変質者
気がつくとわたしは夜の公園のベンチで一人俯いていた。
きちんと学校の後に塾に行った筈なのだが何故だかその記憶は曖昧だ。冷え切ったベンチからズボンの布を通してジワジワと冷気が伝わってくるのがわかる。
わたしは一体何をやっているのだろう?
ゆっくり吐き出した息が白く濁っていた。
冬の夜だ、冷えるのも仕方がない。ゆっくりと空を見上げる。今日は月が見えるかもと少しだけ期待していたのだが、どうやら分厚い雲がかかっているらしく月どころか星の明かりすら見えなかった。
暗い・・・
そして、寒い。
ぐるぐると意味の無い思考が頭の中を巡る。終着点の無い迷路の中に取り残されたわたしの思考はただただ呆然と歩き続けていた。
そんな時、背後から不意に足音が聞こえた。サッと振り返ってみるとどうやら公園の中に誰か入ってきたようだ。
背丈から見て男性・・・今夜は薄暗くてここからじゃよく見えないのだが、どうやら真っ直ぐにわたしの座っているベンチに歩いてくるようだ。
もしかしてあの男だろうか?
その考えに至ったわたしは今までの暗い気持ちが少しマシになったように感じた。それほどまでに男との何気ない会話はわたしにとって喜ばしいものになっている。
しかしすぐにおかしな事に気がついた。薄暗くてよく見えないがどうやら近づいてくる人物はいつものあの初老の男とは背格好が違うようなのだ。
やがて街灯のほの暗い明かりがその人物の姿を映し出す。
男性のようだ背丈は170センチくらいだろうか? 全体的に丸みを帯びた少し太り気味のフォルム。天然パーマぎみの髪は肩まで伸ばされ、切れ長の瞳と無精髭が異様な迫力を醸し出している。
ソイツはふらふらと危ない足取りでこちらに近寄ってくると座っているわたしの目の前に立ってじっとこちらを見下ろした。
ぶるりと身を震わせる。
不意にわたしは自分が力の無い小学生で、今は人気の無い真夜中の公園であるという当たり前の事実を思い出した。
「・・・お嬢ちゃん、一人かい?」
ねっとりと耳に残るような不快な声。わたしは静かに首を横に振りながらすぐにその場から立ち去ろうと立ち上がる。
くるりと身を翻して走り出そうとしたその瞬間、ソイツは背後からニュッと手をのばしてわたしの肩を掴んだ。
掴まれた肩に鈍い痛みが走る。対して力を入れているようには見えないのに大人の男性の力というものはこんなにも強いのかと驚かされる。
「つれないなぁお嬢ちゃん。ボクと少しは遊んで行ってよぉ」
ソイツはニタニタと笑いながらわたしの肩を掴んで自分の正面に立たせた。その濁った瞳がわたしをなめ回すように見ている。
変態だ。
助けを呼ばなくちゃ・・・。
大きな声を上げるだけでもいい・・・でもわたしの体はまるで石になってしまったかのように固まって少しも言うことを聞いてくれなかった。
ガタガタと震えて目尻に涙が浮かび上がる。
変質者はそんなわたしを満足げな表情で見下ろしながらゆっくりと右手をわたしに向かって伸ばし・・・・・・・・・。
「そこのお前! 何をしているんだ!!」