〜Chapter1~出会いと再会と苦しみ『爆音が鳴り更なる風が吹き荒れるとともにファイラの体が吹き飛んだ』
「自宅学習?」
俺―――海野優梨がその言葉を奏坂愛さんから聞いたのは長期の休暇を終えて最初の出勤日だった。俺が守衛保護中のリリ・カミュールを預け、妹の海野凪沙と共に第四部隊の部屋を開けたところにアイさんが俺を待ち構えていていて、挨拶もそこそこにこの話題を持ちかけてきた。
「どういうことですか?」
俺はアイさんの顔を見ながら言葉の真意を問おうと聞き返す。
「なに、ナギサの事が気になってな」
「ナギの?」
「ああ……ナギサは確か10歳だっただろ?もちろん、霊体として生きている期間を合わせればゆうに百を超えるのだろうが―――それは置いといて、ユウリと同じく精神成長も止まっているのであればナギサに勉強を教えるのはいいと思うのだが」
「それも、そうですね」
ナギと再会してからはなにかと忙しかったり、再開できた喜びなどから一切そういったことを考えなかった。
また、俺の能力―――不老不死もそうだが、ナギの霊魂不滅も成長を止めるという効力があるらしく、精神成長すらも止めていた。それゆえに、俺もナギも口調が変わることも、性格が変わることも無く生き続けることが出来た。
「え〜、ナギには必要ないよ!」
「ナギは勉強が嫌なだけだろ?それに、アイさんの言うとおり普通なら勉強にいそしんでいてもおかしくない年齢なんだからな」
「普通ならこんなところで働いてないよ」
「屁理屈言うな」
ナギの口の上手さには困ったところがあったが、大抵はこういえば何とかなることを知り、これで誤魔化すことにする。
「まあまあ、ナギちゃん。勉強も悪いものじゃ無いと思うよ」
そう言ったのは既に出勤していたファイラ・スゥイート。そう言えばファイラも15歳。年齢だけを見るのであれば彼もまた教育を受けていてもおかしくないように思えた。
「ファイにいは他人事だからそう言ってるだけだよ」
「そうでもないよ、ぼくも自宅学習受けているし」
「あれ?そうだったのか?」
少し意外だな。自宅学習で習うような所は既に知識としてもっていてもおかしくなさそうなのだが。
「はい、多分ユウリさん以外の第四部隊のメンバーは自宅学習受けてたと思いますよ?そうでしたよね、シャルさん」
「ウン、ボクは二年間受けていたよ。フローラちゃんも同じだっけ?」
尋ねられたシャル・ウェリストは頷いてみせ、そしてフローラ=マリク=デイに話題をふる。ふられたフローラは「そうですね」と答え続ける。
「たしかサラとライはここに付属される前から受けていたようですが」
「だってよ、ナギ」
「む……ナギは……別、だもん」
小さく返すナギのそれはいつもの大人顔負けの物ではなく、年相応の駄々っ子さを感じさせた。
恐らく、皆が受けていた自宅学習は追加選択教育のことだろう。これは義務教育期間である六歳からの八年生を終了したあとからさらに四年生の教育が受けられるものだ。これは義務教育には含まれていないがそれでも修学率は80%代で多くの人間が受けている。義務教育の方の修学率は90%ほどだ。この高い数字の実現のカラクリが自宅学習だった。自宅学習は何らかの事情で教育機関に通えないものに与えられるもので、教育機関から配布されるプリントなりをこなし、それを週に一度ぐらいのペースで(中には一月や二月に一度の者もおり、各々の事情に応じて定められる)教育機関に顔をだし説明などを受けることで勉強をする。これにより、他四国より教育に関しては進んでいた。
さらに、他の四国とは違う制度で義務教育期間では、留年制度と飛び級制度の二つが設けられている。選択教育の方では飛び級制度は無いが変わりに本人が望めば、自ら留年を選び更なる勉強をすることも出来る。これも教育が進んでいることに拍車をかけているだろう。
「私の方から強制はしない。ナギサの言う通りナギサが特殊なのは確かだからな。だが、一度ぐらい覗くのも悪くない。ファイラ、今日終わってから着いていってやれ」
呼ばれたファイラは「はい」と返事したのち「とりあえず見学だけしてみようよ」とナギに笑いかけた。
「……分かった」
唇を尖らせながら渋々といった様子でナギは頷く。その様子にアイさんは笑い「それでは頼んだぞ」と残し部屋を出ていった。そのアイさんの入れ替わりにライ=クリミアとサラ=ニーストが揃って入室してきた。
サラはこの長期休暇中に退院、今日が初出勤だった。久しぶりに全員が揃ったこの部屋には少し狭さと心地よさを感じさせた。
「珍しいなアイさんが朝から来ていたなんて。なんかあったか?」
「いや、ナギのことでな。自宅学習を受けてみないかって」
「ああ、そういうことか。それで少しナギがご機嫌ナナメなのか?」
「まあ、そうだな」
俺の答えにライが笑ってポンポンとナギの頭を触る。
「ライにいもバカにしたー」
「バカにはしてねえよ。俺も勉強は嫌いだしなぁ」
「そうですわね。ナギちゃん、ライみたいな人になりたくなかったら勉強するべきですわよ」
「こいつはひでぇ」
サラの言葉に大袈裟にのけぞるライ。それを見てやっとナギも笑顔を見せた。
そんなことをしているうちに、知らぬまに時計がすすみ始業の時間となる。俺たちはそれを受けゆるゆると仕事を開始する。ナギには書類整理などは任せられないのでちょっとした書類の出前や他の部署との伝書鳩になってもらったり、ナギの能力―――霊魂不滅について調べたいという機関の研究部に協力したりと、なんだかんだで意外と充実した生活を送っていた。それに暇を見つけてはリリのもとによくいっている様でもある。
……そう言えばリリの教育はどうなっているのだろうか?俺の家に来てからは児童預り所で彼女の年齢にあった教育を受けているのだが、村にいたときは自宅学習を受けていたのだろうか。もしそうならナギにはいい刺激になるかもしれない。俺たちがとやかく言うより同い年ぐらいのリリと張り合わせる方がいいだろう。
「ねえ、ファイにい。この第三倉庫ってどこにあるの?」
「第三倉庫?えっとね。二階に上がって―――」
ナギの隣に座るファイラが第三倉庫までの道程を教えていく。まだ来たばかりのナギにとって始めていく場所も多々ある。その度にファイラに教えてもらっていた。
ナギが来たことにより久しぶりに席の配置がかわった。今まで後ろの二階側の席に座っていたファイラが一階に降りてきてその隣に俺、ナギ、シャルの順番となり、サラはライとフローラの間に座ることとなった。因みに、一応ながらアイさんの席も用意されているのだが、基本的に部署外で仕事をすることの多いアイさんはいまだにこの席には座っていなかった。
それは今日も同じでたまに様子を見に来るとき以外は別の部署にて会議なり調査などに駆り出されているようだった。特にウンディーネの、あの事件があってからは改めて国際テロ組織―――ノアの方舟をあらったり、戻りし楽園について調べたりと忙しい毎日を送っていた。
そして、終業時刻。アイさんはクタクタになりながら業務終了と簡単な連絡事項を告げ俺たちの勤務は終了を迎えた。保護任務が俺たちに回ってくることが希であるあるのでこれがいつも通りの一日だった。
「では、いきましょうか」
書類をしまいファイラが俺に話しかける。
「ああ、ナギも行くぞ」
「えー。ほらっ、リーもいるし今日は止めようよ」
「リリを引き合いにだすな。それにいつかは行くことになる。嫌なことは先に済ますに限るぞ?」
「ちぇー」
ナギは不貞腐れた顔で机に体を委ねる。その様子にファイラはナギの機嫌をとる様に話しかけていた。
「あっ、そうだ。ボクもついていっていい?久しぶりに教育機関にも顔出したいし」
「俺は構わないぞ。むしろ歓迎だ。リリとナギの話相手になってやってくれ」
「ウン」
シャルは頷き「行こっか?」とナギに話しかける。観念したのか、元から言ってみただけなのか、ナギはこれ以上は駄々をこねずに立ち上がった。それを見てファイラも立ち上がる。
「ん?なんだそれ?」
そのファイラの手には一組の書類らしきものが持たれていた。安全上の問題で書類等はどのようなものであっても持ち出しを禁止しているのでこの様なものを持つはずは無いのだが……。
「あっ、これは自宅学習用のプリントですよ。いつもは仕事が休みの日に行ってるんですがこの所休みが変則だったんで、今回だけは今日寄ることになってたんですよ。だからナギちゃんを案内するにしても都合がよかったんです」
「そうだったのか」
そう言いながら俺はファイラからそのプリントの束をヒョイと借りて中を見てみる。
外国語や歴史分野等も見受けられるが数式や化学式、化学反応等の理系的なもの、特に科学系が多くをしめていた。
「ファイラって理系だったのか?」
「基本的にはどちらもいけます。ですが、能力が能力なのでこういう知識はあればあるほど困りませんから」
「あー、なるほどな」
ファイラの能力、花鳥風月は自然との干渉が多い能力だ。理系科目を中心に勉強したほうがなにかの役にたつことが多いかもしれないな。
だが、凄い知識の量だ。俺も元の職業柄―――NSAP時代からこういった知識もかじっていた為分かる部分もあるが所々、始めてみるような式や記号が書かれていた。
「うへー、凄いね」
俺の後ろからプリントを覗いていたシャルが声を漏らした。そう言えばシャルは文系科目の方が得意だと以前言っていた。これも能力柄だろう。人の精神に直接干渉するシャルの能力、思考伝達は心理学方面や大量の情報から必要な部分だけを切り抜く能力が必要となってくるのだから。
「シャルさんが得意とする文系科目がぼくは得意じゃありませんから」
ファイラは俺からプリントを受けとりながら言う。
そう考えればうちの頭脳二人は互いに苦手分野をカバーしあえるいいコンビなのかもしれない。
口には出さなかったが素直にそう思いつつ、ライたちに別れを告げて一先ずリリを迎えに行く。
「リリちゃん待たせちゃってるかな?」
「気にするほどでも無いと思うぞ。なんだかんだであそこは環境も整ってるし退屈はしてないだろう」
「ですね。あそこは風通しも日当たりもいいですら―――わっ!?」
「キャッ」
角を曲がろうとしたときにファイラがこの機関の制服を着た女の子とぶつかって互いに尻餅をついた。
「大丈夫か、二人とも」
「大丈夫?」
俺はファイラに、シャルは女の子に手を差し出す。ナギも不貞腐れるのを止めて二人を見ていた。女の子は見たところかなり若くファイラと同じか、それ以下に見えた。
「イタタ……ごめんね、大丈夫?……あっ」
「あたしのほうこそって、あぁっー!!」
その女の子がファイラの顔を見るなり指をさして大きな声をあげる。一方のファイラは普段は見せない少し嫌そうな顔をみせる。
「知り合いか?」
尋ねると俺の手を借り立ち上がって礼を述べてから「まあ、ちょっとした」と、曖昧な返事をした。一方女の子の方はシャルの手を借りずに立ち上がりファイラに近づいていく。
「いい所にあったわ!!」
「ぼくは会いたく無かったなぁ」
「この前の約束はたして貰いますから!!」
「だ、だから嫌だってば」
憤る女の子とは対称的に困り顔のファイラ。
「誰なんだ?」
俺たちは着いていけずにいるので、とりあえず状況を整理したくファイラに尋ねる。
「えっと……、彼女はミーシャ・フリークさん。第九部隊に所属している方です」
女の子―――フリークの説明をするファイラ。だが、二人に一体どういう関係が?
「フリークさんとは、同じ時期に機関に入ったんですが……」
「ファイラ・スゥイート、貴方のような人が不死鳥部隊に入るなんてあり得ないわ!!あたしと勝負しなさい!!」
「―――というわけなんです」
苦笑いを浮かべるファイラ。この様子を見るにずいぶん前から何度も言われているんだろう。とりあえず、俺としてもこれ以上ここで時間をかけるわけにはいかないので助け船をだすか……。
「えっと……フリーク?」
「貴方は?」
「ああ、俺はユウリ―――海野優梨だ」
「貴方が、噂に聞く不死の……」
「あっ、ちなみにボクはシャル。こっちの子はナギサちゃん、だよ」
ついでにといった感じでシャルが自己紹介を済ませる。ナギはいきなりの喧嘩腰のフリークに警戒するような眼差しを向けていた。
「とにかく、フリーク。お前何処かに向かおうとしていたんじゃ無かったのか?」
フリークが向かおうとしていた先には出口などないはず。そこに向かおうとするということはなにか用事があるということだ。
「えっ……?あっ」
忘れていたかの様に声をあげる。一応部隊員として働いている以上それなりに力はあるのだろうが、どこか抜けているのかもしれない。
「ぐっ……今日は見逃すわ!!だけどいつか絶対勝負しなさい!!そしてあたしに負かされなさい!!」
ミーシャはそう早口で捲し立てるとパタパタと去っていた。それをファイラは苦笑いを浮かべて見送る。
「えっと……すみません。時間とらせちゃって」
「別に謝ることでは無いが……なんか面倒な奴に絡まれてるみたいだな」
「あはは……。悪い子じゃ、無いんですけどね」
フォローを入れつつも困り顔なファイラ。なんというか、コイツらしい。
「というか、さっきの……フリークとの交友って昔からあったのか?」
「昔ってほどでは無いですが……、さっきもいった通りこの機関に入ってからです。最初の頃は仲良くやっていたつもりだったんですが、急によそよそしくなったり、それで気づいたらあんな風に。なんなんでしょうね?」
「…………フリークの年令は?」
「ぼくの一つ下で14です」
「そうか……」
思い過ごしかとも感じでチラリとシャルをみやると、彼女もまたファイラに軽い苦笑を向けていて、客観的にみたらそうなんだろうなと感じさせた。俺の視線に気づいたらシャルは小さくウィンクを俺に投げ掛けた。それで俺はある程度まで確信した気分になった。ソレであるという確証は一切無いにも関わらずに。
「どうしました?」
「なんでもない、行くか」
俺は止めていた足を再開させる。ナギの不貞腐れ顔はこのアクシデントのせいか無くなっていた。
これは推測の域に過ぎないがフリークはファイラを好いているのだろう。いや、正しくは気にはしているが、それが恋心によるもの、恋愛感情であるということを自分で理解できていないのだろう。
この位の年齢でよくあることだ。好きな相手に意地悪をしたり、意地をはってみたり。だけどそれをすればするほどますますヤキモキして落ち着かなくなってソレを相手のせいにしてまた意地をはって……負のスパイラルもいいところだ。だが、こんなことに俺たちが口だすのはナンセンス。当人達に任せるのが一番だ。
リリを迎え、これから教育機関に行くことを伝えると嫌な顔一つ見せずに着いてくる言ってくれたので(その際の、最後の望みがたちきられたナギの顔はなかなかに愉快でシャルと共に声には出さず笑った)俺たちはそのまま教育機関に向かった。
わずか数分足らずで建物に白い鳩のマークが描かれている教育機関にたどり着いた。未来に飛び立つ何者にも染められて無い者、という理由でこのマークに決まったらしい。
「おー、久しぶりだなぁ」
建物を見て声をあげるシャル。過去にシャルも自宅学習を受けていたらしいから、その流れでここにもよく足を運んでいたらしい。卒業後は用事もなく、その他仕事も忙しいこともあってか全く来ていなかったと言っていた。
「それじゃあ、案内しますね」
扉を開け、どうぞと俺たちをファイラが招き入れる。白に統一された壁に清潔さと、それでいて小さな子どもも通っているんだということを分からせる染みや汚れが俺たちを迎えた。
こちらです、とファイラに促されて俺たちはまっすぐ歩いていると一枚の扉があり、そこには管理事務所と書かれたプレートが張られていた。
「こちらで自宅学習について詳しい話を聞けると思います」
ファイラは小さく微笑んで扉を開けた。中は小さな受付窓口のようになっていて三人の女性がおり、うち二人が客と思われる女性の相手をしていたため一番右の女性の方に歩み寄った。
「あの、いいですか?」
「はい……って、あら?ファイラくんに……それに、久しぶりじゃない、シャルちゃん」
資料を整理していた手を止めて俺たちに驚きの表情を見せる。二人とも知り合いのようだ。
「久しぶりです」
笑顔を見せてシャルが答える。そこからは親しみを強く感じた。
「どうしたの、今日は?」
その女性は持ち直すように俺とナギ、リリをちらりとみて二人に問う。
「実はね、この子……カイノナギサちゃんっていうんだけど、ボクの部隊の非常員メンバーで、うちの部隊の隊長、アイさんの助言で自宅学習を受けてみよ―かなーって話になって。それでお話し聞きいたいなーって。で、ファイちゃんが案内してくれて、ボクはただついてきただけ」
「なるほど……では、こちらへどうぞ。えっと……」
「あぁ、俺は海野優梨。コイツの兄です。で、こっちは……ちょっと理由があって預かってる女の子だから気にしないでください」
リリが守衛保護中の人物であることはあまり言いふらさない方がいいので少しごまかしたいい方をした。ファイラやナギが機関の人間であることを知っているためかその女性はそれ以上突っ込まずに俺たちを奥の別室に案内を始めた。
「あっ、じゃあぼくはこれ提出してくるんでお話し聞いといてください。もし先に終わったら帰っていただいて結構ですので」
ファイラは言って踵を返して事務所から出ていく。その姿を少し見送ってから俺たちは女性に促されるままソファーにへと腰を掛けた。
「それでは簡単なお話しからさせていただきます。私はここで事務処理や教師担当しています、アリス=キャロルと申します」
キャロル先生は小さく頭を下げ俺もそれに合わせる。
「さて……まず自宅学習ですが、今まではどこかの教育機関で教育を?」
「いや……、今回が始めてなんですが……」
「えっ?」
目を丸くさせるキャロル先生。まあ、普通に考えれば学習を受けていなければならない年齢だから驚くのも無理はないだろう。
「まあ、ちょっとわけありで。察してください」
「そのようですね」
ある程度融通が聞くのか追求せずに、俺の曖昧な笑いに返してくれた。
「では、そうですね……まずはナギサちゃんの基礎学力がどれくらいなのかを見てどの学年からの勉強を始めるべきかのテストを行いましょう」
「分かりました」
「む~……ナギは受けるとは言ってないよ」
今まで黙って話を聞いていたナギが口をはさむ。このままでは流されて自宅学習を受ける羽目になることを察知したのかもしれない。俺としてもこれが目的だったんだがな。
「あら?合意の上で……ではなかったの?」
「違う。さっきも言ったけどナギは特別だから別に受けるか受けないかは自由だって言われたし」
そんな風に絶対嫌だといわんばかりの声を上げるナギ。だが、それをナギの隣に座るリリが切なそうに声を上げた。
「えっ?なぎちゃんといっしょにべんきょうできないの?」
「うくっ……」
無垢な目で、自分より背がやや低いリリに見つめられて言葉につまるナギ。リリの歳も一つ下ということもあってか気分は姉であるナギにとってのプライドと勉強をしたくないという気持ちがせめぎあってるのかもしれない。
なら、ナギには悪いがこれを利用させてもらおう。
「リリ」
「なに?」
「ナギと一緒に勉強したら、“リリ”は楽しくなると思うか?」
「うんっ!!」
「じゃあ、折角ナギと一緒に勉強出来るかも知れないのに、そのチャンスが無くなるのは“リリ”は悲しいか?」
「うん」
「だってさ、ナギ」
「ぐぐぐっ……お兄ちゃんの卑怯者ぉ……」
恨めしそうに俺を見るナギ。やはりこの作戦は成功のようだ。
ナギが楽しいかどうかは結局はナギしか分からない。当たり前のことだが、ということはリリが楽しいかどうかもリリにしか分からない。つまりはナギがリリにそういう精神方面で説得に当たるのは不可能というわけだ。
そして、ナギはきっとリリの望みをきいてやりたいという気持ちもあるはず。それは姉、という心の持ちよう以外にナギの優しさも関係してくる。優しいナギはきっと、リリの願いを踏みにじることはできないはずだ。
「ナギちゃんとリリちゃんが勉強してる姿ボクも見てみたいなぁ。分からないところを教えるっていうのもやってみたいし」
「そうなったら、なかなか楽しいだろうな。ファイラもきっと優しく教えてくれるだろうし」
「フフっ、そうですね。ファイラくんとシャルちゃんならきっと優しく、楽しくレクチャーしてくれそうだね」
更なるシャルの追い討ちに俺と、そしてキャロル先生も乗る。
「ぐぐぐっ……、あー、もう!!こうなりそうだったからナギは行きたく無かったのに!!分かったよ!!テスト受ける!!」
堪えきれなくなったように叫ぶナギ。それを見て俺たちは笑い会う。
「よくいったぞ、ナギ」
「知らない。お兄ちゃんとシャル姉ちゃんのバカ」
ソッポを向くように視線を落とすナギ。流石に口のうまいナギもこの状況にはかなわないらしい。
「話は決まったみたいですね。では、明日……そうですね、同じぐらいの時間にもう一度来てください。そのときにナギサちゃんに能力適正テストを行います。内容は国語、算数、理科、社会の四つを行います。あくまで適正テストなんで気軽に受けてくださいね」
ニッコリと微笑みちょっとした書類を俺に渡した。
このまま簡単な説明を加え、今日は終了となった。
「ありがとうございました。では、また明日」
「また、暇なときに来るねー」
「うん、わかった。いつでも来てね。カイノさんは明日、お待ちしております」
最後にまた笑いキャロル先生と別れを告げ事務所を出た。
「やっぱり、シャルについてきてもらってよかったよ」
「そう?まあ、ナギちゃんにとっては不幸だったのかも、だけどね」
「むッー」
膨れをもって答えるナギにシャルはクスクスと笑いをこぼす。
「ゆうおにいさん?」
「ん?」
「ふぁいさんはまだなのかな?」
「あぁ……そう言えば、そうだな……」
結構な時間がたっていたのでファイラの方も終わっていてもよさそうなのだが……。
「まあ、なにか手間取ってるのかもしれない。アイツのことだから待たれると負い目を感じるかもしれないから―――」
だから帰ろう、という俺の言葉をより高い声が切り裂く。
「だから!!なんであたしと戦闘したくないのよ!!」
「……フリーク?」
この金切り声の主であろう人物の名を呟く。彼女も教育機関に……、それに戦闘って?
「だよ、な」
「うん、そうだと思う」
頷きをもってシャルも返し、膨れ顔のナギも事態を把握したようで、リリだけが一人、キョトンとした表情を浮かべていた。
「行ってみるか?」
「多分困ってるだろうしね」
俺たちはその声の方に歩みを進めることを決める。その間にリリにリリを迎えに行くときにあった出来事を話す。
その話を終えた頃にはフリークと、ファイラの姿を見つける。
「だ、だから……ぼくがこの部隊にいるのは戦闘面での抜擢じゃ無いんだってば」
「尚更第四部隊にいる意味が無いわ!!最低でもあたしを倒せる強さはあるはず。それを見せろと言ってるの!!」
「無理だってばぁ」
困った声をあげるファイラ。そのファイラと、フリークに声をかける。
「またやってたのか?」
「あっ、ユウリさん」
俺の顔を見てホッと息を吐くファイラ。救いが現れた、というところか。
「……ファイラ・スゥイート!!聞いてるの!?」
チラリと俺たちをみやってから再び叫ぶミーシャ。なるほど、これはめんどそうだ。
そう感じて助け船を出す……前にナギがニヤリと笑って喋りだす。これは、なにか企んでいるときの……。
「ナギ、ファイにいの闘ってる姿みたいなぁ。霊体のときと、実体化しているときとで感覚も違うからやっぱり間近でみたいし。ね、リーも見たいよね?ファイにいの格好いい姿を」
「かっこいいすがた?みたいかも」
「ほらっ、リーも言ってるじゃん、ファイにい」
「な、ナギちゃん……」
俺たちがナギに使った手法でファイラを追い詰めるナギ。それにたじろぎ俺とシャルを見上げるファイラだが……。
「なぁ、シャル。諦めって、時には感じんだと思わないか?」
「奇遇だね。ボクも同じこと思ってた」
「ユウリさん、シャルさん……」
残念ながらどうしょうもないということを会話で示し、ファイラのヘルプを断る。
「さあ、ファイラ・スゥイート!!演習場に来なさい!!」
「もう……分かったよ」
ガックリ項垂れ先を行くミーシャにファイラが着いていく。
その姿をみやりながらソッとナギに尋ねる。
「なんでけしかけたんだ?」
「いっそのこと戦った方がファイにいにとってもいいと思ったから」
「本音は?」
「ファイにいがいたから絶対にここへ来ることを逃れられずに連れてこられたようなものだから」
「正直なことだ」
俺は呆れたように呟く。なんとも、ナギらしい理由だ。だが、ファイラには悪いがこれで機嫌が治るならいいかもしれない。
フリークに連れられドーム場の施設に入る。ここに所属することを示すIDパスを見せファイラ、フリーク、そして俺は土がしめつめられたメインフィールドに、それ以外のメンバーは硬化ガラス越しに周りを囲むように設置されている客席に腰を降ろした。
「それじゃあ、これから演習試合を行う。武器の使用は非殺傷のみ許可とし、能力の使用も過度を越えない限り認める。ただし、俺が危険だと判断した瞬間に俺はお前たちの間に入る。いいな?」
「「はい」」
ルールを説明し終えた俺に返事を返す二人。ファイラも腹を決めたように鋭くフリークを見ている。
「それでは、始め!!」
俺は声をかけると共に後ろに大きく跳躍、二人のバトル間から大きく離れる。
「行きますわ!!空よ、喰らえ」
「っ。ここです」
フリークの声になにかを感じとったファイラが横に飛び転がる。その直後、ファイラのいた場所を竜巻の中心にするかのように―――いや、実際に小さな旋風が現れる。
「空気の流れを感じ取れたのが幸いでした。初見だったら危なかったです」
立ち上がりながらそう声をかけるファイラ。
「気よ、導け!!」
そんなファイラを無視するかのように再び、技とおぼしき言葉を告げるフリーク。すると停滞していた旋風がファイラに向かい動き出す。
「空気なら、ぼくも動かせます」
グッと手のひらを翳すと旋風は動きを止める。そして、ファイラが気を昂らせるように声をあげると旋風は消滅してしまった。
「まだまだ!!空よ、喰らえ、喰らえ、喰らえ!!」
ゴッと大きな音が次は聴こえて三体の旋風が現れる。その一つが俺の近くに現れたため慌てて場所を退く。
ファイラに似ているが違う……なんなんだ、これは?
俺は旋風の方向を予測しつつ二人の戦いの邪魔にならないように気をつける。
『ユウリくん』
突如、頭に声が響く。この声は、シャル?思考伝達で送ってきたのか……。
俺は二人から視線を外さないように気を付けながら答える。
『どうした?』
『フリークちゃんの能力、分かったよ。多分、天空海濶で、間違いないと思う』
『天空海濶?』
ただ、鸚鵡返しする。だが、聞いたかとが無いわけではない。たしか―――。
「三つなら、無理よ!!気よ、導け!!」
ゴッとまた風がなって旋回しながらファイラを追い詰めていく。その様子に不味いです、と呟いて冷や汗を流すファイラ。
『たしか、大気を奪ったり、コントロールしたりする能力だったよな?』
『うん、それにここには無いけど液体として存在している水もね。さっきの旋風は、一定空間の風を奪って、一種の真空状態を作って……だよ』
『なるほどな』
真空状態の空気層が出来たなら、すぐにその場に空気が流れ込む。ソレを一瞬だけでも制御したら、旋風の完成というわけか。
もし巻き込まれたら、いくら旋風と言えど能力者の干渉で急激な成長、竜巻への変化も考えられる。ゆえに、避け続ける必要がある。
ファイラは彼自身の能力―――花鳥風月で空気の不穏な流れを察知して発生する前に逃げているんだろう。彼にしか出来ない芸当だ。
「逃げ道も防ぐ」
フリークは言葉を述べ、なにかを投げる。その何かは地面に到達すると音をなし割れてそこから、水が飛び散った。
「しまっ―――」
「水よ、畝れ!!」
飛び散った水がまるで蛇のように長細い線を作り三対の旋風の周りを囲み逃げ道を減らす。
「気よ、加速せよ!!」
旋風が中央に集まるスピードがグンっとます。これは、決まったか?
もしもの時を考え身構えておく。あの旋風に体が飲み込まれた瞬間、ファイラを助け出そう。
「っ……。これなら……」
辺りを見渡し逃げ道がないことを悟ったファイラは小さく呟く。その声には何かを決心する色が見えた。
「ぼくに力を―――仇の風!!」
ファイラが凛とした大きな声で叫ぶ。
一瞬大きな風が吹き荒れて旋風と水の輪を吹き飛ばす。
だが―――。
「わぁっ!!」
「っ、ファイラ!!」
爆音が鳴り更なる風が吹き荒れるとともにファイラの体が吹き飛んだ。
それを見た瞬間俺は動き落下地点に滑り込む。キャッチしたファイラの体に傷は無かったが目を閉じて意識は手放していた。
シャルたちががファイラを心配する声を上げるのが今頃になって聞こえた。そこには、フリークの、特に心配そうな声も混じっていた。
******
疲れからか、眠ってしまったナギの黒毛とリリの赤毛を撫でる。二人とも俺の膝を枕にしてしまっていて俺は身動きができない状況になっていた。
窓からは夕焼けの赤い光ではなく白い月明かりが射していた。
「よく寝てるね」
「だな……疲れてんだろ」
眠っているリリの隣に座るシャルがニコニコと笑う。
ナギも久々に働いた訳だしリリも色々つれ回した訳だし、無理も無さそうだ。
「ん……?ここ、……?」
「おっ、目が覚めたか」
俺たちの声を聞いてかベッドの上で呻き声をあげるファイラ。シャルはすぐに近づいていったが俺は二人の枕となっているため近寄れなかった。
「みなさん……あっ、そっか」
思い出したようにファイラは呟く。記憶を取り戻した、というよりは、頭に血が巡ったといった方が正しいかもしれない。
そんな、体の傷もなくハキハキと喋るファイラに、彼女は口を開いた。
「フンッ。勝手に自爆して勝手に迷惑かけて、ざまぁないわね。自分の力量をわきまえないからこうなるのよっ。迷惑だけかけて……なんでアンタが不死鳥部隊に入れられているのか、ますます分からなくなったわ」
「あっ……」
早口でフリークは捲し立てて、教育機関内にある保健室から出ていった。何か言おうと口を開いたファイラだが、それより先にいなくなってしまったので諦めて一度口をつぐむ。
「気にするな。俺たちは別に迷惑なんて思ってないからな」
「そうだよ!!ボクも、もちろんナギちゃんやリリちゃんだって思ってないよ!!」
「そう……ですか」
少し苦い笑いを見せて頷くファイラ。
「でも、フリークさんには迷惑かけましたね」
「そうでもないんじゃないか?なぁ?」
「そうだね」
「えっ?」
「お前が目覚めるまでずっとそばにいたのもミーシャだ。一番心配もしていた……まぁ、次会ったら一言声をかけとくぐらいはしたらいいんじゃないか?」
「ミーシャさん、が?」
「ああ」
ミーシャはファイラが呻き声を上げ目覚める直前までどこにも座らず近くにいた。呻き声が聞こえた瞬間にすっと離れていったがそれまでずっと心配げに見つめていた。
―――だが、これは言わない方がいいだろう。
「そう、だったんですか」
どこかしこりがあるような感じで一応納得するファイラ。やはり納得できない部分というのもあったのかもしれない。
「にしても、あのとき何をやろうとしたんだ?」
さっきから気になっていたことを口にする。
ファイラの戦闘スタイルは普段は―――というか、普段は戦闘に参加することは無いが戦闘に参加するときは大抵が俺やライと組んで俺の妖刀、鎌鼬の風の刃やライの投擲、爆破がこちらに跳ね返されないように補助的役割をすることが基本であり目立った動きはしない。1on1になることというのは限り無く少ないのだが、それでもその状況になったときは風や水、植物の動きを感じ敵の攻撃を予測、回避して疲労させていき、唯一彼が操れるナイフでとどめをさしていくものだ。
だから、あんな自滅するような能力の発現というのはしないはずだし、そもそもあんな攻撃を見たことも無かった。
「仇の風、のことですよね」
自らを嘲笑するように言うファイラ。
「あぁ、なにか考えがあっての事だろうが」
「確か、仇の風って逆風のことだよね?」
シャルが思い出すように尋ねる。
「はい、逆風、あとは難風とも言いかえれます。ぼくは空気の流れや水の流れを制御できます。だから、それを生かして風や、ウンディーネさんのように水を操れたら……そう考えて少し練習していたんです―――結果はあのざまですが」
ファイラの言い方から察するに、リリを助け出すために戦ったウンディーネの水を操るという能力からこれらのことを思いついたのだろう。
「そうだったのか……でも、なんでまた?」
「ミーシャさんの言うとおり、ぼくは第四部隊―――不死鳥部隊の足かせです。ぼくがこの部隊に配属されたのはただ単に能力が特異だったからにすぎません。もちろん、自分でいうのも変な話ですがぼくの頭脳を期待してる部分もあるかもしれません」
何となくそれを否定する言葉をかけられず俺たちはじっと彼を見る。
「ですが、思考する頭があっても、それを実行する力がなければ無意味です。現在はシャルさんのおかげでぼくのイメージ図を皆さんにお見せすることで作戦を実行させられていますが結局は誰かたより、なんですよね」
「それで、自らの能力を高めるためにか?」
「はい……この前、二坂山にいったときからアイさんの言葉が気になってたんです。ユウリさんの能力も戦闘用ではないっていうのが……」
「それでも、俺の能力はファイラ以上に特殊すぎる。言ってみれば俺は敵の攻撃を無視して突っ込めるんだからな。それに、鎌鼬もあるわけだし」
「仮にぼくに鎌鼬があったとしても扱えませんよ」
そう返すファイラにずっと黙っていたシャルが声を上げる。
「う~ん、普段はどこで練習しているの?」
「えっ?家の裏とか、人の迷惑にならない場所でですけど」
「よし、じゃあボクたちもその練習につきあうよ!!ね、ユウリくん」
「……そうだな。俺も暇な時間は付き合う」
「そんな!!悪いです!!」
「なんでだ?」
「えっ?」
俺の少し含んだ笑いに驚いたような声を上げるファイラ。
「ファイラが強くなればちょっとした保護任務も任せられるようになる。それに、部隊が危機に陥る可能性も低くなる……そうなれば俺たちが結果的に楽になるわけだからな」
「そ、それはそうですが……」
「誰かのために強くなりたいんなら、一人で強くなるより誰かと一緒の方がいいに決まってる。だろ?」
「…………ナギちゃんが、あんなに言葉巧みな理由が分かった気がします」
「そうか?」
「はい」
ファイラはクスっと笑う。
「なら、決まりだね」
「ああ」
「はい!!」
俺たちは顔を見合わせて笑いあった。
教育機関の保険医によって軽い診察をファイラが受けた後、俺はナギを、ファイラはリリを背負って帰宅した。
******
勤務時間終了をたまたま時間を見つけれたためやって来たアイさんが告げる。
それを聞いて俺たち―――シャル、ファイラ、ナギ、そして俺が安全で、そしてきちんとした練習場、もしくは演習場を借りれないかということをアイさんにかけあおうとする。
だが、その前にアイさんが口を開いた。
「ファイラ、少しいいか?」
「はい?」
出鼻を挫かれたような気分を感じながら個人的な話でもあるのかと見やる。
他のメンバーもそのようで、一瞬帰る支度を止めた。
ファイラは少し緊張した顔持ちをみせながらアイさんの前にたつ。
「そう身構えるな。実はだな、前回のウンディーネの件でお前の功績が認められてな。少尉への昇格試験を受けてみないか、という話が来ているんだ。もし受かれば他のメンバーと同じ階級になれる。どうだ?このチャンスを受けてみないか?」
「えっ……え、えぇ!?」
ひどく狼狽した様子をみせるファイラ。
そのファイラにナギが弾んだ声をかける。
「すごーい。ファイにい、偉くなるんだ〜」
「そうだね。ボクがファイちゃんの年のときはまだ曹長以下だったんだから、凄いよ。ボクが少尉になれたのはつい最近のことなのに」
「そうだな。一年で少尉は凄いと思うぞ?」
俺とシャルが続いて賞賛する。
「うわー、この早さだったらすぐに俺を越えてファイラが中尉になるかもなー」
「ら、ライさん……!!」
「ライ、困らせるようなことを言うものじゃないですわ。ですが、この低年齢で少尉昇格試験に受けれるのが凄いのは確かですわ」
「ファイラ、貴方が受ける受けないは自由ですが受けるべきです。どのような結果でもファイラにとってきっとプラスに動くと思います」
「う、うぅ……サラさん、フローラさんまで……」
困りきった顔でファイラが呟く。
「このチャンス受けないのか?私としても部下が昇進するのは喜ばしいことなんだが」
そして、出鼻を挫かれたような気分を感じながらも、個人的な話でも不思議に感じる。ファイラは急に自分だけ呼ばれたことに少し緊張した顔持ちをみせた。
他の者も、帰る支度を一瞬止めてファイラをみやった。
当のアイさんはふんわりと優しく笑い語りかける。
「そう身構えるな。実はだな、前回の、ウンディーネ討伐のお前の功績から階級昇格の話が来ているんだ。階級は他の者と同じ少尉となるチャンスだ。受けてみないか?」
「えっ、えっと……えぇ!?」
ひどく狼狽した様子をみせるファイラ。
「すごーい。ファイにい、偉くなるんだ」
そんなファイラにナギが声をかける。
「そうだね。よく考えればボクがファイちゃんと同い年だったときはまだ二等兵だったんだから、かなりの早さでの昇進だよね」
「そうだな。流石、だな」
「お、お二人とも……!!」
「このスピードで少尉ならすぐに俺を抜いて中尉とかになりそうだな」
「ラ、ライさん!!」
からかい気味にライがファイラになげかける。それをサラがため息をつきながらたしなめる。
「ライ、からかいすぎですわ。ですが、その年齢で昇格試験を受けれるのは素晴らしいですわね。そう思いませんか、フローラさん?」
「昇格試験受験の最小年齢はファイラと同い年の方です。その方と肩を並べるのですから素晴らしいことだと私的には思います。ファイラ、ですので私からも賞賛の言葉を述べておきます」
「う、うぅ……。ぼ、ぼくまだ受けるとは言ってま―――」
「なんだ、受けないのか?」
ファイラの弱気な声をアイさんが鋭い視線と口調で制する。まるで蛇に睨まれた蛙のように身をすくませるファイラ。
「受けは……しますけど」
「ならよかった。まあ、お前が受けないといったとしても私が強制的に受けさせていたがな」
「……ぼくに拒否権は?」
「あると思うか?」
「ですよね」
ガックリと首を落とすファイラに俺は苦笑いを浮かべる。そういえば、俺やシャルが昇格試験を受ける際も似たようなことを言っていた。こういうことに関しては俺たちに拒否権を与えないのはアイさんらしい。
「さて、軽く試験内容を説明する。まずは―――」
ファイラの回復を待たないでどんな試験内容かを述べていく。
一般教養、規則、能力知識などの筆記試験、少尉としての器があるかや、咄嗟の判断能力があるかなどの口頭面接試験。
この二つに関しては緊張さえしなければファイラなら余裕でクリア出来そうなものだった。
しかし、最後の一つ―――。
「―――戦闘試験」
アイさんの言葉をなぞるファイラ。その瞳は少し揺れていた。
きっと、昨日のミーシャとの模擬戦闘を思い出しているのだろう。
「そうだ。少尉クラス二人と中尉一人、大尉一人が戦闘試験の監督となり受験者と戦う。もちろん、ある程度力は抜いて戦うし勝ち負けで決まるわけではなく、敵の能力の判断や自分のダメージを抑えられるか、そして戦闘センスがあるか、この三つをチェックする」
「だとしても……今の実力じゃ……」
「まぁ、無理だな」
「うっ……」
ザックリと言い切るアイさん。それに少なからずダメージを受けるファイラ。アイさんははっきりいう性格だからな。自分の弱点をみつめれない奴が戦い足手まといになるのは確かなんだが。
「ということで、これは命令ではないが……第四部隊全員に頼みがある。これから一週間後の四月二十七日に昇格試験がある。それを見越してお前らがローテーションでを組んでファイラに戦闘のイロハを教えてやってくれ。場所は本日は機関の演習場、あす以降は国立闘技場のメイン演習場を使えることになった」
「国立闘技場!?一般公開されてなかったっすよね!?なんで、そんなところを」
ライの驚く声が聞こえる。いや、ライだけではない俺たちもまさかの場所に驚いているし、ファイラに限っては固まってしまっている。
国立闘技場。フィーリフト王国と隣国のヨーリシア国との交友関係の証として建てられたものであり、三年前から始まった年に一度の親善試合が二国の間で行われている。
普段は国立闘技場内の二国の関係性を示すためのメモリアル広場のみ一般公開されているだけで闘技場などは公開されておらず、さらには練習場としなどは貸出されていないはずだ。
「ちょっとした、コネもあったが……ファイラを応援しているんだろう。なんせ、我が国の四帝部隊の一つ、不死鳥部隊の若きメンバー、ファイラ・スゥイートの昇格試験なのだからな」
「止めてくださいよ、アイさん……」
余計にプレッシャーをかけられてさらに情けない声を上げるファイラ。まぁ、アイさんからのプレッシャ
ーはたまらないだろうな。はっぱをかける意味もあるのだろうが。
「一の麒麟、二の青鷺火、三の戦乙女、四の不死鳥。どの部隊が一個前にでるか。私も張り合いたい。頑張ってくれよ」
「不死鳥部隊を抜けたいと初めて思いました」
「抜けるのはお前が死ぬか引退するときだ。まっ、不死鳥の名のもとに死なせはしないがな」
「……はい」
がっくりと頭を落とすファイラ。逃げ道をとことんふさいでいった感じだな。
敵を殺すことなく確保することに長け、殉職率の低い部隊―――それをさして不死鳥部隊と呼ばれる、この第四部隊。やはり、全員がそれなりの階級についている方がいいだろう。
「じゃあ、早速頼む。私も時間を見つけていくつもりだ。今日は……行けるか微妙だがな」
アイさんはそう言い残して部屋を退出していった。
「んじゃあ、今日は俺と……サラも暇だろ?俺たちが見てやるよ」
「勝手に決めるのはどうかしら?別にいいですけども」
サラとライが名乗りをあげる。
「私は本日、明明後日、そして二十五日はできませんがそれ以外は大丈夫です。お手伝いいたしましょう」
フローラも続き言葉をかける。その言葉にファイラが怯えの表情をみせたのは気のせいではないと思う。
「ウン、もちろんボクも手伝うよ。もともとそのつもりだったし。今日から大丈夫だよ。それに、おんなじ非戦闘用能力者として、能力を最大限にいかす戦い方を共有出来るかもしれないしね」
「あっ、それもそうですね。よろしくお願いします」
「……ファイラ、私のときとシャルのときとで反応が全く違いますね」
「そ、そ、そそうですかね?気のせいじゃないですかね?」
声を震わせるファイラ。全くもって隠しきれていない。フローラは少し不満そうな顔を見せたがこれ以上の追及はしなかった。
「よし、お兄ちゃん!!もちろんナギたちも、ね?」
「もちろんだ。今日はナギの試験があるから無理だが」
「…………やっぱり?」
「誤魔化されると思ったのならそれはそれですごいな」
残念そうにアヒル口にしてうつむく。だが、後ろを少し振り向いたかと思えば向き直ったときにはさっきの不満そうな顔ではなく、上目使いで瞳をうるわせ甘い声を出し始めた。
「ねぇ、お兄ちゃん……ダメ?ナギ、いきたいな……?」
「…………駄目なもんは駄目だ。それ誰に教わった。てか、十中八九ライだろ」
俺は睨みつけるがそのライはなにやら口笛を吹いている。仕事中なにやら二人が仲好さそうに喋っていたことを思い出す。余計な知識を植え込みやがって。
「ライ……なに教えてるのよ、アンタ」
場所の離れている俺の変わりにサラが呆れと怒りの声を出してくれる。
「よーし、ファイラ。じゃあ俺先行っとくから来いよ!!」
「あっ、コラ、待ちなさい。ライ!!」
そくさくと逃げるようにライが部屋を出ていきそのライを追うようにサラも去っていく。
その様子に呆れたとでも言いたげにため息をついてフローラも出ていった。
「あはは、じゃあボクらもいこっか、ファイちゃん」
「はい。それでは、ユウリさんは明日から。よろしくお願いします」
「ああ、きっちり付き合う。覚悟しておけ」
「はは……お手柔らかに」
ファイラは手を振ってシャルと共に出ていった。最後に残された俺はナギを引きずりながらリリを迎えにいき、教育機関に行った。
******
毎年十二月初旬に開催される親善試合には俺も警備の仕事についたりしているため国立闘技場には出入りをしたことはあるが、演習場、フィールド内に足を踏み入れるのは初めてのことなので、少し緊張と似た感覚が俺を支配していた。
「やっぱり、全然違うのかなー」
俺の隣を歩くシャルは俺とファイラに問いかける。
アイさんの指示で通常退社時刻よりも一時間早く俺たちは機関を出ていた。ライとサラは本日は用事のため休み、フローラはまだ仕事を片付けているため、後からの合流となる。もちろん、守衛保護中のリリと、俺が出社しているだけという条件のあるナギも一緒だ。
「さあな。ただ、土の感触やらフィールドの綺麗さで言えばピカイチだろうな」
「そういや、フィールドもプレーンから水辺、草地、森、湿地等もあるんだよね」
「管理も大変だろうな。まっ、試験は通常の―――プレーンで行うんだから俺たちが借りるのもプレーンだろうが」
プレーンというのは地の特性が無い分、純粋な個人の個性が出やすいということだ。また、プレーンである程度戦えるのならば特殊な地形でも戦え、逆に言えばプレーンで満足に戦えない人間は特殊地域でも戦えないものだ。
「で、昨日はどんなことをしていたんだ?」
後ろを振り返りながらファイラに話しかける。
だが―――。
「……ん?ファイラ?」
「えっ?なんですか?」
少しぼーっとした様子で返事を返さないファイラ。二度目の呼びかけで漸く反応を返す。
「昨日はどんな練習をしたのかと思って聞いたんだが……調子でも悪いのか?」
「い、いえ。大丈夫です。ちょっと緊張しちゃってるだけです」
「それならいいが」
本人が大丈夫だと言うのであればそれの真偽は別として問いただした所で意味は無い。時間の無駄だ。
「お兄ちゃん、あれだよね!!」
「ん?あぁ、そうだ」
前を歩くナギが指差す先には大きなドーム状の建物―――国立闘技場があった。
いつみても華やかで、それでいて厳かな雰囲気を醸し出していた。
歩き、近づく度にその雰囲気が増していく。フィーリフト王国を象徴する桜とヨーリシア国を象徴する剣と盾の絵が美しく壁に描かれており共同施設、友好関係を強く表していた。
「おっきー」
「霊体のときも来たことあるけどやっぱりすごいね」
無邪気にはしゃぐナギとリリ。俺も大きさや絵の力強さにため息が出てくる。
「えっと……受付の人にこれ渡せばいいんだな」
俺はアイさんからもらった紹介状をポケットから取り出す。これを見せれば案内をしてもらえると聞いている。
正門の方に受付窓口らしきものを見つけ近づく。
「いらっしゃいませ」
笑顔で女性が答える。
「あー、客じゃないんだ。これなんだが」
俺は招待状をその女性に渡す。すると女性はそれを少し見た後すぐに察した顔になる。
「不死鳥部隊の……。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
その女性は立ち上がりスタッフ用の扉を開ける。そして「こちらに」と言う女性に俺たちはついていき廊下を歩く。
するとすぐに鎧を来た男性一名が表れた。
「お待ちしておりました。こちらはここを率いる傭兵の隊長でここからのご案内はこちらの方に任せております」
女性は深々と頭を下げると俺たちが歩いてきた道を戻る。
なるほど、ここからは上の者に案内を任されるわけか。
傭兵はいわば国の軍事力で機関の人間が秩序を守るために犯罪者抑制に努めるのに対し、こちらは諸外国からの軍事的な攻め込みに対してや暴動、過激なデモ行為の鎮圧を止める組織だ。といっても、普段はこういった国立の建築物や重要なイベントの警備に当たっているわけだが。
「この度は貴重な設備を使用させていただきありがとうございます」
テンプレな礼を一応は最年長の俺が述べシャルとファイラも頭を下げる。ナギとリリは少し後ろに下がってもらっている。
だが、ファイラが先ほどよりも緊張した顔持ちをしているのがちらりと見えた。それは、ただ国立闘技場を使うにしては異常すぎる緊張の仕方だった。
「皆さんお顔をお上げください。私はここの傭兵部隊の隊長、セリヌ・スゥイートと申します」
「「えっ……?」」
彼のセカンドネームに俺とシャルの驚く声が重なる。そして同時にファイラを見やる。
「……まさか、貴方が来るとは思わなかったよ。兄さん」
「に、兄さん!?」
俺は驚いて声を上げる。ファイラに兄弟がいたと言うことを聞いたことがなかった。
「なんだ?おれの事を伝えていなかったのか?ファイラ」
「兄さんがぼくらを案内すると知っていたなら言ってたよ。でも、知らなかったから……」
「また言い訳か」
「……っ!?いいから、案内して。こんな時間無駄だから」
「ふんっ。そうだな。では案内するとしよう」
普段は見せない苛立ちに似た声と表情をファイラはみせる。
どういうことだ?と、問いかける空気も無く静かな空間に俺たちの足音だけが響く。
すぐにフィールドにつながるとおぼしき施錠されている扉につきセリヌさんが開ける。
「使用時刻は22時までです。帰るときや何かアクシデントがありましたら伝達情報機ご連絡ください。それでは私は」
すっと頭を下げてセリヌさんはフィールドから出ていく。重く、切り詰めた空気が消えた。
「…………」
「ファイラ?どうしたんだ?」
黙ってセリヌさんが消えた扉を睨み続けるファイラに問いかける。
「あっ、すいません。変なところみせちゃって……」
「いや、それは別にいいんだが……。な、シャル?」
「えっ?あ、あぁ、うん。気にしないよ。それで、差し支えなかったら、いい?」
どこか変な間があったシャルもそう答える。
「兄さん―――セリヌ兄さんとぼくについてですよね。少し家庭の事情、といいますか……」
「言いたくないことなら言わなくていいぞ」
「いえ、そういう訳ではないです。ナギちゃん、リリちゃん。変な空気にしてごめんね」
「ううん。ナギも気にしてないよ」
「あたしも」
「よかった」
小さく微笑んでファイラが俺とシャルに視線を戻す。
「ぼくの産まれた村……フィーリフト王国の端の方のF-31区にある場所なんですけど……そこには55年前までは遊牧民の人がよく来ていたらしいんです。そのたびに村の住人と遊牧民の人と争っていたんです。そこで村の中で産まれたのがルールが徴兵制度です」
「徴兵?それって村人を戦闘員にってこと?」
「はい。正しくは十二歳以上、五十歳以下の男性に、ですけど。しかし、これはもう過去のこと。今は遊牧民との間には協定が結ばれましたので自然とこの制度は潰れました。しかし、過去の風習というものは完全には消えないものです。特にそういったことに従事していた家系なら……」
「もしかして……」
「シャルさんの考えてる通りです。スゥイート家は村の名門一つです。今でも求められているんです、力を。徴兵制が崩れてからはスゥイート家はフィーリフト王国所属傭兵に所属するようになりました。ですが……ぼくは―――弱いぼくはそんなスゥイート家の鎖なんです」
そのファイラの言葉にはなにか重いものを感じさせた。
強いことが普通な家系に産まれた、イレギュラーな自分。きっと、耐えられない何かがあったはずだ。
「体も体重も小さく産まれ、三歳を過ぎても男としての強さをみいだせない自分は家族から嫌われました。愛情なんて……感じたことが無かった……」
歯を食いしばり俯くファイラ。言い表しようの無い怒りや悲しみが支配しているのがわかる。
「じゃあ、さっきのセリヌという男も、ファイラのことを嫌って」
「……半分正解、ですね」
「半分?」
「はい。兄さんは9歳年の離れたぼくによく構ってくれました」
「じゃあ、なんで?」
「ぼくがこの特異な能力を見込まれて機関にスカウトされたときから……そのときからぼくに冷たくなりはじめたんです。理由は分かりません。こうしてぼくは家の中では居場所を完全に失い、逃げるように機関に入っていき、現在に当たるわけです」
どこか自嘲したような響きでファイラは答えた。
「……ははっ、変な話しちゃいましたね。ごめんなさい。時間無いですし、ご指導お願いします」
話をそらすように俺たちに言うファイラ。
過去を話すというのは、過去を直視するということ。それが辛くない訳がない。しかし、それでも気丈にファイラは笑ってみせた。そんなファイラにこれ以上その過去について聞くのは残酷なことだ。
「……わかった。とりあえず今は鍛練をするか。昨日は何をやったんだ?」
本日二度目の同じ質問をする。あのときはなんだかんだで聞けなかったからな。
「昨日はライさんやサラさんと軽く手合わせしました。そこで言われたんですが、やっぱり基礎体力が足りないと。でも、今からそれを鍛えても本番に間に合うかどうか。ですのでそこで……」
「ボクの提案でファイちゃんの能力にあった体術、武器の使い方を学ぼうってなったんだ。ユウリくんからね」
「俺から?」
「ウン。ファイちゃんは能力のお陰で空気の流れを読んで普通よりも早く、それでいて正確に敵の動きを把握することができる。それを活かしてユウリくんに編み出してほしいんだ。ファイちゃんにあった戦闘を」
「なるほどな」
能力を頼った戦闘であるライやサラでは戦い方が大きく異なる。元々は体術一本でやっていた俺ならばファイラにあった戦い方を見いだせると踏んだのか。
「よし、わかった。じゃあ一度俺と手合わせをしよう。ファイラはナイフも常備して本気で俺にかかってこい」
「えっ?でも」
「大丈夫だ。怪我を負ってもすぐ治る」
「……わかりました」
「よし、じゃあやるか。ナギとリリは後ろに下がっておけ」
「は〜い」
「わかった」
俺の指示を大人しく聞きフィールドの端に移動する二人を確認する。
「よし、来い!!」
「じゃあ、行きます!!」
地を蹴り、ファイラはナイフを取り出して俺の元に駆け寄る。流石にナイフを得意武器とするだけに一太刀一太刀は力強く当たればそれなりのダメージを与えれるものだ。だが。
「よっと……」
俺はそれを見切って最小限の動きでかわしていく。そして。
「くっ……」
「そこだ」
「わっ……」
一瞬の隙をついて俺はファイラのナイフを蹴りあげる。ナイフは手から離れて空中に飛び少し離れた場所に落ちた。
「やっぱり、疲労がでてしまうんですね」
乱れた呼吸を整えながらファイラが呟く。
「そうだな。前半は隙が少なかったが後半はナイフの軌道が乱れていった。折角、俺の動きを予想してかわしにくい場所にナイフをはなってもあれではな。逆にナイフの軌道をよまれてしまう」
冷静に分析しながら俺はナイフを拾い上げてファイラに渡す。そしてニヤリと笑ってみせる。
「ならば、相手に軌道をよませなければいいんだよ」
俺の言葉に意味をファイラは理解できなかったようで首をかしげた。