は手を止めて彼を見つめた。

「ヴィシーは一目見てあんたを気に入ったんだ。ボクにはわかる」

「まさか」僕は笑い飛ばす。なるほど、エカの不機嫌の原因がわかった。

 実に微笑ましい話じゃないか!


「ゾッとしない話だね」ルアナがいった。彼の顔は硬いセラミックだけど、その分、彼は声に感情を込める。

「帝国のオ貴族サマなんて、なに考えてんのかなー。お稚児さんの人形造れなんて、サ!」

「大事なお客様さ。よくある仕事だよ」

「だって男同士だよ!それもまだ少年じゃない」

「君がそんなモラリストだとは思わなかった。個人の趣味じゃないか」

「だってプアゾ、キモチ悪くない?」

「べつに」僕だって他人のこといえた義理じゃない。

「気をつけてよ、プアゾも狙われるよ!プアゾはとってもキレイだから。人間にはもったいないくらい」

「そりゃどうも」人形に誉められたって、嬉しいものか。


「美しい男だな」

 突然、ウェンガーがポツリといって、エカは急に昼間の不快感を思い起こした。

「アイツ?」

「ああ。人形匠などもったいない。歌劇の花形でも充分通用する」

「どうせ人形匠だよ。職人風情(ふぜい)の。ヴィシーが気にするほどのやつじゃない」

 エカは、よりによってこの場で、彼が他人のことを話すのに我慢ならなかった。


「どうだね、調子は」

 ウェンガーがなれなれしく僕の肩に手をまわす。彼の魂胆はなんとなくわかったが、なんといっても彼は大切なお客様だ。

「好調です、なんの問題もありません」

 どうもこのウェンガーのサロンにいると落ち着けない。趣味は悪くないんだが。

「ひとつ言い忘れてたんだが」

「何でしょう?」咄嗟、イヤな予感がした。

「人形の喋る声だが――今のあいつの声でなく、もっと高くできないだろうか?」

「と、いいますと?」

「あれはもともと我が都の合唱団にいて、〈歌の精霊〉とまで呼ばれたほどのソリストだったのだ。その声を再現してもらいたいのだよ」



「ボクはみなしごでね」

 エカが工房のスツールにそわそわしたそぶりで腰を下ろしていった。

「孤児院で歌手として育てられたんだ。天賦の才としかいいようがないね、ボクのソロときたら!君なんかに想像できるかい?それでとうとう領主様のお目に止まったってわけさ」

 エカは誇らしげにいって、それから急に沈んだ声になった。

「だけど――今年、この都にくる直前くらいか、変声期になっちゃったんだ……今じゃヴィシーの好きな歌を歌ってあげることもできやしない」

「歌手の中にはボーイソプラノを保つために去勢する人もいるっていうじゃないか」

「ボクが!? ヴィシーはこのままのボクを好いてくれてるんだぜ!」

 僕はエカの裸身と、半分ばかりできた――ただし外見だけだ――人形のボディを見比べながらいった。

「君だってやがて大人の男の身体になる。少年のままじゃいられないよ。声変わりはその前兆さ。多分、君はガッチリした体格になるだろう。僕みたいな痩せ型じゃなく」

「そんなこと……わかるもんか」

「僕にはわかるよ。ボディを扱うのは慣れてる」

 人形のボディを軽く小突いた。実はこのボディは、エカ本人よりも心持ち細めの少年体形に造っている。少年は今、少年から男性へと変る、その境目にいるのだ。

 エカは急に不安そうになった。「もし……ボクが大きくなっても、ヴィシーは愛してくれるだろうか……」

「さあ。僕はウェンガー氏じゃない。でも、彼は、今の君の肖像としてこれを注文したんだろう?」



 僕はウェンガーに、音声ユニットの試聴をしてもらうために彼の館へ赴いた。

「それが……?」

 ウェンガーはめいっぱい疑わしげな目付きで機材を見た。

「そんな機械が人形の声を真似るというのか?」

「はい。まだ正式な知能ユニットにはつないでませんが」

 僕は手早くセッティングし、むき出しの音声ユニットが実際に音を出せるようにした。本来なら人形の頭部や胸郭の中の共鳴腔で音が増幅されるのだけど、今はウェンガーに借りた蓄音機を使っている。

 ウェンガーは物珍しげに僕の手元を見つめている。その傍らではエカが不安な表情を浮かべていた。

 ゼンマイ式の簡単な言語ユニット――本来の知能ユニットの代わりに――をつなぐ。

 一瞬の間。

「Ahh――」

 機械が唄いだした。蓄音機のスピーカーから流れてくる声。ただし蓄音機のように、録音された音を再生しているのではない。言語ユニットの送った情報に基づいて、音声ユニットが創り出した振動だ。高く澄んだ――

 ウェンガーがニヤリと笑った。

「うむ、よくできてるな。こいつの声そっくりだ」

「違うよ、ボクの声はこんな濁っちゃいない。もっと……」

 僕は機械に唄わせたまま、音声ユニットを微調整した。音色を決定する七つのネジ。それぞれを少しずつひねって……。

 不意にウェンガーの笑顔が消えた。目を見開いて機械を見つめている。エカにいたってはまっさおなほどだ――これでいいらしい。


「おいプアゾ」

 帰りがけにウェンガーに呼び止められた。

「はい?」

「聞きしに勝る技量だな。私の専属の人形匠として国へこないか?生涯高給を保証してやるぞ。宮廷にだってとりたててやれる。こんな都で一介の職人としてすごすよりもずっといい生活ができるぞ」

「僕を高く買ってくださってありがとうございます。ですが僕はこの梟都を愛しているのです。タゾーラの人形たちの面倒もみなければ。僕は一介の都民でいたいのです」

 これは本気だ。けしてイイワケなんかじゃない。

「それは残念だ」

 ウェンガーは苦笑いをした。敢えて強硬にでようとはしなかったが、それで諦めたとは思えない。

 用心、用心。


 日に日に、少しずつ人形は組みあがっていく。全身の骨格はできた。

 といっても人間の骸骨よりももっと肉の形がついている。肝心なのは末端、特に顔や手先だ。本人の表情を研究し、筋肉の付方・その動きを正確に真似る。

 それからボディ。セラミックの骨格の中にエリクサーオイルの導管を通し、関節のアクチュエーターに連結する。姿勢を制御するジャイロスコープの制御もしなければ。

 表面には筋肉の隆起をまねるためのメッシュを貼りつけ、最後に皮膚を被せて――

「どうだいこの手触り!これが皮膚になるんだよ」

 僕は上機嫌で、一巻の象牙色をした不織布をエカに見せた。

「不思議な感触だね。絹……織物じゃないや。でも革にも……人間の生きた皮膚みたい」

「今朝、梟都に届いたばかりなんだ。どこかの山にいる竜蟲(ワイアーム)のなめし皮だよ。こんなに薄くてきめ細かいのに、とても丈夫でね。滅多に手に入る代物じゃない。家が二、三軒買えるくらいする」

「そんなに?」エカが目を丸くした。

「自動人形がどれくらい高価なのか知らないのか?この骨格のセラミックは都外の専門の工房に発注してる。帝国じゃ儀礼用の剣にしか使われない素材だ。それからエリクサーオイルだって同体積の金の十倍はする。髪の毛に使うのは大海の方の……とにかく、一個の商品としちゃ、この梟都でも一、二に高価な代物だよ」

 更に人形が身につける服飾やアクセサリーも高級ブティックのオーダーメイドだ。

「そんな高価なの」

「ウェンガー氏は金に糸目はつけないっておっしゃったからね。へたすると君自身より金かかってるかもね」

 僕は冗談のつもりでいったのに。


 たっての要望でようやく動き始めたばかりの人形をウェンガーに見せることになった。

 氏は満足したようだった。

「素晴らしい!よくできた機械だ」

 僕はムッとした。この段階で賞賛されたくはない。

「まだ調製が済んでおりませんので。完成すればもっと優雅に動きますとも。本物の人間以上に」

『初めまして、エカ-αといいます。どうぞよろしく』

 人形はさっきから立ったり座ったり、同じ動作と台詞を繰り返している。知能ユニットはまだほとんど白紙状態だ。これからは主に知能ユニットや統合体制御ユニット、人間でいえば大小の脳に匹敵する部分、を鍛えなければならない。アクチュエーターの最適化、フィードバック、言葉、語彙、話し方、知識……


「あんたはなにを造ってるんだ!? 」

 エカが興奮して叫んだ。

「こんな人形を……これじゃまるで……まるで似てやしないよ!ボクはこんなに……」

「へえぇ!」

 今答えたのは人形の方だ。僕は人形の膝の関節の調整に忙しい。人形の知能を鍛えるために、エカと会話させている。人形はエカの話し方や思考構造を分析し、学習していく。

「どこが違うっていうのかな?ボクは君の人形なんだぜ」

「ボクはそんなにヒョロッちくもないし、ガキみたいな声じゃない!胸板だって厚いし……」

「だって、ヴィシーはこーゆーのをお望みなんだぜ!」

 人形は勝ち誇ったように(わら)ってみせた。

 なるほど、彼がいいそうな言葉だ。うん、知能ユニットはかなり鍛えられてきた。でも人形は人形だ。知能のキャパシティが人間ほど深くない。ただ表面的な反応を真似ているだけだ。つまり、人形には魂がないんだ。

 静けさに気付いて微細な遊星歯車から顔を上げると、エカが真っ青な顔をしている。そしてなにもいわないんだ。腰掛けた自分の膝を、爪が皮膚に食い込むのではないかというほどにきつく握り締めている。

 その指の関節が白くなっていることに目がいった。人形の皮膚には人間のような血管がないから、ああいった表皮の表情は出せない……これからの研究課題だな。

「……人形のクセに……」エカが低くかすれた声で呟いた。

「人形のいうことだ。気にしないでいい。別に本心があるわけじゃないんだ」

 状況を判断し、取り得るいくつもの会話・行動パターンの中から、〈最もエカらしいもの〉を選択して実行したにすぎない。所詮はそれだけなんだ。


「人形のできはどうだ?この前彼が見せに来たときからどの程度進んでいる?」

「うん……順調なようだよ。ヴィシーのお望みどおりにね」

「彼には高い金を払ってるんだ。それに見合うできでなければ承知できん」

「大丈夫。あの人の腕は確かだよ。あんなにすごいなんて思いもしなかった」

 やがて、ウェンガーがすっかり寝静まったのを確認すると、エカはこっそり屋敷を抜け出した。夜闇のように暗い計画を胸に忍ばせて。


 派手な物音に目を覚まされた。階下の工房だ。……まだ夜中じゃないか。このところ集中してるから、夜には充分睡眠を取りたいってのに……

 にしても世間知らずの泥棒だな。確かに工房には高価な品々が置いてあるけど、この辺のやくざ者はみんな、僕とウィスプのつながりを知ってるから、手を出そうとしない。それに、工房にはルアナがいる。

 ゆっくりと起き上がってガウンに腕を通したとき、ルアナが大慌てで寝室に飛びこんできた。

「プアゾ!プアゾ!プアゾ!」

「大安売りじゃあるまいし……」

「どころじゃないのっ、泥棒がねっ、エカを持ってちゃったの!」

「な……」

 僕はガウンの前を合わせるのももどかしく駆け下りた。

「なんで止めなかったんだ!? なんのために君を一日中作動させてると……」

 工房の窓はぶち壊されてるし、完成間近の人形が消えている。

「だって泥棒サンは人間のエカだったんだもん」

「なんだって!? 」

「思わず斬り付けちゃったけど、すぐ気が付いて……だってワケアリでしょ、ね、ね?」

 ただ事じゃない!

 僕は工房を飛びだした。今度こそ絶対、誰にも躊躇するなとルアナにいいつけて。たとえ相手がウィスプだって!――依頼人なら別だけど。


 悲鳴にも似た音を耳にした。

 その光景を目にした途端、僕は思わず目を覆ってしまった。

 二つの、同じくらいの大きさの物体が、石畳の上に倒れている。乏しい街灯の光の下でもそれがなにかわかった。むしろ直感かもしれない。

 どちらもまともな状態じゃなかった。片方はグシャグシャで人の形をしていなかったし、もう片方は大量に出血していた。

 人形の傍らに駆け寄った。

 悲鳴を上げるのは僕の方だ――だけど声にすらならない!

 白い残骸を抱え上げる。腕がだらんと垂れ下がってオイルが僕の膝をぬらした。

「どうして……どうして……」

「……人形なんか……」

 苦しげな声がした。僕は人形を抱えたままエカの方を向き直った。

 彼も相当なケガだ。人形の自律防衛機能の働きだろう。体力的に人形はエカと互角だ。それをこうまで破壊しようとしたのなら、彼自身、相応の重傷を負う。それにルアナの一撃は的確だった。



「ああ……プアゾ……」

 エカが目を開けてボンヤリとこっちを見た。

 彼は工房のソファの上に寝かせてある。僕は触る気すらしなかったけど、ルアナが強く主張したので、ここまで運んで手当てをしてやったんだ。

「なんてことしたんだ!どうしてくれる!? 造りなおしだ、構造支持体から!材料だって今度はいつ手に入るか……」

「よかった……」エカは力なく、だけど満足げに笑った。笑いやがったんだ!

「僕の作品だぞ!」僕はすっかり頭に来ていた。

「だって……悔しいじゃないか。人形なんかに……ヴィシーをとられたくない」

 僕はめまいを覚えてスツールに座り込んでしまった。

「なっ……人形なんかに嫉妬したってのか!? 君は人間なんだぞ!!」

「あんたがいけないんだ、あんな人形を!」

 エカは起き上がろうとして呻いた。

「静かに。左腕が折れてるよ。多分、肋骨も。脚もだ。君が人形にしたことに比べればずっと軽いけれど」

「右目が見えない……どうしたんだ」

「ああ……ルアナがね……寸前で君と気付いて力を加減したようだ。本来なら喉を切り裂かれてるよ。眼球片方ですんだけど」

「ボクの顔、どうなってる?顔が熱いんだ」

「鏡は見ないほうがいいよ」

「……ボクは……ヴィシーとずっと一緒にいたかったんだ……ボクだけを……でも」

 彼が泣き崩れた。僕を、昏い衝動が襲う。

「エカ、君の望みを叶えようか?ずっと彼の望む姿のままでいられるように。君を愛し続けるように。人形は造りなおさなきゃならないんだ」


「サー・ウェンガーは当分どなたともお会いになられません」

 年寄りの執事が出てきて陰気な顔でいった。

「御注文の人形をお届けにあがったのです。今、ここに」

 そういってフード付のマントで全身を隠した少年の肩を抱き寄せた。

 なんとか中に通されてみると、サロンは深い酒のにおいで満ちていた。高い酒だというのはわかる。それもかなり強い。

「ああ……君か……」

 ウェンガーはボンヤリと僕を見やった。手にはブランデーグラスを携えて、ソファに沈みこんでいる。

「あの子の行方はまだわからない。君の工房に押し入ったそうだが」

「ええ……彼に壊されて造りなおすはめになったんです。しかしようやく完成しました」

 僕は人形のマントを取った。

「やあ、ヴィシー。心配かけてゴメンね」

 ウェンガーは目を見張った。

「エカ……」


 彼はホントに望んだのだろうか?

 少なくとも人形とその主人は幸せそうだ。

 だけどエカの生命はもはやない。残っているのは肉体の残骸だけだ。それはこの先ずっど生き続ける。ウェンガーよりも永く、恐らくは。ただの物体として。魂は、存在しない。


 fin.

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