プロローグ
少年は優秀だった。
優秀だからこそ、少年は知っていた。自分が両親から愛されていないことを。
「おとうさ―――」
少年が呼び掛けるも答える声は無くどこかに立ち去ってしまう。
一度や二度ならただ聞こえなかっただけと形容出来るかもしれない。しかし、少年は形容できなかった。もう、何度目かも分からなかったから。
―――ぼくは弱い。
少年が何度も胸中で呟いた言葉。
わずか三歳にしてナイフを持たされ、必死に振るった過去。だが、少年には自分の意思で人形を、生き物を斬ることはできなかった。
―――また、言い分か。
父親、母親、家族の言葉。
少年が斬れないと、心の叫びをあげるたびに蔑ませる。
いつのまにか涙は枯れて頬から流れなくなった。
「大丈夫だ」
父親に無視をされて、唇を噛む彼に語りかける一番年の近い家族。
「お前は弱くなんかない」
そう断言する彼の言葉に嘘も偽りも無い。
ただ彼は本音で語りかけて頭を撫でる。
少年の枯れた瞳は真っ直ぐに彼を見上げる。唯一弱くないと言ってくれる存在を、自分を見てくれる存在を。
少年にとって、彼だけが憩いであり、救済だった。そう信じ続けてきた。だから、少年にとって彼からこの言葉が吐かれるとは考えられなかった。
少年の特異な能力を見込み、機関から職員にならないかという話が来て一ヶ月。故郷をでてA地区に向かう事となる少年に送られた言葉は惜別のものではなかった。
蔑み、嫌い、少年が最も恐れる言葉を彼は吐いた。
―――また、言い分けか。