ねーちゃんが、好きだから。
鍵を閉め忘れた。
まさか家に何かが入るとは思ってないが、もし、0.1%の確率で家に入っていたとしたら?
ヤバい。
ダッシュで家に戻る。
後ろからはサッカーを習っている、
足の速い隼人が追いかけてきている。
家が見える距離まで来た。
小雨の雨は、朝からやむことはなく、
なお一層、降り続いている。
2人の傘は、もう裏返ってしまっている。
家の前に来る。
人がいる気配はしない。
ドアを開ける。
やはり鍵は閉めていなかった。
ゆっくりと、リビングに続く扉を
開ける。
大丈夫そうだ。リビングから、
自分の部屋に続く扉を開ける。
誰もいない。
ふぅっと、一息つく。
隼人も心を撫で下している。
「よ、よかったね……」
少し震えめの声で隼人に言う。
「まぁ、いるわけねぇよな」
隼人は張っている声だ。
よほど家に不審者とかがいないと
信じていたのか、
強めに言って、震えていることを
隠そうとしているのか。
なにがともあれ、隼人のあの声で、
かなり安心した。
ご飯の用意をする。
いつも通り2人でテレビを見ながらご飯を食べる。
沈後楼はこの時間はいつもなら
家にいるが、半年間、NYに行くとか言って、お昼頃に家を出た。
もう仕事の方は定年だけど、
世界旅行が趣味なんだよね。沈後楼は。
「次のニュースです。
昨夜、女子中学生が、何者かに
殺害されました。
場所は、東京都、鼯区、
〇〇、〇〇です。
周辺にお住いの方は、十分に気をつけてください」
このニュースを見て驚いた。
鼯区に私は住んでいて、さらに
場所はほぼうちの近くなのだ。
頬をたどって、冷や汗がたらりと落ちる。
「こ、怖いね……」
あのたったの何時間かで、うちの中に入った……?
荒らされている様子も無く、
ものを取られてもいない。
「こ、ここここ、怖くねぇよ」
すごい震えている……だと……!?
でも大丈夫。
こんなニュースを見てると怖くなるから、早く寝よう。
「ねぇ、もう寝よう。怖いよ」
隼人もゆっくり、コクリと頷いた。
隼人とは同じ部屋で寝ている。
2段ベットだ。
そのまま寝室に入り、寝ようとする。
隼人は小さな寝息を立てている。
あのニュースのせいで、なかなか寝れない。
すると、ベットの下の方で、
カタカタカタっと、何かが揺れる音とともに、ボソボソっと声がした。
初めは隼人の寝言だと思った。
けどこの声は隼人じゃない。
「し……、ぉ、ま……、……コ……ロ……」
し……、ぉ、ま……、……コ……ロ……?
し、おま、ころ……?
しっし、お前ころす。
しっしっし、お前殺す!?
(しっしっしって、笑い声のことね)
「キャ、キャァー!」
大きな声を出してしまった。
けどそうなるのも無理はない。
というか、普通はそうなるだろう。
隼人が起きる。
ヤバい。隼人が殺される!
「隼人!ベットの下に……!」
ぬっと人が出て来る。
顔はよく見えないが、若そうだ。
手には何かを持っている。
「な……!てめぇ、誰だ!」
隼人がそう言った瞬間、
その男は手に持っているものを
隼人のお腹に当てようとした。
その瞬間に隼人が相手の手を掴む。
ー1本背負いー
柔道の技の名前で、
相手の懐を掴み、肩に背負い、そのまま地面に相手の体を打ち付ける技。
隼人は小1から柔道を習い、
小2からは、私と同じ空手教室に
通い始めた。
最近隼人は、「空手めんどい」などと
言って、全然空手教室に来なかった。
柔道もあまりやらず、力がついていないと思っていた。
けど、一本背負投も出来るとは……。
「っ……!」
男は突然の柔道技に、驚いている。
しかし柔道に慣れているのか、
投げられた瞬間に地面を思い切り叩いていた。
投げられた時に、地面を思い切り叩くと、その反動でダメージが大きく
軽減されるのだ。
隼人は拳を振り上げる。
その瞬間、男の正体がわかった。
「まって!」
隼人は手を止め、ふっと、私のことを見る。
月の光で一瞬顔が見えた。
その時に、すぐその人が誰だかわかった。
「な、なにしてんの? 黒瀬……」
黒瀬だった。
帽子のつばを深く下げ
顔を見せないようにしている。
けれどこの背丈、月光などから、
すぐに黒瀬とわかった。
けどなんで黒瀬が……?
「黒瀬? あー。黒瀬響か。
なんで黒瀬先輩がうちにいんだよ。
てか、受身取れるんすね」
隼人は黒瀬とすっかり仲良くなっている。隼人と黒瀬は初対面……だよね?
(あ、でも家が隣だからあったことはあるかな……? )
が、私がよく黒瀬の愚痴を
隼人に言うから、隼人も黒瀬の存在を
知っている。
「いや、俺が家の中入ろうとしたら、
しらねぇ男が白瀬ん家入ろうとしてたから、ぶん殴って撲殺しようとしたら、白瀬が帰ってきたのよ」
なるほど。確かに黒瀬がうちの中に
いたら、すぐ通報するな。
通報されるのが嫌だから
適当な場所に隠れたってわけね。
でもすごい怖かったなぁ……。
でも……なんで、
お前殺すなの……?
「あ? お前殺す? 何が?
俺、『白瀬、お前この鍵閉めろ』
つったんだけど……? 」
し……、お……ま……こ……ろ……。
白瀬、お前……この鍵閉めろ!
…。^ ^ 。
イラっ!
「てんめ黒瀬ぇ!怖いんじゃわれ!」
「えぇ……」
で……。その男は?
どういう人? どこにいるの?
いっぱい聞きたいことがあったから
いっぺんに聞いてしまった……。
黒瀬が言うには、
身長高めで、スタイル良くて、
力はそんな無くて、イケメンで、
黒髮のメガネなし。
「んで、そのストーカー野郎、あのクローゼットの中に突っ込んでるけど……? 」
へ?
ワ、ワタシニホンゴワカンナイヨ?
ク、クローゼットの中だぁ!?
驚きすぎて目を大きく見開いた。
いや、見開いたと言うよりも、
目ん玉が飛び出た、の方が正しいかな? ww
って、wwじゃないよ!
あ、彼処デスカ?
「キャァーーーー!」
あぁ。今日、何度叫んだだろうか。
それもすべて、このクローゼットの中にいる人のせいだ。
よし、今からぶっ飛ばしてやr……。
ぶっ飛ばそうとした瞬間、
隼人がツカツカとクローゼットに
向かっていく。
バンッとクローゼットを開ける。
中には人がいた。
ん? あの人……どこかで……。
「てめぇか!ねーちゃんを困らせてる
糞野郎は!」
隼人がボコボコと殴る。
ん? やっぱりあの人どこかで……!?
な、直也!?
うん。確かにそうだ。
真っ黒の服でよくわかんないけど、
おそらく直也だ。
パチッと光をつける。
すると目が変な感じになったのち、
目が慣れるとよく見えてきた。
やっぱり直也だ。
って、え!?
茶色だったはずのカーペットが、
ドス黒い赤色に染まってきている。
急いで隼人の手元を見る。
まるで水で濡らした後の手のように、
ビショビショに、"血"で濡れている。
急いで止めに入る。
隼人は頭の上にはてなマークを
浮かべながら、なおも殴り続ける。
パチンッ!
隼人の頬を叩く。
隼人は驚きを隠せない表情で、
私のことを見る。
私は半泣きで隼人を見つめる。
私の半泣きの表情を見て、
これこそまさに、目を大きく見開き、
口までポックリと開けている。
隼人は一瞬私に手を差し伸べる。
しかし、すぐに手を戻し、
いそいそと部屋から出て行ったと思ったら、家をも出て行ってしまった。
ドアが開き、乱暴に閉じる音が聞こえる。外からは大雨の音が聞こえる。
ん? 大雨……!?
は、隼人が風邪ひいちゃう!
急いで家を出る。
私の自慢の足の速さで、隼人を追いかける。ビュンビュン風をきっていく。
走るのは好きだ。
とても爽快感が味わえるから。
けど、いつも楽しいと思える
『走る』と言う行為も、
あっという間に
『恐怖』に変わる。
足が速くて助かるが、いくら全力で
走っても、水浸しの地面のせいで、
なかなか速く走れない。
突然ですが、
私はみんなから、『姉バカ』などと
言われる。親バカみたいな感じので。
隼人が怪我をしたら、最初に
保健室に向かうのは私だ。
隼人がうんと昔の、幼少期の頃に、
風をひいた。
その時に1番に駆けつけたのも私だった。
なぜそんなにするのか、周りの
弟、妹がいるという子に驚かれる。
私だって、かなりおせっかいかな?
と思う。けど、こうなってしまうのにも、理由があるのだ。
昔、隼人が咳がすごいと、
保育園から連絡があった。
いつも通り、「あー、急がないとな」
みたいな感じで、保育園にノロノロと
向かって行った。
そしたら想像していた以上に咳をしていた。
保育園からは、早く帰るよう言われたのでしぶしぶ学校を早退して、
うちに帰ることにした。
背中をさすったり、おかゆをあげたり、いろんなことをした。
それでもなかなか止まらなかった。
一旦寝させて、ネットで調べると、
「ごく稀に、肺がんになっている
可能性がある」
という記事があった。
まぁ、そんなわけないと放っておいたのだが、2ヶ月以上も咳が止まってくれなかった。
2週間止まらなかったら病院に行こうと思っていたのだが、都合が合わず、
2ヶ月も放っておいてしまった。
病院に行くと、なんと肺がんだった。
あの時の全身に来た寒気は今でもある。結果、ギリギリのラインで
死ななかったのだが、あと3日遅かったら、死んでいたとのこと。
すごいゾッとした。
死亡確率は、私が病院に行った時点で
80%ほどだった……。
それで死ななかった方がすごいと思う。
私がおせっかいな理由はそれ。
隼人は生死を彷徨ってたんだよね。
で、今この状況ね。ヤバいね。
もしこのまま事故になったらどうしよう。滑ってそのまま死んだらどうしよう。
ありえないことでも考えちゃう。
前の方に、地面に座り込んで俯いている少年がいる。
こんな真夜中の雨の中でもわかる。
間違いなく隼人だ。
そーっと近づく。
すると、何かボソボソ喋っている。
上手く聞き取れない。
「ねーちゃんは悪くねぇのに。
なんで、いつもねーちゃんを守れねぇの……」
……? 聞き取れない。
私がなに?
私が悪い……? よく聞こえない。
「隼人……? 」
隼人は驚いた表情で、雨に濡れた髪を
触っている。
「さっきはぶったりしてごめんね」
さっき叩いてしまったことを、
しっかりと謝る。
ー隼人は悪くないのに……ー
隼人は急に怒ったような、
呆れたような、いろんな感情が
入れ混じった顔をして、
私のことを見つめたのち、
家の方向へ走って行った。
な……!? クローゼットに
犯人がいるだと!?
よーするに、そいつのせいで
ねーちゃんがたくさん困っちまってるってことだろ?
なら……。こいつをぶっ飛ばすのみ!
てんめ!覚悟しろ!
バキッ!
鈍い音がする。
バキッ!ベキッ!ボキッ!
隼人の手が血の色に染まっていく。
「や、やめてっ!」
な、ねーちゃん!
この糞野郎に嫌なことされたのは
ねぇちゃんだろ!
だってこいつ、人殺してんだぜ?
ストーカーだぜ?
なのになんで……!
畜生!
バキッ!
くそ!トドメだっ!
パチンッ!
「っ……!」
ね、ねーちゃん……?
白瀬は泣きそうな顔をして、
隼人を見つめている。
な、なんでそんな顔で見んだよ……。
まるで俺が一方的に悪いみてぇじゃねぇか。
なんで……!
ねーちゃんを泣かせたい訳じゃねぇのに!
なんでだよ……。なんで上手くいかねぇの……?
隼人は全力ダッシュで家を飛び出した。無我夢中で走り続け、とにかく
白瀬から遠ざかっていく。
サッカーで鍛え上げた自慢のこの足で走る。勢い余って、滑って転んでしまいそうなほどのスピードで走る。
どんどん息が上がってきている。
疲れて、近くにある木に寄りかかり、
腰を下ろす。
俺はよく学校で、
「白瀬って、ほんと姉好きだよね〜」
「隼人ぉ〜!もう、響さんの話
聞き飽きたぜ〜」
とか言われる。
確かによくねーちゃんの話をしてる気がする。
それに、女子たちの言ってる、
「ほんと姉好きだよね〜」
っていうの、あってる。
俺はどうしようもなくねーちゃんが
好きだ。
それは、友達が好きとか、
親が好きとか、そういう好きじゃないんだよ。
あの人と、1秒でも一緒にいたい。
気づいたらあの人のことを見てる。
あの人と目があったらドキドキする。
ー自分のものにしたくなるー
そういう"好き"なんだよ。
それに……。
「ねーちゃんは悪くねぇのに。
なんで、いつもねーちゃんを守れねぇの……」
はぁ。いざ口に出して言ってみると、
やっぱり心にガツンとくる。
2倍にも、3倍にも辛さが増えるなぁ……。けど、俺が悪いんだ!
「隼人……? 」
な、ねーちゃん!
今の聞かれた!? 聞かれたら……恥ずかしい……。てか、いるんだったら
もっと早く言えよぉ〜!
「さっきはぶったりしてごめんね」
また無理してる……。
俺の前では素直になってよ。
作り笑顔なんかして、無理に謝って……。そんなの……しなくていいのに……。
ねーちゃんが止めてくれたのに
無視した。
叩かれないとわかんないこんなダメ弟でごめんな……。
もう、こんな時にねーちゃんを見たくない。
隼人は、家に走っていった。
こんなダメダメ野郎でゴメンッ……!