スイーツと、それから……?
暗い夜道を1人で歩くのは危険。小学生でも知っている事だ。
しかし、暗く人通りの少ない住宅街を足早に歩いている1人の女性がいる。
彼女は仕事帰りのOLで、不安そうな面持ちで歩いていた。
彼女はここ1週間誰かに付けられている気がしていたのだ。
いや、正確には「していた」のではなく「されていた」のだが...... しかし入社して間もない彼女はいつも仕事に追われ、残業代も出ないのに毎日遅くまで仕事をしていた。
「いっつも定時で上がろうとしているのに気づいたら残業しているのは何故なんだろう? いつの間にか仕事押し付けられててやんなっちゃうなぁ......まだ入ったばっかなのに、先が思いやられるよ......」
女性は1人、ぶつぶつ呟いていたが、ふと足を止める。
「やっぱり......」
誰かに、付けられている。
コツコツ
タッタッタッ
コツコツ
タッタッタッ
コツ......
女性は後ろを振り向く。
確かに自分の後を追うかのような足音が聞こえた筈なのに、誰もいない。しかし気配は感じる。
気味悪く感じたが、まだ慣れないパンプスでは走れない。友人と電話をしながらだったら襲っては来れないだろうとスマホを取り出した時
「誰にかけるのかな?」
「キャッ!」
キャップを深く被ってマスクをした男がスマホを持っている手の腕を掴んできた。
女性は血の気が引き、鳥肌が立つのを感じる。
男はそんなことはお構い無しに両手で女性を抱きしめてきた。おそらくここ1週間女性の後を付けていたのはこの男だろう。
「嫌っ! ちょっと何なんですか!? やめてください!」
女性はもがくが男の力は強く、ビクともしない。男の息は荒く、本当に気色悪い。女性が声を上げようとした瞬間
「おっと、騒ぐなよ。」
男は隠し持っていた果物ナイフを突きつける。それを見た女性は更に震えが増し、目に涙が滲んだ。
「大丈夫だって。すぐ終わるよ。」
男が女性に囁いた時
「ぐあっ!」
殴った様な鈍い音がして、男が呻き、倒れた。
「えっ......?」
女性は何が起こったかわからず、後ろを振り返る。
そこには気絶している男と、いつの間に現れたのか、セーラー服の少女が立っていた。
「お姉さん。夜道に1人は危ないよー?」
少女は高校2年生くらいだろうか。髪をツーサイドアップにし、全国的にお嬢様学校として有名な、名門・聖サルレノ女学院の制服を着ている。しかしそんなことよりも
「それ......」
少女は手に少女の身長をはるかに上回る大きさの巨大な棒付きキャンディーを持っていた。
女性の目線で分かったのか、少女は満面の笑みでキャンディーを見せつける。
「これ? これはね〜りょかちゃんが作ってくれたんだよ! 凄いでしょ! しかも食べれるんだよ!」
飴の部分はオレンジ色をしていて、月光が透き通り、光が淡いオレンジ色になっている。これで男を殴って気絶させたのだろう。それは理解した。しかし大きな疑問がもう一つ。
「貴方は......? 一体......?」
そう、さっきの足音は気絶しているこの男で間違いない。しかし少女は? 少女は一体何処から来たのだろう?
すると女性の言いたいことを察したのか、少女が言った。
「私は茜。空から来たよ!」
「空......?」
女性が思わず空を見上げた時、目を覚ました男が、茜と名乗る少女に襲いかかろうとしていた。
「後ろ!!」
咄嗟に叫ぶがもう遅い。振り向いた茜の顔に果物ナイフが迫っていた。
しかし刃先が顔に触れそうになった時
ドッ
何かがぶつかった様な音がして男の動きは止まり、その場に倒れて動かなくなった。
そして倒れた男の後から白衣を纏った少女が現れた。
白衣の少女は肩からクーラーボックスを下げ、手には普通よりも大きい注射が握られている。
「りょかちゃーん!」
茜が嬉しそうに白衣の少女に駆け寄って抱きつく。 この子が茜の言っていた巨大なキャンディーを作った子だった。
「茜。気を抜かないで。危ないじゃない。」
心配したような口調だが、白衣の少女の表情は微動だにせず、無表情に近い。
「そいつ、死んだの?」
茜が抱きついたまま少女に尋ねる。
「死んでないわ。強力な麻酔を打っただけ。まだ殺しちゃダメでしょう?」
「まだ」確かに少女はそう言った。茜も「あっ、そっかー」と言って笑う。
少女は茜に何か囁くと女性の方に向き直って告げた。
「それじゃあ、貴方も死んでもらうわ。」
「え......?」
白衣の少女は女性を殺すのだと言う。それも今から。
少女は白衣のポケットからメスを取り出し、メスのカバーを外しながらじわじわと女性との距離を詰める。
「な、なんで......? 助けてくれたんじゃなかったの......?」
女性は後ずさりながら言う。しかし白衣の少女は女性に冷たく言い放った。
「あら。誰がそんなこと言ったのかしら?」
「え、あ、茜ちゃ......」
女性は縋るように茜を見て、言葉を失った。
茜は血に染まった男にまたがり、茜自身も返り血に塗れていた。茜は男のどの部分かもわからない臓器を掴みながら「言ってないよ♡」と笑った。
「え、え......」
「今、ちょうど肝臓と腎臓が足りてなかったの。ごめんなさいね。貴方に罪はないのだけれど。」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「りょかちゃん! 眼球とー……心臓だっけ?」
「そうよ。取った?」
「うん! 傷つけないように取ったよ!」
白衣の少女はすっかり生臭くなった茜に、液体の入った瓶を二つ差し出すと、茜はそれぞれにさっきの男の眼球と心臓を入れた。
「偉いわ。茜。」
「えへへ~あれ? その女の人殺しちゃったの?」
茜が少女の後ろを覗き込むと、先ほどの女性が赤く染まり、横たわっていた。
「違うわ茜。『協力してもらった』のよ。」
「あっ、そっか! それにしても相変わらず取り出し方綺麗だね! 流石お医者さんだね!」
無邪気に笑う茜の返り血を拭きながら少女は赤く染まった男を見て、苦笑した。
「私は医者じゃないわ。茜は相変わらず……なんというか……大胆ね……」
あの男はもう人の原型を留めていなかった。
顔は所々えぐれ、誰だか判別できないほどになり、四肢の関節は普通は曲がらない方に折れ曲がっていた。これではもう身元の判別は不可能だろう。
「えーーーーっ! だって私、りょかちゃんみたいにナイフ持ってないんだもん!」
茜は頬を膨らませて抗議する。
「ナイフ? メスのこと? 確かに茜は持ってないわね。」
「そうだよー! そういえばりょかちゃん。もう電話したの?」
「ええ。じきに来るわ。だからもう行きましょう。茜。」
二人の少女は二人の遺体と四つの瓶を残し、その場から去る。その十五分後、住宅街の十字路に黒い車が停まり、二人の男が走って瓶と遺体を回収していった。
翌日、女性と男のことがニュースになることはなく、世界は変わらずに平和を保っていた。