喫茶店 2
「はいはい失礼しました悪い男さん。そういう事だ嬢ちゃん。そこの悪い人が奢ってくれるってよ。悪い大人からたんまり搾り取ってやんな」
二人の息の合った会話。恐らく男は店主と気心がしれるほど永くこの店に通っているのだろう。
しかしまだ少し気兼ねしたわたしは小さな声で「オレンジジュースを・・・」と注文をした。
「はいよ、ちょいと待ってな」
そう言って店主はカウンターの奥に引っ込んでいった。
「ふーむ、マスターもあのぶっきらぼうな接客を何とかすればもう少し繁盛するモノを・・・まあ、俺としては他の客がいないほうが気兼ねしなくていいがね」
そしてわたしにパチリとウインクをする。
「・・・何で塾をサボったのか聞かないの?」
「話したいのなら聞こう。しかし気楽に考えたほうがいいレディ。長い人生だ、一日塾をサボるくらい大した事ではないよ・・・見たところサボりの常習犯というわけでも無さそうだ。俺としてはレディはもう少し悪い子になってもいいと思うけどね」
わたしが口を開こうとした時、店主がコーヒーとオレンジジュースを乗せたおぼんを持ってやってきた。
「先に飲み物持ってきたぞ、サンドイッチはもう少し待ってくれ・・・しっかし隣で話を聞いていたけど何てじじいだ。普通まともな大人が子供に悪い子になれなんて言うもんかね?」
店主の皮肉に男は涼しい顔をして運ばれてきたコーヒーを一口啜ると口を開く。
「まともな大人なら言わないだろうな・・・まあ残念ながら俺は悪い男なモンでね」
「はいはい、せいぜい悪ぶってなよ。サンドイッチもすぐ持ってくる」
そう言ってカウンターの奥に引っ込んでいった店主を見て男は笑いながら呟いた。
「ハハッ、相変わらず口の悪いマスターだよまったく」
そして再びコーヒーを啜るとわたしに向き直る。その瞳は静かに澄んでいて、何故か見ていると引き込まれてしまいそうだった。
ぶるりと頭を振って気を取り直す。無言の空気が少し居心地が悪くなって、何か言葉を発して場をつなごうと深く考えずに口を開いた。
「・・・さっきサボり慣れてないって言ってたけど、何でわかったの?」
「ん? 簡単なことさ。君はランドセルを持ったまま街をブラブラ歩いていただろう? 基本的に小学校では下校中の寄り道を禁止している所がほとんどだ。だから遊び慣れた子ならランドセルをどこかに置いてから遊びに行くのさ」
何という目ざとさだろう。しかし一つ疑問が浮かんでくる。
「アナタは・・・なんでそんな事を知っているの?」
当然と言えば当然のわたしの質問に男はパチリと一つ小粋にウインクをして答えた。
「何、警察に知り合いがいてね。ソイツと酒を呑んでいる時に愚痴がてら色々と話してくれたのさ」
そんな会話をしていると、何やらカウンターから良い香りが漂ってきた。どうやら男の頼んでいたサンドイッチのパンが焼けたようでその香ばしい小麦の香りに思わずお腹が空いてくる。
「ほら、サンドイッチお待ちどうさま」
店主が出来たてのサンドイッチを男の目の前に置く。注文通りにカリッと良い色に焼かれたパンに挟まれているのは薄くスライスされたハムとチーズ、そしてマヨネーズで和えたマッシュしたゆで卵。
まさに王道。旨さが保証されているかのようなそのラインナップに目が釘付けになる。
「待ってました。毎回このサンドイッチがおいしくてねぇ」
男が嬉しそうに呟いた。お絞りで手を拭いてから素手でサンドイッチを持ち上げて大口を開けてかぶりつく。
こちらまで聞こえるサクリという小気味のいい音。そして男は目を細めて満足そうに頷きながら咀嚼をした。
その姿を見て胃袋が悲鳴を上げる。キュルルルという胃の鳴る音がわたしの腹から響き、それを自覚したわたしは周知のあまり顔を真っ赤に染めた。
男は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後に優しげに笑ってわたしに問いかける。
「リトル・レディもサンドイッチでいいかね?」
その言葉にわたしは顔を赤くしながら無言でこくりと頷くのであった。