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Sweets and recipe end  作者: 成瀬 りんか
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石鹸と、ティータイムと……?


         2

 事件の一週間後、茜は先日汚れてしまった制服を洗っていた。

事件の次の日も洗ったのだが、血というものはなかなか落ちない。

天気のいい今日、茜は水に浸けていた服を再度洗っていた。絶好の洗濯日和で、茜の住んでいる廃墟に暑い日差しが差し込む。

茜が洗剤を足そうとした時、廃墟の奥から甘い、いい香りが漂ってくる。

茜は洗い物をそのままに、嬉しそうな顔で匂いの元へ飛んで行った。


「おやつーーー❥」


「まだできてないわよ。」


 匂いの元は白衣の少女がいるキッチンのオーブンからだった。

白衣の少女の名前は涼香。茜と二人で横浜県郊外にある廃墟に住んでいる。


「今日はなーに?」


「マドレーヌよ。あとちょっとだから待ってて。」


「やったー! 私りょかちゃんの作るお菓子だーい好き! 紅茶準備する?」


「ええ。お願い。暑いからアイスティーにして。」


「了解!」


 ビシッと敬礼して、茜は意気揚々とお湯を沸かす。

涼香は料理全般、特にお菓子作りが上手く、茜は涼香と過ごすティータイムが大好きだった。


 チーーーン!


 お菓子の焼きあがる音がして、涼香がオーブンを開ける。広い廃墟の、リビングとして使っている一室に甘い香りが充満した。


「やばーーーーーい! いい香り! 食べたい食べたい食べたーい!」


 茜がポットにお湯を注ぎながら待ち切れないようにジタバタする。

 今日の茶葉はアールグレイ。注がれたお湯は茶葉を開かせ、茶色に変わり、一瞬で紅茶となった。

 あらかじめ氷を入れておいたグラスに熱い紅茶を注ぐと、氷にパキッとひびの入る音がする。


「はいっ! 出来ました!」


 ストローをさして、ガムシロップを添えて、ドヤ顔で涼香を見る。

 涼香はマドレーヌの皿にホイップを盛りつけながら「運んでくれる?」と言った。

 窓の割れた所から涼しい風が入ってくる。

 冷たいアイスティーと焼きたてのマドレーヌがそろい、茜が楽しみにしていたティータイムの準備が整った。待ちきれない茜はまるでおあずけを食らっている犬のようだ。


「りょかちゃん、食べていい!?」


「いいわよ。」


「やったー! いただきますっ!」


 飼い主にgoサインをもらい、茜はマドレーヌに噛り付く。

 口に入れた瞬間に焼きたてのいい香りが鼻を突き抜け、噛むと口いっぱいに卵と砂糖の甘味が広がる。涼香のお菓子はいつも茜のほっぺたを落としにかかる。


「美味しい~~~っ❥❥❥」


「ふふっ。よかったわ。」


 ほっぺたが落ちないように支える茜を見て涼香がほほ笑む。茜はホイップクリームをつけながら言った。


「あっ! りょかちゃん笑ったー!」


「だって茜が面白いから。」


「え? どこが?」


「マドレーヌ一つで大袈裟よ。」


「そんなことないよ! りょかちゃんのお菓子は、世界一美味しいもん!」


「そう。ありがとう。」


 カラン


 グラスの氷の崩れる音がする。二人のこの空間を壊すことは誰にも許されない。茜も涼香もこの時間が好きで、とても大切だった。


「これどうやって作ったの⁉」


「普通よ。卵と……牛乳と……」


「私にも作れるかな!?」


「ええ。茜ならきっと。」


「やたーーーー! 今度作ろ!」


「ええ。今度ね。」


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。二人の時間に終わりを告げたのは一本の電話だった。


ppppppppp!


「りょかちゃん。電話鳴ってるよ~?」


 涼香の携帯が何者からの着信を告げる。涼香は表示を見るまでもなく誰からの着信か分かりきっていた。


「……はい。」


『私だ。』


 電話の主は××だった。むしろその人くらいしか電話をかけてくる人はいない。


「ねー誰からー?」


 茜は興味津々に身を乗り出して涼香に尋ねる。涼香は電話を少し離して茜に言った。


「茜。服は洗い終わったの?」


「あっ! 途中だった! やばい!」


 問いをかわされたことも気づかずに、茜は洗濯していたセーラー服の方へ走っていった。


『お前、まだそんなことをやっているのか。』


「……」


 電話の主は呆れたように言う。涼香は何も答えない。


『まぁいい。何をしようとお前の勝手だ。例の物は使わせてもらった。お前は仕事が早いから助かる。』


「そう。」


『次は心臓、それから肝臓だ。対象のデータベースはこちらから送る。まぁ送らなくてもお前は好き勝手やるだろうが。』


「期限は。」


『急げ。臓器は引く手数多なんだ。お前もわかっているだろう。』


「……」


『前回分の金は振り込んでおいた。確認しろ。』


ブツッ


 そう言って電話は一方的に切れた。


 涼香は皿を片付けて地下へ行く。

 五階まである大きい廃墟。元は何かの研究所だったらしい。普段涼香はその地下と四階を使用し、茜は三階と五階を使っている。

 地下は薄暗く、一階の床が崩れた所から差し込んだ太陽光が舞った埃を照らす。

いくつもの棚に沢山のビンが陳列しており、床には割れた瓶が転がっている。それを跨いで涼香は奥の机に向かった。

 机の上のパソコンはメールの着信を知らせるランプが点滅している。パソコンを起動し、二件来ていたメールの片方を開く。内容をあらかた確認してそのまま削除した。そしてもう一つのメールを確認すると、それも削除し、二階へ茜を呼びに行った。

 


「茜。」


「どしたのー? そんな怖い顔して。」


 茜は洗い終えたばかりのセーラー服を干していた。


雲一つない青空。


暑すぎるくらいの気温。


服は夜までには乾くだろう。


「仕事よ。次は心臓と肝臓。狙いはもう決まってる。実行するにおいて何か不備は?」


「はい! キャンディー新しくしてほしいでっす! あと今日の夕飯はなんですか!」


「わかったわ。後でキャンディー持ってきて。夕飯はクリームシチューよ。今日は『仕事』だから少し早めに食べるからね。」


「やったー! でもお腹空きそうにないよ~」


「じゃあそこらへん走ってきなさい。……もう。食べることしか考えてないんだから。」


 涼香が少し呆れた顔をして言うと、茜は楽しそうに笑って言った。


「だってりょかちゃんの作るご飯もお菓子もすっごく美味しいんだもん!」


「……そう。」


 そして涼香が中に戻ろうとした時、何かを思い出して茜の方を振り返った。


「あと、私は『怖い顔』なんてしてないわよ。」





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