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来世になるけどまた会いましょう。  作者: ひさなぽぴー/天野緋真
第三章 涼編

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第59話 彼女の人生

今回はいつもの三倍近くあります、ご注意を。

 十七年という生涯は、現代においては極めて短命と言っていいだろう。それを振り返ってみた時、ふと思うことがある。

 私は、一体いつからこんな冷めた性格になってしまったのだろうか? と……。


『なんだこれ? 湊さんの声が? どうなってるんだ? まるで湊さんの頭の中に入り込んじまったみたいだぞ……』


 最初からこんな性格だったとは思えないけれど、かといって、私の最も古い記憶の一つは、母親が読む絵本に対して「ああ、そう。ふうん」と思ったことであることを考えると、あるいは本当に最初からこんな性格だったのかもしれない。

 それがいいか悪いかは、判断する前に私は死んでしまったし、周りからの評価という点では、基本的に「いい子」だったことを考えると、どうにもよくわからない。


『……!? 景色が変わった……。これ……マンション?……もしかして、湊さんの実家?……決して広くはないけど、きれいでいい家じゃないか。

 おっと……これは書斎か? こんなにたくさん本があったって、読めな……ん? この女の子……もしかして、湊さん……?』


 ただ、ある意味で私は「奇妙な子」であったことも間違いない。特に、親戚からの評価はおおむねそれで合致していた。


 あまり記憶はないけれど、両親の証言では、私は二歳になる前に既に言葉を話し、また文字を理解したと言う。それ以外のことはおおむね育児書通りで夜泣きの類もなく、大人しくて従順。

 そしてその上で、書斎に置かれた父の蔵書を片っ端から読みふけっていたというのだから、まさしく「奇妙な子」という評価は的を得ている。


 とはいえ、両親はそんな風には思わなかったようだ。


 初めての子だったということもあってか、私の性格は扱いやすかったとのことだし、育児書通りの成長をしたことは、不安にならなくて済んだとのちに聞いた。周りの知り合いの話を聞いては、私を「天才」と誉めそやしていたらしい。


『……いや、うん。それは天才だろ……ご両親、正しいと思うぜ……』


 実際、私は「天才」だった。自分でそんなことを言うなんておこがましいかもしれないが、確かに私は「天才」だった。


 学業で言えば、死ぬその瞬間に至るまで、私は学校のテストというもので95点以下を取ったことがない。全国模試に至っては、常に全国1位を取り続けていた。

 そしてその成績を維持するに当たって、特段努力をした記憶もない。ただ提示された問題を見ただけで、自然と答えが浮かぶのだから、努力も何もなかったのである。


 それ以外でも、たいていのことは何でもできた。


 炊事、洗濯といった家事に始まり、テニスやサッカーといった球技、更には水泳といったそれ以外のスポーツではことごとく入賞をさらった。

 ピアノやヴァイオリンといった音楽でも、絵でも、私は特に苦も無く上位を総なめにして見せた。


 両親は、一般的な親と同じく、子の才能を推し量るべく様々なことを私にやらせたが、娘に与えるべき選択肢が多すぎて、大いに悩んだことだろう。そういう点がまた、両親に私を「天才」と呼ばせた要因であることは疑うべくもない。


『何それうらやましい……そんな人が本当にいるのかよ……っと? 今度は小学校か?』


 そんな私だったから、小学校ではまるでクラスメイトとの接し方がわからなかった。


 この際はっきりと言っておくが、私は程度の低い存在との接し方がよくわからない。

 そして私にとって、この世の大部分の人間が程度の低い存在に見えて仕方がなかった。特に小学生の自分は、この感覚が顕著だった。


 当然と言えば当然だ。小学生、特に低学年の子供というのは、基本的に獣と大して変わらない。本能が大部分その行動指針で、人間社会の理屈にまったくと言ってもいいほど明るくない。


 要するに、話が通じないのである。


 無理もない。アニメやら漫画やらの、本質的なところにあるストーリーすら理解できない年齢なのだから。けれどもそこは私も若気の至りで、同年代の子供のほぼすべてがそうであることを、理解できなかった。

 だからこそ、私はクラスメイトとの接し方がわからなかった。


 とはいえ子供とは無邪気なもので、そんな私に対しても多くの子供はさほど深く考えずに声をかけてきたりする。だがもちろん、そうでない子供もいたことは事実だ。

 まあ、子供ができる嫌がらせやらいじめやらなど所詮次元の低いもので、私にとっては何の苦にもならなかったけれど。


『いややりすぎだろ!? 訴えたの? 訴えんたんだね!? 相手の子供何がどうなってるのか絶対わかってないよな!?』


 一方で、私との接し方がわからなかったのは教師陣も同じだったようだ。

 何せ、私に話を振れば政治経済に話題を膨らませて返されるのだから、こちらも無理のない話である。


 しかし大人であれば、よほどのことがない限りは対処できることが普通だから、あまり表に出さないようにしてはいたらしい。

 まあ、道徳の授業で価値観を押し付けてきた教師については徹底的に争ったけれど。


『先生泣かせてんじゃねーか!? 小学生でそれって、将来が怖いよ!……ああ、確かに怖かったな……』


 私はこの頃、既に一つの、そして死んでからも抱き続けている最大の悩みを抱えていた。


 それは、何をしても面白くないことである。


 先にも言ったが、私はなんでも卒なくこなせる天才だった。やってみろと言われたことのほとんどは、大体平均以上にこなすことができたのだ。

 ただ、そこには常に一つの感覚が付きまとって離れなかった。


 それは、「どこかで体感したことがある」という感覚だ。


 たとえば、少しさかのぼるが初めてテニスをやった時のこと。当然私は生まれて初めてやる行為で、それは両親はもちろん私自身もはっきりとわかっていた。

 けれど、ラケットを握って飛んできたボールを打った時、私の身体の中で「ああ、そういえばこんな感じだった」という、ある種「思い出した」ような感覚が生じたのである。


 それは、スポーツの分野にとどまらなかった。学業においてもそうで、算数の定理や理科の現象、国語の漢字に至るまで、授業で出てくることのすべてにおいて、「思い出した」ような思いが常について回った。

 この感覚があることで、私はこの世のすべてがつまらないものに思えるようになっていたのである。


 お分かりいただけるだろうか? 初めての物事を体験するという刺激と興奮、そして感動を、生まれてこの方一度たりとも感じることのできない状態を。


 一番気が滅入ったのは食べ物で、大半の品に対して「ああうん、そうだね」と思ってしまうことの辛さと言ったら、私の語彙でも表現するには足らない。


『それは……確かに考えたくもねーな……と? また景色が変わったな……テレビカメラ?』


 そんな私の人生最初の転機は、両親が投稿したテレビ番組の一コーナーだった。

 いわゆる、素人からの投稿で視聴者の受けを狙うと言う、需要と供給両面において非常にくだらない類のものだ。


 私の知らないところでそれを行ったことをとやかく言うつもりはない。親は子を産んだ瞬間に親になるのではなく、子と共に親になるのだから。そして、初めての子が天才だった両親の気持ちを考えれば、他人、さらにはテレビという全国規模の場で娘を自慢したくなる気持ちというのはわからなくもない。

 とにもかくにも、私は私の考えが及ばないところで勝手にテレビに取り立てられ、そしてその番組の出演者たちが所属する芸能事務所からスカウトを受けた。


 その申し出を承諾したのは、ひとえに「なんでもいいから未知の経験をしてみたい」という理由があったからに他ならない。芸能界という場所なら、もしかして……そう、思ったのだ。

 そしてそれは、確かに存在した。


『おお……これ、ひょっとして撮影現場? 湊さん……は、あの子か。わかりやす、他の子役と雰囲気が全然違う。明らかに大物だ……』


 芸能界入りした私の最初の仕事は、二時間サスペンスの回想シーンだった。今でもよく覚えている。

 犯人役の女性が、いかにして殺害対象への殺意を抱いたか。その経緯を語る過去のシーンだ。


 その中で私は、犯人役の幼少期を演じた。殺害対象となる人物たちにより、幼くして両親が心中をはかるシーン。預けられた先の養護施設で、なじめずいじめられるシーン……などなど。

 挙げればそれらは、幼少期に体験するにはあまりにも辛い体験だろうことは想像に難くない。そして逆に言えば、そんな体験は決して普遍的なものでもない。


 だからだろうか? 私はこの役を演じた時、言い知れぬ高揚感を覚えた。この、「不幸のどん底に突き落とされる少女」という役どころは、私とはまったく違う次元の存在の人生だったのだ。そしてその感覚は、以降の演技でも私を楽しませてくれた。


 ……そう、私は「楽しかった」のだ。キャラクターという、自分ではない人物の人生をなぞるという行為。それが、たまらなく楽しく、そして嬉しかった。全てとは言わないが、「体験」と「演技」はその境があいまいでありながらも、私にとっては明確に異なるものだったようだ。

 これ以降、私は役者の仕事に没頭することになる。


 楽しかった。とにかく、その一言に尽きる。死んでから、当時の自分を映像で見たが……その姿があまりにもまぶしく苦笑を禁じ得なかったほどに。


 そして私は、大河ドラマにおいて主人公、覇王織田信長の妻たる濃姫の幼少期で一つのピークを迎えることになる。


『大河ドラマ……織江ちゃんが言ってたやつだな。へえ、出世作だったのか……って、今度はまたスタジオか?』


 濃姫を演じた直後から、私にはオファーが殺到した。いわゆる、子役ブームの一環だった。

 過去様々な子役がスポットを浴び、お茶の間をにぎわせてきたのだから、私の場合もそれと大した違いはない。

 ただ私が他の子役と異なっていた点は、私が生まれながらにして天才であり、また相手が誰であろうとそれを貫く性格だったという二点である。


 この頃、私のよく言えば冷静、悪く言えば冷酷な性格は、完成していた。特に、自分が程度の低い存在だと判断した相手にとっては容赦がなかった。思い返せば、これこそ反抗期の一種だったのだろうとも思うが……それは置いておこう。

 ともあれ私は、子役でありながら子役どころか大人の芸能人ですらやらないことをよくやった。


 バラエティに出れば、ひな壇芸人を切り捨て。

 クイズに出れば、大差をつけて全問正解を取り。

 ワイドショーに出れば、マスメディアを批判し。


 思い返せば恥ずかしいことも多々あったが、ともあれそんなことをしていれば、世間の目を引くことは自明の理だ。そして世間は、そんな私を見逃さなかった。


『おや……この人、確か湊さんをスカウトした人だな。こっちの女の子は誰だ?』


 私に対する子役ブームの熱が冷めやらぬ中、私はプロダクションの社長にアイドルユニットの提案を受けた。

 芸能人の中のアイドルという業種(と言っていいかはわからないけれど)に対して、私はさほどいいイメージを持っていなかった。とはいえ、諸悪の根源はマスメディアの手法だと思っていたので、アイドルというもの自体に罪があるわけではないと判断、さらにはデビュー時と同じように、「未知の経験」を求めて私はそれを承諾した。

 こうして、「頭脳明晰」という他のアイドルとは一線を画すテーマで結成されたアイドルユニット、ジーニアスはスタートした。


 そして紹介された少女が、のちに私を殺すことになる彼方かなた灯里あかりだ。


『……え?』


 灯里という少女は、私と同い年でありながらその性質はほとんど正反対だった。


『え、ちょ、ちょま、待った、殺し、えっ? ええ!?』


 ……なんだろう。頭がざわざわする。もしかしたら、意識の外でそろそろ魂が機雷に耐え切れなくなった頃合いということだろうか?

 それならそれで構わない。早く私の魂を抹消してほしいものだ。


『抹消!? ま、待てよ湊さん! どういうことだ!? その言い方は、それじゃまるで……!』


 ……どうやら、まだ消滅の時ではないようだ。回想を続けよう。


『ちょ……っ、あー……まあいいか……これはこれで気になるし……』


 彼方灯里は、私の真逆を行く少女だった。彼女が表ならば、私は裏ということになるだろうか。

 誰にでも気軽に接することのできる性格は私から見ても好ましいものだったし、常に笑顔を絶やさなかった彼女は、その名の通り灯りのような少女だった。感情的なところも多く、理詰めで物事を考える私とはまるで異なるタイプで、同時に考えるより先に口(もしくは手)が出る性格でもあった。


 私と彼女の関係はまさに水と油で、二人ともことあるごとに反発し、なぜか常に相部屋とされた楽屋では、よく口論をしたものだ。

 役者として演技をしたかった私と、アイドルとして人々の笑顔を見たかった彼女は、そもそも目指すものが抜本的に違ったのである。アイドルであっても役者としてドラマに出演することもある昨今、その根元で二つが同居しているジーニアスというユニット特有の問題点とも言えよう。


 しかし同時に、私は彼女を友人だとも思っていた。それは、彼女がジーニアス……すなわち天才という名を冠したユニットに抜擢されるだけあって、まさに天才と呼ぶにふさわしい能力を持っていたからだ。

 彼女もまた、私と同じく「なんでもできてしまうこと」に飽き、人生に悲観している、そんな少女だった。


 だからこそ、根本の部分で同じ悩みを持っていた私たちは、互いを初めて出会った対等な存在として認めていたのだ。ただ、目指すものが「役者」か「アイドル」か。その違いがあっただけだ。

 だからこそ、水と油のように反発し合い、口論をしてもなお、私たちは決して仲が悪かったわけではなかった。


 言うならば、ライバル。彼女の存在が、私の人生二つ目の転機だ。


『……ええっ? 湊さんって、ちゃんと笑えたんだ……!?』


 灯里と共にユニットを組んでからの数年は、二人で様々な仕事をした。そしてそのたびに、互いの問題点を指摘しあい、切磋琢磨を続けた。


 グルメレポーターなんて、色んな意味で私の性分ではなかったけれど、彼女が楽しそうにはしゃぎまわる姿を見たら、それもいいかと思えるようになった。

 能楽なんて、絶対彼女の性分ではなかっただろうけれど、私が緊張の糸を切らすことなく舞台で舞う姿には、真摯な目を向けてくれていた。


 プライベートでも、よく二人で遊びに出かけた。特に、彼女のお気に入りである東京郊外の遊園地など、一年に何回行っただろう。

 他にも、ゲームセンターなんていう空間を私に教えてくれたのは他ならない彼女だし、生活文化への興味が薄かった彼女を神社マニア足らしめたのは紛れもなく私だ。


 行く先々でファンにうっかり気づかれ、ちょっとした騒ぎが起こったこともあったけれど……そしてそのたびに口げんかをしたのは毎度のことだったけれど……しかし私は、確かにその時を楽しんでいた。

 思えば、一人ではなかったことが大きかったのだろう。やったことがあることでも……つまらないと思っているはずのものでも、自分が認めている友人が隣にいてくれれば、それも楽しさに変えることができる。そう気づくことができたのは、まさしく彼女のおかげと言える。


『なんだ……湊さんもちゃんと女の子してたんだな……。なんていうか、ネズミーではしゃいでる彼女の姿がぜんッぜん信じられねーけど……』


 世間では、私たちは不仲で、常に解散の危機に直面している、という報道もあった。

 一面的にはその可能性はあったかもしれないが、少なくとも私はジーニアスというユニットをそれなりに気に入っていたから、そんなつもりはなかった。

 私は灯里に対して、表には出さないまでもそれだけの信頼を寄せていた。そして、二人の関係はずっとそうやって、互いに互いを高めていく良きライバルであると、信じていた。


 殺されるその瞬間も、ずっと。


『…………。楽屋、か……?』


 運命の日は、突然やってきた。


 その日、バラエティ番組の撮影のため楽屋に入った私は抱えていた映画の台本を読み込んでいた。灯里も合流する予定だったが、彼女は私の反対で時間については比較的ルーズだったため、彼女が楽屋にいないことに対しては深く考えなかった。

 強いて言うならば、楽屋に入ってきたらすぐに、いつも通り時間にルーズな点を指摘してやろうとか、その程度だ。


 天才と呼ばれていた私だが、実のところ暗記についてはさほど得意ではない。セリフを覚えるのも、常に台本を音読する形でやっていた。

 そのやり方では、当然喉が渇く。喉が渇けば、飲み物がほしくなる。


 ちょうどその楽屋には、差し入れとして冷蔵庫の中にお茶が入っていた。事前にそれを確認していた私は、備え付けられていた紙コップにそれを注ぎ……。


『あ……!』


 中身をあおり、十数秒後……猛烈な苦しみと痛みに襲われた。そのまま私は楽屋の中をのたうちまわり、泡を吹き、ゆがむ景色を焦点の合わない目で見つめながら、散々苦しんで死んだ。

 使用された毒物が農薬で、お茶によって薄められていたことで私の死の苦しみは比較的長く続いた。……と思う。

 走馬灯が回っていたので、私自身の感覚で言えば結構な時間だったと思うが……まあ、これ以上はあえて言う必要なんてないだろう。


『マジかよ……。寿命前に死んだ人間が集められてるってことだったけど……まさか、湊さんが……殺されてたなんて……』


 私の生前の記憶は、そこで途切れている。そして意識がなくなった次の瞬間、私はリバーストーナメントとかいうふざけたものに参加させられていた。

 イメ、と名乗った男に色々と説明を受けて、私はなんとなく察した。


 私が散々感じていた、経験するものすべてが「どこかで体感したことがある」「思い出したような」感覚は、つまるところ前世の記憶というやつに違いない、と。


 イメは、私を既に七回も生まれ変わりを経験した極めて珍しい魂と評した。それだけの回数、人生を経験しているならば、やることなすことやったことがあるような気がするのも当然だろう。


 イメが言うには、魂は最高で九回の輪廻をするらしい。だが、そこまで繰り返し輪廻する例はそこまで多くないと言う。繰り返した魂は、いわゆる英雄や偉人として歴史に名を残しているようだが……私にとってはどうでもいいことだった。


 私の人生が、輪廻の中にあったからこそほとんど刺激のない単調なものだったのだと知った時、最初に抱いた感情は怒りだった。

 私はあくまで私だ。湊涼という名を得て、日本に生まれた私の人生は、私以外の誰のものでもないはずなのに。


 だと言うのに、私の人生は過去に私ではなかった六人の経験がほとんどを構築している。そんなこと、私には到底受け入れられるものではなかった。かといってトーナメントの棄権は許されなかった。これにより、私の怒りはさらに膨れ上がることになる。


『……賽の河原、トーキョーエリアか』


 けれど、賽の河原という空間が私にとって「未知の経験」だったことは紛れもない事実だ。そしてその空間にあって、好奇心が怒りを鎮めてくれたことも間違いない。


 私は、まずシステムの完全な把握を目指した。不本意ではあるが出場するならば、ベストを尽くさなければ私のプライドが許さなかったから。

 後にオーラロードと名付けられることになる自身の能力が、全然使いこなせなかった時はやり場のない怒りを抱いたものだが……思考加速と銃火器さえあればわりとなんとかなったので、あえて能力は封印してどこまで進めるのか、試してみるのもいいかもしれないと思った。


 けれど……性分故に、システムを知ろうとした私の行為は、結果的に逆効果だった。


『……? どういうことだ?』


 アイテムの購入カタログ。その中に、死因や死後のことについて知ることができる項目があることに気がついた時、私は迷わずそれを買った。

 相応のポイントを取られたが、他殺だった私は獲得ポイントにおいてかなり優遇されていたため、気にはならなかった。


『え、そんなシステムあったのか……って、言ってる場合じゃねーな。死因について、……って、つまりそれって』


 死因自体は、能力獲得の時にイメから聞いていた。中毒死だ。だから、生命力を操る能力を得たわけだ。

 しかし、どうしてそういう死がやってきたのかは聞いていなかった。だから……私は自分の好奇心を抑えることができなかった。


 私はどうして死んだのか? 殺されたのなら、誰に殺されたのか? どうして殺されなければならなかったのか?


 そんなことを考えながら、ある種の楽しみを抱いていた私の心は、そこで砕けた。

 メニュー画面に映し出されたもの……それは、楽屋の冷蔵庫にあのお茶が入ったペットボトルを入れる灯里の姿だったのだ。


『うわー! うわー! 最悪だ、最悪すぎる!!』


 彼女は、周囲を気にしながらペットボトルを冷蔵庫に入れると、楽屋から出ていった。その数分後に、私が楽屋へ入る。

 そして……私が死んだ数分後に、さも今やってきたかのように、荷物を持った灯里が楽屋に入ってきた。


 普通なら、友人が死んでいれば相応に取り乱すものだろう。しかし、彼女は違った。

 彼女は荷物をそっと置くと、私の脈を調べ、死んでいることを確認したうえでにやりと笑って――それから、貫録の演技で悲鳴を上げたのである。


 その後、私の葬儀で彼女はいかにも「大切な親友を何者かに殺された被害者の一人」を演じていた。私と共に演技に対する技術を磨いていた彼女だからこその、なんとも図太い演技と言えた。


 それを見てしまった私は、しばらく呆然とするしかなかった。信じられなかったのだ。あれほど信じ、友人として多くの時間を共にした彼女に殺されたなんて。

 そんな、そんなことは……とても信じる気になんてなれなかった!


 けれど現実はどこまでも非情で、どこまでも無情だった。


 灯里が私を殺した理由。それは、「嫉妬」だった。

 ありふれた感情。古来、人が人を殺すには十分すぎる理由とも言える。

 けれども、理性の上でそう思えたところで、感情の面でそれを受け入れることはできなかった。


 灯里より私のほうが仕事が多かった?

 灯里より私のほうがファンが多かった?

 灯里より私のほうが成績が良かった?


 そんなバカな。そんなの、そんなこと……っ。


 私はあなたを信じていたのに! 対等な存在だって、ずっと、ずっと思っていたのに!

 なのに……なのにあなたは、そんなことで私を殺したの!?


 信じない、私は、私はそんなこと……信じない、信じない、信じたく、ない……!


『うわわわっ、なんだ!? ノイズ……に、めちゃくちゃな揺れって……まるで嵐だ……! む、無理もねーか……』


 既に魂だけになった私だったけど、涙は出た。泣いて、泣いて、……初日の夜は、それだけで終わった。

 もう何もかも、どうでもいい気分だった。わけがわからなくて、頭がもやもやして、生まれて初めての感情と感覚が、私を支配していた。


 そんな私の前に、オーディンは現れた。


 彼は言った。「そんなシステムは、壊してしまえばいい」と。


 もっともだと思った。そもそも、魂を輪廻させている死の世界というものが、許してはならないものだと思った。そう思ってしまった。

 そしてそれからの私は……オーディンに言われるまま、賽の河原、そしてリバーストーナメントに関する知識と抜け穴の数々を身に着けていく。


 死神? イザナミ? そんなこと、どうでもよかったのだ。

 私はただ、とにかく何かをぶち壊して、めちゃめちゃにしたかった。その衝動だけが、この時の私のすべてだった。


『おわ……こ、今度は……あれ? 見覚えあるぞ、ここ。ひょっとして、最初のシティエリアじゃねーか……?』


 その全てをあのバカが終わらせた時、私は改めて考える余裕を持つことになった。


『待てぇい。そのバカって、もしかしなくても俺だよな?……あ、俺だ。湊さんとバトりはじめた……やっぱ最初のシティエリアか……』


 結局のところ、私も人のことは言えないのだ。


 私だって、まだ生きているつもりだったのだ。死んだことを、受け入れることなんてできていなかったのだ。

 だからこそ……私の手を取ってくれたその手は、とても暖かかった。


『…………』


 改めて考えた。死について、生きることについて、トーナメントのこと……。

 そうして出た答えは、……自分から輪廻の外に外れてしまおうというものだった。


『……あん?』


 転生だろうと生まれ変わりだろうと、輪廻の輪の中にある以上は、私のような存在が生まれてしまう。

 転生に関して言えば、本人が望んだことだからそこまででもないかもしれないが……それでも、退屈な灰色の人生を送る人間がある程度出てきてしまうだろうことは想像に難くなかった。


 そしてもし、私が次に生まれ変わったとしても……こんな性格の魂だ。きっと、来世でも同じようなことをするだろう。

 いや、既に今世で演技という救いの道を使ってしまったのだ。来世は、もっと退屈な人生になるかもしれない。


 そう思った時私は、ならばもう、この魂をこの世から抹消してしまえばいいのではないかという結論に達する。


『!? いやいや、なんでそーなる!? その理屈はぜってーおかしいぞ!? 湊さんらしくない! 全然理論的じゃない!』


 後は、さほど難しいことではなかった。


 オーディンには面従腹背を貫き、ワルキューレのことをほのめかしてやる気にさせた。時空の狭間について彼から聞いていたからこそ、浮かんだことではあったけど。

 それからは、タイミングが来るまでは友達ごっこをしていればよかった。これも、難しくはなかった。彼らに私を売り込むことは、私にしてみれば容易だった。


『売り込むって……あんなあ……』


 オーラロードという能力の解明は、僥倖だった。これがなかったら、もしかしたら計画は失敗していたかもしれない。

 もう会うことはないだろうけど、私に黒星をつけた彼は、きっと私並みに輪廻を繰り返した魂だったのかもね。


 そうして、今。極限の戦いを彼らに強いることで、私は疑われることなく空間の裂け目を広げて次元の狭間に落ちることができた。

 さすがに、フィクションに登場するあらゆる最強爆弾をかき集めただけのことはあった。それというのも、イザナミがあのバカかわいさにアイテム無料セールなんてことをしてくれたおかげだ。


『全部織り込み済みって、いや、もうなんつーか……って、あれ、地球はかいばくだんも混ざってたのかよ……』


 後は、機雷が襲ってくるに身を任せるだけだ。このまま、ゆっくり静かに……そう、眠るようにして魂が消えるのを待つだけだ……。


『……ってぇ、いやいや、だからなんでそーなるんだよっ!』


 ……また頭がざわざわする。機雷もなかなかにいやらしいことをしてくれる。

 それにこれは……どこかで見覚えのあるビルの屋上ね。これも走馬灯の一種かしらね……。


『湊さん! 聞こえてるなら返事してくれ! なあ湊さん!』


 ああ、うるさい声が聞こえる。なんで魂の最奥で、あの声を聞かないといけないの?

 もう、私は疲れたのよ。ただありていに言って、それだけのこと。

 私は……ただ自殺がしたかっただけなんだから。このまま飛び降りさせて――。


『させるか……よおぉォッ!』


 ――ほしかったのに。またあんたなの。


 どうして? どうしてあんたは、こんなところに来てまで私を止めるの?

 もういいって言ったじゃない。私はもう、この世のどこからも消えたいのよ。さあ、わかったらその手を離して。


『絶ッ対に離さねー! 死んでも離してやるもんか!』


 この……この分からず屋! こんにゃくだかマシュマロだかみたいなぐにゃぐにゃの頭してるくせに、こういう時はいつもそうやって!

 なんでそんなこと……! そんなことができるのよ!?


『うるっせー俺も知らねーよ!』


 知らないわけないでしょ!? 自分の考えてることの理由くらい、わかるでしょ!?


『わからねーっつってんだよ! 俺はな、お前みたいに頭なんてよくねーし、あれこれ考えるのだって苦手なんだ! でも、でもな! 理由なんざこの際どうだっていいんだよ! 俺がお前に死んでほしくないだけなんだからな!』


 な……。


『友達に裏切られて殺されたことには同情するよ! そりゃ、相当キツかっただろうよ! でもな、今お前は同じことをしようとしてんだからな!』


 ……同じ、こと……?


『そうだよ! 自殺って字はよ、自分を殺すって書くだろーが! お前は自分を殺すっていう裏切りを友達にしてるんだ! 俺たちにしてるんだ!』


 は……と、友達、って……何言って……。


『お前がどう思ってたかはわかんねーよ!……いや、ごっこ、なんて言ってたから、そんなつもりはなかったかもな! でもな、俺たちは……少なくとも俺は、お前のことを友達だってずっと信じてたんだからな!』


 い……いつ友達になったって言うのよ……。


『最初っからに決まってんだろ! 同じ場所で、同じことするために、顔合わせて殴り合った! そんだけすりゃ、もう十分だろうが!』


 な、何言って……ああもう、あんたって本当バカ!

 何その理屈、風が吹けば桶屋が儲かるなんてレベルじゃないわ! 屁理屈のほうがまだマシよ!


『屁理屈上等だっつーの! いいか、俺ぁぜってーお前を殺させねえ! 俺たちは友達なんだからな! いつでもどんなことでも頼れ! みんながいる! 空さんだって、織江ちゃんだって、真琴だって! 俺もいる! なんなら、俺が来世までついてってやろーか!?』


 ば……ッ。


『……俺が言いたいことはそんだけだ。んで、俺はぜってーお前を助けるからな。わかったら、諦めてさっさと上がってこい』


 ……どうなっても、知らないわよ……。


『構やしねーっての。友達なら当然だ』


 ……自分で言うのも、なんだけど……私、重いわよ?


『あ? 魂に重さもクソもねーだろ?』


 ……そこでそのセリフで即答する辺り、あんたってもう……はあー、あーあー。


 あー。これだからバカって嫌いなのよ。理屈で物事説明できないし、自分で勝手に言い出した理屈押し通すし。

 無理を通して道理を引っ込ませる相手にどう勝てっていうのよ……ったくもう。


 わかった、わかったから。いつまで見てるのよ。さっさと引き揚げなさいよ。


『うあ!? そ、そーくるかよ……ったく、しゃーなしだぞ』


 …………。


 ……まったく、この大バカ。


『ちょっ!? い、いきなり何すんだ。離れろよ』


 嫌。……っていうか、離れないほうがいいわ。

 だって、ここは私の深層心理の底よ? そんなところまで入り込んで来ておいて、私が一人先に浮上したら……あんた一生出てこれないわよ?


『う、そ、それは超勘弁だな……』


 わかったら、このままで……ううん、手が空いてるから、ほら。あんたも。


『ちょ……、……まあいっか。ん』


 …………。


 そういえば、演技以外で人に抱かれるのってどれだけぶりかな。物心ついたころから、あまり人と触れ合うってなかったかもなあ……。


『見た感じ、すげー冷めた子供だったもんなあ』


 それは言わないでよ。私は私なりに、反抗期があったんだから。

 単にそれが早くて、それで今も続いてるってだけ。


『ものはいいようだな……』


 ……ねえ、亮?


『んー?』


 さっきの。本当に? 私、信じるわよ?


『ったりめーだろ。なんなら、転生の条件にそう書くか? 二人分のこと一つに収めれば、優勝の四つに真琴入れても全員で回せるし』


 ……珍しく頭使ったわね。


 そう、ね……じゃあ、そうしてもらっていい?

 私と……亮が、同じところに生まれ変われるように。


『あくまで転生は嫌って?』


 ええ。こんなすさんだ魂のまま人生やりなおすのは嫌よ。どのみち、私はもう死んだんだし。

 湊涼の人生は、賽の河原まで。ここから先は、私じゃない誰かの人生よ。


『わぁったよ。んじゃ、俺も便乗させてもらいますよ』


 ……あんたは転生でいいんじゃないの?


『転生したら、バカのまま人生やりなおすことになんだろが? さすがに、この残念な頭はちょっとな……チェンジで』


 はは、そうね。バカは死ななきゃ治らないっていうものね。

 あんたの場合、死んでも治るかどうか微妙なところあるけど。


『そこまで言うか!?』


 あ、そろそろ意識の下から抜けるわ。

 覚醒したらすぐに機雷の駆除しないとまずいけど、私たぶん壊之天狼フェンリルの反動まだ残ってるから、任せたわよ。


『はっ!? おま、涼!? いくらなんでも丸投げって――』


 ――なんだかうまく丸め込まれたような気がするけど。


 ――でも、まあ。私は私なりに、こうなってほしかったのかもしれない。


 ――この感情の正体はなんとなくわかるけど、ただ、今世では無理なんでしょうね。


 ――まったくもう。……でも、だけど、助けてくれて。


 ――ありがとう。


当作品を読んでいただきありがとうございます。

感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!


今回は掲載開始からずっと書きたかったシーンだったので、思わず文章量が増えてしまいました。まさか1万3千も書くとは……。

ともあれようやく涼がデレました。次回で涼編を〆まして、物語の総括へ移りたいと思います。


あ、そうそう。遅ればせながら6000PVありがとうございます。

よろしければ、もうちょっとだけお付き合いください!


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【急募】能力とエリアのアイディア【来世に(ry】
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