#3 What Are You Up To Next?
■ 1.Doll Creater
「プアゾ、〈ルカ〉をモンジャンさんの所へ届けてこい」
歳老いた師匠がそう命じて、弟子は秀麗な顔を曇らせた。
「僕が、ですか?」
「お前以外に誰がいる?」
工房に他に人間はいない。一人の師匠に一人の弟子だけだ。
タゾーラは一層気難しい顔をした。実際以上に老けて見える。もう体もかなり弱ってきた。だから、注文の品の配達や買い物といったことは全てプアゾの仕事なのだが。
マイスタータゾーラはこの梟都でも屈指の――とはいえ総数自体が指折り数えるほどの希少な職だが――人形匠、それも自動人形の職人だ。
その、できあがったばかりの人形を収めた箱を抱え、プアゾは重い足取りで工房を後にした。
夜ばかりか昼なおこの翆玉区のダウンタウンの治安は最悪だ。現にプアゾは町に出た直後、両側に石の壁の迫った路地で三人組のチンピラに囲まれてしまった。
「よぉ、どこいくんだよぉ」
「その箱ん中、ちっと見せてみろや」
しかしプアゾは落ち付きはらって答えた。
「注文の品を届けに行くんだ――ボスの所にね」
男たちがギョッとした表情になる。
「それを君たちに横取りされたって聞いたら、ボスはなんていうかな」
プアゾは悠然と歩きだしたが、誰も彼をはばもうとしなかった。
ミスター・モンジャンは比較的静かな通りに大邸宅を構えて住んでいる。本業は美術商ということだが、翆玉区一帯の顔役だというのは誰もが知っていることだ。
プアゾは人形の箱を携えてボスのサロンに通された。ボスはいつになく上機嫌だった。
「よくきたな。マイスターは元気か?」
でっぷりと太った精力的な男だ。種付け用の牡豚を連想させる。おおよそ梟都で有数の美術コレクターには見えない。
「御注文の品をお届けにあがりました」
プアゾは事務的に繰り返した。ボスが揉み手をしながら、人形匠の弟子が人形を箱から取り出すのを見守っていた。
緑のスモックにベレー帽をかぶった人間の赤子ぐらいの大きさの、アコーディオンを抱えた人形が現れた。
「楽士を、とのことでしたので――」
「いつぞや造らせたチェリストと対になっておる。しかし、あいかわらずタゾーラの腕は確かだな。ここ最近少し心配したがどうやら思い過ごしだったな。どうだ、この繊細な曲線は。こんな造形のできる職人が他にいるだろうか!」
「はい、まったく」
プアゾは静かに相槌を打って沈黙した。タゾーラの工房の秘密――最近タゾーラが直に手を下しているのは設計と大まかな造形だけだ。もはや、さしもの天才の指先にも老衰の枷がはめられている。
ボスの機嫌とは正反対にすっかり憔悴してプアゾは早々に退出した。まるで百年も立たされ続けたような気がする。
プアゾは、別に、ボスの組織の人間ではないが、なんとなく内部の不穏な雰囲気を感じ取っていた。この町に暮らしていて多少なりとも彼らとの接点のある者なら誰でもそうだろう――それほどまでに不協和音が大きく響いているのだ。
廊下の向こうから若い男がせかせかと歩いてくる。ウィスプと呼ばれている、幹部クラスの男だ。といってもかなり若い。プアゾと大差ないだろう。表向きは少々イカガワしい店などの経営者だが。
「よぉ色男、今日はまた、ボスにご機嫌伺いかい?」
ウィスプはニヤニヤ笑いにあからさまな敵意をこめて声を掛けてきた。
プアゾは一瞥して通り過ぎようとする。彼には関りたくない。
それを阻んでウィスプがグイと詰め寄った。
「おい、ボスに取り入って何しようってんだ?エ、カマ野郎。あんなくだらねぇモン売り付けやがってよ」
無視して去ろうとする。
「ボスの金でラブラブ人形の工場でも建てるつもりかよ?そりゃ売れるぜェ。なんたって有名なタゾーラの人形なんだからな!」
ウィスプの下卑た笑いがピタリとやんだ。その喉元に鋭いエッジが突き付けられている。ウィスプには相手がナイフを抜いたところさえ見えなかった。
「タゾーラさんの悪口はいうな」
短く告げて、プアゾはナイフを収めた。そして疲れを隠そうともしないで歩み去っていった。
その背中をウィスプはジッと見つめる。一瞬――ホンの一瞬だが、ウィスプの肝さえ冷やすような、凄烈なまでの殺気を感じた。
こめかみを水滴が伝い落ちる。「これを見ろ。ようやく届いたのだ!実にいい動きをするだろう!」
ボスはそういってから顔を上げた。ウィスプがいつになく神妙な顔をしている――しかしどうやら見間違いだったようだ。面と向かったときにはウィスプはいつもどおりのニヤケ顔をしていた。それもすぐに変わる。
「どうだ、商売の方は」
「いけませんや。例の奴らがドラッグのマーケットにだいぶ喰い込んできてますぜ」
「うむ、早いとこ叩き潰さねばならんな」ボスは人形たちの動きに目を奪われながら答えた。
その方法を模索してるとこだろう、とウィスプは内心毒づいた。一番の問題はボス自身にあると見ていた。かつて、鮮やかな手腕で、一代でこの組織を築き上げた男も、今ではタダの美術愛好家に成り下がっている。ウィスプは、まるで反対に、そういった美術工芸品の価値を金額以上には知ろうとしなかったが、しかし人間の鑑定能力に関しては自信があった。それが老いらくを告げていた。
「ここんとこ売春婦たちも稼ぎが悪いようだな」
「ああ――ええ、殺人事件のせいです、例の。〈Dawnmare〉という」
「コロシなんぞ珍しくもなかろうに。新聞どもが勝手にわめきおって、おかげでオンナどころか男娼や売人どもまで怖がってるじゃないか」
「〈Dawnmare〉は実在しますぜ。一連の殺人の中に確かになにか共通したものがある」
「それが手練のナイフ使いというわけか」
「えぇえ、実に見事な!ポリ公も犯人像すら掴んでませんや。ヤツはホンモノの殺人者ですぜ。生まれながらの」
ウィスプは、むしろ、称賛するような口調でいった。
「そんなやつが仮に存在するとしてもだ、ワシらの商売の邪魔であることに違いはない。さっさと片付けろ」
「わかってますって」
「ウィスプさん、そろそろアイツら本気になってますぜ」
ウィスプが所有しているビル(ついでに、彼の巣窟でもある)に戻ってくると、ククリという男が心配そうにいった。
「ヤツラの頭は誰だい」金と緑とピンクの椅子にどっかりと座り込む。
この部屋の調度全てに共通しているのは趣味の悪さだ。主は気付いていない。
「瑠璃区の……」
「そん中でもこっちに手ェだしてる一派のボスは誰かって訊いてんだよ」
「それが――ハッキリとは……瑠璃区んとこでも新参の若手だそうで」
「しょうがねぇな。そんでヤツラのドラッグの出所は」
「それもまだ。翆玉区へのルートがよくわかってないっす」
「おいおいイイ加減にしてくれ、ヤツラの扱ってんのは特別製なんだぜ。フツーのルートじゃねぇんだ。もっと情報集めてこいや。情報戦で負けたとあっちゃ〈Whisper〉のアダナが泣こうってもんだ」
「は……あ、〈薬局〉から、そのMの分析結果をよこしてきましたが」
「なんでそれを早くいわねぇんだ」
「それが――ほとんどは水で、それにごく微量のヘロインですがね、それよりも更にほんのチョッピリ、正体不明の成分が含まれてるそうです」
「正体不明だぁ?」
ウィスプは変な顔をした。
「〈薬局〉の連中によると今まで見た事もないんだそうで。それがMの最大の特性のようですぜ」
「やべぇんだアレは!大概のヤツが一発でハマる。暗示にかかりやすくなるし、キメたときとキレたときの落差が激しい。なんにつけても極端なんだよ。あんなモン市場にドカドカ投入れてみろ、市場そのもんがなくなっちまう」
「Mは高価ですぜ。他の倍はします」
「だがよ、ジャンキーどもが買えん額じゃない。ムリすりゃどうにかなるってくらいだ。問題は、やつらが手に入れるためになにしでかすかってことなんだ」
■ 2.Dawnmare
マイスタータゾーラは製図台に向かって自分の手をなだめようとしていた。
このところますますひどくなる一方だ。夜、気温が下がると特に。タゾーラはもどかしそうに震顫する自分の手を見つめ、一つ、溜め息を吐いた。
「……プアゾ、オイルの精製は済んだか?」
つい口調が苛ついてしまう。たった一人の弟子だというのに。
「はい、いま――」
プアゾは金でできたビーカーを運んできた。その内側にはキラキラしたものが一面に塗られている。耐食性を高めるための単分子ダイアの皮膜だ。中には白濁した、かすかに燐光を放つ、ややとろみのある液体が入っている。
タゾーラはそれを細長いガラス管(やはりダイアの皮膜が表面に形成された)で少量吸い取り、製図台の光に透かして見た。
「ふん」
タゾーラが短く鼻をならして、プアゾは全身の緊張が解ける思いがした。どうやら合格したようだ。一発で師匠のお眼鏡にかなうとは珍しい。
エリクサーオイルは、タゾーラらのつくるオートマトンの動力源だ。この液体が大気の熱を人形の動きに換える。エリクサーオイルの質が人形の運動能力、そして寿命を決めるといってもいい。
「あの」プアゾはおずおずと声を掛けた。師匠が機嫌を損ねないうちに。
「タゾーラさん、ちょっと出かけてきてよろしいでしょうか?」
「ん……どこへ行く?もう夜も遅いじゃろ。外は危ないぞ」
「いつもの散歩です。ルアナを連れていきます」
プアゾが呼ぶと、棚の上に載っていた一体の人形が飛び降りて走りよってきた。道化師の姿をしている。タゾーラの〈幻の最高傑作〉とも呼ばれる人形だ。コミカルな造作をしているが、その背中には彼の体躯には不釣り合いなほどに大きい剣を背負っていた。
「ああ――それなら心強いが……しかし」
タゾーラはなおも不安な顔になった。汎用の人形に大きなパワーを与えたのは彼自身だったが。
「近所を一回りしてくるだけです。それに、危ないというなら、この辺いつでもどこでも大して変わりません」
プアゾはタゾーラの不安をやわらげるべく笑むと、ルアナを肩に乗せて工房を出ていった。
その言葉が皮肉な意味を持ってしまうのは、そう遠くない。
運河に面した倉庫街で一人の男が数人の男たちに襲われている。多勢に無勢だ。
「あの男、知ってるぞ」
眼下の活劇を鑑賞しながら、プアゾは呟いた。
「へぇ、お友達?」プアゾの肩の上にいたルアナが意外そうに訊いた。この美貌の青年が、ひどく人付き合いの悪いことはよく知っている。
「まさか。ボスんとこの……ウィスプ?ウィスパー?……そう呼ばれてる」
「助けないの?」
「どうして?」
「そーゆーヒトになるべく、恩、売っといた方が良くない?後々さ」
プアゾは鼻を鳴らした。
「どうしてキミがそういうこというかな」
「この町に暮らしてりゃ誰だってこーなりますよーだ。いっとくけどこの町に関しては君より長いんだからねっ」
「わかったよ」
突然頭上から降ってきた人間と人形にその場の誰もが一瞬、硬直した。その内二人はなにが起きたかわからないでいるまま絶命している。
それからあっというまに勝負がついた。男が這うようにして逃げていくのを見届けると、プアゾは路面に尻餅をついたままのウィスプを見やった。
「オマエ……プアゾか?」
ウィスプが幽霊でも見るような目でプアゾを見た。プアゾはポケットからハンカチを取り出してナイフのブレードを拭って納めた。
「立てるか?」
「ありがとよ。アブねぇとこだった」
「礼ならこいつにいってくれ」プアゾは自分の肩の上に乗ったルアナを指した。
「人形か?」ウィスプの目には人形は人形にしか見えない。
「初めまして、ボク、ルアナです」そういってルアナがピョコンとおじぎした。
ウィスプは目を丸くする。
「ルアナ、へぇ、こいつか。ボスが死ぬほど欲しがってるな」
「僕の相棒さ。タゾーラさんの子供みたいなものだ」
「よく平気で持ち歩いてるな。相当高いんだろう」
「売る気はない。用心棒さ。夜は物騒だからね」
「ああ、全くだ」
ウィスプは苦笑いし、そして二人は別れた。「クソ、やつら本気だ!」
ウィスプが帰るなり吐き出すように怒鳴って、ククリは肩をすくめた。
「だからいったじゃないスか。アヤシイ情報にゃ充分気ぃつけて下さいよって」
「よくできたネタだったぜ。まっ、痛い授業料ってこった」
そういうウィスプは、あちこちに湿布や包帯をしている。襲撃者たちは命までは取るつもりはなかったらしい。脅しのつもりか。
「にしても、よくそれだけで済みましたね」
「あ~あ、人形屋のオカゲでね」
「……あの優男ですかい。女みてぇな」ククリはきまり悪そうな顔をした。この辺の大概のチンピラはみな、一度は、その〈華奢で女みたいな顔の優男〉をからかって痛い目にあっている。
「キレイな薔薇にゃ刺がある、か」ウィスプはふと呟いてから慌てて付け足した。「キザだな」
ククリ、なにもいわず、再び肩をすくめる。
「それでなんか新しい情報はねェのか」
「大して。Mの配合比率が少々変ったってぇぐらいですかね」
「〈Dawnmare〉の方は」
「さー。自警団うろつかせてますがね。相変わらずで」
「見つけたら、殺さずに捕まえてくるようにいっとけ。ポリ公に先越されるんじゃねぇぞ」
「へへ、リンチにでもかけますか。ボスが相当うらんでますしね」
「ボスなんかどうでもいい。興味あんだ。どんな奴か見てみてえ」
プアゾはすっかり動揺してその場から逃げ出した。
あの叫び声――まるで石の壁全体が叫んだかの様な。
なにをする暇もない。死を確認することすら!……恐らくは……きっと、多分……
今夜はルアナはつれてきていない。そのせいでもないだろうが……。
初めての大失態だ!近頃街をうろついてる自警団の連中の耳に聞こえたろうか?いや、今この場で彼らとバッタリ鉢合わせでもしたら、この、血まみれの姿をどう説明すればいい?
向こうの曲がり角の先から、数人の足音が聞こえてきた――気がする。
とっさに傍らの錠のかかっていない扉に飛びこんだ。
どうやら表通りに面したビルの裏口だったらしい。あまり上品な店ではない。はげてシミだらけのカーペットののびていく先、まっすぐ長い廊下の突き当たりの扉からにぎやかな音が聞こえてくる。酒場だろう。通路は暗くすえた臭いがする。両側にいくつかの扉と階段がある。
「またカギかけ忘れやがって……」
不意に傍らの扉が開いた。室内からの明かりでそれがウィスプだとわかった。ここは彼のビルのようだ。
「……あんたか。なんだい」
こないだのことがあるからだろう。ウィスプは以前ほどは敵意を見せなかった。
「ああ……ちょっと休ませてくれないか」
「どうしたい、しょぼくれて」
ウィスプは敏感に、プアゾがいつになく神経質そうなことに気付いた。
「なんだ、女の亭主にでも追っかけられてんのか?……それは血か?ケンカでもしたのかよ。まあいい、あんたにゃ借りがあるしな。ちょっと待ってろ」
ウィスプはそういって、表の店にいき、女を一人つれて戻ってきた。
「オレのダチの世話してやってくれ。上の部屋でな」
「あらイイ男。ウィスプさんのお友達?信じらんない。わかったわ、たっぷりサービスしてあげる」
「ボトル開けてもいいぞ。特上のやつをな」
「え~え」
女とウィスプが意味ありげな笑みを交わしたのを、気もそぞろなプアゾは気付かない。 女がプアゾを案内したのは同じビルの上の階の、安宿の一室のような部屋だ。さして広くもないのに、なぜか大きなベッドがデンと置かれている。
「ここでゆっくりしてなさいよ。さ、コートなんか脱いで脱いで」
女は手際よくプアゾをベッドに腰掛けさせた。
「ちょっと待って、今、なんかもってくるから」
そういって一旦部屋を出る。
廊下の端ではウィスプがボトルとグラスの載ったトレイを抱えて待っている。それに、小さな薬包紙も。
「スペシャルカクテルだ。ヤツに飲ませとけ」
「はいはい、わかってるわよ、それじゃ」
「また後でな。オレもいくぜ」
女のよこしたグラスの酒は、まるで燃える糖蜜のようだった。身体の中から熱を発し脳から火が出たよう。かなりヘヴィだ。たった二口三口で全身に回ってきた。
女が濃厚なキスと愛撫をしながら巧みに服を脱がせていく。彼女のなすがまま、抵抗する気さえおきない。
強烈なほどの酩酊。心の中でメラリと欲望が再燃し次第に勢いを増していく。しかしそれを消そうとする理性は、あいにく一足先に酔いつぶれていた。
ウィスプは扉越しにそっと中の様子をうかがった。が、なんの音もしない。
ニヤっと笑って軽く扉を叩いた。あのカクテルを飲んだヤツにはまだ聞こえないだろう。――しかし完全に無視される。再度、ノック。再度、無視。
細波のように不安が沸きおこる。
もう一度返事のないことを確かめてから、マスターキーで錠を開けて中に一歩足を踏み入れた。
とっさに、室内の光景を認識することを脳が拒んだ。全身の皮膚が粟立ち、凍りつく。
床の上にできた赤い水溜り。その中に浮かぶ色とりどりの塊。
一際大きな肉塊を前に、ほぼ全裸の男が代わりに朱の衣をまとって壁にもたれるように腰を下ろしていた。一瞬、なにかの彫刻にも見えた。目を閉じ、かすかに息をしている。その傍らの床に突き立てられた、一本のナイフ。
ウィスプはさっき摂ったばかりの夜食をすべて無駄にした。
鼻をつく臭いに意識が戻ると、プアゾは裸のまま後ろ手に縛られてベッドの上にうつぶせにされていた。
「……おい、気がついたか?」
なんとか首をめぐらせると、ウィスプが疲れきった顔で銃口をこちらに向けていた。
「後始末すんのに苦労したぜ。当分下の店で肉料理は注文しねぇ方がいい。それより――いったいどういう了見だ?あいつを……」
ウィスプは自分で思い出して顔を青くした。急いで口元をおさえる。
「……なんであんなこと」
「……見たかっただけさ」プアゾはポツリといった。まだ酩酊感が残っている。「中がどうなってるか……さっきはそんな時間がなかったから」
「さっきだと?おい?他にも?」
ウィスプは、背中を氷の塊が滑り落ちていくように感じた。こいつはなにをいってるんだ!?
「彼女を殺すつもりはなかった……だけど……急にいい気分になって……だからつい……」
「まさか……お前が?お前がそうなのか!?」
「つまらないアダ名だよな。夜が明けてから見つかるからって……」
「〈Dawnmare〉……」
ウィスプはソファに疲れきったように身を投げ出すと、天井を仰いで嘆息した。
沈黙。
プアゾは、自由になろうとする気力も失せていた。自分を守ることも。これで終わりだ。ウィスプの拳銃はしっかりこちらを向いている。
不意に奇妙な音が聞こえてきた。断続的な――それがウィスプの喉から発っしていると気付くのにやや時間がかかった。
ウィスプが笑っていた。さもおかしそうに。プアゾはハッとして彼の方をみた。
「あんたが、かの有名な殺人鬼だとはね!ただのオカマじゃなかったてぇワケかよ。大したネタだ、ボスが知ったらなんてぇかな。ボスはお冠だぜ。あんたのオカゲでここんとこ商売がちっともはかどらねぇ。ボスのお気に入りだ、なんて思うなよ。ボスは人間の扱いがヘタだからな。あんただけじゃねぇ、きっとあんたの親方だって――」
プアゾは全身を包んだ熱気が急速に冷えるのを感じた。
「タゾーラさんは関係ない!このことは誰も知らない……知らなかったんだ」
ウィスプが立上がって近付いてきた。拳銃の銃身でグイとプアゾの顎を押し上げる。
「え、色男!そのツラで今まで何人バラしてきた?」
プアゾはなにもいえない。喉が苦しいのと、自分でもハッキリと憶えていなかったからだ。ウィスプが続ける。
「十一人さ、この三年間で、新聞によりゃあな。だがオレの見た所、他に五人ばかりもあんたの仕業だな。コロシなんぞちっとも珍しくねェが、中でもあんたはとびぬけてるよ。フォローワーがあと三件ほどあるがどれもあんたにゃかなわねぇ。『犯行声明』とやらが新聞やら警察に七〇〇通ばっか届いてるが全部ニセもんだ」
ウィスプはテーブルの上に置いてあったプアゾのナイフを取り上げた。さほど大きくない。この辺の男なら大抵持ち歩いているような、掌に収まるくらいのナイフだ。チンピラがこれ見よがしに腰にぶら下げてナニかを誇大広告してるような、バカでかいナイフなどとは比べ物にならない。しかしそのブレードはよく使い込まれている。
「……まったく。こんなちっぽけなナイフで。大した腕さ、あんたは!……まてよ、この前会ったとき、ヤツらが襲ってこなかったらあんたはオレを狙ったのか?」
「多分ね」
ウィスプは、今度は大笑いした。
「なんてぇ悪運の強さだ!オレはあんたに助けられたと思ってたが、同時にヤツらにもあんたから命を助けられてたたぁな!」
ウィスプは笑いながら、拳銃を持ち換えナイフの柄を握り締めた。刹那、プアゾはそのエッジが自分の肌に喰い込むような幻を覚えた。
だがナイフはプアゾの両手首を縛り付けた縄を切っただけだった。
一瞬の間をおいてナイフはプアゾの手に移っている。ウィスプは自分の喉を狙ったエッジを銃身で受け止めた。
「待てよ、待て、待てったら!ここでオレを殺したってどこにも逃げらんねぇぜ!」
プアゾはナイフを構えてはいたが、目に見えて狼狽していた。
ウィスプも緊張している。この狭い室内では銃と刃物は互角だ。しかも相手はナイフの達人ときている。だがウィスプにはもっと得意としている武器があった。
「――落ち着けよ。オレはあんたのことを誰にもいいやしねぇよ」
「あんたは情報屋だろう」
「情報屋ってのは情報を垂れ流すのが商売じゃねぇ。オレだけの秘密にする。ボスにもいわねぇ」
「条件があるんだろう?」
「オレに手ェだすな。まだ死にたくもねぇし、よりによってあんな死に方もしたくねぇからな」
「それだけ?」
「ああ」
「なぜだ」
「ファンなんだよ、オレは!〈Dawnmare〉とかなんとか、世間に騒がれてる犯罪者のな」
プアゾはあっけに取られた。その台詞は予想していなかった。
「……どうやって信じたらいい」
「こればっかりは信じてもらうしかねぇな」
「あんたは情報屋でボスの片腕でドラッグの元締めで、おまけに服装のセンスは最悪だ」
「けっ、ヒトのこたいえた義理かよ。ナイフ使いでネクロフィリアで殺人嗜好症のオカマ野郎が」
「この顔は生まれつきだ!」
「ああああ、わかったからさっさとシャワー浴びて服着てくれ。オレだって野郎の裸なんか見ていたくねぇんだ」
プアゾがタゾーラの工房に帰り着いた頃には、もう夜が明けようとしていた。
ずいぶん長い夜だった気がする。
タゾーラが心配そうに階上の寝室から降りてきた。
「あまり心配をかけんでくれ。また家出したかと思ったぞ」
「すみません――」
プアゾはいつになく殊勝な顔をした。タゾーラが怪訝な顔をする。
「どうしたのじゃ?なにかあったのか?」
「……いえ、なにも」それからためらいがちに訊いた。「――ウィスプという男に会いました。彼は信用できる人間でしょうか」
「ウィスプ?モンジャン氏んとこのか?」
「ええ」
「あいつも随分大きくなったの。こないだまでホンのハナッたらしだと思っておったら」
「御存知なんですか?そんな前から」
「聞かんかったのか?あいつはモンジャンの息子だぞ?モンジャンは正式な結婚はしとらんがの。あちこちの女性のとこに何人か子供がおってな。中で一番かわいがっとる娘が、ソラ、その……」
「ウィスプが?知りませんでした、あの二人が親子だなんて」
プアゾの背中を戦慄が走る。
「ウィスプいうのは通り名だ。あいつは手広くやっておるようだからの。じゃが父親とは才能の傾向が正反対のようじゃて」タゾーラは残念そうにいった。「一度、父親の遣いでこの工房に来たこともあった。まだ十にもならんころじゃが……」そういってタゾーラは眉をしかめた。あまりいい思い出ではないようだ。
しかしプアゾは年寄りの懐古を聞くまもなく、フラついた足取りで自分の部屋に向かった。
■ 3.Drag Master
「昨夜、また一人やられたな。あれも〈Dawnmare〉とかいうやつの仕業だというのか?マスコミどもに付き合って」
ボスは疑わしげな目でウィスプを見やった。ウィスプは戸惑った表情を作ってみせた。
「それが……最近、どうもヘンです。〈Dawnmare〉の存在そのものについてですがね。あれだけマスコミが騒いでるの見てると、逆にね。警察にしろマスコミにしろ、〈Dawnmare〉ってのは都合がいいわけで。治安のヒドサを一人の犯人のせいにできれば楽ですからねぇ」
「風向きが変ったな」
「――ということも考えられる、ってことですぜ」
「ハナからいっておろうが。〈Dawnmare〉なんぞマスコミの作った虚像にすぎんと」
ウィスプは心の中でひそかに小躍りした。
工房にメッセンジャーが来て、さる人物が人形を一体欲しいので注文を取りにきてくれという。
ラギオールというその名に憶えはない。ナントカという婦人の紹介だという。タゾーラは鼻を鳴らした。よくある話だ。
いつものようにプアゾは営業用のスーツ(ただし某マダムにボーナスと称して贈られたもの)を着て指定された高級アパルトマンに向かった。
部屋に入った途端、威圧するような雰囲気に呑まれた。目付きの悪い男たちに囲まれる。どうも友好的かつまともな商談ではなさそうだ。
彼らに追い込まれるようにして奥の部屋に通されると、痩せぎすで丸眼鏡をかけた男が待ち構えていた。油断のならない笑みを浮かべている。とっさにプアゾは回れ右をしたくなった。
「やあ、初めてお目にかかる。プアゾ君だね。私は、取敢えず、ラギオールと呼んでくれたまえ」
丸眼鏡が鼻にかかったような声でいった。インテリぶった発音と嘲笑するような話し方がいっそう気に障る。
「御注文を伺いましょう」
プアゾは愛想笑いを浮かべながら周囲を伺った。男たちは七、八人だ。他の部屋にもいるだろう。
「君は実にいい腕をしているそうじゃないか」
「まさか。タゾーラさんの足下にも及びません」
「そうじゃない、ナイフの方だ。先日、私の友人が失礼した」
プアゾは愛想笑いを必死に保った。こいつはウィスプの――
「私からの注文は、〈ウィスパー・ウィスプ〉と呼ばれてる、あるいはジャック・モンジャン・ジュニアでもある男の命だ」
「どうして僕に?」
「君はどの組織にも属していない。が、彼に近付くことができる。それでしかもその腕だ」
「冗談でしょう?彼を殺したら組織もボスも黙っちゃいない」
「ヤツさえいなくなればあの組織はどうにでもなる」
「なんにせよ、そんな御注文は承れませんよ。僕はこの街で平穏に暮らしてるんです。どの組織にも関りたくない」
「まあそういうだろうと思ったよ」
自称ラギオールは、薄い唇を更に引き伸ばして笑うと、右手を肩の高さに挙げた。
それが部下への合図だと気付く……弦の鳴る音。振り向く間もなく首筋に針で刺すような痛みが走った。
小さな注射器が落ちたのを目にした直後、光景が歪んだ。脚が、体重を支えていられない。ガクリと膝をついた。まるで動力を失った人形みたいだ、と、頭に浮かんだ。
感覚がおかしい。あちこちでスパークするような。五感がジンジンとしたノイズに侵される。
いつのまにか床に倒れていた。カーペットが異様に深く感じられる。溺れそうなくらいに。しかも、それが心地好いのだ。
深呼吸して目を閉じる――途端、脳裏に鮮やかな火花が散る。慌てて目を開けた。
「どうだ?脳に直接教えてやる。Mの力を」
ごく近い所からラギオールの声が降ってきた。
新種のドラッグの噂はプアゾも行き付けの酒場などで耳にしている。とっさに後遺症のことを考えていた。自分の指がいままで通りに動かなくなったら?
「義理立てする相手でもあるまいに」ラギオールはプアゾの耳元で囁くようにいった。ひどく密かで淫靡な音色に聞こえる。音というよりも脳に直に響いてくるような。
「私の役に立ってくれ。代わりに至高の快楽を与えてやるぞ」
「僕は……」プアゾは必死に言葉を話そうとした。成功しているかどうかさえハッキリしない。「タゾーラの弟子だ……」
それだけいうのがやっとだった。
ラギオールは嘲るように低く笑うと、プアゾの耳に命令を囁いた。
それから立上がって胸ポケットから取り出した懐中時計を見る。
「もうしばらくは動けんだろう。どうするか考えるがいい。Mに逆らえる人間がいるとは思えんがな」
そして部下たちを引き連れて部屋から出ていった。
床の上に一人、プアゾが残された。
理性はある。だが脳が二つに分裂して支配的な方の側が強烈に酩酊している。神経を介してではなく直接脳が感じるナマの――プアゾは抵抗をやめた。無駄だ。素直に脳を感覚に委ねる。
工房に帰ったのはもう日も暮れた頃だった。
「ずいぶんと時間がかかったの。どこかで道草でも喰っておったのか?」
タゾーラが皮肉をいった。
「それで、ラギオール氏の御注文は」
「それが――」一瞬迷った。「……相手はなかなかお気に召さないようで、もう少し考えて見るとのことでした」
タゾーラは不機嫌に鼻を鳴らした。
「フン。ロクに注文の一つもとれんと」
「……すみません――」
夜更け、プアゾはいつものように工房を出た。
この辺で最も剣呑といわれるバーアンモナイト、もちろんウィスプの店、に向かう。今夜用があるのは、曲がりなりにもここいらにありがちな酒場の装いをしている表の店、ではない。
辺りに誰もいないことを確かめて裏口へ回った。夜の町にあからさまな人影は、ない。
扉を開ける寸前、その安っぽい木製の扉に耳を押しあてて中の様子をうかがう。誰の気配もない。
プアゾはやすやすと建物に侵入した。つい先日は必死で飛び込んだ扉だ。
「お、あんたか」
突然、音もなく事務所に入ってきたプアゾに気付いて、タブロイド紙を熱心に読んでいたウィスプは顔をあげて妙に親しげに笑んだ。
その表情が凍りつく。プアゾが、無言のままナイフを構えたのを目にして。
「おい――」
プアゾは野獣さながら敏捷にデスクに飛び乗ってナイフをふるった。新聞の一面のポルノ女優の顔が斜めに切り裂かれる。
叫び声をあげる寸前にウィスプの口を片手で塞ぐ。そして銀色のブレードはデスクに突き立てられた。
プアゾはデスクの上に両膝をついて座りこんだまま、うなだれて深く息を吐いた。
「……なんだ?オイ……」
ウィスプの顔が青ざめている。知らず、喉をなでた。ほんとうに無事かどうか確かめたくなった。
急に扉が開いてククリが飛びこんできた。
「ウィスプさん、なんかあったんスか?」
「なんでもねぇ。ちっと二人っきりにしろい」ウィスプが怒ったような口調で怒鳴るとククリは室内の光景におかしな顔をしながら部屋を出ていった。
「なんだってんだ……?」
「――あんたたちのせいだ……」
プアゾはうめくようにいってウィスプを真っ正面から見据えた。ひどく美しい顔が歪んでいる。
「あんたたちの争いに僕を巻き込まないでくれ。僕は組織にもドラッグにも興味ない」
「――遅ぇよもう。オレを殺すか殺さないかで決まるんだ、どっちにつくかが」
「ドラッグが僕を支配しようとする……いやあいつの言葉だ……。僕の喉に首輪をつけようと……」
「えらく有用なペットだな。実用にも鑑賞用にもいい」
「キミには失望したよ」
ラギオールが爪ヤスリで自分の爪を磨きながらいう。ありふれた台詞だ。特にこんな状況では。
プアゾは額に汗の玉を浮かべて、自分の身体を両腕で抱きしめていた。脚に力が入らない。壁によりかかり、半ば目を閉じ、軽く歯を食いしばる。
「キミは有能だと思っていたのだがなぁ」
「早く……帰して下さい。タゾーラさんが待っているんです……」
ラギオールはフッと自分の爪に息を吹き掛けた。相手をじらすように。
「我慢できるのかね?」
そういってポケットからシガレットケースを出して開けた。中には細長いアンプルが納まっている。一本を取り出し、プアゾの目の前に掲げた。
プアゾはグラリと感覚が揺らぐのを感じた。まるで脳が頭蓋からアメーバのように染みだして、そのアンプルを取り込もうとするかのよう。
必死でこらえる。薄い唇の間から低いうめき声がもれた。
ラギオールのかんだかい哄笑が、脳にこだまする。
■ 4.Day Break
夜、いきなり呼び出されてウィスプは不機嫌そうだった。
「なんだってんだ?女が待ってるってのによ」
「ああ……やつらのドラッグの置き場らしいんだ」
プアゾは努めて平静を装った。
「静かに。そっと……そこの倉庫だ」
「へ、こんなとこにかよ。暗いな……」
いいかけた喉をエッジが切り裂いている。
「うぉ……」
くぐもった声と血を吹いてウィスプはよろめいた。プアゾは血を浴びないよう彼の背後にいた。そのまま犠牲者の背を強く押して倒す。
ウィスプの全身が痙攣し、やがて静まるのをプアゾは黙って見下ろしていた。
倉庫のわきの扉が開いてラギオールが三人の部下を連れて近付いてきた。
「フン……やればできるじゃないか」
死体の顔を確認すると、部下達に命じて運びださせた。
「どうせなら……そうだな、〈Dawnmare〉とかいうやつの仕業に見せかけておけ。この辺じゃ有名らしいからな」
それからプアゾに向かっていった。
「よくやった。こっちへ来い」
二人は倉庫の片隅の事務所へ入った。
殺風景な小部屋だ。ガラス窓が倉庫の中に面しているが、室内の明かりは深い闇に吸い込まれている。
「これは特別製だ。お前にボーナスをやろう」
ラギオールが引き出しから茶色のアンプルを取りだす。なにかラベルが貼ってあった。
そのアンプルの首を爪ヤスリで折り、注射器で中身の液体を吸い上げる。
「腕を出せ」
プアゾは粗末なソファに腰掛けたまま、それをじっと見つめていた。やがて今にも折れそうなほど繊細な金属針が、腕の静脈に侵入していく。
「――ここまで来たついでに、倉庫の中を見ていくか?本来は誰にも見せないのだがな。お前は特別だ。ついてこい」
プアゾはよろよろと立上がった。ラギオールの命じるままだ。全身がちりちりと火照る。脈拍が急上昇している。
ラギオールが、入ってきたのとは別の扉から事務所をさっさと出ていくのを必死で追った。
暗い、深い空間がある。事務所からもれる光に照らしだされているのは、一見、酒の蒸留器にもにた装置だ。あまり大きくはない。
かすかな駆動音。動力はエナジーセルか。とすれば、これは、大して熱量を要しないか、或いはよほど高価なものだということだ。
奥の方には小さな金属缶が積まれている。
「これがMの精製機だ。このタンク内の原液が、ここを通って缶に詰められる。この製法と機械は偶然、発見できたようなものだが、よく役に立ってくれる」
風景が歪む。筋肉に力が入らない。
ラギオールは素知らぬふりで口上を続けた。
「このタンクを見ろ。これが原液だ。この正体はなんだと思うかね?」
ラギオールがタンクの蓋を開け透明な管で液体を吸い上げた。やや粘性のある乳白色の液体が、コンクリートの床の上に滴り落ちると同時に、プアゾは崩れるようにして倒れた。ゆっくりと――重力に抗いきれず――
しかしその目は大きく見開かれ、床の上に出来た水溜まりを見つめていた。
「今し方君にやったのはこの原液だ。こうすればなにかわかるだろう?キミなら――そう、君たち人形匠にはお馴染みの、エリクサーオイルだ。これがどんなに希有な物質か――商品化するのに十年かかった。それも結局はホンの偶然だ。この行程は私しかしらん。こうして処理したものは強力なドラッグになるがな。原液がどんなものかは――知っているだろう? よく出来た話だと思わんか?人形に生を与えるものが、人間には死をもたらすとは」
ラギオールは倒れたプアゾの脇腹を軽く蹴った。
途端、プアゾはがばっと跳ね起きた。
瞬時にナイフが抜かれている。
全身を朱に染めて、ラギオールがぐったりと横たわっている。その傍らにプアゾが立つ。軽くナイフを握ったまま。
「お前……Mが効かないなど……」
「僕は人形匠の弟子だぜ。タゾーラさんに聞いたことがある。長年扱ってると慢性中毒になって耐性ができるんだ」
「それは……」
「ああうるさいな――待った、黙らないでくれないか?どこまであんたが喋り続けていられるのか、試してみたいんだ」
倉庫から火の手が上がる。
夜空を染めて燃える建物を背に、プアゾは悠然と歩み去った。その足取りは多少はふらついているが確かだ。
暗い路上で四つの人の形をしたものが倒れていて、その傍らにもう一人だれか佇んでいる。
「殺ったのか?」
ウィスプは訊いてから後悔した。訊くまでもなかろうと。
プアゾが鋭い目付きでウィスプを見た。
ウィスプは目をそらして、路面に倒れた人体を見下ろした。そのうち一つは偽物だった。
「……しかし、あんまりいい気はしねぇな。オレの人形たぁよ」
それから火事をみやる。
「あそこにあったんだろ、Mが。もったいねぇことしたな」
「僕はあんたの商売に口を出すつもりはない。だけどあれは大嫌いだ」
「おい、正体がわかったのか?」
「さてね。だけど、Mがなんのことかわかったよ」
「なに?」
「マリオネットの〈M〉さ」
「……で、焼け跡から出てきた死体が、本当に、やつだというのか?」
「恐らくね。あれ以降、やつらの動きはおとなしいもんです」
ウィスプは上機嫌だったが、ボスはまだ疑り深そうに彼を見た。大きな壺を磨きながら。ときおりデスクの上の報告書に目をやる。
「Mと、その精製機は、一緒に燃えてしまったというではないか。後に残ってたのは……白い、謎の液体で……」
「あのブロック丸焼けにしたってのに、それだけは蒸発もせずにこぼれてたんすよ。水でも消火剤でもナシに。しかも、よくみるとボォって光ってましてね……」
「誰がこれを書いたんだ?」ボスはいっそう不機嫌に報告書を睨んだ。「こんなことも知らんと。その液体はエリクサーオイルだ。しかし……まさか、どういう関係があるのだ……」
「エリクサーオイル?なんです、そりゃ」
「自動人形の動力源だ。大気熱を動力に換える。正真正銘、魔法の水だが……」
「魔法の?ホンモノの?どおりでよくできてると思いやした」
「?」
「ルアナ、ホラ、ボスが前いってたでしょ?タゾーラんの幻の傑作とか」
「なに?お前、見たのか?」ボスが目の色を変えた。
ウィスプが出ていった後、ボスはかなり長い間、思案していた。
夜明けの寸前、プアゾが工房に帰りつくとタゾーラは不機嫌そうに待っていた。
「おい、テスト用のボディをどこへ持っていったんじゃ?」
「タゾーラさん……説明しても、信じてもらえないでしょうね」プアゾは疲れ果てていた。声にもそれがでる。
「なんじゃと」
「動作試験しているうちに突然暴れだして走っていってしまったんです。今までずっと探してたんですが」
「全く。ロクなことをせんな」
タゾーラが鼻を鳴らした。
「代わりのボディを明日中に作っておけ」
「明日?今日中でもできますよ」
「その前に充分に睡眠をとっておくんじゃな。ここしばらく夜遊びが続いておるだろう」
そういってタゾーラは背を向けた。
プアゾは、その背を見て、つい微笑んだ。
fin.