第8話 予選 2
『さあ後がなくなった明良選手! どうする、ここからどうするんだー!?……え?
え? 嘘、実況漏れてる? エリアに? あっれー、漏れちゃってるかー』
通行人という名の暴徒から必死に逃げ続けて数分、そんな実況が降ってきて俺は耳を疑った。
『えー、あー、すいませーん、一旦バトル中断しまーす』
そして直後、その言葉と共に暴徒が消えた。周辺を暴れまわっていた車も一緒に。
「……はあっ!?」
俺はそう言うことしかできなかった。一体どうなってるんだ……。
よくはわからねーが、とりあえずこれはチャンスだ。俺は物陰に隠れながら、イメちゃんとコンタクトを取る。
そこには既に、彼女からのメッセージがあった。
『観客席での実況がバトルエリアまで聞こえてしまうのは、運営側のミスです。先ほど抗議いたしましたので、現在修正中です』
……おおう。
そうだよな。リングの上でぶつかり合うプロレスと違って、このバトルは広いエリアの中を動いて敵と戦うんだ。敵の場所はシステムでわかるけど、何をしているかを実況にバラされたらたまらないって人は絶対いるはず。
驚いた、って言うよりは呆れるな……。
『指摘してくれたのか、ありがとう』
『いえ、ナビゲーターの仕事ですから』
礼を言うと、それには及ばないという返事。だが俺には、イメちゃんがウィンクしている姿が見える。相変わらずかわいい子だ。いや、もちろん俺の勝手な想像だけどな。
さて……せっかく状況が中断してるんだ。今のうちに、イメちゃんに聞けるだけ聞いておこう。
『ところで、あの通行人連中ってなんなの? いきなり襲われてびっくりしたんだけど』
『お察しの通り、あれがこのシティエリアにおけるフィールド効果です』
……やっぱりか。にしちゃ、かなり過激だな。
『基本、バトルエリアにおけるフィールド効果は地獄に落ちた魂への救済措置です。遅滞なく万全に効果を起こせた場合、魂の罪が軽減されるのです』
……え?
『……って、ことは、まさか、さっき俺が殴ったのって、人か?』
『はい。シティエリアのフィールド効果は参加者に対する攻撃と妨害です。このエリアは例外的に、彼らが合法的に他人を殴れる場所となっているので人気ですね。
無論、先ほどのように反撃にあう可能性も十分ありますが、何せ元が罪人の方たちですから、それでもここがいいという方は多くて』
ななな……なんつーシステム導入してるんだよ……。人道的にどうなんだ、それは。
っていうかだな、俺らに対する見世物みたいな扱いもそうだけど、死後の世界は魂に対して厳しくねーか? 死んだらみんな神様だろうに。
『残念ながらそれは、現世における迷信です。扱いが人に対するそれではないことは承知しておりますが、我々にとって魂に動植物の別もなければ、知性理性の別もありません。……ただ』
『……?』
『全ての関係者が、現状を好ましいと思っているわけではありません。我々はあくまでシステムの一部でしかなく、そこに異を唱えるわけにはいかないのです』
……そう、か。
イメちゃんも、これでいいと思っているわけじゃないんだな。でも変えるわけにはいかない、か……納得できねーなあ。なんとかなんねーのか、これ。
足りない頭でぐるぐると考えていると、出し抜けに声が空から降ってきた。
『えー、これは最後の音声通告になります。この音声の終了と同時に、バトルを再開いたします。……大変申し訳ありませんでした。システムの不具合は修正されましたので、もうバトルエリアへの実況漏洩はありません。
この補填といたしまして、状況を明示されてしまっていた明良選手が受けだダメージを帳消しさせていただきます。繰り返します……』
淡々とした説明だった。これ、実況と同じ人だと思うけどまるで別人みたいに聞こえる。勢いとテンションって大事だな。
と思っていると、俺のバイタルゲージがぐん、と回復した。満タンか……喜んでいいんだか悪いんだか。
メニューに目を戻すと、イメちゃんからの返事が。
『最後に。亮様がここでフィールド効果の方々を殴り倒しても問題はありません。それは地獄の責め苦の一つですから。
元々彼らは殺人をはじめとした重い罪を犯した方々です、むしろ遠慮なさらず』
……うーん。それでもなんかまだ納得できねー。できねーが……あれだけやる気(っつーか殺る気?)満々の連中相手に話し合いで解決なんて無理っぽいしな……やるしかねーか……。
そう考えると同時に、アナウンスが終わった。そしてその瞬間、通行人が復活する。最初と同じく、突然だ。
『……イメちゃん、せめてこのフィールド効果、最初から表に出しておいてくれ。最初の俺みたいに開始早々死にかけるやつが出てくるぞ』
最後にそれだけ打ち込んで、俺は改めてバトルに意識を向ける。
まずは、相手の位置確認。マップを見ると……どうやら湊さんは、そこまで遠くにはいないようだ。ただ、移動している気配がない。俺と同じく隠れているんだろうか。
相手にダメージが入っていれば、このまま隠れ続けていても勝てるかもしれないが……彼女に関する実況まったくなかったしなあ。たぶん今でもノーダメージだろう。
となると、多少危険でも動くしかないよな……。
俺は意を決すると、その決意とは裏腹にコッソリとその場を離れるのだった。
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通行人に追われながら周りを探索すること数十分、俺はとあるビルの階段を上っていた。目指すは屋上、そこに湊さんがいるはずなのだ。
マップには高さの概念がないので、このビルの何階に彼女がいるかはわからなかったが、一通り調べてそこにはいないことがわかっている。地下がないことは確認済み。であれば、残りは屋上だ。
扉の前まで来て、一旦メニューを開く。残り……十二分か。足りるといいな。
それから、アイテムボックスからライターを二つ取り出す。ズボンのポケット左右に一つずつを入れて、準備万端だ。
メニューを消して、深呼吸を一つ。
……よし、行くぜ!
「いらっしゃい。思ったよりかかったわね」
予想通り、そこには湊さんがいた。彼女はハンカチを敷いて座り、タブレットを手にくつろいでいる。すぐ目の前には半透明のウィンドウ。メニューを開いて何をしていたんだろうか。
……えーと。え? くつろいで、……え?
俺がそんな彼女に硬直している間に、彼女はタブレットをメニューに入れて画面を操作しながら立ち上がる。そうして、その長い髪を軽くかき上げた。
「開幕は災難だったわね。道路のど真ん中にでも配置されたの?」
「え。あ、……ああ、まあ、交差点に……」
トラックに轢かれたことだな。あれは思いっきり実況されてたからな……知ってて当然か……。
「……それはご愁傷様ね」
「そっちは運がよかったみてーだな」
「おかげさまで。動くに動けなかったけどね」
俺は何も考えずに言ったんだが、湊さんは肩をすくめて小さく笑った。皮肉とでも受け取られたかな。
なんだこの感じ。これから戦うって雰囲気じゃねーな。やりづらいったらありゃしねー。
「……さて。それじゃ、やります?」
そんな俺の気持ちを察したのか、湊さんは薄笑いを浮かべたまま身構えた。
「あ、はい。やります」
我ながら情けない答えだと思うが、彼女の話し方が妙に丁寧で、それに対応してしまったのだ。俺はこう見えて、礼儀はしっかりしてるんだぜ。してるつもりなんだ。たぶん。
……そんな話をしている場合じゃない。今はバトルだ。
俺は構えながら、湊さんに改めて向き直る。彼女は動かない。俺も動かない。にらみ合う形になる。その状態で、俺は彼女を観察する。
改めて見ると、その構えは見覚えがある。ろ式の格闘術だ。ということは、彼女はカウンタータイプ、か? 俺は突っ込むタイプでメインはい式格闘術だ。けど、同じくらいろ式にもスキルを振っている。突っ込んで返されても、ある程度は対応できるだろう……。
二人とも言葉はない。きっと、湊さんも俺を観察しているんだろう。そろそろ動くか。
「はっ!」
俺は迷わず、真正面から戦いを挑んだ。右ストレートを、顔……はちょっとやめておいて、腹に叩きこむ!
しかし湊さんは冷静に対処する。やや身体を引いて俺の攻撃の勢いを吸いながら、拳を取って受け流す。そして、身体の泳いでいる俺の背中へハイキック!
「……あら」
後ろから、湊さんのやや驚いたという感じの声が聞こえてきた。
彼女の攻撃は防がれたのだから、それも無理もない。一般人なら回避も防御も不可能だったろうが、俺も格闘術には結構スキルを振っているからな。空いた左手をそのままにしておくほど甘くはないぜ。
この隙に体勢を整えて、ラッシュをお見舞いだ!
「でえええい!」
俺の攻撃はすべて防がれる。防がれるが、そこから攻勢に出るほどの余裕は彼女にはないらしい。いつも訓練相手にしていたマネキンはレベル5だったから、彼女は3くらいか?
と思っていたら、足払いが飛んできた。当然回避はするが、あそこから隙を見て打ってくるとは、油断は禁物だな。きっとレベルは4くらいだ。俺と同じくらいか。
俺が回避で攻勢を弱めたことで、今度は湊さんが攻めてきた。やっぱり女の子だからか、威力はさほど大きくはない、ないが……むう、手数が多いな。俺よりスピードにスキルを振ってるか?
だがこれくらいなら対応できるぞ。身体能力も強化してるし、技のほうも……。
「な、えっ!?」
と思っていると、突然目の前に剣が現れた。驚く間もなく湊さんはそれを取り、ラッシュの余韻もそのままに切りつけてきた。
当然、格闘をしていた俺たちの間合いはかなり近い。そこから剣で不意打ちされれば回避できるはずもなく、直撃こそ回避できたものの、身体を打たれて弾かれた。
地面を転がりながらゲージを確認すると、しっかりダメージを食らっている。もちろんトラックに比べれば大したことないが、得物が剣だけに、思っていたよりダメージは多い。ライフにもスキル振ったほうがいいな、これは。
身体を起こして構えなおす。湊さんは既に剣をしまっていた。不意打ち用、なのか? 追撃してこなかったのは警戒したから? だとしたら残念、俺はあそこから反撃する手段はないし、武器に対する備えはない。
けど、それとは別に俺は一つわからないことがあって、湊さんに問いかけた。
「な、い、今何を?」
……自分で思っているよりその聞き方は情けなかった。
湊さんは表情を変えなかったが、いい印象はないだろうな。敵とはいえ女の子の前ではかっこつけたいんだが。……男のサガだ、ツッコミは禁止だ。
「ただアイテムボックスからものを出しただけよ」
「……ウソだろ?」
湊さんの答えに、俺は即答した。できるはずないと知っているからだ。
アイテムボックスから物を出すには、メニューを開かないといけない。しかし、さっき彼女はそれをしなかった。俺は騙されないからな! なんかそういう感じの特殊能力に違いない! 取○寄せ○ッグ的な!
「いいえ、本当よ。ただ、正しい順序ではないけどね」
「なんだって?」
正しい順序じゃない? 他に取り出し方があるのか? 抜け道……っていうか、裏ワザみたいなそんなやつが?
「言葉の通りよ。こんな感じでね」
言うや否や、彼女の目の前に銃が現れる。それはすぐに彼女の手に収まり……。
……あ、やっべえ!
「うおあっ!」
間一髪! 俺はとっさに横に跳んで銃弾を回避した。
「いい反応ね。動体視力か反射神経にスキル振ってるわね?」
「……っ!」
正解だ。立ち上がりながら、俺は自分が無意識のうちに顔をしかめたことに内心で舌打ちする。
しかしそれよりも、銃を向ける湊さんにいつでも対処できるように身構える。攻撃を捨て、回避に専念だ。
が、そんな俺の前で彼女は銃をしまった。今度はメニューを出していたから、普通にしまったんだろうが……。
「種は意外と簡単よ。方法までは、教えられないけどね」
ふふ、と湊さんが笑う。くそう、残念なことにそれが似合うと思ってしまう俺がいる! 俺、負けてるのにな!
ええい、攻撃、攻撃だ! 銃がないなら距離を詰められる!
湊さんに向かって俺は突進し、……そしてすぐに後ろに退いた。
「おい!?」
彼女が新しく取り出したもの――それは、ロケットランチャーだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
涼が見せたアイテムボックスの使い方は、裏技です。
このトーナメントのシステム、結構各所に穴があるのでそれを利用した作戦を敵味方共に使っていきたいところです。
次はロケットランチャーからスタートしまーす。