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〜Chapter2~彼の思い、彼の強さ『ファイラの後方から強く風が吹き荒れる』

試験前日。闘技場が使える最後の日。

今日は第四部隊のアイさんとナギを除く全員がファイラのためにとこの場に集結していた。

アイさんは仕事の関係上何度かは様子を見に来たこともあったが今日はこれないらしい。そしてナギは、教育機関のテストの結果、リリと同じ学年の教育からスタートすることとなり、今は普段、俺が勤務中にリリを預かってもらっている場所でリリと共に自宅学習用プリントを消化していた。

「よし、じゃあいつもの練習からいくか」

「はい」

俺が声をかけると共にファイラはフィールドの中心に向かい、俺たちはそんなファイラを取り囲むように陣取り柔らかいゴムボールを一人十個づつ用意する。

「よし、お願いします」

ファイラは自分の視界を布で隠してから準備ができたことをアピールするように、安全面を考慮した木製のナイフを掲げた。

それをみてそれ以外の全員で頷きあってからゴムボールをファイラに投げつけ始める。

特に今回は連携がとれやすいシャルの思考伝達(テレパシー)と、一癖も二癖もあるボールを投げれるライがいる。

だが、そのボールをファイラは視界が閉ざされているにも関わらず避けていた。

「ラスト、追尾球」

ライが最後に残ったボールを頭上高く投げる。上がりきったボールは落下するとともにファイラのいる場所めがけて落ちてくる。

それをファイラはナイフで弾き返した。

伝言命令(ソウルオーダー)の性質上、一度命令外の動きを余儀なくされた場合はその命令の効果が無くなってしまう。今回の場合、ファイラがナイフを使いボールを全く違う方向に叩きつけたため命令は無効果されていた。

「はあはあ、やりました」

笑顔で目隠しをとりながらファイラは言う。全ての球をかわしきったのは今日が初めてではないがこれだけの人数を相手にしたのは初めてだからか嬉しそうだ。

「すげーな、ファイラ。たった一週間でここまでやるなんてな」

ライは近くに転がっているボールを広い、手で遊びながら称賛する。

「ユウリさんのお陰ですよ」

「俺はアドバイスをしたり、練習メニューを考えただけだ。頑張ったのはお前自身だ」

「ありがとうございます」

ファイラがニッコリ笑って俺に返した。

「ですが、ユウリさんも考えたものですわね。ファイラの短所をなおすのでなく、長所である先読みを伸ばす練習をするとは」

サラが笑ってボールを片づける。

これが俺が考えた練習メニュー。今更短所を直したところでそれが人並になるとは考えづらい。だが、得意分野ならば違う。よりハイレベルの動きを身に着けることもでき、さらにはその通常では考えられない動きを見せることで敵の動揺を誘うことができる。

これは俺もよく使っている手で、あえて敵に致命傷レベルの傷を与えさせて油断させてから確実に倒す。強者相手にはきかないがそこら辺の人間であれば不意打ちが成功する

ファイラの先を読む能力を高めるために、視界を遮ってのボールの軌道をよむことを練習させた。ボールはライのように特殊な事をしない限りは一度放たれればほとんど変わらない起動をたどる。ゆえに軌道をよむ練習にはちょうどいい。そして、この練習は同時にもう一つの効果がある。

「にしても、ファイちゃんの一つ一つの動きが小さくなったね」

「はい、動きが鮮明に分かるようになってきましたので」

「なんどか当たったようにも思えるものも実際には当たっていませんからね。ファイラ、貴方によくあったバトルスタイルです」

フローラの珍しい誉め言葉に照れるように笑うファイラ。

これがもう一つの練習。

ファイラとミーシャが戦ったとき、ファイラは一つ一つを大きな動きでかわしていた。それゆえに、絶対的に安全な場にいけるが、余計な体力を消耗し隙を大きく産んでしまっていた。

それは結果的に自分の首を絞める行為。ならば、絶対的に安全な場所の範囲を広げればいい。

敵の攻撃の干渉範囲のギリギリ外れればそこは絶対的に安全な場所になる。そこへの移動に使う体力も少なければ反撃をすぐに行うことができる。

だから、次に行う訓練は―――。

「シャル、ファイラと手合わせ頼めるか?シャルの“力”を使って」

「ウン、分かってるよ。いくよ?ファイちゃん」

「はい」

返事を聞くとシャルは駆けでて木の短剣を両手に持ち、双剣として襲いかかる。

「やっ!!」

「っ!!」

シャルの左右から振られる剣をかわしてはナイフをふり、シャルはそれを双剣で受け止めたりかわしたりしてまた斬りかかる。

その攻防の一つ一つの動き、修正は(れい)コンマ一秒ごとに行われる。

相手の行動を空気振動などから予測して動くファイラに相手の行動を心を通じてよむシャル。ファイラが動けばシャルはそれを動こうとした時点で察して守備体制、回避体制をとり、それのために少しでも動けばファイラは動きを予測し攻撃方法を変えて、またシャルがそれをよむ。

二人の動き、攻撃は目で十分追える早さだがその動きの移り変わりが早いため挙動は少しおかしくも感じた。

一進一退、その攻防もある瞬間唐突に終わりを告げる。

「わっ」

シャルが双剣を両方使い半ば無理矢理ナイフを弾き飛ばす。力業にも思えるがシャルにはそんな力はあまり無い。シャルはファイラの持つナイフの重心を見破り、それをいかすようにして弾き飛ばしたのだろう。物を持つとき、全てに同じ力をかけることは出来ないのだから、弱い部分ができてしまうものだ。

「最後!!」

「くっ……」

シャルが右手の剣をファイラの首もと近くで止める。誰が見ても勝負ありだった。

「負けた……」

ファイラが吹き出した汗を服で拭う。シャルも息を少し乱させながら笑った。

「結構きつかったよ。もしボクが短剣使いなら負けてた部分もあったように思う。ヒット・アンド・アウェーの利きやすい双剣でよかったよ。でも、これで能力も使われていたら不味かったね」

「能力の制限使用はシャルさんもじゃないですか。本気ならば心を持つ動物を連れてきていたでしょうし」

「それもそうだね。じゃあ、お互い様、かな?」クスクスとシャルは笑う。

シャルが昇格試験を受ける際、服を着込んでいたらしい。そのときは冬だったこともありそこまで不思議では無いのだがやはり、戦闘を行うにはあまり適していない。なのにそうしたのは、服の中に鳩や猫といった動物を完全にコントロールした状態で隠していたのだ。ゆえに戦闘開始と同時にそれらを小出ししていき大尉レベルとも互角にやり合い、見事合格をしたらしい。思考伝達(テレパシー)の能力者で女性で通常の少尉昇格試験をパスしたのはシャルで歴代三人目の偉業だ。ちなみに、残りの二人はもう引退しているらしいので現役はシャルだけとなっている。

「ユウリ、今日はどのようなメニューを用意しているのですか?」

フローラが二人に(ごく)少量の塩分の入った水とタオルを手渡してから俺に尋ねてきた。

そう、ここまでがアップ練習。体を起こし本格的な修行に向ける。

そしてここは俺が考えていた。この闘技場を使えるようになっての初日から三日目までは俊敏な動きを取得するための練習にあて四日目からはファイラが練習していた仇の風を含めた攻撃にも転用できる能力の取得に向けての練習をしていた。

そして最終日の今日。時間は無駄にできない。だからこそ、今日のメニュー内容は決まっていた。

「簡単なナイフの扱い方の指導だけしてから明日に向けての調整としてストレッチを行い疲労を抜く」

「えっ……?能力強化の練習等ではないんですか?」

俺の言葉に少しポカンとした表情を浮かべるファイラ。今までがスパルタ式の厳しい練習だったがゆえに最終日である今日の練習メニューが一番楽なことに驚いているようだ。

「ああ。前日に体を動かしすぎて怪我をしたらもとも子も無いし、疲労を抜くのも大切なことだ。ただ、シャルとの戦い方で少し気になったナイフの扱い方の練習だけするがな」

「はい、分かりました」

「よし、じゃあまず、ナイフで斬りかかるときの踏み込みだが―――」

俺はファイラに近づき細かいアドバイスをする。ファイラの戦闘スタイルにあった踏み込み方、一撃を狙う強激への連携。

第四部隊で武器を使うのは俺とシャル、ファイラにライとアイさん。うち、ライは武器であるククリと拳銃を通常とは逸脱した形で扱い、俺も刀というよりは妖刀、鎌鼬として扱っているため純粋な武器使いは三人。そこに普段は武器を使うことの無いシャルも引くとアイさんと二人だけだ。

―――能力優勢時代。

たしか第二次ノアの大洪水が起こってみんなが能力についてある程度の理解を示した、九十年前に誰かが発した言葉だ。その少し寂しげな声がまだ耳に残っている。

まだきちんと秩序が整っていなかったこの時代において強力な能力を持っている者が強さを示し弱きものから土地や食べ物等の衣食住を剥奪した。

この言葉を発した男性もその時代においては使えない能力で、体力も無かった為に、自分のすみかを奪われた人だった。彼の最後は看取(みと)ってた訳では無いが、きっとあのまま野垂れ死んだのだろう。

ともかく、彼の言葉を借りて、この能力優勢時代。武器持ちはそれだけで殺傷能力が薄いことを表していた。それゆえに、なめられない為には武器の使い方が大切でアイさんなんかは特に顕著だと思う。非戦闘用能力でありながら感知に適した天網恢恢(イビルバースト)という能力と合わして隠れている敵に的確に投擲(とうてき)する技術も惚れ惚れするが、それにまして俺が見てきた中でも最高の薙刀(なぎなた)使いであることが素晴らしく感じる。敵を近づけさせない、矛先にいる敵を衝く力……。一度彼女の腕を見れば誰でも唸るものを持っている。流石は四帝部隊の一角を纏める隊長である。

「……ふう。こんな感じですかね」

俺のナイフ指導、及びフローラやサラのマッサージを受けたファイラが呟く。

正直な話、ナイフ指導で向上したのは二束三文の価値しかないと見ている。だが、その二束三文があったおかげで買えるものがあるかもしれない。こんな下らないことで後悔はしたくない。

「じゃあ、今日はこの辺にするか―――もしもし」

俺は伝達情報機(テレパシア)を使い係りの人間に使用を終えたことを伝える。きっと五分いないに誰かが来て片付けるだろう。

セリヌさんとはあの日以来合っていない。鍵も俺たちが来る時間になると既に開けてくれているため、入り口で声をかけ、専用の廊下を歩くだけでよかった。

俺たちは片付けをしてから連れ添って国立闘技場を出た。空はもう、彼方にオレンジ色が残るのみで、東からは

「では、私は失礼します。ファイラ、明日は頑張ってください」

ペコリと頭を下げて立ち去るフローラ。

「……よーし、じゃあ俺たちは―――」

「呑みに行かないわよ、ライ」

先手を打つようにサラの鋭い声がライを制する。おもしろくなさそうな顔をするライを引っ張るようにサラが連れて行く。

「それでは、わたくしたちは行きますわ。頑張ってくださいね、ファイラ。ライ行きますわよ」

「わ、分かったから、首閉まってるっての」

襟服ををつかまれ苦しげな声をライは上げつつ二人の姿も消える。

ライにサラ、フローラは明日は勤務なのでファイラの試験の様子は見ることができない。俺とシャル、そしてアイさんは応援係として、明日は半ドンで抜けて、昼からの戦闘試験は見るつもりだ。

「じゃあ、ぼくたちも行きましょうか」

三人の去った方向を見送った後、俺たちも帰る方向に体を向ける。

そのままたわいのない話をしたり、ファイラに追い打ちともいえるようなからかいをしたりしながら歩く。

「あっ……」

「シャルさん、どうかしました?」

「ううん、なんでもないよ。でも、ちょっと用事できたから、今日はこれで―――ユウリくん、これからちょっと付き合って」

「お、おう。かまわないが……」

急にどうしたんだ、シャルの奴。

「……では、明日。よろしくお願いしますね」

ファイラはそんなシャルに特に言及することも無くペコリと頭を下げて立ち去って行った。そのファイラに胸元で小さく手を振ってからシャルが俺に向き直る。

「急にごめんね、ユウリくん」

「どうしたんだよ?」

「ちょっと、付き合ってほしいんだ。あそこに」

シャルが指をさした方向を向く。そこには小さく青い光を照らす店。

「……バー?」

ライが釘を刺された飲み屋を、シャルが行こうとするなんて……。シャルからこういった店に誘われるのは稀、というより初めての事だ。

「うん。お願い。来たら、わかるから」

「シャルがそういうなら」

俺は小さく頷いてそのバーへと向かう。

カラン、とドアにかけてある鈴を鳴らしながら入る。オシャレな淡い色に照らされた室内にはテーブル席が数席と、あとはカウンターが7個並んでいた。

シャルは迷いない動きでそのカウンター席の方に進んでいき、わざわざ隣に男性が座っている席に着いた。

「……貴方は」

シャルが席に着いたことにより隣にいた男性が小さくこちらを見るとともに大きく瞳を開ける。それを見て、俺もある程度シャルのしたかったことを察する。

シャルは微笑むように笑い、男性に語りかける。

「久しぶりです、セリヌさん」

驚く彼に小さく会釈をするシャル。俺も習って会釈をする。

「―――ふふっ。久しぶりなんて、慣れ慣れすぎましたかね?」

「そんなことはありません。お久しぶりです」

プライベートの顔から仕事用の顔に変えたセリヌさんが否定する。

俺たちのもとにやってきたバーテンダーにシャルはソフトドリンク、俺はアルコール度数の低いカクテルを頼む。

「それにしてもどうされたのですか?」

わざわざ自分の横に座った俺たちを警戒するような眼差しで見るセリヌさん。

彼は否定したが一言二言かわした相手の隣に座るなんて、なにか下心があると考えるのが普通だ。そうでなければ、馴れ馴れしすぎる。

「……セリヌさんって、何歳なんですか?」

「24です。そういえば、きちんと自己紹介してませんでした。私はセリヌ―――」

「堅苦しくしないでくださいよ。セリヌさんの方が年上なんですから。階級は……比べられませんが」

「そうですか。では、貴方方も敬語とかはなしでいいです」

「うん、わかったよ」

セリヌさんの言葉ですぐに敬語をなくし普段の口調に戻るシャル。

バーテンダーがドリンクを持ってきて俺たちの前に置く。それを口に含むのを待ってからセリヌさんがあらためて口を開く。

「では、改めて―――おれはセリヌ・スゥイート。国立闘技場を基本とした部隊の隊長を三年前からしている」

「三年前って行ったら21じゃん。すごいね」

「ありがとう。でも、すごいといったら君たちもじゃないか」

「ふふっ。確かにね。不死鳥部隊だもん。みんな、すごいんだよ。“ファイラ・スゥイート”もね」

「……やはり、それが本題か」

あえてフルネームで呼んだシャルの言葉に反応するセリヌさん。

ここは俺の出る幕はなさそうだ。シャルに任せよう。

「どういうこと?」

「とぼけるつもりか?」

「分からないから聞いてるんだよ。それとも、さっきの言い方から察するに、なにか話したいことがあるのかな?ファイラくんについて」

「…………いいだろう。挑発にのろう」

少し考えるように間を開けてからセリヌさんがつぶやく。

「と、いっても、おれからは何も語ることは無いがな」

「ほんと?」

「どういうことだ?」

「別に。本当に語ることが無いのかなって思っただけ。語ることがないならないでいいんだ。でも、さけてるように見えたな」

「なんでおれがさけなければならない。ファイラに対して何も思っていないのに。第一おれは―――」

「ねぇ―――」

セリヌさんの言葉を遮って声をあげてからグラスのジュースをコクンと飲む。少し減ったグラスをテーブルにゆっくりおくシャル。

「言い訳?」

「なっ……。何をいう?」

威圧するように睨むセリヌさん。

「だから言い訳かって聞いてるの?」

「シャルさん。アンタ勘違いするな。おれはアンタに心を許したわけではないぞ?」

「……証言ゲーム」

「は?」

「知ってるでしょ?これって一対一じゃなくて多人数で戦うんだったら大切なのは相手のカードを見極める事じゃなくて自分のカードがなにかを隠すことだよね。だって、敵のカードは別の誰かが暴いてくれるかもしれないんだから」

「なにがいいたいんだ?」

「ボクは思うんだよ。交渉や駆け引きって、証言ゲームに似てるなって。大切なのは自分の手札を見せないこと。だけど、この手札で敵のカードを調べることができるならばあえて公開する戦術もある」

シャルは含み笑いをこぼして残ったジュースを胃に送る。

そういえば、シャルとファイラと証言ゲームで遊んだとき、自分の手札オープンと引き換えに俺のカードを探ってきた。そのことを指しているようにも思える。

「ねぇ、なんで、自分を傷つけてまでファイちゃんの意地悪言うの?」

「っ!?」

シャルの言葉に驚きを見せるセリヌさんの顔からは威圧の顔が消えていた。

「……くすっ。意地悪なのはボクの方かもしれないね。ユウリくん、“ボクの”用事は終わりにするよ」

「そうか、なら行くか。明日も早いわけだし……ここ、お金おいとくぞ」

俺はソフトドリンクと自分のカクテル分のお金を置いて立ち去ろうとする。

「ま、待ってくれ。アンタ達は何者なんだ?」

「ファイラくんの友達、じゃダメかな?」

振り返りシャルが答える。

「ファイラの……」

「それだけ?じゃあ、ボクたちは行くね」

再び踵を返して歩き出す。

俺が扉に手をかける。そこで今度はシャルが振り返る。夜空には星が浮かんでいるがここからでは月は見えなかった。

「……ファイラくんは心強い仲間だよ。自分の気持ちを伝えれる、強い仲間だよ」

俺は扉を大きく開けて自分がでてシャルも店から出たのを確認してから閉める。

その瞬間見えたセリヌさんの唇が微かに動いていた。

それを無意識のうちに読唇(どくしん)する。

彼の口の開きかたの癖は既に先程の会話で見切っていた。

「……ゴメンね、付き合わせて。あっ、そうだお金」

「ジュース代ぐらい気にするな。いつも、ナギたちがの世話になってるしな。そのお礼とでも思ってくれ。ファイラについては、俺も気にしてたことだった。そのことも気にすることはない」

そういや、時間は分からないがナギたちは膨れてるかもしれないな。早く迎えに行こう。

「そっか。じゃあ、帰ろっか」

「おう」

スタスタと帰路、につく前に機関に向かう。シャルは帰ってもらってもよかったのだが、強引にでもついてきそうなので声はかけなかった。

暫く歩いてからあることが気になり、声をかける。

「そういや、なんで気づいたんだ?セリヌさんが無理をしてでもファイラを傷つけてるって」

最初から確信じみた口調で喋り始めていたシャル。彼との交流は最初の一回切りだけだ。

もちろん、シャルの能力を使えば出来るのは当たり前なのだが、普段からこの能力を使うことはまずない。

妙に切なげな表情で、出来れば人の心なんてみたくないよと呟いた彼女の姿をかなり前に見たことがあった。

「目、かな」

「目?」

「うん、ファイちゃんのことを貶したとき、セリヌさんの目が揺れていたんだ。あと、変に手を腰に回したり、遊ぶように動かしたり……人って、嘘をつくときは手や足から動くんだよ。逆に最後まで動かないのは顔。だから、真顔で嘘をつくことはできても、正座ではつけなかったりするんだ」

目か。俺はあのとき驚いてて、ファイラの顔ばかり覗いていた。

よくシャルは見ていたものだ。

心が見えなくても、能力なしでも十二分にすごいものだ。

俺はそう思いつつも、同時にナギたちを宥める言葉を探して苦く、小さく笑った。




******




第四演習場は、我が機関の本部では一番新しくできた演習場だ。

プレーンな広場が中央にあり、それを囲むように客席も用意されている。

ここは、一般解放もされており申請さえだせば誰でも使用可能で、町単位での大会等も開かれることがある。

その大会用の意もかねて、俺は客席に座ってファイラの試験時間をぼんやり待った。

客席に座るのは、俺の隣に座るアイさん、ナギ、そしてナギの隣に続いて座るミーシャとシャルだけだ。審査員はより近くで見るためにフィールド端にいる。

ベンチにはファイラの相手となるのであろう人が何人か談笑したり、ウォーミングアップとして体を動かしていた。

戦闘のルールはいくつかある。

まず、武器は殺傷系のものは木製の非殺傷用のもので戦う。拳銃などは弾の変わりにコルクが放たれるものとなっている。

能力は重症を負わせないような範疇でフルパワーでの使用が許可されており、また、武器以外の道具も自らが身に付けれる範囲であれば制限なく持ち込み可能である。

初戦は少尉の人間二名と同時に戦い、次いで中尉、大尉となる。

勝敗としてはある程度ダメージを当てた判断される、拘束する、確実に意識を刈り取れる状況にする等だ。また、時間はフル十五分とし、決着がつかない場合は引き分けとなる。

「お前から見て、ファイラの能力の完成具合はどれくらいだ?」

アイさんがフィールドから目を離さずに問いかけてきた。俺もフィールド内を眺めながら答える。

「6割、ですかね。無理をしなければファイラはかなり安定した能力を使用した戦い方ができるはずです」

「あと問題があるとしたら緊張だよね?」

「かもな」

シャルが笑いながら言うことに同意する。

その後も軽い談笑をして時間をつぶしているとフィールド近くにある扉が開きファイラが表れた。

「あ~あ、だいぶ緊張してんなアイツ」

ため息交じりに俺は呟く。

一見すると何でもなさそうな顔をしているがしきりに深呼吸したり準備運動するように小さく跳ねたりしていた。

「ファイラ・スゥイート。準備はいいか?」

「……はい!!」

決意したように一瞬の沈黙から答える。

「では、これより少尉昇格試験、戦闘試験開始する。ファイラ・スゥイート前へ」

「はい」

ゆっくりとした、それでいてしっかりと足を運ぶ。

「第一戦。試験相手、チェン花琳ファリンヨウ薔華チィァンファ。前へ」

「はい!!」

「はい」

女性二人組が前に出てくる。名前や顔立ちから察するに同郷か?確かに例年通りからすると一戦目の二人相手にする戦いではここはコミュニケーションのとれている相手との戦いをすることになる。その可能性が高いだろう。

「では、始め!!」

試験管と思われる男の声で勝負が始まる。

この勝負。実はこれは監督側に分のある勝負。

受験者側の能力はすべて割れているのに対して監督側の能力は受験者に知らされていない。対戦中に敵の能力をどれだけ探れるかということも試験内容に含まれている。

「なんだ、始まる前のあれはなんだったんだ?」

アイさんが少し笑いながら言う。

緊張の顔持ちはとれて落ち着いたものになっていた。

試合が始まった瞬間ファイラは跳躍して後ろに跳びナイフを持つ。

チェン、ヨウの二人はすっと二手に分かれる。互いに一手目は様子をみるつもりか。

「ヘイ!!行くよ!!」

チェンが高い声を上げて素手で素早い突きを放ってくる。

「……っ」

ファイラが驚いたように屈んでかわす。

―――速い……!!

普段のファイラなら突き技は最小限の動きでかわすのにもかかわらず屈むという隙を大きく産む動作をした。それほど余裕がなかったということか。

「イエス!!」

チェンがその屈んだ先に低い蹴りを放つ。

その動きも早い。しかし、動きは早すぎた。

「……ッ!!」

ピタリと、ファイラの持つナイフに当たる直前で止まるチェン。突きからの下段蹴りの流れを最初から考えていたのであろうチェインは突きの後にすぐ蹴りの体制を作って待っていた。だから、その動きの空気をファイラは読んでいたのだろう。

「なかなかやるじゃないか」

アイさんが笑う。

ヨウも無表情の顔を少し変えている。ヨウが降り下した剣をファイラが手首に仕込んでいた籠手こてで受け止めていた。

「一筋縄では無理なようですね!!」

チェンは下段蹴りの為に屈んだ状態から地につけたままの状態の右足で上に飛ぶ。

それを感じ取ってか、ファイラは籠手で剣を弾き返しつつ小さく後ろに移動してからあるものを地面に投げつけた。

「なっ!?」

重力の力を生かしつつ踵落としを決めようとしていたチェンが驚いた声を上げて空中で体制を整えて、白煙の中におりた。

ファイラの得意な状況にしたことを確信して俺たちは笑う。

それにしても、ここまで見て監督二人の能力がわかってきたな。これで敵側のアドバンテージは無くなった。だからこそ、ファイラは白煙球を下に投げつけたのだろう。

「お二人の能力は力量奮闘ワーストラグル思考伝達テレパシーですね」

白煙が広まるのを待つためかファイラは時間稼ぎの意も込めて二人の能力を当てる。

「不死鳥部隊、流石」

低い声でそれが正解であることを伝えるヨウ。白煙はどんどん広がっていく。

「へ~、あの監督の子がボクと同じ能力で少尉の子なんだ」

シャルが目を細めてヨウを眺める。

「しゃるさんしらなかったんですか?」

「かかわりがなかったからね。それにボクとは違うタイプの戦闘方法をとってるみたいだし」

リリの問いかけに答えてから興味深そうにフィールドを凝視するシャル。

シャルは動物を操った攻撃や敵の動きを読むことで自分の有利な状況に追い込んでいる。それに対してヨウは仲間とのやりとりを重視し、ファイラの動きを読もうとはしていない。

やはり、シャルの能力の高さが抜きんでているということが強くわかった。

「では、行かせてもらいます!!」

白煙の中のファイラは声を上げる。足音と何かを振るう音が聞こえる。

「くっ」

「……無理。負け」

二人の声があがる。白煙が徐々に開けていく。

「ちょっと、チィァンファ!!なに諦めてんのよ!!」

「ファリンは自分の手を確認する」

「えっ?あっ!!」

何かに気づいた声をあげるチェン。俺たちも肉眼で確認出来るようになる。

二人の手首には手錠がかけられていて、ファイラが後ろで鍵を持っている。

「これで拘束ということでいいですかね?」

「……第一戦、拘束によりファイラ・スゥイートの勝利とみなす。続いて第二戦にうつる」

試験官の男の声でファイラはホッと一息ついて手錠のかけられている二人に近づく。

「お相手、ありがとうございました」

「アタシに突きからの蹴りをあんな風にかわされるとは思ってなかったよ。見かけによらず強いんだね」

「うっ……。やっぱり見たかんじ弱そうですか?」

「アタシたちより女の子なんだもん」

「……ファリン、私にも受験生にも失礼」

「あれ?そう?」

あっはっはっ、と笑い飛ばすチェン。能力同様、どこか豪快な人だ。

力量奮闘(ワーストラグル)。自分の筋肉量を一時的にあげたり、筋肉に強制的な電気信号を送り強靭なパワーを使えるようになる能力。稀、というほどまでは無いがそこまで普遍的な能力ではない。しかし、汎用性の高さは目を見はるものがある能力だ。

次いで二戦目。先程の女性コンビとは真逆の筋肉質の男が現れる。その対比でファイラがより小さく、華奢に見える。

一進一退の攻防。監督の能力は妖異幻怪(サイケデリック)

男が用意していた針を数十本空中に投げると、妖しげな紫の光を放ちながら針が浮かぶ。

見た目に反して能力を全般に押した戦闘スタイルのようだ。

対するファイラはそれを見てすぐに凱風(がいふう)と呟き手に持つナイフに風を付属させる。

「あれが、アイツの本来のバトルスタイルか?」

アイさんが目を細めて俺に解説を促す。俺は小さく首肯してから言葉を繋げる。

「ナイフに風の力を付属させて足りないパワーや、ナイフという武器の性質上、狭くなりがちな攻撃範囲を補わせてます」

ファイラはナイフをふるうと共に、ファイラに向けて進んでいた針が大きく軌道を変えられた。

白煙を使った方法もある意味ではファイラのバトルスタイルなのだが、いかんせん不意打ち的な要素の強いものだ。二度、同じ戦法は通じないだろう。

その芸術とも見えるおかしな戦闘を眺めていると客席側に誰かが入ってきた気配を感じる。足音から察するに一人だけ。

試験関係者かと思い気にかけていなかったがどんどん近づいてきた。

「あれが、不死鳥部隊の少尉昇格試験に来た人ですか」

どこか下品な下心を感じさせる声が聞こえる。俺とシャルはチラリとその男を見てこの人かと頷く。

ナギとリリは突然の訪問者に驚きを隠せないようだ。

「……仕事はどうした?」

男の質問に答えずアイさんが尋ねる。目はフィールドから離れていない。

「少しこの近くを通りかかったものですから、覗きに来ただけですよ」

「お前も暇だな。ルンゲン」

「いえいえ、こう見えて忙しいんですよ、ソウサカさん。それに気になるじゃないですか。僕もあなたと同じ四帝の隊長として」

ニヤリ、と意地悪そうに笑うニーベ=ルンゲン中佐。

ここに見に来るにはきちんとした理由は立っている。だが、どちらかと言えば冷やかしの面が強いのだろう。

「麒麟に戦乙女、不死鳥、そして僕のいる青鷺火。この四帝の中で唯一、少尉未満の階級持つ少年の試験。是非ともパスしてもらいたいものですね。四帝の格のためにも」

ファイラは風を制御し、ナイフの刀身を見えない風の刃で補う。

範囲の広いそれは、ファイラの負担する質量は変わらないのに脅威は増す。

「それでは御幸運を」

ルンゲン中佐はゆっくりとお辞儀をして客席から退出していった。

フィールドではタイムアップが告げられこの試合はドローに終わった。ただ、手加減されてるとはいえ、ファイラの攻撃は相手をかすめることもあり、ファイラ優勢での終了は見てとれた。

「チッ……嫌な奴だ」

アイさんがルンゲン大佐の出ていった扉を睨んで憤った声をあげる。この二人。同期らしいのだが、不仲は不死鳥、青鷺火両部隊の隊員はよく知っていた。

「最終、第三戦。高城(たかしろ)いばら、前へ」

「よろしゅうお願いします」

独特なイントネーションの女がファイラに笑いかける。二十代後半とおぼしき風貌でふんわりと笑っている。

「では、始め!!」

最終戦が開始される。

一戦目、二戦目、ともに最初は後ろへと引いたファイラだが今回は真っ直ぐにナイフを突き立てながらタカシロ大尉にかけよる。

「戦法を変えてきたか……!!」

「ファイちゃんらしくない、戦法ですけどね」

アイさんの声にシャルが冷静に判断を下す。不意打ちやカウンター攻撃を得意とするファイラにはらしくない攻撃方法だ。

「負けまへんで」

タカシロ大尉は笑いながら、回避……行動をとらない。

「っ……」

その様子を訝しく思ったのかファイラは突進をやめ、自らが積めた距離を離すように距離をとる。

だが―――。

「イテッ」

コンというコンクリートにぶつかったかのような音が響く。

ファイラの逃げた先、そこには何もないはずなのに、何かがある。

「ほー、金城鉄壁(ガードウォール)。ドゥーシュ大尉と同じか」

アイさんが興味深そうに吐き出す。

先の事件で世話になったアラン・ドゥーシュ大尉。金城鉄壁(ガードウォール)の能力は聞いたことはあるが実際には見たことが無かったので俺も好奇心があった。

ファイラも能力を悟ったらしく、見えない壁に体を当てて様子を伺っている。

「来まへんのですか?なら、ウチからいかせてもらいます」

タカシロ大尉は笑い腕を振り上げる。

だが、なにも起こったようには見えない。

透明ステルス……?」

ファイラが確信じみた疑問の声を上げる。

「正解ですえ。あんさんの攻撃方法はすばしっこく動き回るようですので縛らしてもらいますえ」

厄介そうに眉をひそめるファイラ。遠くから見てもファイラの焦りが伺える。

「ファイにいピンチ?」

「っぽいな。少しやばそうだ」

ナギの心配げな声を耳に俺は少しだけ頷く。パニックにならなければいいが。

「このまま、制限時間いっぱいまで睨み合っててもいいんですが、面白くないので行かせてもらいやす」

拳銃をファイラに向けてセットする。一発でも当たれば負けと判断されるだろう。

「このまま、負けるぐらいなら……!!」

何かを決めるようにキッと前を見定めるファイラ。その様子に一瞬ひるんだような表情をタカシロ大尉は見せたがすぐにトリガーを引く。発砲音、そして―――。

「……今だ!!」

コンッと後ろの透明な壁にコルクがぶつかる音。トリガーが引かれる瞬間に一歩だけ動き、コルクをかわす。

あまつ風!!」

ゴッと風が天高くなる。その瞬間にファイラが動き出す。

「そうかっ!!風で壁の場所を」

アイさんが気が付いたように声を上げる。なるほど、考えたな。

「させませんえ!!」

タカシロ大尉が威嚇するように声を荒げ同時に手を上げる。

どうやらこれが金城鉄壁ガードウォールの特性上か、それともタカシロ大尉の癖によるものなのかはわからないが能力を発動させるためには手を上げる必要性があるらしい。

「ここまで近づければ!!仇の風!!」

ファイラの後方から強く風が吹き荒れる。

「馬鹿なッ」

「無茶でしょ!?」

俺とシャルの声が重なる。自然と瞼と瞳孔がが開く。

「どうした?」

話がつかめていないアイさんが首をかしげて俺たちの尋ねる。

「……最初に言いましたよね。ファイラの能力はまだ六割ぐらいしか完成されていないと。その四割ですよ。探索系の弱いものや武器に付属させるぐらいならできますが、強力な攻撃にも転用できるレベルの者は……操れきれません」

苦虫をつぶしたような口調で早口で伝える。

「くっ……」

ファイラが苦しげな声を上げる。タカシロ大尉の方は強力な風の中で真っ直ぐファイラを見据えることもできずに後ろを向く。その場でとどまることだけで精一杯のようだ。

「行けッ!!」

鋭い風が大きく吹き荒れ壁すらも破壊した。

「グッ!!」

「キャァ!!」

先に悲鳴を発したのはどちらか、もしくは同時だったのだろうか互いに声を上げて倒れる。

「……この試合、両者これ以上の戦闘を危険とみなしドローとする」

試験官の男が二人の様子をみて告げる。お互いに軽傷とはいえ怪我をおった以上そこから大きな怪我に発展すり可能性がある。懸命な判断だ。

「一勝二分けか……」

渋い顔でアイさんが言う。

決していい結果ではなかった。立ち上がったファイラも悔しげな表情だ。

「やっぱり、微妙ですか?」

俺はアイさんの顔を伺う。

「ああ。二勝あれば確実なんだがな……」

「そうなんですか?」

「いいだろう。この昇格試験のカラクリを教えてやる」

「カラクリ?」

俺たちの会話を聞いていたらしいシャルが興味深げに振り向いた。

フィールド内ではタカシロ大尉とファイラが言葉をまじあわせている。

「簡単なことだ。勝ち点5、負け点0。引き分け点を1〜4のどれかに区分させて戦闘試験の合格ラインは最低10点。今回ファイラは勝ち点5が確定で残り5点……二戦目は善戦したから3点として、後最低でも2点。最終戦はずっと押されていたからな……。2点取れているか……取れたとして合格とみなされるか……曖昧なところだ」

そういうことか……。俺が昇格試験の際に受けた戦闘試験の結果は3勝。どうころんでも戦闘試験の面ではパスしていただろうと確信していたから問題は筆記と面接だった。

逆だな……。

ファイラは筆記と面接に関しては問題等ほとんど無いだろう。しかし、戦闘試験の結果は今一つ……。これがどう判断されるかだ。

「ふぁいらさんどうかな?」

「負けてないんだから大丈夫だよ!!」

隣で囁きあうナギとリリ。俺たちも大丈夫であることを願うばかりだった。




******




夕暮れとなり、橙色に光る太陽の眩しさに俺は目を細める。ナギとリリはシャルとアイさんに任せて、俺はファイラがこちらに来るのを待たず、外に出た。

そのまま一人で黙々と進むと昨日訪れたバーにたどり着く。開店したばかりのそこからは賑やかさを感じさせない。

ゆっくりと扉を開ける。その音に反応して、唯一その場にいた客と目を合わせる。その客は少し驚いた表情を見せた。

俺は小さく会釈をしてみせてからその客の真向いに腰かける。

「まさか来てもらえるとは」

「読みとれたんだから来るに決まっている。セリヌさん」

「読唇術まであるとは思ってなかったよ」

苦笑いともなんとも言えない曖昧な笑いをセリヌさんが溢す。

「無いと思いつつ伝えるというのもおかしな話だけどな」

「おれのかけだったんだよ。ルーレットで一ヶ所だけかけてそれが当たるぐらいの確率の低いな」

「2%ぐらいのかけか。せめて四目賭けぐらいの可能性にしてほしいものだな」

「貴方を過小評価しすぎていたようだ。今ではアウトサイドベッドの縦一列賭けぐらいだと分かったよ」

「結局は当たるか外れるかの二つだがな」

「それをいったら賭け事なんて全部そうなるじゃないか」

セリヌさんは笑ってバーテンダーを呼ぶ。俺はそのバーテンダーにセリヌさんと同じカクテルを頼む。

「なんだってそうさ。君がここに来るかどうかも、君が今おれと同じカクテルを頼むかどうかも、極論を言えば明日地球が滅亡するかどうかも、結局はその時々によって実際に訪れなければ分からないんだからな」

まるでシュレディンガーの猫のようだ、という感想を口に出す前に飲む。正直俺はどれが流された知識(アンノウン)に属するのかを今一つ理解出来ていない。以前知っていると思って発した言葉が流された知識(アンノウン)で、シャルたちに理解されなかったことがあった。

だが、ある意味これもシュレディンガーの猫だ。知っている可能性も知らない可能性も、結局は50%なのだから。

「で、世間話はもう充分だろう。なんで俺を呼び出した?」

「気になってな。ファイラのことが」

「それなら昨日シャルが言った通りだ。というか、俺よりシャルをつれてきた方がよかったか?」

「いや……君だけでよかったと思ってるよ。おれはシャルさんのようなタイプは苦手だ」

「シャルも普段はもっと素直な奴なんだがな・アイツはファイラと仲いいから何とかしたいという気持ちが先走ってるのかもな」

俺の頼んだカクテル、シクラメンが運ばれる。それを一口飲んでから本題にへと変えていく。秘密の話にはぴったりの小さなボックス席だ。

「シャルさんの最後の言葉。ファイラは心強い仲間だって……本当か?」

「あぁ。ファイラは確かに俺たち不死鳥部隊の中……いや、下手したら機関新入生より単純な力比べなら弱いかもしれない。でも、単純な力比べ以外なら別だな」

少し前の昇格試験を思い出す。一勝しているがそれは力比べで勝ったわけでない。立ち回りを考え、行動し勝利をもぎ取った。ウンディーネでもそうだ。結果的にかなり追い込まれた状況になったがファイラの活躍がなければ負けていた。それに、ウンディーネの実力は確実に大佐クラスはあった。

「兄弟なのにおれとは真逆だな」

「どういうことだ?」

「おれは正直、自分の能力だけでな仕上がってきた要素がある。スゥイート家の話は聞いたか?」

「ああ。名門らしいじゃないか」

「その通りだ。能力については解明されていないこともあるが、法則があることもしってるだろ?」

血脈(ファミリー)

俺の言葉に頷くセリヌさん。これは能力には血が関係する、もっというのであれば遺伝するというものだ。

小さな村や集落によっては似た能力が多発するのもこのせいだと言われている。霊昇村(れいしょうむら)で能力に偏りが現れたことからも物語っている気がする。あくまで、一つの考察論に過ぎないが。

「スゥイート家は代々未来兵器(オーバーテクノロジー)などのオカルトと科学が入り交じった能力が多数排出されている」

「ファイラもそうだな。まるで、精霊や天使、神様なんかの能力を思わせるような植物操りや風の操り。それでいて、科学の力も合わせる必要性もあるからな」

なら、ファイラもきちんと血脈(ファミリー)が働いていたとわけだ。しかし、多少のバグもあったのだろうことがセリヌさんの声で明らかになる。

「ああ。殺傷能力がかなり低いことをのぞいてな」

未来兵器(オーバーテクノロジー)。現代科学では模倣できない兵器を生成し扱う能力。銃弾をダイヤを越える高密度で硬質な合金属(当てはまる物質が無いためオリハルコンと呼ばれている)で作ったり、穂先に特殊な電流を流す槍を用いたり……。明らかに対生物を想定した能力だ。

「能力でのしあがったと言ったが、なんの能力なんだ?」

普通能力をぬけぬけと聞くのは人の力を推し量り失礼に当たる行為だがこの場合はいいだろう。

「おれは鉄線収縮(アウトワイヤー)だ。聞いたことは?」

「初めて聞くな」

「だろうな。花鳥風月ビューティーネイチャーには劣るが希少能力だしな」

セリヌさんは苦笑いを浮かべてからカクテルを飲みほして同じものをとバーテンダーに頼んだ。話に夢中になって気づいていなかったが俺たち以外にも数人の客がやってきていた。

鉄線収縮アウトワイヤーは……まあ、こういうことだ」

そういうと右手から銀色の物―――能力の名前から察するにワイヤーが表れる。そのワイヤーを前に「ここからだ」とセリヌさんが言った後、そのワイヤーがクニャリとひとりでに形を変える。そこにセリヌさんがサイフからコインを取り出してワイヤーの上から落とすとコインがスパッと割れる。

「収縮自在で変幻自在。硬質で切り刻むこともできる……拘束は?」

俺の問いかけに黙ってワイヤーを操り俺の右手に巻き付ける。そうすると、右手が完全に動かせれなくなる。

「スゴイな。今は切れなくさせてるだけで切れるようにもできるんだろ?」

「もちろんだ。狂暴な奴の前なら迷いなく切れるもので拘束する。ああ、これは緋緋色金ヒヒイロカネと呼んでいる金属だ」

「なるほどな。そりゃ強いわけだ」

「対人はあまりやらないが、動物相手にはワイヤーを一本引いてるだけで仕留めれるからな」

思考能力が少ない動物なら簡単に殺せるわけか。あの程度のスピードで落ちたコインですら簡単に割れたのだから動物が暴れて走り出したその先にワイヤーを仕掛けていれば勝手に死ぬわけだ。

バーテンダーが表れてカクテルを置いてくる。淡い桜色だ。

「そんなおれと一緒の道をファイラには歩んでほしくなかった」

セリヌさんはカクテルのはいったグラスを強く握る。グラスが揺れてなかのカクテルが揺れ動く。

「どういうことだ?」

俺が問いかけるとカクテルを一気に飲み干すセリヌさん。アルコールのせいか顔が紅潮している。

「さっきも言ったようにおれは能力だけをかわれてここまで来た男だ。そして上に登れば登るほど部下と責任がのしかかった、空っぽのおれに」

その言葉は重く彼にのしかかっているよう思える。苦しんでいるように見える。

「ファイラが能力を買われて機関から誘いをうける前からおれは……自分でいうのもなんだが活躍していた。そして称えられる度におれは孤独を感じた。必要とされているのはおれではなく能力なんだと」

「…………」

何もいえずにただ彼を見つめる。筋肉もあり、責任感の強そうな彼が能力だけの人間だとは俺には思えなかったが、知り合って少しの人間に何がわかるというのか。そう考えると下手になぐさなめなど贈れない。

「もし、ファイラも能力だけで登っていけば……残るは悔恨と孤独だけ。そうなったら、アイツは逃げ出したと思う。唯一アイツを孤独にさせることないおれのもとに」

「だから、冷たく接した」

「ああ」

逃げ出したところで暖かみを感じる人物がいなければ、それならばまだ能力だけとはいえ自分を買ってくれる機関に残るのは必然というわけか。しかし、他の選択しもあるはずだ。例えば―――。

「別に逃げ出したっていいじゃないか?」

逃げることは悪でも弱いことでもない。本当の悪とは自分の行いを省みることが出来ないことで、弱者とは抜いた(つるぎ)を鞘に納めることが出来ない奴のことだ。少なくとも俺はそう思っている。

「スゥイート家は絶対に許さないだろうな。職務を途中で投げ出すなんて。そんな恥さらしは絶対に生かさないはずだ」

彼の狂いを孕ませた瞳の色にゾワリと寒気がのしかかった。。

それは必ず見つけ出して殺すということを呈する言葉だ。

「そんなことを機関がさせると思うか?仮にやれば実行犯は捕まり、スゥイート家は返上できない汚名をきることになるぞ?」冷静に言葉を返す。たかが一人の為にこんな危ない橋をわたるはずがない。単なる脅しに過ぎないのではと考える。

「……ふっ」

だが、彼は軽く鼻で笑った。

「知らないのか?ラージ・スゥイート―――否、ラージ・サクラの名を」

「なっ……、ラージ・サクラ……だと!?」

それは少なくとも機関の人間なら知らないはずのない名だった。

機関最高幹部、将軍勲位連合の一人、それがラージ・サクラ。我が国において初代王、サクラの名を名乗るというのは権威や名声を表していた。

ラージ・サクラはその昔、巨大犯罪組織をいくつも壊滅に追いやり活躍した人物だ。それをみこまれ、将軍勲位とともにサクラの名も贈られた。そのサクラの名で基本呼ばれているため旧姓を今の今まで完全に忘れていた。

「わかったか?“たかが一人の命ぐらい”、ラージ・サクラの手にかかれば内密に処理できる」

「……狂ってやがる」

「組織なんて少し狂ってるぐらいが普通なんだ」

俺のなんとも言えない呟きをクールに返される。

組織は綺麗なまま大きくなるのは不可能なのかと自分が所属していた組織―――NSAPナサップと合わせて考えてしまう。まあ、NSAP事態、元から暗殺を仕事とするような狂った組織なのだが。

「機関の昇格には試験があるらしいがそれは一つの上がり方に過ぎないんだろ?」

「……功績や年齢、式能力の加味で昇格することはある」

「それがある以上、おれはファイラを受け止められない。それがおれの役割だ」

兄としての顔で告げるセリヌさん。グラスを握ったりして手を遊ばしている。

「……かもしれないな」

「わかったか?」

「ああ……だが、セリヌさん自身はそれでいいのか?」

「……なに?」

同様するように声を上ずらせたセリヌさん。

「目」

「は?」

「アンタの目が泳いだ。それにさっきから手も落ち着きがない……。シャルが言っていた。嘘をつくときは人は手や足が動くと」

昨日のシャルの言葉を思い出す。俺にはシャルのように心を見通すような知識はない。しかし、与えられた情報というピースからパズルは組み立てられる。

「おれはなにも嘘をついてない」

「分かってるさ。ただ、強がってはいるんじゃないのか?」

「…………」

「ファイラに冷たく接して、ファイラはいい。“一人”になったと分かれば嫌でも機関にとどまる。だが、セリヌさんはファイラと同じ境遇なのに加え、ファイラの冷たく接したときの悲しむ瞳も受け続けることになるからな。セリヌさんは本当に“独り”になってまうわけだ」

「だったら、どうしたらいいんだよ」

「俺にわかると思うか?」

「……だな」

俺の自嘲気味な言い方にあきらめに近い声で同意するセリヌさん。

「とりあえず、アンタがファイラのことを嫌っているのでないのはわかったよ」

俺は言いながらカクテル代をテーブルに置く。

「明日も仕事だ。遅刻でもしたらまたうちの隊長にどやされる。帰らせてもらう」

「……このことは―――」

「ファイラには言わない。シャルにはなにか問われたら言う。これでいいか?」

「……ああ。そうしてくれ」

彼は深く息をついて椅子に体を埋めさせた。俺はその様子を背中にバーをでた。

「あっ」

「ん……、お前は」

戸をあけた所に見知った顔が現れて、その人物が声をあげた。

「どうしたんだ?」

「あなたがここに入ってるのを見て、少し聞きたいことがあったの」

なぜか顔を赤らめさせて言うのは、先程まで話題に上がっていたファイラに突っかかっていた少女、フリークだ。顔が赤いのを夕日のせいにするには少し時間が遅い。夕日は完全に沈んでいる。

「なんだ?」

扉を閉めて店前から退きながら問いかける。

「今日ファイラ・スゥイートが昇格試験をうけた聞きました。それがどうだったのかと思ったのよ」

「気になるのか?」

「ち、違うわよ!!あんな奴が昇格できるならあたしだって昇格できるはずだから聞いてるだけ」

早口で捲し立てるフリーク。

それを気になるというのだが……指摘はしないでおこう。

「まだ結果はでてないから何とも言えないな。俺は大丈夫だと思っているが」

「そう」

正直ごぶごぶだと思っているのだがファイラの為にも立てておこう。

「で?それだけ聞きにきたのか?というよりよく俺がここにいるってわかったな」

「別に聞きに来たわけではないわよ。家に帰る途中にあなたの姿が見えたから待ってただけよ。まだ、お酒飲める年齢でもないからこういう所に入りづらかったし」

「なるほどな」

確かにフリークにしてみれば入りづらかっただろう。それ以外の理由も見えそうなものだが……。

「それに、明日から不本意ながらお世話になるし挨拶も兼ねてね」

「世話?」

「なに?聞いてないの?」

俺のいぶかしげな声に呆れたとでも言いたげな顔をするミーシャ。

「明日から二週間。期待されてる少尉未満の機関メンバーが四帝やそのクラスの部隊に配属体験されるのよ」

「はぁ?」

その変な企画に俺は思わず声を漏らした。

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