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魔の森と勇者

証拠隠滅の為、兵士二人の防具と剣は適当な場所に埋めて衣服は燃やすことにした。防具と剣は後から見つかったとしても魔物の仕業と見せかけられるが、衣服が綺麗な状態で見つかれば問題になるからだ。いつもの調子で火の初級魔法を行使する。


「うわッ」


いつもであればライター程の火がつく筈が、2メートル程の炎の柱が上がる。一気に燃え上がった兵士の衣服を慌てて放り投げる。幸いにも衣服に移った炎はその衣服を焼き尽くすとすぐに燃え尽きた。


魔力の量が増えた以上予想はしていたが、これは異常な変化だ。感覚的に持っていた魔力の半分程を持っていかれた。魔法に込められる魔力量のコントロールは大変難しく、才能のない人間には不可能だと言われている。そして私は間違いなく才能のない人間だ。

日常生活の為に使われる初級クラス魔法は、とても簡潔な魔法でありいくら威力があったとしても戦闘で自由自在に使うことは難しい。そんな魔法でこれだけの魔力を消費し暴走させていては日常でも使えない。


明らかに魔力量と魔法能力の釣り合いが取れなくなっている。他人から奪った魔力とはこういうものか。


防具と剣を埋め立てながらそんなことを考える。先程消費した魔力が自然回復する兆しは見られない。これは完全に自分の魔力とは別に、奪った魔力をそのまま貯蔵し使用したのだと確信する。未だにどういう原理と発動条件のもと他人の魔力を奪い取ったのかは分からないが、少なくとも人の命を奪って初めて得られる能力などどう考えても勇者の力ではない。


そんな思考を続けながらも証拠隠滅を終えて一息つく。城を出たのは朝だったが今はもうお昼時だろう。徒歩である以上夜になるまでに森を抜けるには休憩している暇はない。城で支給されたローブを深く被り歩き出す。





「は〜疲れた」


どれくらい歩いただろう、3時間以上は歩いただろうか。夕日が赤く輝いている。この一ヶ月で多少鍛えたとはいえ、元は特にスポーツもしていなかった一般的なもやし男児だ。この長時間の徒歩には流石にヘトヘトだった。


道もわかり易く整備されてきた所だ。なんとか夜までには森を抜けられそうだと、一旦道の端に座り込み休憩する。


「長かった......」


色々な意味のこもった独り言が漏れる。完全に気が抜けていた。こういう時が一番危ないというのはどんな世界でも同じことだ。


”敵意”


この世界に来てからというものやたらと感じるもの。その気配を背中に感じ、咄嗟に振り向く。そこには全長1メートル程のアードウルフが臨戦態勢で此方をギラリと睨みつけていた。

アードウルフは元の世界で言えばハイエナに近いような見た目をしている。討伐ランクはその足の遅さと臆病さ故にスライムと同じCランクだが、あくまでも野生の肉食獣には変わりが無い。


敵意を向けられた以上、私には初めから逃げる以外の選択肢が残されていなかった。




「なんでこうも運がないかなあ」


とにかく走った。初めは向かうべき方向に走っていたが、アードウルフに回り込まれ森の中へと入ってしまった。このままでは迷ってしまうことなど分かりきっていたが、アードウルフに追いつかれては元も子もない。全速力で森の中を駆け抜ける。そのうち辺りは薄暗くなり始め、あまりにも高い木々に囲まれた森の深部へと足を踏み入れてしまった。そしてあまりに複数の方向から感じる敵意。そのことに気がついた私は、一度足を止めてしまった。しかしそれと同時に後ろを追いかけてきていた筈のアードウルフも突然立ち止まり、一瞬でその気配が遠ざかっていく。


「えっ?まさか置いて行かれた......?」


同行していた訳では無いし、寧ろ喜ぶべきその事実に謎の絶望を感じてしまう。周りを見渡してみる。もう何処から来たかなど定かである筈がない。


とにもかくにも今必要なのは此処から無事に抜け出すことだ。


四方八方から感じる敵意の一つが猛スピードで此方に向かって来ているのを感じ取る。体勢を低くしいつでも魔法を行使できるよう臨戦体勢をとる。


正面から姿を現したのは、恐らくブラックバック。討伐ランクAの雷属性の魔獣。驚異のスピードと雷魔法を帯びた凶悪なツノを持つ恐ろしい魔獣、の筈だ。


その姿をこの目で捉えられたのは本当に一瞬の出来事だった。


ブラックバックのその驚異のスピードが常人の目には映らなかった。という話ではない。本当に一瞬、私を視認したであろうブラックバックから確かな殺意を感じ取った。それと同時に起こったのは”覚えのある”魔力回復の感覚だった。

まるで風に乗ってやってきたかのようにブラックバックが存在していた場所に灰が舞い落ちる。


目の前の光景を脳が処理する前に、他の敵意の接近と殺意、そして魔力回復を再び感じ取る。本当に一瞬の出来事だった。


「は?」


脳みその混乱を口に出すことが出来たのは、そんな感覚をほんの短時間で20回以上感じ取った後のことだった。恐怖を感じる暇すら与えられなかった。


自分の中にかつてない大量の魔力を感じる。そして四方八方から感じていた筈の敵意は、一つも残っていない。


未だ混乱する頭で情報を整理する。



「まさか......」


確信してしまった。周辺の魔獣達を根絶やしにしたのは、間違いなく私自身だ。私が魔獣達の魔力を奪い取ったのだ。




そして、この魔力を奪い取る力が発動する条件はーーー


”殺意”


間違い無いだろう。この力は、相手の”殺意”によって発動する。そしてそこに私の意思は存在しない。何故なら此方がその存在を認識する前に、殺意が向けられそして消え去るのだけを感じたからだ。


そもそもおかしいと思っていた。元々他人の感情の機微には敏感だったとはいえ、極々平和な世界で平凡な生活を送っていた私が、何故”殺意”などという感じたこともない感覚をさも当然のように殺意だと認識し感じ取っていたのか。何故”敵意”などという漠然としたものをはっきりと感じ取り、その距離や方向までもを把握することが出来ていたのか。それが勇者としての能力というのなら納得できる。


ーーーしかし向けられた”殺意”をトリガーにした能力など、やはり勇者の力とは到底思えなかった。


何か少しの間違いで殺意を向けられることがあれば、簡単に人を殺してしまう能力。周囲で舞い上がる多量の灰を眺めながらその恐ろしさに気づき、戦慄する。


しかし、いつまでも立ち止まっている訳にも行かない。辺りは確実に夜に近づいている。森を抜けるべく再び歩き始める。時折感じる敵意や殺意にはなるべく意識を向けないようにする。殺意に対して私の意思とは関係なく能力が作動するのであれば、殺される心配はないだろう。


一旦、命を奪われる危険は無くなったとしてもどちらにしろこのまま森を抜けられ無ければそのうち餓死して死ぬ。懸命の思いで元いた道を探すが、そう易々とは見つからない。


もう後ほんの少しで完全に陽が隠れる頃、私は木々の生えていない拓けた場所に辿り着いた。


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