第6話 開幕
五日が経った。今日にいたるまで俺は特訓に時間を費やし、かなりスマートに戦えるようになったと思う。フレアロードの精度も上がった。
驚いたのは、特訓していたらフレアロードのスキルレベルが上がったことだ。いや、生前だったらそれは当然なんだろうけど、死後もそれが有効とは思っていなかったのだ。だってスキル制だし。
威力、時間といったいくつかの項目がレベル0から1に上がり、それに伴って使い勝手も良くなった。威力は言うに及ばず、時間はフレアロードを維持できる時間が増えた。消えない火を用意している時間とかだな。
五日の特訓でそれらが上がったわけだから、もっとやればその分レベルは上がっていくだろう。となれば、ポイントは使わなくても強くなれるということで、特殊能力に増強にはあまりポイントを振るべきではないと思っていいだろう。
そうやって過ごしていた、死んで三日目の朝。遂に「開会式のお知らせ」というメッセージが来た。その日取りが今日、正午というわけだ。
俺は届いたメッセージに従って、イメちゃんの案内でトーナメント会場までやってきた。
会場はスカイツリー……なんだけど、見た目はともかく中身は完全に別物だ。塔の中のはずが明らかにドームみたいな内装になっていて、この世界の不思議具合をひしひしと感じる。
「出場者はこちらの控室へ、観戦の場合はあちらの客席へという形になります」
「観戦って、誰がバトルを見るんだ?」
「基本的には神様やその関係者ですねえ。この世界以外からも、見に来られる方がいらっしゃいますよ」
「この世界以外、から……?」
「現世にもいろいろあるということです。これ以上は、企業秘密ですよ」
そう締めくくって、イメちゃんは口に人差し指を当ててウインクした。
くそう、かわいいな。わかった、わかりましたこれ以上は聞かないよ。
「よし、じゃあ行くとするか!」
「はいっ」
そして俺たちは、控室と書かれた部屋へと足を踏み入れることにする。その直前、イメちゃんの姿が見えなくなった。
これはいなくなったわけではなく、消えただけだ。参加者には全員彼女のようなナビゲーターがついているらしいが、ここから先は既に戦いの場ということで人目につかない形になるそうだ。今後、会話はメッセージを使うとのこと。
事前に聞いてなかったら、間違いなくここで混乱して取り乱していただろう。聞いておいて助かったぜ。
ともあれ、控室。当たり前と言えば当たり前だが、俺が入ると同時に一斉に視線が集まってきた。
ああ、なんか懐かしいなこの感じ。遅刻して教室に飛び込んだ時とか、こんな雰囲気だったな。あれよりだいぶ鋭い視線だけど。
この視線の持ち主全員が、俺のライバルってことだな。トーナメント、ってだけに全員と戦うことはないだろうけど、まだ組み合わせが発表されてないからな。油断は禁物だ。
居並ぶ人の間を適当に潜り抜けて、俺は手ごろなイスを見つけて座る。それでも視線がかなり俺に向けられているのは、ちょっと居心地が悪い。
とはいえ、それに対して抗議するのは野暮ってもんだ。俺は気にせず、控室と参加者を観察することにした。
控室はめちゃくちゃ広く、トレーニングルームを思わせる白一色の空間だった。あれだけ色々できるくせにこれとか、手抜きとしか思えない。あそことの違いは、テーブルやイスが置いてあるくらいか。
一方人間のほうはというと、全体的に若いやつが多い。元々リバーストーナメントの参加資格は「寿命前に死んだ人間」だから、当然かもしれない。俺の年齢プラスマイナス十歳くらいの人間が一番多い、かな?
中年の人もそこそこいる。俺から見て、老人の域にある人はさすがにいないようだ。
世代がバラバラ、しかも初対面、さらに全員が敵という状況だからか、会話はほとんどされていない。ないわけではないが、その会話は相手の腹の内を探るって感じのピリピリしたものだ。あまり空気がいいとは言えない。
死んでから初めて自分以外の人間を見たが、どうやら会話を楽しんでいる場合ではなさそうだ。俺は仕方なく、メニューを開いてイメちゃんと会話することにした。チャットだけどな。
『参加者ってどれくらいいるんだ?』
『今年は五十八人ですね。うち、二人がシードです。シードの人数は、トーナメントに合わせるので毎回違いますね』
『シードなんてあるのか。強さの差なんて、ほとんどないだろ?』
『死んだ段階での寿命残数が多い方がシードに選出されます。今回ですと、残数が七十五年と五十二日の方が残数最高で、堂々のシードですね』
長生きするはずだったんだな、その人……さぞや無念だったろう。
『享年ゼロ歳ゼロ日とのことです。生まれた直後に亡くなったようですね』
「ぶっ!?」
思わず吹いちまったよ! 周りからの「なんだあいつ」って視線が痛い!
『……そりゃ、文句なしで一位だろうな。でも赤ちゃんがバトルって、できるのか?』
『できるからいるんですよ。当たったら気をつけてください、自我が確立していない人間には補助人格が入っています。赤ん坊と思って油断すると、痛い目に遭いますよ』
『初めて忠告らしい忠告をもらった気がする。ありがとな、気をつけるよ』
シードってからには一回戦から当たることはないだろうけど、気にしておくに越したことはなさそうだな。そのシードとやらをちょっと探してみよう。
誰が誰かはわからないが、赤ん坊なら見てすぐにわかるだろう。と思っていたら案の定すぐにわかった。
その赤ん坊は、奥のほうのテーブルで横になっていた。ゆったりとしたベビー服らしきものを着せられているが、やはり生まれた直後だからかほとんど動く気配がない。どこからどう見ても、ただの赤ん坊だ。その身体から、阿修羅のようなやつが浮き上がっていること以外は。
……あれが補助人格ってやつか? にしてはやりすぎだろ……いくらなんでもあんまりだ。腕は六本で、顔が八つもあるんだぞ。どうしろっていうんだ。あれに勝てるやつがいるんだろうか……。
『シードが優勝する割合はさほど高くありませんよ。このリバーストーナメントに絶対はないですから』
イメちゃんのフォローがすぐ来たが、安心する材料にはならない。
まあ、やる前からそんなことを考えても仕方ないけどな。そもそも当たらない可能性だってあるんだから、今は考えないことにしよう。
そんなことを考えながらしばらく参加者の観察に徹していたが、やがて開始を告げる放送がかかって全員が動き出す。俺もその波に乗りながら、控室を後にするのだった。
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さて開会式だが、はっきり言おう。ただの祭りだった。
俺たち参加者が場に出ると同時に歓声が上がり、紙ふぶきは舞うし花火は上がる、挙句の果てにどこから用意したのか、飛行機が曲芸飛行しながら色つきの煙で絵を描いて飛んで行った。
生前のプロレスのナレーターを髣髴とさせる、高音かつ巻き舌でしゃべる司会も常時ハイテンションで、そいつが何か言うたびに観客席からは割れんばかりの大歓声が沸き上がる。
よくよく見れば、その観客席では飲み食いにいそしんでいる連中までいる始末。いくらなんでもハメ外しすぎだろ、こっちは転生をかけてこれから戦うんだぞ。いや、そう言う俺はどちらかって言うと戦いたいだけなんだけどさ。
死後の世界でのリバーストーナメントの立ち位置が、なんとなくわかった気がする。
一年に一回の祭り。きっと、そんな感じだ。
期待していたよりも砕けまくっている会場の雰囲気に、極力心を無にして俺はパフォーマンスを受け流し続けた。きっと、周りの参加者もそんな心境だろう。例のシードな赤ん坊様などは泣いていたほどだ。
式は、そんな感じに終始して無事に終わった。最後はさすがにトーナメントのルールが説明されたが、それもただの説明というよりライブパフォーマンスに定評のあるエアバンドが頭をよぎるやり口だったので、今日という日は死後の世界の株価が大暴落した日として、俺の来世まで伝えてやりたいところだ。
式についてはこれくらいで勘弁してくれ。正直、終わりのほうはほとんど興味なくしててあんまり記憶にないんだ。それよりルールだよ、ルール。メッセージのほうにデータで送られてきたんだ。対戦表と一緒にな。
リバーストーナメント、ということでルールとしてはトーナメントなんだが、その前に総当たり戦の予選があるという。この予選が四人で一つのリーグで、予選一位の人間だけが本選に出場できる、ということだ。二位の人間すら本選には行けないので、サッカーよりも厳しいと言えるだろう。
予選を勝ち抜いて本選に行けるのは、十四人だけ。かなり狭い門だ。シードになれればこれを最初から回避できるわけだが、これは運が良くないとどうにもならない。……いや、シードはそれだけ早死にしてるわけだから、悪いのか。
ともあれ、まずは予選突破が最初の目標になるってわけだな。他の参加者の戦績次第では一敗程度でも進める可能性はあるが、やっぱ目指すは全勝だろ。本選はそもそも負けられないわけだしな。
公開された対戦表によると、俺は第十二リーグの所属。初戦の相手は湊涼という女の子のようだ。対戦表をもらった時に、どんな子なのかそれとなく周囲を見渡してみたが、そもそも名前以外の情報がないのでどの女の子が対戦相手になるのかはわからなかった。女の子と殴り合うのは正直あまり気が進まないが、殴っても相手の見た目は悪化しないので、我慢だな。
対戦日は明日の午前九時半、集合場所は第九ポータル。……よくわからなかったので、場所についてはイメちゃんに聞く。
「ポータル、とはバトルエリアに飛ぶための場所です。ワープポイントというとわかりやすいでしょうか。その場所が、このスカイツリー内にあるんですよ」
「ワープポイントか……えーと、……これか」
会場内の案内図を示して説明してくれるイメちゃんに頷きながら、俺は第九ポータルとやらの場所を確認する。
正面ゲートからさほど遠くなく、そこまでわかりづらい立地でもなかった。これなら迷うことなく行けるだろう。念のため、目で見て確認しておくか。
目的地に足を向けると、たぶん同じことを考えたやつが俺の他にもいるんだろう。ちらほらと同じ方向へ向かう人の姿が見える。頭の上に輪っかがあるから、参加者なのは間違いないだろう。
歩きながらそういう人たちの後姿を眺める。大体のやつは隣に誰かがいる。そちらは輪っかがないので、ナビゲーターかな? 俺でいうイメちゃんみたいな。ナビゲーターにもいろいろいるんだな。
「……ここが第九ポータルか」
目的地は、札のかかった扉の向こうにあるみたいだ。学校の特別教室みたいな雰囲気だな。開会式の会場とは違って、すごくシンプルだ。
「……中には入れないか」
残念、扉には鍵がかかっていた。まあ、無理して中を見る必要はないか。どうせ入ったところで、そこはバトルエリアそのものではないんだし。
場所もわかった。さーて、帰って修行と行きますか。
そう考えてくるりと回れ右をした俺は、そこで近くまで歩みよて来ていた女の子と面と向かうことになる。
「あ、さーせん」
「いえ」
彼女の進路をふさぐ形になっていたので、俺は軽く謝りながら道を譲る。女の子は短く答えて、そのまま第九ポータルの扉の前で足を止めた。
第九に用があるってことは、もしかしてこの子が……?
「あの」
気になったので、声をかけることにした。
俺の声に、女の子はちらりと目だけを向けてくる。……もしかして、敵視されてる?
「何か?」
「もしかして、湊涼さん?」
「ええ」
当たりだった。手短な返答に、ちょっと気まずさを覚える。
が、せっかくここで会ったんだ。あいさつくらいはしておかないとな。
「そーすか。俺、明日の対戦相手の明良亮です。明日はよろしくお願いします」
「……ええ、よろしく」
軽く頭を下げた俺に対して、湊さんは手を差し出してきた。握手か。
断る理由はない。俺は素直にその手を取った。そしてそれとなく湊さんの様子をうかがう。
どこか物憂げな顔のまま、彼女はほとんど力を入れずに握手を交わしてくれた。いやあ、かなりの美少女だよ。
服装はセーラー服なので、一番高くても同い年、そうでないなら年下だろう。ロングヘアはきれいな黒で、生前の行き届いた手入れがよくわかる。背丈は女性としては高めで、たぶん百六十くらいはある。顔はどちらかというと楚々とした美人といったタイプで、アイドルみたいなかわいい系のイメちゃんとは方向性が違う。ちなみにつけくわえておくと、胸もイメちゃんのほうが大きいかな。
「では私はこれで」
「あ、うん」
握手を終えた湊さんは、それだけ言うと向きを変えた。
……うん? 出入り口とは反対方向だけど、どうするつもりなんだろう。
聞こうかとも思ったが、メニューを出して何やらチャットしているようだったし、あまり口を挟むのもあれかと思ってやめておいた。
「……あんなかわいい子と明日戦うのか。ちょっとやりづらいな」
「亮様は、ああした方もお好みですか?」
「え? んー、いや、まあ嫌いじゃない、っていうか美人が嫌っていう男はいないしなあ」
「そうですよねえ。まだお若いし、目移りもするでしょうね」
「……イメちゃん?」
なんだ、やけにつっかかってくるな。そう言えば、彼女のほうから話しかけてくるのって死んだ直後のあれ以来じゃないか? どうした、急に。
「さあ、どうでしょう」
俺の問いに対する明確な回答はなかった。そう言ってふふ、とほほ笑むと、イメちゃんはぷいっとそっぽを向く。
かわいいんだけど、俺何かしたか? それとも単にからかわれてるのか?
「お察しくださいませ」
心を読むなら答えをくれよ……。
「……まあいいや。帰ろう、帰って修行だ」
ともあれそうつぶやいて、俺は湊さんとは反対方向へ歩き出すのだった。だが、普段隣にいるはずのイメちゃんは、いつもより少し後ろからついてくる。本当にどうしたっていうんだよ……。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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ようやく大会開始です。
そして初戦の相手が登場。主人公の一つ下の女子高生となります。
次回いよいよ予選開始ですが、バトルエリアが広いので、たぶん遭遇まではいかないかな、と……。