~Chapter3~新たな交わりと恐怖『腹部にナイフが突き刺さった―――ファイラの声』
「皆、すまないな。ファイラの件もあってすっかり忘れていた」
始業時間少し前、一番最後にライがやってきてそうそうアイさんは笑いながら謝罪をした。そのアイさんの隣には彼女の姿もあった。
「今朝ユウリに言われて思い出したんだが、ここ最近物騒な事件が起きているから今のうちに若い人材の育成と他の隊との連携も兼ねて他の隊のものと行動することになった」
「変わった企画っすね」
「上も色々考えてるんだろう。好評ならまたやるらしい」
実験台にされる側の気持ちも考えてほしいものだとため息をつくアイさん。
「そんなわけで今日から来てくれるのが第24部隊所属のミーシャ・フリークだ。挨拶を」
「……二週間よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げる彼女。俺、シャル、ナギにここにはいないがリリ。そしてもちろんファイラと、これらのメンバー以外には初対面なわけだ。
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「よろしくな~」
「……よろしくお願いします」
その声にすぐに反応したのがサラとライ。そして一拍遅れてフローラが答える。
「ん?真っ先に反応すると思ったんだけどな?どうした?腹でもいたいのか?」
ライがシャルの方を向きながら問いかける。まあ、確かに普段のシャルならこういうとき真っ先に挨拶を返しそうだ。だが、今回は元から知り合いでもありファイラとの関係性もしているから違ったのだろう。
「ああ、いやそういう訳じゃないんだけど」
「生理か?」
「ライ……?セクハラで逮捕されたいのかしら?」
「これぐらいいいじゃねえか?なぁ?」
「あはは……まあ。セクハラどうこうはサラちゃんが言えることでもないよね」
「うっ……」
「だよな~、シャル」
「だからってライくんもボクだからいいけど、他の人にはダメだよ」
「へ~い」
気の抜けた返事を返すライ。はあ、わかっているのかわかっていないのか……。
「とにかく、久しぶりだね。えっと……ミーシャちゃん」
「えっ……あっ、はい」
急なファストネーム呼びに戸惑った声を上げる彼女、ミーシャ。俺も挨拶し返しとくか……。
「まっ、昨日も言ったが改めてよろしくな」
「ナギもこの隊だからね」
「はい、よろしくお願いします」
続いて俺とナギも挨拶を返す。残ったのはファイラだが……。
「よ、よろしく、ね」
恐る恐るといった様子で挨拶をするファイラ。だが、ツンと顔をそらされて挨拶は返されなかった。やはり、というべきか。
「なんだ?ユウリだけじゃなくてシャルたちも知り合いなのか?」
ライが俺たちのやりとりをみて尋ねてくる。俺とミーシャが知り合いなのは俺がアイさんにこの話をしたときに名前が出たのでそこからの憶測からだろう。
「いや、俺も大した知り合いじゃない。むしろファイラを通しての知り合いだよ」
「そうです。カイノさんやウェリストさんとは2、3言葉をあじあわせた程度です」
ファイラについては何も触れずに話を続けるミーシャ。だが、そのときになにかを思い出したようにアイさんが口を開いたためそのことを指摘する時間は無かった。
「そうだ。一つ我が隊のルールがあるんだ。いいか?」
「はい?」
「私達の隊ではコミュニケーションを高めるためとより高い連携を得るためにファアストネームで呼び合ってるんだ。だから私の事もみなアイと呼んでいる」
「そうなんですか……」
「ああ。だからみんなの事も名前で……と、その前にみんな自己紹介していこうか。ユウリたちは知り合いらしいがもうあらためてもう一度してくれ。ついでになにか任務にあたるかもしれないから自分の能力も教えていけ。そうだ、ミーシャも自分の能力の説明をしてくれ」
「はい。アタシの能力は天空海濶。大気や液体をコントロールする能力です」
「ふ~ん、なんかファイラと少し似てるな。なぁ?」
「そ、そうですかね。あはは……」
誤魔化すように笑うファイラ。恐らくはミーシャに視線を逃れようとしているのだろう。
「それじゃあ私から行こうか。奏坂愛。第四―――不死鳥部隊の隊長で中佐。まあ、立場は上だが気軽に話しかけたらいい。能力は天網恢恢。探知系の能力だ」
アイさんがまずは自らを紹介する。始業時間にはすでになっているが差し迫った仕事もないため急くことはないだろう。
「俺はライ・クリミア。先言っとくと“今は”ファイラを除いて全員少尉だ。よろしくな」
今はという部分を強調してライは言う。それはファイラの昇格試験を強く出した言い方だ「ライさん……」と少し困った顔でファイラは見ているがそれを無視して自分能力を説明する。
「んで、能力は言霊有命。簡単に言うと俺の言葉に反応して物が色々変質したりする」
「私はサラ=ニーストですわ。能力は半獣半人。動物の力を一部、または全てを体に憑依させることができます。ライの事でなにかありましたら私に声をかけてください」
「んだよそれ」
「先に手を打っておこうと思っただけですわ」
いつものやりとりを交わす二人。その二人を少し冷めた目で見ながフローラが次に声をかける。
「ミーシャ、私はフローラ・マリク・デイです。フローラと気軽にお呼びください。能力は悪魔調伏です。悪魔の召喚ができます」
「あっ……はい」
その無表情で淡々とした挨拶に少したじろぐミーシャ。フローラは人を威圧するなにかがあるなとやっぱり思ってしまう。
「じゃあボクも改めて。シャル・ウェリストだよ。能力は思考伝達だよ。これは説明しなくても分かってるよね?」
「俺は海野優梨。もしかしたら知ってるかもしれないが一応説明しとくと能力は不老不死。絶対に死なないからだを持っている」
「ナギは海野凪沙。特別要因らしいから階級はないよ。それと能力は……」
「すまない、ナギは―――俺もそうだが特殊な能力の持ち主で一部の人物にしか公開されてないんだ。だから詳しくは言えない。ただ、俺と似ていて戦闘不能になりにくい能力ぐらいの認識でいてくれ」
「……わかりました」
不思議そうに首をかしげるミーシャだが頷いてくれる。ナギの特異な性質や能力について知れ渡れば戻りし楽園に知られる危険性がある。こいつらの動きは不明だがリリの件で霊的存在との対話を望んでいたことが推測されていた。そしてナギも半分霊体なためそのつながりでリリのように誘拐される可能性が1%でもあった。それゆえに情報捜査が行われていたのだった。
そして残り一人だが……。
「えっと……ファイラ・スゥイート。能力は花鳥風月。説明は省きます。よろしくお願いします」
恐る恐ると口を開くファイラ。だが。
「…………」
一瞥しただけでミーシャはすぐに視線をそらしてしまう。その様子にいぶかしげな顔を向けるアイさんだがすぐ顔を仕事用のものに切り替える。
「席はライの隣だ。本来なら私の席なんだがいかんせん外部での働きが多くて座ることがほぼゼロなんだ。自由に使ってくれてかまわない」
「了解しました、アイ中佐」
「ははっ……その中佐というのもやめてくれ。むず痒い」
「そう……ですか?」
戸惑いの色を見せるミーシャ。それもうかもしれない。ここまでフランクな隊長というのも珍しいだろう。
「ああ。中佐はやめてくれ。それでは仕事に順次移ってくれ。私は今日は戻りし楽園の情報集めもかねてキャラクスト王国の大使館に向かう。本日中は帰れないから時間になったら随時帰ってくれ」
アイさんはそういって部屋を出ていく。すぐにフローラは仕事を開始し、ファイラも気まずそうに始める。ミーシャはライに連れ添われ席へとついた。
戻りし楽園―――もとい改称前のノアの方舟はキャラクスト王国が発祥地だ。それゆえかアイさんを始め上層部や俺たち治安保持統率管の管理巡査隊とは別の捜査を基本とする捜査情報隊がキャラクスト王国との国交のやりとりを多く行っていた。それと同時に逃走中のシュー・ウィールの存在も気になる。
シュー・ウィール。幹部候補の女性。殺人及び死姦の罪で二度目の逮捕により死刑。A―25区にて人権停止収容所に収監されていたが後に脱走。俺とフローラ、シャルと交戦するも逃走をしていた。
以前として証拠もほとんどつかめていなかった。
順調に書類を処理しているとノックが響く。
「失礼する」
扉が開かれる。中からは30代ぐらいの男の姿が。
「隊長」
ミーシャが立ち上がりその男性に言う。なるほど彼がミーシャの所属する第24部隊の隊長なのだろう。
「ああ、座っていてくれてかまわない。みんなもすまないな。私は第24部隊隊長のクラフィック=フール=コースト。大尉だ」
頭を下げるコースト大尉。あわてて俺たちも頭を下げる。
「フリークの事をよろしく頼むついでに君たちに仕事も頼みたいとおもってね」
「どのような仕事ですか?」
アイさんが不在の今、ここの代理隊長ということになるフローラは立ち上がり要件をうかがう。
「身構えるほどのものではない。先の事件で黒音機―――マインサウンドが正式名だったね。とにかくそれでクロスファングが暴れただろ?そのせいでクロークベイアの巣も荒らされて山から下りて畑を荒らしているらしい。クロークベイアに罪はないがこのままでは困るから駆除してほしいという願いが来ていたんだ。そこで、フリークの力を見てもらうついでに君たちに駆除を頼みたいんだ。奏坂中佐からの許可は同伴していた思考伝達の能力者を介して頂いている。協力してくれるか?」
「了解。では、場所を教えてください」
「場所はA-01区の―――」
そこから詳しい場所を聞きコースト大尉は去っていった。
「クローベイアの退治、ミーシャは確定としてライ、ファイラ、ユウリ頼めますか?」
フローラが少しの考えの後俺たちに話をふる。ファイラは少し顔を歪める。あまりかかわりたくないのだろう。
「その人選の理由を聞いてもいいか?」
俺はフローラに問う。
もし、そこでファイラを入れる理由が薄いのであれば別の人物を入れるよう交渉してみよう。ファイラに負担かけさせる必要はない。
「ユウリとシャルの発言からミーシャと一番かかわりが長いのはファイラとわかりますので連携のとりやすさはファイラが一番とわかります。そして、ミーシャとファイラの能力が似ており、そのファイラの能力と連携をとり自身の能力を強化するライ。つまりはミーシャとの能力関係のシナジーもいいであろうと推測されます。そしてこの三人をまとめていただくのにミーシャとのかかわりのあるシャルかユウリを入れたいところで、本部でなにがあったときにすぐそちらに連絡が取れるようにシャルを残しておきたいのでユウリに行ってもらい。これらの理由で人選はミーシャ、ファイラ、ライ、ユウリです」
「……なるほど。わかった」
ファイラの理由が逆に一番濃く一番薄いのは俺だった。これでは反論もできない。シャルも苦笑いを浮かべてファイラを見ていた。
「うっし、じゃあいくか」
ライが立ち上がってミーシャを促す。俺もファイラの肩に手を置いて複雑そうなファイラに気持ちを切り替えるよう促す。
「じゃあ、頑張ってねー」
シャルが手をふって俺たちを見送る。それを後ろにライ、ミーシャ、俺、ファイラの順で部屋を出て行った。
******
とりとめのない会話を、主にライ主導に行いつつ被害のあっているという農村に向かう。なるほど、確かに畑には野生の動物が荒らしたような後が多々ある。
「そうですか。山と村間ぐらいに巣を……では今からそこに向かわせていただきます」
「そうですか、よろしく頼みますよ」
この村の村長である男性に見送られ俺たちは指定された場所に行きながら作戦を練る。
クローベイア。ヒグマの進化と言われる種で攻撃性が強く、人に与える深刻さでいえばクロスファングをゆうに超える。ただし、知能はさほど高いわけではないのでクロスファングのような動物には弱いためこのように巣を襲われ農村近くに降りてくることが稀にあった。
「それじゃあまずは俺とファイラで狩っていってな。後方でミーシャは見て俺と連携が取れそうか見ててくれ。ユウリはそれの解説とか頼むな。あっ、後狩残しも狩ってくれ」
「分かった」
ライに頷く。フローラの狙いを尊重するならそれでいいだろう。
ライたちを前方に置いて俺たちは後ろに下がる。視界の奥にクローベイアを捉える。全部で七匹。大きさからみて成体が四匹。その四匹は既に匂いで俺たちの接近に気づきこちらを睨んでいる。あまり視力はよいほうではないと言われているクローベイア。まだ視覚ではとらえてないはずだ
「じゃあ、いくぜ」
「はい」
タッと駆け出す二人。ライの手にはククリが装備されている。
「ライさんと相性がいいと言ってたけどどういうこと?」
俺に問いかけるミーシャ。そういや、なんで俺にはタメ口なんだ?ライには敬語を使っていたのに。
その事で怒りはしないが疑問がでてくるが、まずは戦闘に集中しよう。
「見ていれば分かる」
俺はジッと二人の動向を見守る。ようやく二人を視界に捉えたクローベイアが戦闘体制をとる。
「いくぜっ。回転飛行!!」
「乱気流」
ライと、一瞬遅れでファイラが言う。ククリは大きく弧を描き成体四匹のクローベイアの足を傷つけていく。痛みで暴れようとするクローベイア。だが、乱気流に飲まれ動きが封じられる。
これがライとファイラの連携プレイ。元々空気を扱う力に長けるファイラはライの攻撃を後ろからブーストさせたり、確実に攻撃が決まるようにアシストすることが出来た。また、昇格試験の際の修行でさらに微細なコントロールをてに入れライの能力の特性、命令外の行動を余儀無く去れれば能力の効果が無くなるというものを発動させにくくするアシストがうまくなった。
「貫通」
帰ってきたククリを再び持ってすぐに一体のクローベイア目掛けて投げつける。
痛みなど感じる暇も無く心臓を貫かれた一体の成体が崩れ落ちた。
「神風」
ファイラが告げる。貫通した後もなお止まることを知らないなククリに風が吹き辺りライの元へと戻りそれをキャッチするライ。
「サンキュ」
「いえ」
やはりと言うべきか二人のコンビネーションは素晴らしかった。
単体でも十分強い能力であるライの武器を使う能力。だがしかし、フローラのような召喚系の能力には武器の特性で多方面から攻撃し強い反面、サラのような自らを強化する能力にはいちいちナイフにしろ拳銃にしろセットしなければならないためその前に押しきられ弱いというのが常である。もちろん、立ち回りでカバーが出来る範囲ではあるが。
「あれが二人の戦闘スタイルだ。ミーシャもファイラのようにアシストできるか?」
「アタシは自分の能力を自分の為に使う。ファイラ・スゥイートみたいにアシストに徹するなんて無理よ」
言い切るミーシャ。確かに二人の能力は似てはいるが別物。ファイラのようなアシストは難しいかもしれない。
「そうか、なら無理は言わない。ただ、ファイラ・スゥイートではなく、ファイラと呼べ。アイさんの指示だ」
「…………」
俺の言葉にはなんの反応も示さないミーシャ。やれやれ、ファイラは素直じゃない人間に好かれる体質なのだろうか?
「まあ、いい……ライ、ファイラ!!一旦下がって俺たちと交代だ!!ライはミーシャの戦闘スタイルもみといた方がいい」
「分かったよ」
さらに二匹の成体を狩り終えたライたちに呼び掛ける。これで残りは成体一匹に子ども三匹か。
場所を入れ替わり俺は妖刀鎌鼬を持つ。
「俺は成体を相手するからミーシャは子どもを」
「ええ」
俺は鎌鼬で鋭い突きを放ち成体の動きを牽制する。
「気よ、騒げ」
ミーシャが子どものクローベイアに攻撃する。爆風が起きたかのように音がなって子どもがはじき飛ばされる。
子どもがやられてかそちらを向くクローズベイア。その隙を見逃さずに風を扱い胸を貫く。倒れる。
「……水よ、貫け」
懐から小さな瓶を割って水の小さな刃となり子どもの胸を貫いた。七体の死体が出来上がる。
「殺傷能力もそれなりにあるんだな」
「細かな操作がきかないのが難点だけどね」
飛び散った瓶の破片の大きいものは拾い、小さなものに土を被せるミーシャ。すべて拾うのは不可能だろうからこれが妥当だろう。
ライたちも近くに来てクローベイアの解体に移る。皮を剥がすのはミーシャとファイラに任せ俺とライは血抜きもしつつ頭部、腕などパーツに分け切断する。
クローベイアは美味であるとしても親しまれていた。そのため下された命令は追い出すのではなく討伐。クロスファングとは訳が違った。それにクロスファングは精神に異常をきたしていたのにたいしクローベイアは健常でもし追い出しても近くに一定した作物があると学習していれば再び降りてくる可能性も否定できなかった。
バラバラの肉片を持ち食べられない部分はここに来るさい村長に貰った油を落としマッチを落として燃やす。独特の異臭が漂うがファイラが風をコントロールしてこちらに臭いを届かせなくする。
暫くして燃やしきり骨となったクローベイアを地に埋めて村長の元を訪れる。
「おお……なんと感謝していいやら」
「いえ、仕事ですから」
俺は村長の言葉に返す。
「そうですか……ありがたくクローベイアは食させていただきます。クローベイアにより畑を荒らされ食糧難になるかと思ったがクローベイアのお陰で助かった」
皮肉的だなと胸中に思う。もちろん、村長にそんな気はないだろうが。
クローベイアと人間の生存競争に今回は人間が勝ったにすぎない。
「では、私たちはこれで」
頭を下げて帰路につこうとする。だがその前に声をかけられる。
「おお、そうじゃ、少し待ってくださるか」
「はい?」
「ことのついでといえばなんじゃが、最近奇妙な話があってな。すでに知っておったら申し訳ないが二、三分で終わるから聞いていって下さぬか?」
「はい。お力になれるかはわかりませんがどうぞ」
俺は村長の目を見て促す。なにかあるかどうかは分からないがすでにファイラがメモの用意を行っていた。
「馬鹿馬鹿しい心霊現象のような話での……ここから北北東に三キロいった先に小さな屋敷があってな。そこは既に廃屋となってうん十年がたつんじゃがそこに人影をみたというものが多くいての。隣村との繋がりよくその廃屋の前の道を使うんじゃが怖がる奴もでてきての。ただの見間違いだと思うんじゃが……賊などじゃと困るから暇なときでもいいんで見に行ってくれんませんかの?」
「……わかりました」
とはいえ、どうするべきか。今すぐどうこうすべき案件でもないがかといってほっといてもいい案件でもない。村長の言うように賊なら面倒なことになりかねない。
「俺はどっちでもいいぜー」
後ろから声をかけてくる。
命令外行動ではあるが……理由を話せばいいだろう。今さらに携帯電話というものがどれだけ素晴らしいかが理解させられた。
「…………遅れをとって万が一があったらダメだ。出来ればメンバーにフローラがいてほしいが……無い物ねだりをしてもしかたない。北北東なら少し遠回りになる程度だ。いこう」
俺は全員に呼び掛ける。はっきりいえばまだ連携がとれていないミーシャを連れて行くのは一抹の不安がある。それにファイラとの相性の悪さが連携に支障きたす危険性も無視できなかった。だが、なにかあると決まったわけではない。最悪死なない俺が囮となればそれでいい話だ。
「ああ」
「はい」
「わかった」
三人の返事を聞いて村長に目を向ける。その顔は喜色に満ちていた。
「行ってくれるのか……ありがたい」
「いえ、ことのついでです。ですのでもしなにもなければ俺たちはそのまま帰路につきます。それでよろしいですね?」
「ああ、構わぬとも。案内役として従者をつける。少し待ってくだされ」
そう残して急ぎ足で建物内に入る村長。しばらくもしないうちに青年を連れて戻ってきた。
「この者に案内させよう」
青年と挨拶を交わす。そして村から離れ歩いていく。
こんなときにシャルがいればどこに向かえばいいかが一瞬で伝わりわざわざ青年についてきてもらう必要がないのにと感じる。
「そういや、あんたは怖くねえのか?」
ライがふっと青年に話をふる。言われれば村人の多くは怖がっているのに彼にはたしかにそんな素振りはなかった。
「恐怖はないです。心霊現象ならそういったものを得意とする人に頼みますし、賊等なら貴方方にお任せします。悪戯でも同等です。恐れるに足りません」
青年はしっかりした口調で言い切る。
「ふーん……冷めてんな」
「冷静に対処してるだけですよ。騒ぐのは好かないだけです」
淡々と語る。彼を従者に選んだのは正解だろう。そのうちに視界の先に家がみえる。それは明らかに手入れを放棄していた。
「あれかー?」
「はい」
青年は頷く。
「では、我々で向かいます。あなたはこの場で待機をお願いします。不穏な様子がありましたらすぐに逃げてください」
俺は青年に指示をだしてその廃屋に近づく。
明かりは灯していないがそとの明るさを考慮するとただ灯していないだけというのもありえる。
「風を流して気配を探りますか?」
俺に囁くファイラ。
「……いや、止めておこう。もし警戒心が強い奴ならそれを怪しく思うかもしれない」
人をこの廃屋に近づけさせないようにする作戦で心霊現象の噂を流している可能性もある。
第二次ノアの大洪水を気に霊や精霊、精獣といったものがただの迷信と切り離すことが出来なくなった。中には悪霊もいることだろう。
扉の前にやって来て俺はハンドサインを送る。
―――まずは俺が戸をあける。すぐに俺を盾にしてライも入ってくれ。ファイラとミーシャは待機。なにもなければファイラたちも入ってくれ。なにかあれば、そのときの状況を判断して行動しろ。
こういった意味を込め伝える。全員頷いたところでそっと戸に手をおく。そして、勢いよく開いた。
「…………」
打合せ通り俺を盾にしたライも後ろにククリを持ち待機した。
中には誰もいない。ワンルームの家。隠れる場所など存在しない。
「……入ってきていい」
俺はファイラたちに呼び掛ける。
視覚でとらえられず気配も感じない。なにもないはずだ……。大丈夫。大丈夫に決まっている。この妙な胸騒ぎは気のせいだ。
「なにも無さそうね」
ミーシャが感想を漏らす。扉を開けたことで明かりが中に注ぎ込んでいるがそれ以外に光源は無い。夜、月明かりだけで過ごすのも不可能だ。
「ファイラ。一応風を流して変な所がないか確かめてくれ」
返事をするファイラ。横でライがなんもねーよと目が言っていた。
「軽風」
そよそよと風が靡く。このままなにも無いことを判断して帰ろう。そのビジョンが一瞬で崩れ去る言葉をファイラが放った。
「貴方は誰ですか!?」
なにもない虚空を凝視する。目を凝らそうが俺たちには見えない。だが、ファイラはなにかを感じとり厳しい視線を向けていた。俺も慌てて鎌鼬を取り出す。隣のライもククリをだす。呆けているミーシャを視界の端にとらえて俺はミーシャを守るように背中で隠す。
「……姿を表せ。俺たちは機関の人間だ。抵抗せずに現れろ」
声を低くして殺気を向ける。
気配もなにもかもを消してコイツは佇んでいたのか。あの胸騒ぎは直感的に俺に訴えかけていたのだと気づかされる。
「逃げても無駄です!!ぼくは貴方のいる場所を把握しています」
恐らくは動こうとしたのだろうこの姿の見えない人間にファイラは忠告する。
「…………それなら仕方ありませんね」
俺でもライでもない男の低い声。その声のあと光がはじけ目が眩む。
目を細めて余計な光をシャットアウトする。睨みをきかしているとまた薄暗い部屋に戻った部屋に男とその他家具が並んでいた。
「お前は?」
このカラクリが一体どうなっているのかは俺にはわからないがとにかくこの人物が何者かが気になるところだ。
「私はここに住んでいるだけです。貴方方こそ機関の人間と言ってますがだからと言って勝手に入ってくるなんてどうでしょうか?」
「……ここに住民登録等されていないということは近くの村の村長に聞いてる。仮にここは村に関係のない場所だとしても勝手に住んで迷惑をこうむっているものがいる以上俺はアンタに事情を聞く必要がある。それに俺たちが期間の人間だと忠告してからも姿を隠そうとし続けた時点で治安保持協力違犯だ。現行犯でいかせてもらうぞ」
男のペースにのせられないように告げる。
「そうですか。では逃げさせていただきます」
「いかせると思うか?」
「最初の時と同じように姿を隠せば行けそうですね」
「行かせませんよ!!ぼくがいる限り貴方に隠れる場所はありません」
男の声に制するファイラ。そうだ、逃げられない。能力は恐らくステルス系。不意打ちな攻撃でもなければ俺たちを突破する手段などない。
「ええ。ですからあなたを狩らせていただきます」
「させるわけ―――」
「うっ」
俺が怒鳴り声を上げようするが後ろでうめき声が聞こえて声を止める。
「なん……で?」
腹部にナイフが突き刺さった―――ファイラの声。男はナイフを投げる素振りなど一切見せなかったはず。
「てめぇ!!」
ライが激昂して怒りのままククリを投げる。
「追尾激!!」
それ受けて男はフッとかわそうとする。
「無駄だぁ!!」
そう、追尾激は狙った場所を人物に襲い掛かる。
「なっ!?」
だが、そのはずの追尾激が男の腹部を貫きそのまま威力を緩めることなく何度も男の周りををくるくると貫く―――ダメージを全く与えず。
「ボクにそんな攻撃は通じませんよ。では」
すっと姿を消す男。
「そうだ、もともとボクはこの国の監視が目的ですので人を殺める気はありませんよ。色々聞かれるのが嫌なのでボクの通名だけ教えておきましょう。ボクの通名は―――フィル・ヒリーシュ」
そういうと完全に気配が消える。残されたのは血をしたたらせるファイラとそのファイラに寄り添うミーシャ、そして悔しさと怒りに満ちる俺とライだけだった。
******
「……すみません」
俺は血相を変えて現れたアイさんにやっとのことで謝罪する。
「いや、お前たちの判断は間違っていなかった。命令違反ではない」
ファイラの様態が大丈夫なことを知り落ち着きを取り戻したアイさんは冷静に返した。だが、やりきれない気持ちは存在する。
向日葵病院の会議室。今はこの場を借りてアイさん、そしてフローラと共にいた。
「……簡単な任務であるからといって連携のとれていないミーシャに基本非戦闘員であるファイラを共にさせるのは軽率でした。私の判断ミスです」
俺たちの会話を聞いていたフローラが口を挟む。彼女の采配にミスは無かったように俺は思っていた。非戦闘員がいるからこそ三人編成から四人編成にしたのだ。ただのクローベイア狩りならまとめ役の俺は不必要のパーツだったはずなのにいれたのはその考慮のはずだ。
「確かに……最終的にはパーティーを決めたフローラに責任がのしかかるかもしれない。だが、今キミを責めている場合ではない」
隊長という立場だからこそいえる上にたつという責任。俺にはその感覚は分からない。暗殺業も基本一人でおこなってきていた俺にとって上だからこその責任というものを味わったことが無かった。たとえその者に過失がなかろうが関係ない。上であるだけで常に責任がまとうのだ。
「それにフローラに代理隊長を任せたのは私だ。フローラに責任追及される前に私が動く。心配するな」
「しかし……!!」
「お前になにかあっては困るのは私だ。私に任せろ」
「アイさん―――ありがとうございます」
「まだ何もしてないさ」
アイさんは優しく笑う。一番付き合いが長い二人だからこそ通じるものがあるのだろう。
「とにかく話を今回の犯人に移そう……シャル来てくれ!!」
扉の外に向かって呼びかける。ファイラがいない今、うちの頭脳はシャルとなる。
「はい。ユウリくんからもらった情報。映像つきでお二人にお送りします」
扉から入ってきたシャルはそのまますぐにフローラとアイさんに歩み寄って手をかざし情報を送る。
「……大体の情報は聞いていたがこうなっていたのか」
アイさんは呟く。そして。
「フィル・ヒリーシュ」
彼の言った通名をいった。
「ユウリくんにこの情報をもらってすぐに文献を調べましたら……やはり妖精の名前でした」
やはりかと俺は胸にはまる。フローラもアイさんも似たような顔をしていた。
「ユウリくんなら詳しくわかると思うけど……現在ヨーリシア国に区分される、旧名イギリスのスコットランド高地地方でアウローラ・ボレアリスを―――北極のオーロラをという意味の名前の妖精です」
「オーロラか……確かにヨーリシア国なら観測できるな」
「一応フィーリフト王国でも観測は可能ですけどね。ともかく通名が妖精の名前であること、不意打ちと言えどもユウリくんたちを退けたこと、彼の発言から誰かからの指示を受け監視行為をしていたことから彼が戻りし楽園のメンバー―――それもコードネームを持つことから幹部クラス、彼らの言葉を借りるなら伝承人である可能性は高いと思います」
「アイツの能力については?」
俺は問いかける。ずっと気になっていた。俺がであったことのある中に彼と同じ能力を持つ者はいなかった。シャルはポケットからメモ帳を取り出して確認する。
「フィル・ヒリーシュの能力は恐らく幻影覇者と考えられます」
「幻影覇者?」
俺はわからず聞き返す。
「うん。珍しい能力だからね。アイさんとフローラちゃんは?」
問いかけるが二人とも首を横にふる。
「だよね。ボクも初めてだよ。ファイちゃんも気が付かなかったってことは知らなかったっぽいしね。それで、能力説明だけど……」
いったん崩した口調を立て直すかのように軽く息を吐いて立て直すシャル。
「幻影覇者は幻影―――つまりは幻を他者にみせる能力です」
「つまり視覚にとらえられなくなるということか?」
「そうだね。また気配の濃度も限りなくゼロに近づけることができます。ですがあくでもそこには存在しているため姿を消すといった能力と同等ファイちゃんのような物体をさぐることのできる能力には弱いらしいです」
手元のメモ帳を確認しながらシャルは告げる。
「シャル、情報元は?」
「ユウリくんからもらった情報をもとに調査部隊所属で全能辞書の能力者に協力してもらい近い能力をいくつかピックアップしてもらってその中から文献あさってあたりと思う能力を探し出したよ」
「では、フィル・ヒリーシュの国籍についてはどうですか?」
「現在調査中だよ。ただ彼の肌色などから少なくとアニクラフ王国とサウバジリ王国ではない可能性が高いかな」
「わかりました」
フローラは頷き視線をアイさんに向ける。アイさんはそれをうけ口を開く。
「ファイラを刺したナイフを投げたそぶりは一切無かったがそれも幻影の能力だったのか?」
「そうですね。ここからはボクの憶測だけど、多分ユウリくんの前に姿を表したときに右手を中心に別の幻影を見せてたんだと思う。この能力の欠点は幻影解除時と発動時の光の異常屈折による輝きなんだけど輝きが見られたのは一回だけ。だからあそこしかないとボクは思ってる」
「わかった……ありがとう」
「じゃあ、ボクはファイちゃんの様子を見てきます」
頭を下げて退出しようとするシャルに俺は声をかける。
「待ってくれ。俺も一緒にいく。いいですよね」
「ああ。今必要なことはないからな」
アイさんに許可をもらってファイラの病室にシャルと共に歩みを進める。
「変わったね」
「えっ……?」
唐突な言葉に俺は戸惑いの声をあげる。
「ほらっ。この前はフローラちゃんを守れなかったって自分責めていたから」
「あぁ、そういうことか」
俺は合点がいって頷く。そして。
「それは自分のための絶望に意味が無いとわかったから、かな。フローラもずっと気にするなと言ってて、骨すら見つからなくて諦めていたナギに再開もできた。奇跡は―――自分の外側に生じた。絶望を感じても自分が動く限り奇跡が起こるかもしれないと知ったからな」
「強くなったね」
「からかうなよ。それにフローラのときとは状況も違うしな」
フローラは俺の手で殺すかも知れなかったがファイラはそうではない。本質的には同じかもしれないがこの違いは俺には決定的だ。
どこか照れ臭くなって歩調を早める。
「あっ、まってよ」
俺の早めた歩調にあわせるように小走りになるシャル。しばらくいくと病室をみつける。軽くノックをしてから返事を待たず部屋に入る。
「どうだ、様子は?」
「ユウリさん。それにシャルさんも。はい、少し痛みますが大丈夫です」
「そうか」
ベッドに座っていたファイラは笑みをみせる。病室には俺とシャル以外の訪問者が既に一人いた。
ファイラの言葉に安堵の吐息をつく。ただ大丈夫と返されていたらきっと安堵の吐息は出せなかっただろうが痛みを吐露したので痛みに抗い無理をしているのではないと知る。
「そうだ。シャルさん」
「ん?」
「ぼくらと対峙した男の人の正体ってわかったんですか?」
ファイラの問いに俺たちより前に来ていた訪問者はピクリと反応して窓の外に固定した視線を少しずらした。
「ううん、詳しくはわかってない。さっきもユウリくんやアイさんたちと話してたんだけどね。とにかく判明してる事実だけ繋ぎ会わせると―――」
まだ公開されていない情報を含むため声を細めた。
「フィル・ヒリーシュは戻りし楽園の可能性が非常に高いよ」
「ですよね……」
すんなり受け入れたことからフィル・ヒリーシュという名前が妖精を表していることに気づいていたであろうことを知る。
「とにかく、傷が深くなくてよかった。悔しいがアイツに抵抗するにはファイラの能力とシャルの能力が必須だ」
奴の能力―――幻影覇者に惑わされないようにするためにはファイラが常に奴の動きを風で確認しその感覚をシャルを通じて全員で共有するのが必要不可欠だった。
「えぇ。わかってます」
瞳に決意の色をのせて頷く。
―――セリヌさん、やっぱり違う。
その瞳をみて俺は胸中に呟いた。
セリヌさんは一人になることで逃げ道をなくそうとしている。確かにそれは一理ある。ただし、ファイラの場合に限ればそうではない。ファイラは周りに人がいればいるほど強くなる。
自分のために戦えない彼が戦うことができるのは誰かのために戦っているから。真の強さを導けるのは誰かのために動くとき。ファイラ・スゥイートはそんな心優しい人間だ。
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
ジッと見ていた俺を訝しげに思ったのか首をかしげるファイラ。
「じゃあ、俺はいったん機関に戻る。シャルは?」
「ボクも戻るよ。調べたいこともあるしね」
「そうか……じゃあな。また来る」
「ええ。楽しみに待ってます」
俺たちはファイラに手をふって病室を出る。
少し進んだあとタッタッと軽い足音が後ろから響く。
「待って」
その足音の人物、俺たちの前に来ていた訪問者―――ミーシャが制止を呼び掛けた。視線だけでどうしたと問いかける。
「……あのとき―――」
言葉を探すように止めるミーシャ。俺たちは黙って続きを待つ。
「あのとき……アタシなにもできなかった。みんな戦ってたのにアタシは……」
「無理もない。ファイラは風探知で先に情報を得ていた。俺とライに比べミーシャは戦闘経験が少ない」
「でも―――」
「それに、ミーシャが動けたとしてもフィル・ヒリーシュの能力の特性上結果は変わらなかったはずだ。もし、怪我を負ったファイラに申し訳なさを覚えたり、動けなかった自分を悔やむなら、後悔するのはあとだ。未来を見据えて動くのが先決だ」
「…………」
俺の話に言葉を無くすミーシャ。
「ミーシャちゃん。あのときの様子はユウリくんを通じて見たよ。ファイちゃんがやられたとき一番困惑していたのはミーシャちゃんだった。そんな、誰かのために恐れ、怒れるミーシャちゃんならきっと強くなれる。ボクが保証するよ」
シャルはミーシャに微笑みかける。ミーシャはきっと悔しいのだ。ライバルとしてみているファイラが動けて自分が動けなかったことを。そしてその結果ファイラが傷ついたことを。
だからシャルは、それがダメなことではなく尊重して必要なことだと諭したのだろう。
「ミーシャちゃん。ユウリくんのいう通り今は後悔して立ち止まるときじゃない。今はファイちゃんの隣にいてあげて。悔しいのはファイちゃんも一緒だと思うから……悔しさを共有して」
「……はい!」
ミーシャは迷いから決意へと色を変質させる。そして軽く一礼してから踵を返した。
「……ミーシャの中にも色々あるんだな」
「そうだよ。女の子は複雑なんだから」
「ははっ―――そうだな」
俺は笑ってシャルを見る。きっとシャルも冗談をいう瞳になってるなず。その予想は外れていた。その瞳は真面目なものだった。
「だから、除け者にされるのは嫌だな、ユウリくん。ファイちゃんの苦しみを和らげたいのはボクも一緒だよ」
「シャル……もしかして」
「うん。戦闘の様子を読み取っているときにユウリくんとセリヌさんの会話も入ってきたよ。多分、ボクにたいして隠し事をしている、その小さな罪悪感がその様子をみせるきっかけになったんじゃないかな」
「中途半端に隠そうとしたのがいけなかったな」
胸の奥底に隠しておけばよかったなと苦笑を漏らす。まあ、もともとシャルに隠し通すつもりはなかったが。
「どれくらい読んだんだ?」
「大体全部読んだよ……話の流れもわかってる」
「そうか……シャルはどう考えた?」
「ファイちゃんもセリヌさんも本質的には同じだと思ってる。二人とも優しすぎる……だからこそすれ違うなんて……どこか滑稽だけどね」
「そうだな」
俺も首肯して向日葵病院を出た。
******
向日葵病院から機関に戻り第四部隊の扉を開ける。
「あれ?」
だが、そこにいると思っていたライとサラの姿が見えず声を上げる。
「あっ、お兄ちゃん。おかえり。ファイにいはどうだった?」
机に座っていたナギが俺たちの元にやってくる。心配そうに目を向けていた。
「大丈夫だ。怪我も浅かった。心配するな」
俺は安心させるようにナギの頭を撫でる。
「よかった……」
「ナギ?ライとサラは?」
「ライにいたちは演習場にいるって。なんかライにいイライラしてたみたいだし」
なるほどなと頷く。仲間思いなライらしい。
「シャル。俺はライたちのところに行ってくる」
「そう?ボクはここにいるね」
「あっ、じゃあナギもいく!!」
「ああ。じゃあ行くぞ。シャル留守番よろしく」
「うん。いってらっしゃい」
俺はシャルに背を向けてナギと共にまた外にでる。
そのままナギの質問に返事をしながら演習場につき扉を開ける。
「爆破弾!!」
俺たちを出迎えたのはライの鋭い声と爆風。
「っつ。なんだ?」
俺はナギを背中にかばいながら声を出す。
「熱炎―――」
「お、おい!!ストップ!!」
俺はまた攻撃される危険性を感じて大声をあげてライを止める。
「ん?」
爆破弾の余波を使って高く跳んで次なる弾丸を出そうとしていたライは俺たちに気づく。
「空気弾」
地面に銃口を向けて空気に変質させた弾丸を放ちその空気を使ってふわりと地面に降り立つ。
「あら?ユウリに、ナギも来ましたのね」
「ああ。それよりなにしてたんだ?」
ライの近くにいたサラが俺たちの元にやってくる。
「ただの八つ当たりですわよ」
「誰が八つ当たりだよ」
少しサラを睨むライ。
「……まあ、別にいいが。それよりナギ一人だけ残すのはどうかと思うぞ?」
非常員メンバー一人を残すのはどうかと言葉に少し非難の色をのせる。
「だからサラは残れっつっただろ」
「今のライは一人にして置けませんわ。なにかありましたら部隊全員に迷惑がかかるんですもの」
ふうと息を吐きながらサラは呟く。
「まあ、そうだな」
俺はライを見据えて言う。
「ちっ……」
その様子に舌打ちをライがする。
「俺はあの男にムカついてるだけだ。それにあの男を捕らえるには広範囲の攻撃がいい。それの練習だ」
「なら、なおさら監督役がいるな」
「へいへい。そうだな」
息をはいてライは頷く。ライらしい苛立ちかただ。
「それより、ファイラの様子はどうだったのですの?」
「大丈夫だ。アイツ……フィル・ヒリーシュも言ってたが殺意はなく、軽傷だ」
「捜査状況は?」
「戻りし楽園の犯行であることが高いことから全力で行ってる。フィル・ヒリーシュの国籍はフィーリフト王国、ヨーリシア国、キャラクスト王国のいずれかの可能性が高い」
「キャラクスト王国でしたら……厄介ですわね」
「そうだな」
サラに同意する。友好国であり、隣国であるヨーリシア国との情報交換は容易いがキャラクスト王国とは微妙な関係だ。
「とにかく、俺たちはなにか判明するまでは受け身でいるしかない。エインセルの行方も以前わからぬままだが待つしかない」
俺は二人……とくにライの瞳に呼び掛ける。
「…………」
ライはそれには反応せず拳銃の弾を装填して懐に直した。
「部屋には今シャル一人だ。俺たちも戻ろう」
「ああ」
その言葉には反応しライは先を行った。
「サラねぇ。ヨーリシア国とは何でなかいいの?」
俺の後方、サラの隣を歩くナギはサラに尋ねた。
「そうですわね……」
どこから話すべきかといった表情で視線をさ迷わせるサラ。
「元々は国境を決めるために互いに嫌悪していたのですが、前王であられる桃桜様と当時のヨーリシア国の大統領が協定を結びましたの。それにより国境線は絶対のものとなり、貿易や産業の輸出展開がやり易くなりましたわ」
「へー、じゃあ仲直りしたってこと?」
「そうですわね。それに隣国通しで協定を組むことによって他国への牽制になると考えましたの。襲われてもすぐに助けにくるぞと他国に知らしめることが出来ますしね」
「仲間を作ったってこと?」
「簡単に言えばそうですわね」
へー、と頷くナギ。
サラは説明を省いたがこの協定にはもう一つ重大な意味を持っていた。フィーリフト、ヨーリシアの両国が争えば必ず隙が生じる。そしてこの両国が存在する土地は価値が高い。その生じた隙をつかれれば二国が共倒れし別の国の植民地等にされる危険がある。それを防ぐ大きな意味がこの協定にはあった。
「あっ、お帰りー」
シャルは片手をあげて俺たちを向かい入れる。
「ああ……」
それに答えるが視線はシャルの目の前、その大量の書類にいった。
「シャルねえなにしてるのー?」
とことことナギが近づく。
「えっとね……、ちょっと調べたいことがあってね……」
「―――キャラクスト王国、事件リスト?」
俺はシャルの持つ書類を一枚拾いそこにかかれている文を読んだ。
「うん……ユウリくんも、ライくんもサラちゃんもおかしいと思わなかった?」
「……なにがだ?」
声をかけられたライとサラも質問の意図が掴めていないようだった。
「戻りし楽園……というよりノアの方舟はキャラクスト王国で出来た組織。なのに戻りし楽園の犯罪被害にあっているのはフィーリフト王国なんだよ。それに、恐らく戻りし楽園の犯行と思われる事件と合致したものは隣国のヨーリシア国……おかしいと思わない?なんで、キャラクスト王国で事件が起きていないのか?」
シャルの疑念の声に思わず思考する。確かに考えてみればおかしい話だ。霊昇村襲撃事件は大きな意味があったからわかる。しかし、今回といい事件内容は知らないがヨーリシア国でも起こっているのにキャラクスト王国で事件が起きていないのはどこか違和感を感じさせた。
「もちろん可能性として戻りし楽園の本拠地がフィーリフト王国にある可能性も高いと思う。だけど発祥地であるキャラクスト王国になにもしないというのも違和感を覚えたの。だから、こうしてキャラクスト王国の事件を調べて戻りし楽園の犯行っぽいのが無いのか調べてるんだ。もしかしたら、気づいていないだけという可能性もあるからね」
そして、もし当たりを引ければそこからなにか手がかりが見つかるかもしれないというわけか……。
「ちなみにこれはファイちゃんと話をしたときにファイちゃんと一緒に考えたこと」
「なるほどな」
俺は頷く。そして資料の半分を取り席につく。
「あっ……」
「変な事件を見つけたらピックアップしていく。見たところ過去10年を洗ってるようだがかなりの量だろ?みんなでやった方が早い」
「そうですわね。ナギ、私にも持ってきてくださる?」
「俺のぶんもついでに頼む」
後ろからサラとライも声をかける。
「うんっ、シャルねえ、どれ持っていく?」
「あはっ、じゃあこれだけお願い」
シャルはホッチキスで纏めてある書類を手渡す。受け取ったナギはひょいひょいと書類を運ぶ。
そして事件のピックアップが始まる。
―――強盗、窃盗、詐欺、軽犯罪………。
たまに未解決の事件が混じっているが目をひくものではない。一応未解決のものは別色でマークをつけている。特に殺人は未遂も含めて念入りに調べる。
一通り調べ終えるにはかなりの時間をようした。
途中ミーシャとフローラも帰ってきてこの作業に入ったが気になる事件は無いようだ。アイさんは今回の事件を上層部へ知らせるとともに現場へ急行……悪意の痕跡を調べるらしい。ナイフからはすでにアイさんが悪意を調べ終えていた。
「時間になりましたら、帰らせるようアイさんから言われてます。みなさん、本日の業務は終了とします」
フローラが時間をみて告げる。
「ふ〜……じゃあ、みんながまとめてくれた分のチェックは明日やろうかな」
シャルが笑って言う。マーク分を確認するだけでもかなりの量があるように思えるが……そこはシャルの器量に任せよう。
「ねー、お兄ちゃん」
「ん?」
「帰りファイにいのところよろうよ」
「……そう、だな。みんなはどうする?」
帰り支度を始めていた他のメンバーに声をかける。真っ先に手をあげたのはシャル。
「ボクは行くよ。ミーシャちゃんはいかないの?」
「あたし……?あたしは、今日はもう別に……」
「ファイちゃんはたくさん人がいる方が喜ぶと思うけどな……それに、ファイちゃんがどうこうじゃなくてミーシャちゃんが行きたいかどうか、だと?」
「あたしは……別に」
視線をずらすミーシャ。どれだけ頭で否定しても会いたいという想いが心のどこかにあるのだろう。
「まあ、いいさ。来たければ来ればいい。サラたちは?」
「私は今日これから用事があるので……ですから伝言をお願いしますわ。十分休養をとって体調を気遣いようにと」
「わかった」
「俺も今日は止めておく……」
「そうか」
頷く。最後、フローラだが彼女も首を横にふりいかないことを示した。
「じゃあ、行くか」
俺はシャル達に伝え部屋を出る。
機関を出る前にミーシャにファイラの元へ行くことをいうと二つ返事で了解した。そのまま四人で数分歩き目的地……の目の前で止まる。
「病室は407号室だが」
「っ……。貴方たちか」
俺は病院前にいる人に話しかける。驚いたような顔を俺たちに向ける。
「ヤッ、セリヌさん」
「……貴方に対してはそこそこ嫌な奴と思われても仕方ないと思ってたんだがな」
シャルのフランクな挨拶に苦笑を浮かべるセリヌさん。
「そりゃ、ファイちゃんのお兄さんだからね」
「ファイちゃん……?」
シャルの言葉に眉をひそめるセリヌさん。そういえばセリヌさんの動向を探る際はシャルはずっとファイラの事を普通にファイラくんと呼んでいたな。
「あ~、普段はファイちゃんって呼んでるからね。あの時はセリヌさんがどういう人かわからなかったからファイラくんって呼んでたけど」
「……その言い方から察すると?」
ふっと俺に視線を寄せる。それを受けて小さく頷く。
「なるほどな。あのときの言葉は嘘じゃないだろうからなにかボロを出したのか?」
「まあ、ウチの頭脳には敵わないってことだ」
「ふぅ……そうか。だが、貴方たちの様子を見ていれば病室に行く必要はなさそうだな。おれはこのまま帰るとするよ」
踵を返し去ろうとするセリヌさん。事情を知らないナギとリリは初めて会ったときの印象があるのか、リリは俺の背に隠れナギは睨むように彼を見ていた。
「……ボクはそうは思わないけど?」
だが、そんな彼に言葉をかけるシャル。
「どうしてだ?」
振り返らずに歩みだけ止め問い返すセリヌさん。
「直感だよ。お兄さんが直接見舞えばメンタル的に救われることがあると思うから。そもそも、ボクらがいるのになんで見舞おうかどうか迷ってたわけ?」
逆に問われ黙るセリヌさん。少しの逡巡後口を開く。
「まずメンタル的に救われるといったがそれはシャルさん、貴方の考えだ。逆に追い打ちをかける可能性がある以上見舞う必要性がない。そして貴方たちがいるのに自ら行こうとしたのは兄としての情が芽生えたことと機関の事を詳しくは知らないから。おれたち傭兵は仲間がやられようが見舞うということはしないからな。隊は組むがあくまで個人一人で戦うことが多いんだ」
ペラペラと語るセリヌさん。だが―――。
「また……」
呆れたとでも言いたげな様子でため息をつくシャル。それに不快感を表すように眉間にシワを寄せる。
「どういうことだ?」
「ユウリくん通して聞いてたけど……自分の気持ちはないの?」
容赦のない言葉。シャルらしい。
「……そんなもの、不必要だ。ファイラはともかく……おれはスゥイート家の“道具”だ。道具に意思など不必要。もしもてば……それは付喪神だったか?ここ、旧名日本で使われてた名前で言うと。除霊されるべき存在だ」
セリヌさんはそう残して今度こそ本当に立ち去ってしまった。
「付喪神か……」
シャルが鸚鵡返しに呟く。
「つくもがみってなに?」
「あっ、あぁ。リリは知らないよな」
霊昇村といえど流された知識でしかも霊昇村は旧名中国の南東の辺りに位置する村……知らなくて当然か。というか、ナギもしらないようだしな。
「簡単に言えば憑代―――つまりは道具や生き物、自然の物に神やら霊魂やらが宿った化け物だ」
「へー」
ざっくりとした説明だがなんとか理解してくれたらしい。もともと霊や魂と関係をもっていたからか特に拒否反応もないのかもしれない。
「とにかく、スゥイート家ってのはややこしいんだね」
「そうだな……。ふぅ、元の目的を果たしに行くか。そこで手をこまねいてる様子のミーシャも連れてな」
「なっ……」
小さく声を漏らすミーシャ。彼女はセリヌさんと入れ替わるようにやってきて、病院の前に俺たちがいることに気が付き前に進めなかったのだろう。
「別に……見舞いに来たんじゃないわよ」
「……はあ」
「なによ!?」
「分かったから。じゃあここまで来たついでだ、一緒に見舞おう」
「あなたがそういうのなら仕方ないわね」
素直になれないミーシャをなだめながら病院に入っていった。