乙女よ、パンをくわえて走るな!
"食パンくわえて走る美少女"が、あふれ過ぎたこの時代。
我々、男子高校生は、登校するのも命懸けだ。
「いっけなーい、遅刻、遅刻!」
"食パンをくわえた美少女"が、正面から独特の鳴き声をあげて迫ってくる。俺たちは、左右に避けてかわして行く。
どうやら、最初のステージでは、死人が出なかったようだ。
第二ステージは、ブロック塀に囲われた魔の十字路だ。
どのタイミングで、"食パンをくわえた美少女"が飛び出すか分からない、バッドシチュエーション。
俺たちは、生唾を飲んでいざ挑む。
「うおぉぉぉーーー!!!」
「いっけなーい、遅刻、遅刻! ……キャァ!!」
しまった。仲間の一人が、"食パンをくわえた美少女"に捕まってしまった。捕まると強制イベントが始まってしまい、今後の人生を大きく左右する。
「お前の勇姿は忘れない!!」
涙ながらに叫んで、俺たちは先に行く。
第三ステージは、商店街の一本道。この時間帯は、まだ開店前の店が多い。つまり店内から飛び出してくる、"食パンをくわえた美少女"はいないと考えていいだろう。
「一気に抜けるぞ!!」
「いっけなーい、遅刻、遅刻! ……キャァ!!」
何だと! 惣菜屋の中から?
しかも、こいつは、ただの"食パンをくわえた美少女"じゃない。"コロッケパンをくわえた美少女"だ。
「いっけなーい……」
八百屋からは、"サンドイッチをくわえた美少女"、駄菓子屋からは"ふ菓子をくわえた美少女"が飛び出してきた。
なんてこった、こんな中ボスキャラが犇めいていたとは……。
「残りは何人だ?」
ふと後ろを振り返ると、もう三人しかいなかった。
「俺たちは、生き残るぞ!!」
そう決意表明をして、駆け出したところで、また例の鳴き声がした。
「いっけなーい、遅刻、遅刻!」
ど、どこからだ……。前後左右に、飛び出しスポットはない。目視でも確認できない。
「いっけなーい、遅刻、遅刻! ……キャァ!! キャァ!!」
嘘だろ! 地下からだと!? そんな特殊シチュエーション、どんな地獄が待っているというんだ。
「あと……、俺だけ?」
地下から飛び出してきた"食パンをくわえた美少女"は、仲間二人を屠ったようだ。
「俺は、絶対に、死なん!!」
商店街を抜けたところで、学校が見えて来た。あと、もう少し。あと……
「やったぁー!! ついに校門を抜けた。登校したぞ!!」
俺はやったんだ。散っていった仲間のことを思うと涙が溢れる。
泣いてなんかいられない。さぁ、授業が始まる。
「いっけなーい、遅刻、遅刻! キャァ!!」
最悪だぁー!!
購買の存在を忘れていた。まさか、最後の最後で、ラスボス、"焼きそばパンをくわえた美少女"が飛び出してくるなんて……。
「ちくしょう!!」
涙が滲む俺を嘲笑うように、"焼きそばパンをくわえた美少女"は勝手なナレーション自己紹介始めていた。
そして、俺のラブコメディが巻くを開けてしまった。
きっと、少女漫画の男の子は、こんな思いで登校してるとおもいます。