第二話 良家のお嬢様
セントラル王国は、国王や第一王子が住むお城を囲うように丸く広がっている大国だ。そしてそのお城付近を「中心区」と呼ぶの。
中心区には大きな豪邸が並んでいて、計り知れないくらい大金持ちの貴族達が住んでいる。他にも、軍人さん、牧師さん達もそこに住む権利があるらしい。
つまり、中心区から離れれば離れるほど田舎、ということになるわけ。私が住んでいる場所は、馬を使っても中心区に辿り着くには五時間も掛かってしまう。本当に国の外れに住んでいるの。
でもね、私の住んでいる村、レイヤード区って言われているんだけど、ここはとっても自然が美しいんだ。きれいな森があって、川が流れていて、居心地は最高だと思う。
それだからかはわからないけど、ここレイヤード区にも一家、貴族様が住んでいるんだ。
その名前が、グリーンロット家と言うの。
レイヤード区にある大通り。ここは食料、衣服、武器など様々なものがそろっている市場のようなところだ。
村の人たちは夕方になると、夕飯の仕度のためだったりしてこの辺りに多く集結する。
もちろん、グリーンロット家の人達だってここで食料を調達する。さすがに身に纏う洋服は違うけど、仕えている召使達をよく目撃するから間違いない。
大通りにいれば、グリーンロット家の人達と遭遇できるはず。
「やあカノンちゃん! 新鮮なラム肉が入ったよ、買っていかんかね! マリアさんにもよろしく言っといてくれ!」
「こんばんはおじさん。今日はお肉は買わないけど、お母さんには一言言っておくわ!」
お肉屋の前のおじさんに、ニコッと微笑む。そうすると、周りにいた人達も笑顔で私に手を振ってた。
ちなみに、自分で言うのもなんだけど私は村の人気者なのよ。まあこの美貌だし、愛想はいいから、当たり前のポジションっといったらそうなんだけど。こんなにも自分が可愛いと、人には優しくしたくなっちゃうものなのね。
そうそう、マリアさんというのは私のお母さんの名前。お父さんの名前はロナルド。
この二人あって私あり、っていう感じで、二人とも美人でイケメンなの。ぼろぼろの服を着ていたって、農場の土に塗れていたって、顔が整っていたら何でも許されるよね。
「おおカノン、いいところにきた。聞いたかい、あの噂を! よかったじゃないかお前さん!」
村の人達と雑談を交わしていると、洋服屋の前にいた一人のおばさんが楽しそうに話しかけてきた。
少し小太りだけど、優しそうな笑顔をいつも浮かべている。噂話が大好きで、この人に内緒の話はしてはいけないといわれていたりする、レイラおばさんだ。
この人はずっとレイヤード区に住んでいる人で、私達家族も長らくお世話になっているんだ。
「レイラおばさん! こんばんは。噂ってあれですよね、王子がお姫様を募集するという!」
「そうだよ。出会ったこともないくせに、お前さんはずっと王子のことを憧れていると言っていただろう?」
そこまで言うと、レイラおばさんは小声で耳打ちをしてきた。
「お前さん、可愛いから宮殿に行ってみたらどうかね。ふふっ、グリーンロット家の娘よりお前さんは何百倍も可愛い。もしかしたらってこともあるかもしれんよ」
「ありがとうございますレイラおばさん。私も実は、宮殿に行こうと思っていたんですよ。シャルル嬢には負けるつもりはありませんので」
二人でにやりと顔を見合わせた。
グリーンロット家は、村の人達の前では一応、庶民と貴族という立場に寛容な態度でいるの。実際裏でなんて言っているかは知らないけど、レイヤード区に住む人たちとのつながりは大切にしているみたい。
その一人娘の名前がシャルル・グリーンロット。私より三歳くらい年上かな。
すごく仲が良いっていうわけじゃないんだけど、年が近いのもあってシャルル嬢とは話したことがいくらかあるんだ。正直、私は彼女とは気が合わないと思う。
「そういえばこちらにグリーンロット家の方は訪れましたか? 私、会いたいと思っていて……」
私がそう続けたところで、大通りの奥のほうからカンカンと鐘の音が聞こえた。
この音はもしかして、いやもしかしなくとも、グリーンロット家の誰かが大通りに現れた合図の音だ。
「グリーンロット家が長女、シャルル様が遊びに来たようです! シャルル様の訪問です!」
大通りの一番手前にある八百屋のおじさんが、大声でそう叫びだした。
すると、この道の周りにある家の扉が次々と開き、村の人達が顔を出す。そして拍手を送るとともに、大きな馬車に向かって笑顔で手を振り始めた。グリーンロット家の誰かが大通りに来るといつもこう。実際、彼らがレイヤード区の経済を回しているようなものだから、村の人達は頭が上がらないの。
「どうやらきたようだねえ」
レイラおばさんのそんな声をかき消すように、豪華な馬車がガラガラと音を立てて私達のほうへ向かってきた。
あの中に、シャルル嬢がいる。何とかして話でもできないものか。
そんなことを思いつつ馬車を眺めていると、それは私の目の前で停車した。
え? なんだろう?
馬車が寸前で止まるもんだから、私とレイラおばさんは後ろに退くことになった。
しばらくの間、音もなく馬車は止まっていたが、やがてスッと馬車の扉が開いた。
まず私の目に入ったのは、レースをふんだんに装飾したゴージャスなドレスだった。
馬車からあふれてこぼれてしまいそうなほど豪華なそのドレスを纏い、馬車から出てきたのは、シャルル・グリーンロットその人であった。
優雅な身のこなしで馬車を降り、きれいな形のお辞儀を一つすると、そして彼女は私の前に現れる。
並ぶと私がとんでもなく貧しくみえるくらい、仕草一つ一つが完璧であった。
「ごきげんよう、ご無沙汰しておりますわカノンさん。実はわたくし、貴女に折り入ってお話がありましてやってきたのよ」
耳障りのいい声がレイヤード区の大通りに響く。
シャルル嬢の瞳は、しっかりと私を捉えていた。