第60話 帰還
目が覚めて、最初に見たものは目の前で少し呆れたような顔をしている涼だった。
「うわっ!?」
「はあ!? なんでそこでびっくりするのよ! 深層心理で何を話したと思ってるの!?」
「い、いやそういうつもりじゃねーよ!? 単純にめっちゃ近かったからびびっただけだって! マジで!」
ジト目が俺に突き刺さる。マジだってばさ……。
俺たちは、時空の狭間に浮かんだまま、抱き合っている。気恥ずかしいが、離れるとそのまま二度ともう会えないような気がしたので、離さない。
俺の身体を抱きしめている涼だが、その腕に力はほとんど感じられない。どうやら、マジで身体に力が入らないようだ。
「と、とりあえず。ほら、今は機雷をなんとかしないとだぞ……」
言いながら、俺は近場にいた機雷をクライムバスターでブッ飛ばす。
俺たちが意識を失っている間に、相当な数の機雷が寄ってきていた。ざっと見た感じ、三倍から四倍ってところか。完全に囲まれていて、逃げ場はない。もっとも、どこに逃げればいいのかはわかんねーがな。
涼は動けないし、俺のほうも一番得意な攻撃は使えない。現状、攻撃しに寄ってきたやつを迎撃するだけで手一杯だった。
「くっそ、きりがねーぞ……なんかいい方法ねーか?」
クライムバスターと王権発布でなんとかしのぐが、本当に文字通りきりがない。どうするんだよ、この状況……。
なお、王権神授はなぜか使えない。本当にどうしてかはよくらかんねーが、なぜか使えない。
「耐えるしかないわね」
やや物憂げな調子で、涼が答えた。
「その心は?」
「……リンクリングに発信器が入ってるから、そのうち迎えが来るわ」
「マジで!?」
そんなの入ってんの、これ!?
「迎えが来るまでにどれくらいかかるかはわからないけどね。それまでに私の身体が動くようになればいいけど、期待はしないほうがいいと思うわ」
「……しゃーなしだな……」
この終わりの見えない作業を、延々とやり続けるのか……。
軽くため息をついて、がんばろうかと思ったその瞬間だ。
巨大な槍が果てのほうから飛んできた。そしてそれは、ほとんどの機雷を一気に飲み込んで粉砕していく。
「な……」
何事だと思い、槍が飛んできたほうを見ると……。
「……どうやら、噂をすれば影、みたいね」
「あの船は……マーシュか!」
見覚えのある船が、俺たちのほうへ向かっていた。そしてその舳には、見覚えのある小柄な人影が手を振っていた。
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「いやー、無事でよかった」
俺たちを回収したマーシュは、いつもの癖の髪の毛くるくるをしながら笑った。
「よ、よくここがわかったな……?」
「ああうん、リンクリングはGPSみたいな追跡機能があるからね。二人の反応が急にヘルヘイムから時空の狭間に移ったから、こりゃ何かあったなって思ってさ」
「船に待機してたのは、もしかしてこれを見越してたからか……さすが神様だな……」
「ふふ、まあね。それより……スズの容体を見せて。見た感じ、だいぶ機雷にやられたみたいだね?」
「あっ、おう、そうなんだよ! 頼む! 俺にはよくわかんねーんだ!」
マーシュに言われるまま、俺は涼を甲板の上に横たえる。何か言いたげな目をしていたが、敢えてそこはスルーしておく。
改めて彼女を見ると、確かにいつもの彼女に比べると……なんていうか、こう、小さく見える? って言えばいいのか?
オーラが感じられないって言うか……とにかくそんな感じで、どうにも違和感があった。
そんな彼女に手を向けて、紫色の光をかざしながらマーシュは顎に手を当てている。
「ふうん……見た目ほど深刻じゃないな。やっぱり、魂本来の地力が違うんだろうね……」
「よ、よくわからんが……異常はないってことでいいのか?」
「ないと言えばない、かな。ただ、機雷に食いつぶされた魂は戻ってこないからね。動けるようになっても、スズの能力はある程度低下してることは間違いないと思うよ」
「それって」
マーシュの言葉を聞いた涼が、待てと言わんばかりに口をはさむ。
「……つまり、魂における経験が失われた、という解釈をしても問題ないわよね?」
「んん? そうだね、そういう見方もできるけど……なんでまた?」
「……別に。わざと無防備に狭間に落ちたのも無駄じゃなかったな、と思ってね」
ああ、そういう。
自分を散々苦しめてきた、「やったことがあるような」感覚が、少しでも減るんじゃないかって言いたかったんだろうな。
そんな経験をしたことなんてもちろんないが、彼女の人生を見てしまった俺にとっては、それがものすごく大きなことに思えてならなかった。
「へ? わざと? どういうこと?」
だから、マーシュにそう聞かれても、俺は曖昧に笑ってごまかすことにした。
彼も、そこまで深くは突っ込んでこなかった。どのみち、俺たちを担当している死神じゃないから、あまり干渉しないほうがいいと思っているのかもしれない。
とにもかくにも、涼にもう反抗する意思はないことを告げ、それからしばらく、俺たちは彼から今後のことについて聞くことになる。
イザナミ様以下、いつものメンバーを回収した後は賽の河原に戻っていろいろと裁判とかそういうことがあるらしい。
らしい、というのはマーシュの言い方も断定的ではなかったからで、その辺りの細かいことはイザナミ様が決めることだから、あくまで決定権のないマーシュには予想で言うしかない、ということだ。
あれだけ派手な叛逆をした涼の扱いがどうなるか気になるところだが……そこはイザナミ様の胸三寸ってなると、少し期待してもいいかもしれない。
ちなみに、
「オーディンは、イザナミ様に完膚なきまでにやられてたよ」
「マジかよ!?」
そんなことをさらっと言われたものだから、俺は驚かずにはいられなかった。
どうも三種の神器を全部持ち出した上、長年ため込んでいた莫大な量のエネルギーを遠慮なくつぎ込んだらしい。さすがのオーディンと言えど、これにはなすすべがなかったという。
金輪際賽の河原への手出しは許さず、万が一しようものなら、アマテラス様以下、日本の神々総出でラグナロク前にアース神族を滅ぼすとまで言い切ったらしい。それはいくらなんでも……と思ったが、まあオーディンがやっていたことは、神様的には相当許されないことらしいので、自業自得ということだ。
いまだにイザナミ様がそんなすごい神様ってイメージがわかないが、ともあれ無事にあちらもカタがついたようで何よりだ。
まあ、涼は爆笑してたがな。当然、なんて言ってたあたり、それすらも予想してたんだろうが……。
「イザナミ様が本気出せばそりゃあ、ね。でも、そのイザナミ様に本気を出させたリョウもなかなかだよ?」
「はあ?」
そんなことをしたつもりはまったくないんだけど?
「まあうん、その、こう言うのは失礼だけど、イザナミ様って人付き合いほとんどなかったからチョロいんだよね。リョウがヘルヘイムへの道中でいろいろ世話焼いてたじゃない? あれですっかりやられたみたいだよ」
「……なんだそりゃ。心配だっただけで他意なんてねーぞ?」
「子持ちに何してんのよ……」
なんか涼から痛い視線が来るんだけど、なんでかね? いや、俺ホントそんなつもりなくって、ただイザナミ様が心配だっただけなんだけど!
「まーそんなわけだから……」
話を本線に戻す方々、マーシュがちらっと涼を見る。
それから俺に視線を戻すと、ぱちっとウィンクをして笑いかけてきた。
「イザナミ様に言えば、彼女のことも許してくれると思うよ。、今のシステムは時代に沿わない不備だらけのもので、それを放置していたイザナミ様にこそ今回の責任があるしね。……それがたまたま最悪の方向に傾いてしまっただけでさ」
「お、おう……そうか、うん……」
そうやって一通りの話が終った頃……俺たちを乗せた船は、再びヘルヘイムの入り江へと帰り着いたのだった。
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「りょ、亮、お帰り……」
入り江に降り立って最初に声をかけてきたのは、イザナミ様だった。言いながら、俺に盛大に抱きついてきたので内心で頭を抱える。
なるほど、マーシュの言う通り相当チョロいらしい。どうしたもんか……。
そう思ってちらっと横に目を向けてみれば、涼がふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くし……マーシュは笑いをこらえてるしで、まったくなんだよこれ?
「やーやー、リョー君てば両手に花じゃなーいー?」
「お館様は今少し節度というものをですね……」
「そういうトコがお兄さんらしくもあるけどねえ……」
出迎えてくれた三人に、俺はヘルプアイを向けたつもりだったんだが……どうも拒否されたらしい。がっくりとうなだれて、俺はがしがしと頭をかくのだった。
それを見て、助け船を出したのはまだ笑いをこらえているマーシュだ。……声が少し震えているぞ、おい?
「まあまあ、とりあえず一件落着したんだしさ? 立ち話もなんだし、そろそろ賽の河原に帰ろうよ?」
「あ、おー、おう、そーだな!」
「忘れてるかもしれないけど、君たちにはまだ準決勝と決勝が残ってるんだからね?」
そしてその言葉に、涼を除いた俺たち四人はそういえばと手を叩く。
うん。忘れてたよな、完全に。
「お館様、ご武運を!」
「うんうん。期待してますよー!」
「ファイトっ!」
「はは……みんな調子いいなあ」
ま、悪い気はしないけどね。
……っと、その前に……。
「イザナミ様」
「ん……な、なに?」
「その……涼も一緒だよな? 元々四人でチームだったわけだし」
イザナミ様は、俺の問いにすぐにこくりと頷く。
「色々あった、けど……悪いのは、全部、オーディン……それで、今回の騒動は、おしまい……」
だから、と言いながら彼女は涼を見た。
それを受けて、涼が小さく肩をすくめる。
「今まで通りで、いい……涼も、亮の、仲間……」
「……だってよ」
「気前がいいんだか悪いんだか、って感じね……」
「そこでまずそういうセリフ出るのが涼だよなあ」
うるさいわね、と睨まれちまったよ。やれやれ。
……とは言うけど、別に嫌なわけでもない。なんとなくだけど、要は彼女は素直じゃないんだろう。俺には分かる。
「ま、ともあれ、だ。また頼むぜ、涼。やっぱ涼のナビゲートが一番やりやすい」
だから俺も、さらっと流してそう言えるわけだ。
そして涼のほうも、俺がそうやって普通に返すことはわかっていただろう。それくらいの予想はできるはず。
「ったく……しゃーなしだわ」
ほらな?
「やるからには勝つわよ」
「ったりめーだろ」
そして俺たちは、笑いあった。
それから涼は俺から視線をずらすと、他の三人の前へと歩み出う。
「えーと……その、こんなことを言うのはおこがましいかもしれないけど。……また、よろしく頼むわ」
「あはは、今更だなー、スズちゃん。ぼくらは最初っから仲間だったじゃんね」
「左様。ただ、少し行き違いがあっただけにございますれば……戦国ではよくあることです」
「ボクはチームじゃないけど……気持ちは一緒だよ」
うん。みんなならそう言うだろうって思ってたよ。
織江ちゃんが言う通り、少し行き違いがあっただけ。涼にその気がなくなった今、俺たちは最初の通り仲間ってわけだ。
そしてその申し出が嬉しかったのか、それとも気恥ずかしかったのか。涼が、頬をかきながら俺のほうに振り返った。
どことなく顔が赤いのは、気のせいってことにしておこう。そしてそれをなんとかごまかしてやらないとな。
「うっし……そんじゃ、帰るか!」
俺のそんな言葉に、全員から(なぜかイザナミ様も一緒だ)同意の声を得て、俺たちは船へと向き直るのだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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涼編、これにておしまいです。
次回から、物語の〆に入ってまいります。
あと……二話くらい、かな?
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。




