~Chapter4~誰かの傷、自分の決意『あのファイラから……明確な殺気が漂う』
ファイラの退院から二日。ファイラ初出勤の日。皆が彼を向かいいれていつも通りの業務に勤しむ。ミーシャがうちの部隊にいるのもあと三日。結局何も起こらないだろう……その予想は完全に裏切られた―――昼前のアイさんの登場によって。
「これより急ぎ編成を組みA-36区に向かう!!」
バンっと扉を開けたアイさんと共に鋭い声を貫く。
「どうしたのですか?」
フローラが代表するように尋ねる。
「フィル・ヒリーシュの居場所が分かった。これより私を含め三編成で向かう。また第三支部の14部隊と17部隊とも連合を組む」
それを聞き俺たちも意識を引き締める。
「まずAチームは私とフローラ、ナギサの三人だ。主に情報位置の特定などのサポート役に徹する。Bチーム、ユウリ、ライ、ファイラ、シャル。このチームは主に戦闘部隊とする。ただし、ファイラとシャルはサポートに徹しろ。そしてCチームはサラとミーシャ。このチームはBチームのサポートに徹し目標を逃がさないようにしろ。いいな!!」
「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」
一気に返事をして俺たちはすぐさま準備を行う。サラとフローラ以外は基本武器ありきの戦法だ。
「まずはA-35区に飛ぶ。そこからフラッシュで移動だ」
俺たちの用意が整ったのを見て駆け出すアイさん。俺は隣のナギを抱きかかえながら駆け出す。さすがにナギは身長や体力の面で俺たちのスピードについてくることができない。
異空合帯の能力を使いA-35区のA区第三支部に飛ぶ。そのままそこの案内人を先頭にフラッシュの置いてある場所まで移動する。
「各チームに分かれフラッシュに乗れ。ユウリ、サラ!」
この世界における車―――フラッシュの鍵を受け取り俺たちは走り出す。入り口前に設置されているフラッシュは三台。アイさんに指さされられた車に乗っていく。
「ダッシュボードに通信機が置いてある!各一人ずつつけろ。通信チェックは乗りながら行う」
アイさんの指示に従いダッシュボードを開け隣に座るライ、後ろのファイラとシャルに投げ渡す。
そのままアイさんの乗る―――Aチームの車を追う。
全員の通信チェックを終え異常がないことを確認する。
『ではこれより、今回の経緯と作戦会議をおこなう』
通信機越しのアイさんの声が響く。
『まずことの経緯について。フィル・ヒリーシュの悪意検出をした私はあとをおっていたのだがまたしても途中で途切れてしまっていた。近くに魔方陣があったため異空合帯の能力者がいた可能性が高い。それ以降消息がわからなかったのだが、傭兵遠征と呼ばれる合宿のようなものにここ、A区を任されている傭兵が向かったさいに山地にある廃墟に人の気がある場所を見つけたらしい。そこで一応私が異空合帯で向かったところ……ビンゴ。悪意が一致していた』
なるほど……そういう訳か。そして今フラッシュで移動しているのは異空合帯での移動の際に強い光を発するから……俺、ライ、ファイラ、ミーシャは顔が割れている。光をきにしてフィル・ヒリーシュが偵察に来たら逃げられる可能性が高い。さらに立て続けに光が訪れても警戒されてしまう。時間はかかるがこれは当然の措置だろう。
『続いて作戦会議を行う。私がA,Bチームの誘導を行う。方法はシャルの思考伝達だ。目標の位置、到着後はまずファイラの能力で敵の位置を捕まえろ。その感覚をシャルを通して全員に渡し共有しろ。戦闘はユウリとライが主に行え。ただし、2人ではきつい場合はCチームも加われ。Aチームに関しては基本攻撃は行わずフィル・ヒリーシュの仲間がいないかを探し出すことに徹する。ただし、B,C共同で戦ってもきついと判断した場合は私とフローラも戦闘に加わる。ナギサは姿をかくし山を下り第14,17部隊にこのことを報告。いいな?』
『はい!』
俺たちが返事を返す。必ず捕まえる……このことを胸に刻んで。
『頼むぞ……。不死鳥の意地を見せろ。目標が我が国の情報収集が目的ならこちらも戻りし楽園の情報をつかむぞ!!』
士気を上げるように俺たちに言葉を渡す。なるほど、俺たち不死鳥部隊が選ばれるわけだ―――他の四帝ではなく。
全速力で飛ばしおよそ十数分。フラッシュを乗り捨てるように降りてそこからは慎重に移動を行う。すでに第14,17部隊がいたため軽く挨拶を足を止めずにして山に入る。
サクサクッと、静まっている空間には俺たちが歩く音だけが響く。
だが、しばらく行ったところで一人の男が表れる―――それは。
「お待ちしてました」
「ああ、頼む。改めて、私は第四部隊の奏坂愛だ。後ろにいるのは私の部下だ。自己紹介は時間が惜しいのでやらないがそこのいちばん小さい女の子だけは姿を覚えといてくれ。なにかあったときは彼女と共に山を下りて下の機関のメンバーと接触してほしい」
「心得ました。私はA区、第二傭兵部隊隊長―――セリヌ・スゥイートです」
よく考えれば当たり前の事だが少し動揺してしまう。A区の傭兵部隊が合宿に来ていたのなら彼が私たちを向かいいれてもなにもおかしくないのに。
気になってファイラを見ると、既にこのことを考慮に入れていたのか意外と動揺した顔はしていなかった。だが、やはり先ほどよりも歩調を弱めている。
ファイラと同じファミリーネームを持つ男に軽く驚くのは二人の関係性を知らないメンバーだ。しかし、今は問いただすべき時間は無いと判断してがファイラに疑問の声を投げかける人物はいなかった。
「ではこちらです。一応私たち傭兵は目標のいる廃墟を取り囲むようにしてますが……能力が能力なだけに逃げられていないという確証はありませんが」
「かまわないさ」
アイさんは全く動揺してた様子を見せないが……もしかしたら二人の事を知っていたのかもしれない。まあ、スゥイート家は名門らしく知っていてもおかしくはなさそうだ。
俺たちは黙ってセリヌさんの後を追いかける。
「……っ。まだいるな」
ある程度進んだところにアイさんが静かに鋭く告げる。
「セリヌ隊長。ここからは私達で向かいます。貴方は隊の指示をお願いします」
「心得ました」
セリヌさんが頷き去る。
「シャル。全員の思考をつなげ」
「はい」
その瞬間俺以外の感覚がリンクしたのを感じる。シャルが感度を薄くしているのでまだ何となくしか感じないが。
『私の記憶から目標の場所を伝えてくれ』
アイさんの脳内会話。刹那俺はどこをどう進めばいいのかが理解される。そしてチームごとに分かれ進みだす。一番前を行くのは俺たちBチーム。後ろにはCチーム。一番後方にはAチームだ。
数分後―――目標の廃屋が確認できる。チーム内で頷きあい俺とライが先頭を進む。リンクしている感覚が強くなる。
『カウント、3、2、1、0!』
俺の脳内の声と共に一気に扉を開く。
やはり、というべきかそこには誰もいない。しかし、そんなことはすでに想定済みだ。
「軽風」
ファイラが小さく告げる。感覚が肥大化しもともと2人分の感覚を受けていたため脳の情報処理に負担がかかる。瞳を閉じ自分の視覚からの情報を遮断する。どこになにがあるかは目を閉じていてもわかる。だからこそ、俺はそこに対して迷いなく抜刀した鎌鼬をふる!
「っと、エインセルから情報をいただいていて助かりました。その風の刃がでる刀について」
「フィル・ヒリーシュ……!!」
ライが怒声に近い低い声を上げる。
そしてコイツはエインセルの名を口にした。やはり……。
「お前は戻りし楽園の伝承人なんだな」
「その通りです。正直、このままやり過ごせればよかったのですが……そううまくいかないものですね」
「伝わってきますよ、貴方方の殺気が。瞳を閉じられているようですが……なるほど、思考伝達ですか。ということは……その少女がシャルという方ですか。なんとも美しく―――壊しがいがありそうだ!」
「っ!やぁ!!」
「貫通!!」
嫌な殺気を覚え俺とライは一斉に攻撃を放つ。
しかし―――。
「私は壊れませんよ」
ひょいと体をそらしかわされる。やはり、風の感覚リンクに慣れてないせいで視覚情報時より正確さや判断スピードが鈍っている。
『フローラ。鎌鼬を覚醒させてくれ』
『ユウリ、了解しました』
その瞬間刀の重みが変わる。軽くなり、まるでなにも持っていないような感覚。
アイさんは生け捕りを希望していたがこんなヤツに手加減等できない。だからこそ、俺は暗殺をしていたころのように強い殺気を込めて鎌鼬を振るう。
「ききません」
「なっ……!?」
だが、その細胞すら分断する風の刃がはじけ飛ぶ。馬鹿な……。
「まさか……幻影覇者の能力者じゃない!?」
その様子を感じ取ってか俺以上に驚いた声を上げるシャル。だが、どういうことだ?
「幻影覇者?ああ、あの下位互換の」
その言葉に余裕を持たせたように笑いを含む声で告げるフィル・ヒリーシュ。しかも、下位互換だと?
「ところで、驚いてる暇などあるのですか」
「っ!!」
キンっと高い音が鳴る。感覚でわかる。それはフィル・ヒリーシュの投げたナイフをライが拳銃ではじいた音。そういえば、おかしなことは他にもある。
どうやってナイフを所持していた?どうやって、軽風を流していたファイラに気づかれず投擲した?
考えはじき出した結果、一つの能力が頭をよぎる。
―――スゥイート家は代々未来兵器などのオカルトと科学が入り交じった能力が多数排出されている。
セリヌさんの言葉。そうだ、未来兵器も、鉄線収縮も……なにもないところに何かを作り出す能力と言い換えられる……!
「お前は幻影を操ってるんじゃない……何もないところに物体を生み出しそれを俺たちに見せているだけか……!!」
「正解です」
「くっ、ファイラ!風を流す必要はない!!視覚の情報に頼って大丈夫だ!!」
俺は指示を出し目を見開く。リンクしていた風の感覚が消える。思考伝達の力も脳内会話のみに変わる。
「そこまで割れたのならお教えしましょう。私の能力は―――偽像生成」
その瞬間空中に数十本のナイフが踊る。
「なっ、シャル!!」
「きゃっ!!」
そのナイフの先がシャルに向いているのに気づきシャルを突き飛ばす。
「ぐふっ」
俺が肉盾となりナイフを受ける。鋭い痛みが全身に突き刺さる。
―――虚像生成。初めて聞く能力だが推測できる。
恐らくは無から有を生み出す能力。その生み出すものがどこに限界があるかはわからない。しかし、少なくとも光は生み出せるらしい。その生み出した光で偽物の像を生み出し俺たちに視覚トリックを仕込んでいた。そして気配が消せていたのは恐らくは視覚から入る光が二倍に膨れていたから……。脳の情報処理が遅れていたに過ぎない。だからこそ、かすかに気配を体は感じ取っていたのだ。
「狼」
「水よ、突き刺され」
俺がナイフによりダメージを受けたのを見てCチームの二人が表れる。
サラは狼に化けその牙を敵に向ける。ミーシャは水を操り真っ直ぐに飛ばす。だが―――
「キャイン」
サラの目の前に鋼鉄が表れそれに激突する。当然、水もそれにぶつかり威力をなくしただの水たまりに変じる。
「壊しがいのある者たちがやってくる。特にそこのあなたのような未成熟の果実は」
殺気に近いそれをミーシャに向ける。やばい……!!
「させるか」
「煙幕弾」
俺が鎌鼬を振るいライが煙幕を目くらましに使う。その隙にサラは立ち上がり俺たちのもとまで駆け戻る。
「―――それだけ集まったら厄介ですね。生成―――新たなる世界」
煙幕から声が聞こえる。とたん、視界が歪み別の場所に俺は立っていた。
「なに……?」
突然のことに理解が苦しむ。そこは全面が薄い桃色に浸食された世界。視界には目の前にいるフィル・フリーシュ意外に何もない。隣には俺と同じく戸惑っているファイラとミーシャ。
「連れてこれたのは貴方たちですか。一番壊しがいのある方が来ていただいたのは運が良かった」「……なにをした?」
「異世界を作りそこに転移したのですよ」
くそっ。理解が追いつかない。とにかくわかるのは。
「隔離されたということですか」
「ああ、そうさ」
ファイラが俺の心を代弁するように告げる。なんだ、この能力―――万能すぎる。
「全員を相手にすると流石に虚をつかれそうですからね……個別に対処させていただきます」
空中にまたしてもナイフが踊る。
「鎌鼬……」
小さく呟くが鎌鼬は眠りについたように本性を現さない。フローラと離れすぎたか……。
だが、躊躇っている暇は……ない!!風を放つ。
「乱気流!!」
「旋風」
一気に放たれたナイフを俺たちは遮る。
「まだです。第二波」
だが、また新しくナイフが生成される。キリが……ない!!
「クソッ。道を切り開いてくれ!!」
鎌鼬を手に駆け出す。
「乱気流」
「旋風」
二人の声とともにナイフが散る。隙をついて俺は鎌鼬で突く。
「っ」
小さく声をあげて体をのけぞらせるフィル・ヒリーシュ。一瞬遅れて服が破れる。そこから血が流れ出した。
「…………」
押し黙りそれを見るフィル・ヒリーシュ。様子が……変わった?
「……れの……せに」
「なに?」
掠れた声で呟く。どうしたのだろうか。
「……がれの……くせに―――穢れのくせに!!俺に傷を負わせたなっ!!壊す……跡形もなく、壊してやる」
「っ……」
その圧倒的な威圧感に次に押し黙るのは俺たちの方だった。驚き声がでない。
今の彼を表すなら―――狂気。それ以外に当てはまる言葉などない。
「壊す!!生成―――切れ先地獄!!」
「なっ」
俺たちの回りに百を越えるナイフが現れる。こんなもの……対処しきれない。
「まずは、お前から壊す!壊しがいのあるお前から」
「えっ、イヤッ!!」
回り狂うナイフが一直線にミーシャの元に走る。
「グッ……ぐふっ」
鎌鼬を操りナイフを落とす。だが、それでも間に合わずやってくるナイフを体を呈して守る。
「うっ……」
後ろからもミーシャの声が。痛そうな声が。
「クッ……があぁぁぁ!!」
ナイフの猛攻が止む。体に突き刺さっているナイフを抜く。血を流しすぎたためか視界が霞む。死亡判定にならなかったようだ。
「み、ミーシャさん!!」
ファイラの声。霞む視界で後ろを振り向く。
「なっ」
ミーシャの胸にふかかくナイフが突き刺さっていた。生きてはいる。だが……。
「簡単に壊れれると思うな。バラバラに苦しみながら壊してやる」
フィル・ヒリーシュの殺気。毒が塗られていないことは幸いか……。だが、もたもたしてられない……!時間がおし―――。
「……なんですって?」
「次はお前か?」
「苦しませて壊す?人は物じゃないです。壊す、壊さないじゃない……!!」
初めて聞くに近いファイラの怒声。俺は正直ついてこれず茫然自失となる。あのファイラから……明確な殺気が漂う。
「切り裂き―――」
「仇の風!!」
フィル・ヒリーシュがなにかいうより早くファイラが叫ぶ。
「ぐっ、ガハッ」
差し迫った狂暴な風がフィル・ヒリーシュの体を飛ばした。
「くっ」
「凱風」
一本のナイフを作り出しファイラに放つがに装着したナイフをファイラがだし、風を纏わせいとも簡単に弾き飛ばす。
「チッ」
「逃がさない!!」
「なっ……!?」
突然下から生えた木がフィル・ヒリーシュの行き先を防いだ。
「お、おい……ファイ、ラ?落ち着け」
怒りの行動はときに絶対的なミスを犯してしまいかねない。そう判断して声をかける。だが―――。
「フィル・ヒリーシュさん。あなたの能力はわかりました。恐らくは大きな物や一度に大量になにかを生成するときは言葉を発する必要性がある。そして、自分以外の人物の半径数メートル以内には物を生成できない。出来るのなら数センチ先にナイフを出せばいいのだから」
わざと大きな音をたてフィル・ヒリーシュに近づくファイラ。その威圧や敵の能力を言い当てる行動に怒りで冷静さを失っているわけでないことに気づかされる。
「く、来るな」
初めて焦りと恐怖を滲ませるフィル・ヒリーシュ。
木々はどんどんはえていきフィル・ヒリーシュを囲む。
「来るな、来るなー!!」
ヒュンヒュンとナイフを、恐らくは言葉に出さなくても済む数だけ生成し飛ばす。だが、それをナイフに合わせた風と身の動きでファイラは全てかわした。
「人を傷つける恐怖。味わってください」
「お、おい!!」
嫌な予感がして俺は制止を呼び掛ける。
ドスッと音が聞こえ木に寄りかかっていたフィル・ヒリーシュの体から力が抜ける。
まさか、殺して……。
「ふぁ、ファイラ?」
「ユウリさん……彼の逮捕よろしくお願いします」
それだけニッコリ笑って言うとファイラはバタンと倒れた。額には大量に汗をかいていて無理をしていたのがわかる。フィル・ヒリーシュの腹部にはファイラの風を纏わせた蹴りがはいった跡が残っていた。
「無理しすぎだろ」
俺は小さく苦笑を漏らしてフィル・ヒリーシュに手錠をかけた。俺たちのいる世界に小さな亀裂が走り連鎖的に広がっていった。
******
ひび割れた世界。パリンと音をたてそうな感じで一気に崩壊したと思ったら元のいた場所に戻ってきた。
「ユウリくん!大丈夫!?」
一番に気がついたシャルが俺に驚き抱きつく。きっと血濡れの服が真っ先に目に入ったのだろう。
「俺は大丈夫だ。それより、ミーシャだ」
たしかあの辺りにいたはずとミーシャを見る。胸にはナイフが深々と突き刺さったまま。
「おい、ミーシャ。返事をしろ!」
アイさんが彼女に呼びかける。返事は返ってこない。
「っく。サラ!!頼む」
「はい。翼!」
バサッと羽を表すサラ。
「第14部隊は医療部隊だそうだ。そこに行け!」
「はいっ」
サラはミーシャを抱き抱え羽をはばたかせ猛スピードで下山していった。
「ファイラ!?ファイラはっ!?」
「なっ、セリヌさん」
ミーシャのことを気にかけていた俺はセリヌさんがいたことに全くもって気がついていなかった。いつの間に……。って、まずは安心させるか。
「大丈夫だ。気絶してるだけ。怪我は一切してない」
「そうか」
心底ほっとしたように息を吐くセリヌさん。
「それより、なぜあなたも?」
「あなた方が唐突にいなくなったと連絡を受けて、手がかりを見つけるべく傭兵を動かしていたんです。シャルさんを通じて」
「なるほどな」
「ナギが伝えたんだよっ!!」
「そうか……偉いぞ」
「うんっ」
シャルに代わり俺に抱きついたナギの頭を撫でてやる。気持ち良さそうに目を細めた。
「にしても、よくやったな」
「えっ?」
「連れ去られたメンバーで満足に戦えたのはお前ぐらいだろ?よく捕らえたなと思ってな」
アイさんが俺を労う声をかける。それに苦笑して否定する。
「いや……俺も今回はただ肉盾になっただけで役たたずでした。活躍したのは……ファイラです」
「なにっ?」
驚いた声をあげる全員。まあ、信じられないわな。
「口で説明するのもなんかうまく出来ないんですが―――覚醒、というか……とにかくとにかくすごかったんですよ」
「ユウリくん……」
「ああ、シャル。頼めるか?」
「うん」
過去の映像を思いだしシャルを通じて共有する。
「マジかよ……」
ライが思わずといった様子で呟く。というより、フィル・ヒリーシュの能力内容も同時に伝えられたな。一石二鳥か。
だが……そんな驚きもある人物の呻き声でピリリとした空気に変わる。
「くっ……」
「っ!」
俺はいち早く動きその呻き声の人物―――フィル・ヒリーシュの動きを封じる。
「余計な動きはするな」
彼に呼び掛けアイマスクを取りだしつける。
彼の能力上空間把握が出来なければ物の生成もできなくなるはずだ。
「このっ……」
「みんな、室内に均等に散らばれ」
俺を通して能力把握が出来ているためすぐに動く。人がいれば物の生成もできない。チェックメイトだ。
「はっ、ははっ!!視界を隠されたら俺はなにもできない!穢れに負けた!いずれ墜ちた妖精は駆逐されるだろう!!ハハハッ!」
狂ったという言葉が似合うフィル・ヒリーシュの笑い声。
「そう簡単に死んでは困る。お前からはじっくり情報を貰わなければならないからな。シャル、頼むぞ」
「はい」
アイさんに言われすぐに行動に移すシャル。フィル・ヒリーシュの前までやって来て手をかざす。
「フィル・ヒリーシュ。あなたの情報貰うよ」
頭脳がまたしても共有し一気に情報が流れ込む。
だが、流れ込むのはどうでもいい情報ばかり。肝心の―――戻りし楽園の情報はおろかフィル・ヒリーシュの本名さえ分からない。
「ちっ……フィル・ヒリーシュ!お前の目的はなんだ!!」
苛立った様子で問い詰めるアイさん。だが、彼はどこ吹く風で全く相手にしようとしない。
「あはははっ、目的は監視だと言ったさ」
「だから、なにを、どうして監視しようとしていた」
「言うと思うか?」
「クソッ」
シャルの力でも及ばなければ俺が拷問にかけても無駄だろう。そう考えたとき……。
「ソウサカ中佐。私に任せてみてください」
スッとフィル・ヒリーシュに近くにより手元に例の金属―――緋緋色金を生み出す。
「ハハッ、何をするつもり―――ギッ」
うめき声を上げるフィル・ヒリーシュ。彼の周りに緋緋色金をまとわせる。暴れようとすればするほど逆に彼を傷つける。あまりナギには見せたくないなと近くにいた傭兵に頼みここから離れさせることにする。
「暴れない方がいい。そう簡単には破れない。それに、死ぬこともできない」
「ハ、ははっ……」
力なく笑うフィル・ヒリーシュ。諦めたか……。
「それに、十分毎にその金属の幅は小さくなっていく。殺しはしないが、肉がえぐれれば永遠に痛みに耐えることになるだろうな」
「くっ……穢れに堕ちるの—――ガハッ!?」
唐突に血が首の頸動脈から飛び散るフィル・ヒリーシュ。
「キャハッ!穢れに落ちる前に殺してあ、げ、た」
「っ!?」
若い高い女の声。銃剣を手に剣の部分をなめていた。いつの間に。
「皆、戦闘態勢!!」
「キャフッ。でも、うちの柱の一つを壊したんだから一つだけいいこと教えてあげる。もうすぐこの世界を揺るがすことが起きるよ。じゃ、ウチは命令出てないからアンタら殺せないから逃げるよ。じゃあね!!」
「なっ、えっ?」
逃がすものかと息巻く俺たちだが一瞬にして女の姿が一瞬で消えた。
世界を揺るがすこと?なにをしでかす気だ……。
「クソっ……」
アイさんがその女のいた場所を睨む。血しぶきによってできた水たまりが気持ち悪さを醸し出す。
「うっ……んん」
俺たちの剣呑な雰囲気を感じてか小さく声を上げるファイラ。
「大丈夫?」
シャルがファイラに声をかける。
「んんっ……あれ?ぼくは……」
ぼんやりと目をこすりながら体をあげるファイラ。フィル・ヒリーシュのときに見せた威圧感は一切なくなっていた。
「えっと……って、えっ!?」
隣のフィル・ヒリーシュから吹き出てできた血だまりを見て驚くファイラ。あっ……。
「お前は殺してないさ。恐らくは戻りし楽園のメンバーだと思うが……そいつが殺したんだ」
「……そう、なんですか。って……」
俺の声に頷いて状況を把握しようとしたファイラが辺りを見渡しセリヌさんの姿に気づき言葉をなくすファイラ。ファイラにしてみれば天敵か……。
「ん?なんだ、やっぱり二人関係あるのか?」
その様子に疑問を覚えたらしいライがファイラに呼びかける。
「えっ……えっと。ぼくの兄です」
「なにかあるとは思ってたが……兄貴だったのか」
ライが無遠慮にしげしげとセリヌさんを眺める。
「それなら、すぐ教えてくれ―――」
ライが非難するように言うがその前に耳につけている通信機より伝言が入り遮断される。
『サラです。聞こえますか?』
「ああ。アイだ。聞こえてる。ミーシャの容態は?」
『胸に刺さったナイフは傷が残るとは思いますが―――大丈夫ですわ』
サラの言葉に俺たちは胸をなでおろす。その様子を見て通信機を付けていないセリヌさんも察したようだ。
「わかった。今の様子は?」
『第14部隊の人に治療を受けてもらってますわ。それより、そちらの方は?』
「……詳しくは後で話すが、フィル・ヒリーシュは死んだ」
『……そう、ですか』
以前のウンディーネ戦やその部下、フィラル=スライトの事を思い出してか特に追及をすることのないサラ。
『私はミーシャさんと共に近くの病院に連れいってもらえます』
「ああ。そうしてくれ。頼む」
『はい』
プツッと通信がきれる。
「とりあえず、フィル・ヒリーシュの死体をこのままにするわけにはいかない。一度第三支部に向かう」
「では、傭兵の中に異空合体の能力者がいますのでお送りいたします。フラッシュは部下に戻させますので」
「そうか、では頼む。キーはつけっぱなしだ」
アイさんはセリヌさんに頭を下げて俺たちはセリヌさんの案内についていった。
******
第三支部帰還後、簡単な調書をまとめたり突然やってきた女の正体をつかむためにと動きだした。
だが、あの女の能力は不明。フィル・ヒリーシュの傷跡により鋭い切り傷が首元にあったためあの女が持っていた銃剣が凶器だとほぼ認定された。だが、俺たちに視認されないようにどうやって傷をつけたのか……それは謎のままだ。能力を割るにはなんにしても時間が少なすぎた。そしてもう一つの謎といえば、あの女の言葉。もうすぐ世界を揺るがすことが起きる……。またしても第二次ノアの大洪水が起こるというのか?
「疲れただろ?」
「ああ、ありがとう」
椅子に座っていた俺にセリヌさんが近寄りコーヒーは手渡してくれた。
あの事件から数時間。日はすっかり暮れている。俺は出血はひどかったが入院等は断った。血液は足りていなかったがゆっくり眠れば回復するだろう。
「フリークさんは向日葵病院に移動させるらしい」
「そうか……まぁ、近場の方がいいのは確かだからな」
そういや、ミーシャが所属していた第24部隊の隊長、コースト大尉にも心配はかけたかもしれないな。
「アンタ達の事がよくわかった気がするよ」
「ん?」
「カイノさんの前にクリミアさんがおれに話しかけてきたんだ。それで、兄弟そろって若くしてそれなりの階級についててスゲーとか、なんとか言ってたよ」
「アイツらしいな」
ライの顔を思い浮かべ苦笑いを浮かべる。
「なあ、素直にファイラに話しかけたらどうだ?ファイラはあなたが―――いや、俺たちが思ってる以上に強い」
俺の言葉に黙るセリヌさん。それも、そうかと苦笑を浮かべそうになってしまう。
「ファイラ、出てきたらどうだ?」
「えっ……?」
「俺や傭兵としての勘があるセリヌさん相手に隠れ続けれると思うか?」
ファイラの気配を感じたのはセリヌさんがライの事を話し終えた後。少し俺を睨むセリヌさん。恐らく気づいておきながらなんで素直に話せと言い出したのかと言いたいんだろう。
「……どうも」
ファイラがしぶしぶといった様子で陰から姿を現す。体力の大量消費などにより一時的に気絶をしていたがこの支部にきて一時間ほど仮眠をとったらなんとか回復したらしい。
「…………」
誰も何も言葉を交じ合わせない時間が訪れる。その空気を消すようにセリヌさんが声をかける。
「そういや、まだ知らないだろ?」
「えっ?」
唐突な声に驚くファイラ。もしやと思う。ライは“兄弟そろって”それなりの階級についているといったらしい。つまりは―――。
「ファイラ・スゥイート。お前は明日、5月13日つけで少尉に昇格だそうだ」
「えっ、本当に……!」
ファイラが嬉しそうに、同時にほっとしたような表情をみせた。
「まずはおめでとうファイラ」
「ありがとうございます」
「それに、ファイラがいなけりゃ今回、最悪全滅していた恐れがあった」
「ただ、夢中だっただけなんですよね」
俺の言葉に次は苦笑いを浮かべるファイラ。あの植物の急成長―――いったい。
「花鳥風月はまだまだ解明されてないところが多いんで―――恐らく無意識のうちに新たな力を発掘したんだと思います」
「その力もコントロールできるようにしないとな」
「はい」
ファイラは笑って答える。
「……セリヌさん、貴方が訓練を付けてみたらどうだ?何もないところから、セリヌさんは鉄を、ファイラは植物や風を生み出してるんだ。共通点はある」
俺の言葉に踏み込んできたかと2人そろって俺を見る。
「セリヌさん言ってたよな?スゥイート家の能力について」
「オカルトと化学の入り混じった高火力の能力……」
セリヌさんが小さく言う。俺は頷き続ける。
「違うと思うぞ。たぶん、スゥイート家の血脈は―――無から有を生み出すというものだ。きっちりファイラも受け継いでいるんだよ、スゥイート家の血ってのをな」
俺は断言する。ファイラが決して自分は異端だと思わせないために、つながりがあると見せるために。
「ファイラ、セリヌさんがお前に冷たくしていた理由を教えてやる」
「お、おい!!」
「いいじゃないか、別に」
俺はセリヌさんを制する。それを受けてセリヌさんは小さく脱力する。たぶん今止めてもいずればらされるとわかったのだろう。
「兄さんが、冷たくしていた理由?」
「ああ―――そうだ」
俺は答えてやる。どうして急に冷たくなったのかとか、スゥイート家のこととか……セリヌさんがファイラをどれだけ思っているのかを。
「……兄さん」
俺の教えた事実に黙るファイラ。
「……セリヌさん。俺はファイラは決して一人ではないと思ってる。一人じゃないからこそ、誰かの為だからこそファイラは強くなれる。その様子を、きちんと見てたんじゃないか?」
ミーシャを守るためファイラは本気をだした。そのときの様子を俺たちはみんな見ている。
「兄さん。ぼくは―――この部隊に入れてとてもうれしかったです。シャルさんやユウリさん……他の皆さんと一緒に入れてよかったと思います。そして——――決して逃げません!」
これはファイラの断言。
「……みたいだな。結局、おれの余計なおせっかいだったわけか」
苦笑いを浮かべるセリヌさん。
これはセリヌさんの想い。
「兄さん……」
「ファイラ、今まで悪かったな」
「はい……」
セリヌさんの差し出した手にファイラは受け取る。
ファイラの気の張った肩から力をが抜けて、一筋涙が零れ落ちた。




