あの野郎
「同じ妹キャラでも、義理か血のつながってるかで全く別物だ。最近のメーカーはそれを取り違えてる。本当の妹なら兄を起こすためにベッドに乗っかるべきだし、兄の幼なじみに嫉妬するべきだ。この嫉妬の扱い方は特に繊細さが要求される。兄自身に暴力を向けるか、幼なじみに敵意を向けるかで違った味わいになる。包丁を持ち出すルートも嫌いじゃないが、安易なヤンデレは作品の質自体を――」
真帆の学校には、高校には珍しいことに、飼育小屋がある。動物は、人間と同じように生きている。生きているから餌も食べるし、世話が必要だ。それが長期休暇中であってもである。
なんで校長の趣味に俺らの夏休みがつぶされなきゃなんないんだよ――そう不満をこぼす生徒も多いが、真帆には、この飼育当番がひたすらにありがたかった。
癒やされる。
フカフカのウサギや、大量の小鳥や、よく見ると目が怖い羊とヤギに、ひたすら癒やされる。
今や贅沢品となった日常を、彼らは無尽蔵に供給してくれていた。
えさ箱に餌を入れる真帆の手は、凶暴なニワトリ軍団によって既に穴だらけだったが、その程度、どうということはないのである。
「玄人は義理の妹との兄妹ほのぼのエンドをチョイスする。もしくはその逆」
「そうなんだぁー、長良川くんはカシコイねぇー」
「だが、これが姉となると話は変わってくる。姉キャラのキーワードはあらゆる意味での大胆さで――」
絶えることをを知らない、飼育当番仲間の講釈も大変によろしい。念仏でも聞いてるみたいで、脳がトリップする。
空になったえさ袋を抱えて飼育小屋を出ながら、真帆は相棒に声をかけた。
「ねー、これ終わったらコンビニでアイス食べて帰らない?」
「無論、大胆さとは一概に語れるものではない。大酒飲みで風呂上がりは全裸な豪快系姉もいいし、ぽややんドジっ子で一人称が『おねえちゃん』な天然系姉もいい。決めがたい」
「だよねー、迷うよねー、カップかコーンか」
「ああ。さらにそこに妹系姉という革新的な概念が加わった日には」
「わーかーるー、ソフトクリームは偉大すぎるもんね」
「そうだ、三つ巴だ」
「嬉しい悩みだよねー」
笑顔で級友を仰ぎ見た真帆は、ようやっと、日常が音を立てて終了したの了解した。
飼育小屋からほど近い駐輪所の屋根の上、腕を組んだ非日常が起立している。
太陽を背景に、ひるがえるは炎の意匠のマント。黒い凶兆たる鴉が、彼女の両脇を固めていた。その数、数百は下るまい。見慣れた鳥も、ここまでの数が集まると、ひたすらに不気味であった。死者の喘鳴にも似た声音で、黒い鳥が鳴く。
「――小娘、先は世話になったな」
魔女たちの王たる者の声には、嘲りと同量の憎悪が込められていた。
「こっ、こっ、こんにち、は……」
ぎくしゃくと、真帆は言った。
この世の難事のあらかたは、コミュニケーションによって解決する。法治国家日本に育った真帆にとって、それは当たり前の、そして信ずべき事柄だった。和を以て貴しとなせ、平和ボケの何が悪いか。
「先日はその、カルチャーギャップと言うんですか、ご、誤解があったみたいでまことに、まことに……」
えさ袋を頼みの綱と抱きしめる真帆に、魔女王は酷薄に聞き返した。
「誤解とな」
「えっ、ええ、ええ。そうですそうなんすよ。わたし、そちらさまのご家族の事情に首突っ込む気は全然なくてですね。魔王の座なんて、はい、考えてみたこともなかったつーか! ですのでわたくしどもの家庭とも、適切な距離感をもっておつきあいいただければ、と、はい」
「ほう……?」
どす黒く透ける血管の隆起が、魔女王のひたいを這った。
「では、我が古き竜どもに守らせておった宝剣を盗みしも、誤解だと申すか」
「は……っ!?」
「貴様が裏で糸を引いておるのを、気づかぬと思うてか! 昨夜、あの男――父が我が竜と城を壊滅させ奪いおったのだ! 貴様の名を絶叫しながらな!」
(魔王ーーーーーー!)
絶叫は声になる前に火炎に爆ぜた。