第57話 決戦 3
(なんだ、何が起こった!? どうなってんだ!?)
突然動きを封じられて、俺は混乱していた。周りを見渡そうにも、顔どころか目も動かない。もちろん、声が出るはずもない。
しかしこの状況は俺だけではないようで、少なくとも視界の範囲内にあるものは、すべて動きが止まっていた。そう、目の前にいる湊さんも、だ。
彼方で激しい攻防の音が聞こえるが、あれはもしやイザナミ様とオーディンだろうか?
「みんな、安心して。これはぼくの能力だからー!」
なんとかこの状況を抜け出そうと思っていると、出し抜けに空さんの声が聞こえた。
空さんの能力、だって?
「今、グロウロードで時間を止めてる! 今までリンクリングを外して使ってたからわからなかっただろうけど、繋がってる今ならちゃんとみんなの意識は『時間が止まってる』ことを認識できてるはずだよ!」
動くことはもちろん返事もできないが、そうだったのかと思いながら、俺は心の中で叫ぶ。
時間を止めるだと!? そんなとんでもないことをやってたのか!?
「もうぼくはほとんど動けないから後はリョー君たちに託すけど、使い方だけは説明するからね! 悪いけど、しばらくそのままで動かないよーに!」
う、うん、よくわからんが、了解だ。
「技名は王権神授! 最大三十秒時間を止められる! もちろん途中で停止を解除することもできる!
注意点は四つ! まず一つ、一度解除すると停止した時間分停止できなくなること! 一秒停止で終われば一秒後に使えるけど、最大まで止めた場合は三十秒後にしか使えないからね!」
……時間が止まってるのに三十秒、ってのはなんか妙な感じがするな。
いや、そう言う風に表現するしかないんだろうなとは思うけどさ。
「もう一つは、時間停止中はトーナメントに関わるシステム……つまり、アイテムの出し入れやメッセージが使えなくなること!
アイテムを使いたい場合は、アイテムを取り出してから停止する! もちろんこの場合、そこで発生する隙に対しては特に気を付ける必要があるね!」
ふむふむ……。まあ時間が止まってるんだもんな。その辺が使えないのはしゃーなしだろう。
「そして三つ目! 時間停止中を動けるのは発動者のみということ!
特殊能力もアイテムもどれも使えるけど、効果が及ぶのは発動者に触れているものだけ! 遠距離攻撃は、発動者からある程度離れた段階で時間が止まって動かなくなる!
うまく使えば、ぼくがやったみたいに相手の目前に大量の攻撃を同時に出せるけど、慣れるまでは気を付けよう!」
むむ……つまり……よくわかんないな……。
「最後! 時間停止中動けるのは発動者だけだけど、発動者が触れているものはこの制御から外れる!
つまり、発動者に触れられている人もこの中を動ける! もちろん敵もだ! 攻撃するときは、絶対に近接武器は使っちゃいけないよ! 遠距離攻撃も、当ててしまったら一時的だけど動けてしまうから、特に注意して!
逆に言えば味方にこれを分けることはできるから、味方には触れても構わない!」
げ……っ、ってことはつまり、届くか届かないかわからん遠距離攻撃でしか攻撃できないってことか。
いやまあ、必ずしも攻撃しなくてもいいんだ。途中で解除もできるわけだから、遠慮なく死角に回り込めるだけでも十分か。
「なお、触れられなくても停止中に動くことはできる! 停止中に王権神授を発動させれば、その人も独立して動ける!
発動させず仲間に触ってもらって動くか、それとも発動させて停止中に連携を考えるか、どちらかを選べる! そこはリョー君たちの判断次第だよ!
説明以上、タイムアップ!」
空さんが言い終わってすぐに、世界が元通りになった。
音が溢れ、風が吹き、目に映るすべてが動いている……。
「……ってえ、うぉあっ!?」
なんて感傷に浸ってる暇なんてあるわけねーよな! すぐ目の前に、猛烈な手刀が迫る!
後ろに引いてそれをかろうじてのところで回避しながら、まとった炎を差し向けて湊さんを迎え撃つ。
しかし、手刀であっさりと炎が切り裂かれた。
「なんつー威力だよ!?」
「そういうパッシブも取ってるわ」
切り裂かれて飛び散り、消えていく炎は花火の余韻のようにも見えた。そんな光景を下にして、俺はギリギリのところで湊さんからの直撃をかわし続ける。
はっきり言って、防戦一方だ。反撃する隙がまったくない。基礎ステータスに関するパッシブのレベルはこっちが上だとは思うが、如何せん壊之天狼の底上げが意味不明なレベル。
真琴も光で包んだ聖剣で攻撃を加えるし、俺だってなんとか攻撃を加えるべく立ち回るが、まず攻撃が当たらないんだからどうしようもない。
やはり、これだけじゃどうにもならなさそうだ。となると、早速試してみますか……。
できるだけ湊さんが攻撃をかわしづらくするために、俺は彼女にあえて迫る。俺自身がフレアロード全開にして高温の炎をまとっているので、それだけでも結構嫌がらせになるのだ。
そして、その瞬間だ。世界が凍りついた。
俺ももちろん動けなくなるが、空さんの説明通り意識までは止まっていない。そして視界の端では、真琴が湊さんに向けてレーザーを発射している。
今までは連射精度を取って威力より数だったが、今回のものはどれも極太で、威力重視だということがよくわかる。それらがあらゆる方向から湊さんを狙っていて、また直撃寸前の箇所でピタリと止まっている。
このまま王権神授を解けば、それらは一斉に湊さんに襲い掛かると、そういう寸法だな。
そして時は動き出す。
「な――っ!?」
四方八方から同時にレーザーが襲い掛かり、湊さんは驚愕の顔でこれに応じた。
彼女にしてみれば、何もないところから突然攻撃が出現したのだから、無理もないだろう。そして超至近距離からのそれは、さすがの彼女も数発を食らって相応のダメージを受けることになった。
警戒したのか、湊さんは俺たちからやや距離を取る。
よし……今だ、王権神授!
俺が心の中で念じると、またしても世界が一斉に止まった。
うっし……真琴はライトロードで攻めたし、俺は自分のフレアロードで行こう。
保持してる炎を拡張して、それで湊さんを覆う。ぎりぎりのところまで狭めて、一旦手を離せば……おお、火の時間が止まって動かなくなった。
これで後は、時間を動かすと同時に一気に縮小させて押しつぶすアンド焼き尽くすって寸法だ。うん、我ながら即興にしてはなかなかじゃね?
しっかし……改めて自分でやってみると半端ねぇ技だな、これ……。本当にやりたい放題じゃねーか。こんなの、バトルの最中に気づけるやつっているのか? 俺には絶対無理だぞ。
ともあれ解除、っと。
「……ッ!?」
その瞬間、俺が用意しておいた炎が一気に湊さんを襲う。逃げ場は一切なく、それは容赦なく彼女の身体を焼き尽くした。ライフゲージの減りもなかなかだ。
「お兄さん……結構えげつないね……」
「他に思いつかなかったんだよ」
他意はない、マジで。大体、手加減してる余裕なんてないんだからよ。
今こうやって真琴と会話ができるのも、別に俺たちの力ってわけでもないしなあ。
「……っしゃあ、逃げるぞっ!」
こうやって超速のエネルギー弾が襲ってくるしな。
さらに、爆炎の端から湊さんが躍り出る。そのまま、思考加速していても完全には追えないほどの速度で俺たちの背後に回り込む。
もちろんそれに対して反応はするわけだが、同時に彼女から紫色のオーラが出ていることに気が付いて、防御ではなく回避へと意識をシフトする。
地面を溶かすアレに触れようもんなら、絶対それだけでダメージを受けることは間違いないだろうからな。
「逃がさないわよ」
しかし回り込まれてしまった。やれやれだよ、まったく!
まったく遠慮のない正拳突きが俺の顔面に迫る。身体をねじりながらそれをかわしつつ、湊さんの横をすり抜ける。
もちろん、すれ違う瞬間にフレアロード、ライトロード、エアーロードの複合連続攻撃を放つことを忘れない。案の定、湊さんもすれ違いざまに銀と紫と青が混ざり合った攻撃をぶちかわしてきた。
二つの攻撃はぶつかり合って相殺されてしまったが、ノーダメージで彼女をやりすごせたことは大きい。俺が彼女の対応をしている間に、真琴も相応の距離を取ることに成功している。
再び、湊さんを挟み込む形に持ってくることができた。よし、今がチャンスだろう。もう一発かましてやるぜ!
「王権神授!」
時間が止まる!
……とはいえ、いくら時間が止まっていてもさっきと同じ攻撃をするのはやめたほうがいいだろう。今度は……そうだな、死角に回り込んでパンチのラッシュをお見舞いしてみるか。
三十秒を無駄にしないために、俺はすぐに行動を開始する。さっきまでとは逆に、湊さんに向かって接近する。時間が止まっているので、気分は楽なもんだ。
位置取りは……せっかく空中なんだし、真後ろの、それも少し上からで行くか。ここからなら、対応もしづらいだろう。
……よし、準備万端だ。技を解除だ……。
「お兄さんッ危ない!!」
「な……ッに、うおおあああっ!?」
解除しようとした瞬間、真琴の声が響き渡った。そしてそれを引き裂くようにして、湊さんがくるりと反転して、俺に向かって巨大な白銀のオーラをたたえた拳を突き出してきた!
思わず悲鳴が俺の口をついて出た。それと同時に、勢いのまま王権神授を解除する。
動き出した世界の中で疑問が脳内を駆け巡り、それからそんなことより迫りくるストレートパンチをどうにかしてよけないと、とめまぐるしく考える。
右に動く? 左に動く? それとも上? あるいは下?
……ダメだ、どこにどう動いてもかわしきれねえ! ならせめて防御して、ダメージを最低限に……ッ!
「……!?」
回避を諦め、全精力を防御につぎ込もうと加速した思考の中で俺が動こうとしているさなか。
ものすごいスピードで、俺と湊さんの間に真琴が滑り込んできた。
そして……。
「うあぅっ!!」
「真琴ッ!!」
パンチの直撃を食らった真琴は、今まで見たこともない軌道と動きで派手に吹き飛ばされていく。
思わず、彼が飛んで行ったほうへ身体を向ける。だが、もちろんそんなことをしている場合ではない。
「自分の心配をしたほうがいいんじゃない?」
湊さんの追撃だ。それも、俺がやろうとしていたパンチのラッシュだ。
一発一発は、さっき真琴を吹き飛ばしたパンチに比べればなんということはない。ただ、その速すぎるスピードに防御が追いつかない。炎でオーラを少し軽減できているとはいえ、ダメージは確実に俺に蓄積されていく。
「んなろ……っ!」
なんとか事態を打開するために、王権神授を発動させる。せめて距離を取って、それからできれば真琴のところへ……。
「させないわ」
「なにィィ!?」
ほっとしかけた俺の、気の緩みを許さないと言わんばかりに湊さんがさらに攻撃を続けてくる。
慌てて意識を戻したが、最初の一発を腹に食らってしまった。
声にならない声が喉をつき、それが言いたかった言葉を飲み込む。そのセリフは、言う代わりに頭の中で叫ぶことにした。
なんでだ!? なんで動けるんだよ!?
無意味な時間停止が、静かに終わっていく……。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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逆転……と見せかけて、真琴が戦線離脱。遂に亮一人になりました。
空が必死に開発した時間停止能力ですが、おおむね予想はついたかと。
時間停止に対抗するにはやはり同じく時間停止をするしかないのかなあという考えの元、ここまで来ましたが……ちょっと涼がチートくさくなってきましたね。
まあ事実上のラスボスなので、これくらいでいいかな……って……。




