1章 遠く離れた地で 001
見切り発車の投稿。
暖かく見守ってもらえるとありがたいです。
(ここは一体何の施設だろう?)
赤いカプセルの並ぶ部屋で目覚めてから小一時間、自分の置かれた状況がよく分からないまま出口と人を求めて彷徨っている……全裸で。
(人の前に着るもの探した方がいいのかな?そもそも僕はあの日車に轢かれて死んだはずじゃ……)
千切れたはずの腕はあるし、倦怠感はあるが体は問題なく動いている。
室内は冷蔵庫かと思うほど寒く(実際そうなのだろう)ガタガタと歯を鳴らしながら部屋の中を調べ回る。広さは学校の体育館程度でその殆どが埃を被った自分が入っていたカプセルと同様の物で埋め尽くされている。唯一の出口は重圧な金属の扉で堅く閉ざされている。開閉するための取手やスイッチは見つからず、おそらく扉を制御しているであろう横の端末は起動方法すら分からない。
部屋に誰も居ないならと、近くのカプセルの埃を払う。
(………?!)
空の胃袋が痛むほど痙攣し、必死に中身を排出しようと収縮するのを感じる。
嫌悪感と吐気から思わず“それ”に背を向け嘔く。
中身はどれも腐敗した液体か白骨、もしくはミイラ化した人間の死体ばかりだった。
(おいおい……冗談だろ?一体何だってこんな所に僕はいるんだよ……。)
恐怖と焦燥感から脳髄はノルアドレナリンで溢れる。
わずかに残った理性が逃げろと叫んでいる。
堅牢な扉を手の皮膚が剥がれ、出血するのも構わず殴り叫ぶ。
「オイ!誰か!ここから出してくれ!」
返事はなく、自身の絶叫と扉を殴打する音だけが響く。
「出せよォォォ!出せぇぇぇぇ!!」
年甲斐もなく泣き、叫び、喚き散らす。
…………絶望。
幾らか時間が過ぎ叫び疲れ途方に暮れていると不意に自分の右腕にあるモノに気がついた。
それは長方形のQRコードの様な入墨だった。よく見ると左の鎖骨の下にも同じ様な刺青がある。全身には何かソケットの様なものが埋め込まれており、いくつかは少しだけだが出血(?)している。そして事故で千切れた筈の左腕は傷一つなく身体と繋がっている。何から何まで不可解な事だらけだ。
ピピッと電子音がして扉横の端末が起動した。
「システム再起動完了。被験体ノNLI信号ヲ検知。データ照合中……被験体番号12番 Type IノNLIヲ検知シマシタ。被験体ハ認証コード ヲ提示シテ下サイ。」
(被験体?自分のことだろうか?一体なんの実験だ、何が起きているんだ?)
アナウンスの後、端末の右側面から輪っかが両端についた棒の様な装置が出て来た。装置の位置からおそらく認証コードとはこの右腕にある入墨だろう。
腕をかざすと両端の輪っかが上下に動きレーザーを照射してコードを読み取る。
端末にアルファベットとキリル文字を組み合わせた様な記号が浮かぶ。
『認証完了』
初めて見る文字なのになぜか意味が分かる。そういえばさっきから聞こえるあの声も日本語で話してはいなかった。ふとあの無機質な声が脳裏に浮かぶ。
『言語転写完了。NLI神経接続ノ最適化完了。人工生体モデル ノ外部環境ヘノ最適化完了。』
転写、神経接続、そして人工生体モデル……つまり僕は……。
「はははっ……。」
事故で死にかけたと思ったら訳のわからない施設で改造人間にでもされたらしい。非現実的な出来事の連続に笑うしかない。
少し軋みながら扉が開いた。扉の先はこれまた無機質でだだっ広いロッカールームだった。
「さて、次はどうなる事やら。」
現実離れした状況に自棄を通り越して一種の悟りに似た冷静さを得た僕は言った。
これが、“僕”被検体番号12番、アイ・オノダの物語の始まりだった。