第9話 予選 3
ヤバい。とにかくヤバい。
十数歩程度しか離れていないタイマンで、ロケットランチャーを向けられるこの恐怖。いくら俺たちが既に死んでいるからって、生前の知識や記憶がある以上、あんなものを向けられたらビビる以外ありえねーだろ。
っていうか、ていうかだよ! あんなもん買えるのか、この世界は!
確かにカタログには伝説の聖剣とか載ってたけど! おかしいだろ、ロケットランチャーって! 直撃食らったらライフがどれだけ減るか想像もつかねーよ!
ってか、そもそもあれいくらするんだ? ○ッポーライターが千ポイント二千ポイントするのに、ロケットランチャーって! 湊さん、初期ポイントどんだけ持ってたわけ? まさか借金とか言わねーよな!?
「ま……まあ待ってくれ、湊さん。君の勝ちたいって気持ちはよくわかるぜ。わかるが、いや、それにしたってロケランはちょっとやりすぎじゃね……?」
ロケットランチャーを構える美少女という図は一部の人には受けるかもしれないが、あいにく俺はそういう方面には足を踏み入れていないし、何よりターゲットが俺だ。
逃げ腰になりながら、なるべくそれだけは勘弁してくれというポーズを取って、説得を試みる。いや、無駄だとは思うけどさ……。
「私の能力は戦闘に使えなくってね。悪いけど、こういうのを使うしかないのよ」
ですよねー!
どうする……どうする俺! この状況で何ができる!? 今できることと言えば……。
「えーと、ちなみにどんな能力で……?」
聞きながら、俺は右手をポケットに滑り込ませる。その手にライターをつかみ、いつでも使えるように握りしめた。
今できること、それはフレアロードだけだ。チャンスは、湊さんがロケットランチャーを撃つ前のみ。あのおっかない代物を――燃やす!
「言えるわけないじゃない。他人に自分の能力を暴露するなんて、バカのやることだわ」
あ、はい、そうですね。本当、そうですね。はい、言い返せません。
湊さんは、なんていうかあれだな……言いたいことはそのままズバッと言っちゃうタイプなんだろうな。えーと、なんていうんだっけこういうの。歯……歯にキアヌ……いやこれ以上はやめておこう。
俺はため息をつきながらライターを握った手をポケットから出し、後ろ手に着火する。なんとか時間は稼げた。ここから、これからの一瞬で勝負は決まる……!
「じゃあ、そろそろ行くわよ?」
「ぜってーヤだよ!」
一応言うだけ言ってみたが、当然やめてもらえるわけもなく、無慈悲にも湊さんはロケットランチャーを発射した。
彼女にやめる気がないことはわかっていたので、俺は彼女の指が動くのを見るより早くライターが出していた火を最大級に大きくして(規模も威力もな)、彼女目がけて発射する。
当たり前の話だが、どれだけ俺が炎を操れたところでロケット弾より早くなるわけがない。だからこそ、なるべく早く動かなければならなかったいわけだ。
そしてそれは、発射直後のロケット弾を包む込んだ。すると、どうなったか? 答えは……。
「ぬわああぁぁぁーっ!!」
「きゃああぁぁぁっ!?」
俺と湊さんの間くらいで、ロケット弾が爆発した!
耳がマヒしそうなほどの爆音と衝撃が俺たちを襲い、次いで爆風に吹き飛される。
上ではなく真横に吹っ飛ばされたので、俺はギリギリのところでなんとか屋上の縁をつかむことができた。そのまま命綱なしでビルのてっぺんからぶら下がる形になる。
……こんな感じのシーンを古い映画で見たことがあるな。確か、世界一運の悪い刑事が主人公の。
映画じゃそのシーンが来るころ彼は既に満身創痍だったが、俺は既に死んでるので常時絶好調だ。ライフは気づけば半分以下になっているが、体力や気力に衰えはない。もちろん、手から握力が抜けていくなんてこともない。死んでいて本当に良かった。
「よ……い、せ! っと……!」
なんとか屋上に復帰して、最初に目に入ったのは中央付近に穴が開いた屋上だった。
……とんでもない威力だ。半分くらい俺がやったとはいえ、目の前で実際を見るとぞっとするな。ゲームの世界とはまったく違う。
何か言えるほど俺は戦争について考えたこともないし、その手の知識もないが……これは使っちゃダメだろって思っちまうな。これで核とかになったらどうなるんだ?
……まあいいや、そういう難しい話は生きている人に任せよう。
「えーっと、湊さんはどこ行った……?」
周りを見渡してみるが彼女の姿が見当たらない……が、よく見ると縁をつかんでいる手が見えた。俺とは正反対のほうに飛ばされて、同じようにぶら下がってる状態だろうな。
近くまで駆け寄ってみれば果たして、屋上からは彼女がぶら下がっていた。
「大丈夫か?」
「……これが大丈夫に見えるの?」
彼女ももちろん既に死んでいるので、俺と同じく身体に不調があるようには見えない。ただ、自分の体重を引き上げられるほどの力はないのだろう。腕力にはスキル振ってないのかな。
彼女のゲージは半分よりやや多く、俺との差はさっきの剣によるダメージがあったから、かな。
まあともあれ、このまま黙って見ているわけにもいかねーよな。
「……だよな。すまん、今引き上げる」
「はあ?」
言いながら腕をつかむ俺に、湊さんはそう言って何とも言い難い顔を向けてきた。
うん? そんな顔されるいわれはないと思うが……まあいいや、先に引き上げないとな。
自分の身体目いっぱいに力を込めて、湊さんを引っ張り上げる。片手で人一人を持ち上げるってのは、フィクションじゃよくあるが実際はすごく大変なんだな……なかなか上がらない。ファイト一発の掛け声でなんとかなればいいが、あいにくここは現実だ。
いや、俺ら死んでるけど。
「……ふう、なんとかなったか」
悪戦苦闘……とまではいかないが、そこそこ苦労して、なんとか湊さんを引き上げることに成功する。彼女をその場に座らせて、とりあえず一息。
「……あんたバカじゃないの?」
「は?」
一仕事やり終えて満足していた俺は、予想していなかった言葉に驚いた。
目を向ければ、湊さんは右手に拳銃を持って俺をにらんでいる。
え、あれ? なんで? 俺、助けたよね?
「仮にも私たちは敵なのよ? しかも私たちはとっくに死んでて、トラックに撥ねられようが目の前で爆発が起きようが、痛みもないしこれ以上死にもしない。当然ここから落ちたって無傷だわ。なんで助けようと思ったわけ?」
とげとげしい言葉と共に、銃口が俺の目の前に迫る。
あー、これはいくらなんでもかわせねーな……フレアロードしかけるにしても、肝心のライターは手元にない。さっき使ったやつは飛ばされた時にどこかにやっちまったし、もう一つはポケットの中だ。
残り時間も多くないし、この戦いは勝てないかもしれん。しまった……さっきの一瞬、バトルの最中ってことを完全に忘れたよ……。
「……答えなさいよ」
俺が黙っていると、額に銃口を押しつけながら湊さんが凄んできた。怖さはないが、元々の顔立ちが美人だからか絵にはなる。
しかし答えろって言われてもな……。
「特に理由なんてねーぞ……湊さんが落ちるかもって思ったら、助けなきゃいけねーって思っただけで」
いや本当に、それ以外に答えようがない。
だがその答えは、湊さんには予想外だったのだろう。ぽかんと口を開いて、目を丸くしている。
「……あんた、ホントバカでしょ」
「し、しゃーなしだろ!? 生前だったら落ちたら死ぬじゃん!」
「まだ生きてる気でいるなら、それこそバカだわ」
「言い切るほどかあ!?」
俺がバカなのはわかっちゃいるが、学校の成績以外でこれほど言われるのはなかなかないぞ!
「言い切るほどよ。あーあ、もうなんかどうでもよくなっちゃったわ」
ため息交じりにそう言って、湊さんは銃を下げた。
「……えーと。湊さん?」
その行為は、追いつめた俺をみすみす見逃すことじゃないのか。それこそバカって言われても仕方ねーぞ?
「残り……五分ちょっとか。終わらせるには十分ね」
「いや、俺にはまったく話が見えてこねーんだが……」
「だから、もういいって言うのよ。私はもう出せる手段は全部出しちゃったし」
「……え、その銃」
「弾切れ。ロケランが高くってね、補充できなかった」
「能力……」
「さっきも言ったけど、私のは戦闘に使えない」
えーと。
……いや、俺は何をしているんだ? なんかよくわからなくなってきたぞ。
「バカのくせに難しく考えようとしないでよ。ややこしくなるだけだから」
「う……っ、で、でもだな」
「はいはい、バカはそこで黙って見てなさい。とりあえず、今からあんたに勝ち譲るから」
「……はあ」
それこそバカみたいに頷いた俺に、湊さんはどこか勝ち誇ったような顔で言った。
完全に弾丸論破されてるので、まあその表情はわからなくもないが……ないんだが、勝ちを譲る? 何を言って……。
「っておいいぃぃ!?」
思わず俺が叫んだのは、湊さんが突然屋上からアイキャンフライしたからだ。
早まるな! 今は別れの時じゃないし、未来を信じて飛び立つ状況でもない! 弾む若い力をそんなことに使っちゃ……。
いや、俺ら死んでるんだったな。別に飛び降りたところで、死にはしないだろう。だって死んでるし。
でも、ダメージは受けるはずだ。トラックに轢かれ、目の前で爆発に巻き込まれた経験から言うと、ここから飛び降りた場合、仮にライフが最大でも一気にゼロになる可能性があるはず。
慌てて端まで移動して下を見れば果たして、湊さんが地面に激突して一気にライフをゼロにしたところだった。
その瞬間、俺の身体が一瞬硬直して動けなくなり、空に「YOU WIN」の文字が浮かび上がる。
勝っても動けなくなるのか……すぐにでも湊さんのところに行きたいんだが……!
そんなことを考えていると身体の硬直が解けた。
よし、下までダッシュだ!
と思ったのもつかの間、覚えのある白い光があふれ出し、俺の身体を包み込んだ。これはもしかして、いやもしかしなくてもワープだよな……。
うう、まぶしくて目が開けてられん!
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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VS涼、ラストです。
次回はバトル後の始末と彼女について少し描写する予定。
次のバトルはその次になるかと思います。




