第一話 王子の声明
「セントラル王国に住む全ての国民達に告ぐ。今日をもって私は、この国の第一王子として、我が伴侶となるにふさわしい人材を募ることにした。見事選ばれた女人には、最高の寵愛と、この国の姫としての地位を与えよう。いい機会だ、我こそはと思う皆の衆をぜひ宮殿に招き入れたい。盛大なおもてなしを用意しよう。待っているぞ」
暖かな春の日差しが差し込む季節ある日。セントラル王国全土に王子の声明が発表された。
王国のど真ん中にそびえ立つ煌びやかな宮殿からの耳を疑うような第一報に、国中が大騒ぎになったのは言うまでもない。
一方その時、私は――。
お祭り騒ぎのセントラル王国中心区からは遠く離れた、田園を広げる小さな家の中で、その知らせを耳にした。
私の顔に浮かんだのは驚きの表情……ではなく、口元に小さな笑みを浮かべただけ。
そう。
私はこの展開を知っていた。
こんな漫画やゲームみたいなお話、あるはずがない? そりゃそうだ。だってこの世界、前世で私が遊んでいた乙女ゲームの世界の中なんだもの!
私の名前はカノン。年は多分18歳くらい。学校には通ってないけど、友達は多い方かな。
そんな私が、この世界がゲームの中の世界と同じだと気付いたのは、もうずいぶんと昔のことだ。
聞いたことのある国の名前、そしてたびたび臣民の前に顔を出す王様の顔でビビッと思い出した。あの時の興奮は今でも忘れられないね。
座っていたベッドから飛び降り、私は少し古びた鏡の前に立った。
そこに映るのは、ハッと息をのむほど美しい美少女、そう自分だ。
クリーム色の長い髪、碧くて大きな瞳、真っ白な肌、さくらんぼ色の唇……うん、可愛い。
もしも生まれ変われるのなら世界で一番可愛い子に生まれ変わりたい。なんて、前世でブスだった私が、死ぬ寸前で願った祈りが叶ったのだ。
しかも、私が大好きだったゲームの世界の中に!
私はこのゲームの主人公、第一王子が大好きだった。ブスでモテない私にも、画面越しに彼は優しい言葉をかけてくれた。時にはカッコよく、時にはとろけるくらい甘い彼にもうメロメロだった。
可愛い子に生まれ変わることが出来て、しかもそれが私の大好きだったゲームの世界の中で……。
これはもう、私が王子と結婚するしかないってことだよね。そうだよね!
「お父さん、お母さん!」
鏡の前から離れ、今にも崩れそうなボロボロの階段を駆け下りると、下ではお母さんが昼ごはんの支度をしているところだった。
少し黄ばんだエプロンを泥で汚しながら、うちでとれた新鮮なニンジンを洗っていた。
「聞いて! というか聞いた? あのニュースを!」
「なんのことだよカノン。それよりも、アンタ暇なら外に出て、お父さんの農作業手伝ってきなさい」
「いやいや、農作業どころじゃないよ! 玉の輿のチャンス到来なんだから!」
「何を言ってるんだい」
会話はしながらも手を動かし続けるお母さん。準備してあるものをみると、今日の昼ごはんは人参パイってところかな?私人参パイは嫌いなんだよね~って、そうじゃなくて。
「第一王子のやつだよ! お姫様募集の奴!」
「ああ、今噂になってる例のやつかね。そういえば、グリーンロット家も夜中騒いでてうるさかったねえ」
「それそれそれ! あれ私、応募するから!」
「応募?」
私の言葉にやっと手を止めてこっちを見てきたお母さん。少し固まったかと思うと、すぐさま表情を崩した。
「ははっははははっ! 応募! そりゃいいね!」
「何でそこで大爆笑なの!? 私真剣なんだけど!」
人参パイ作りを手伝おうと手を洗おうとして、そこでお父さんが帰ってきた。肩には大きな鍬を担いでいて、服は土で汚れてしまっていた。
「あ、ねえお父さんも聞いて! 私、この国のお姫様になるから!」
「……また突拍子もない。娘まで愚かなことを言いだして。まさか例の王子の奴じゃないだろうな」
「そのまさかだよ!」
「ははは! アンタは面白いね! 出来るもんなら姫になって、この生活を楽にしてくれよ」
私に背を向けて靴を脱ぐお父さんに、再びお昼の準備を始めるお母さん。
全然真剣に話を聞いてくれない!私、本気なのに!
「ねえ、ちゃんと聞いてる? 私、本当に宮殿に行くから! パーティーは一週間後だったよね? 私行くからね!」
私の必死の言葉に、お父さんは大きなため息と共に応えた。
「……カノン。お前はもう18だ、大人だ。夢みたいなことを言ってないで、しっかりしなさい」
「夢みたいなことって?」
「お前じゃこの国の姫になるのなんて無理だということだ。いいか、分かるだろう?」
「わからない。何が無理なの?」
首を傾げ、上目遣いで見つめるとまっすぐに目が合った。お父さんは閉口した。
「だって私、こんなに可愛いのに。無理じゃないよね?」
少しした沈黙の後、今まで黙っていたお母さんが今度は話し出した。
「カノン。お姫様に選ばれる人はね、可愛いだけじゃないんだよ。教養があって、お金があるような素敵なお嬢様だけなんだ。それは分かるだろう?」
「……そうだ。パーティーにこんな貧乏人が行ったって、恥をかくだけだ」
「でも王子は、貴族のお姫様を選ぶだなんて一言も言ってないよね」
常識なんて知らない。周りにどう思われたってかまわない。
「私、誰に何と言われようと、パーティーに行きたいの」
ずっと王子のことが好きだったの。
前世の私の、唯一の生きる希望だった。光だった。
生まれ変わって最大のチャンスが来ているというのに、家が貧しいから、なんていう理由で全てを否定されてもらっちゃたまったものではない。
世界中全ての人に笑われようと、この機会を逃すなんて私にはできない。
王子をこの目で見るまでは死ぬことなんてできない!
「お願い、お父さん」
「……勝手にしなさい」
鍬を片付けると、お父さんは自分の部屋へと行ってしまった。
お母さんは空気を変えるように一つ手を叩くと、私にお昼の手伝いをするよう促した。
パーティー行くまでの資金とか、自分で調達しなきゃな。
取りあえず、私の家の近くの一番のお金持ち、グリーンロット家にでも訪問してみよう。