第54話 ワルプルギスの夜
準備を整えた俺たちを、イザナミ様たち三人の死神様が出迎えた。
「あ、整った?」
「遅いわあ、早く殺しに行くわよ」
「……いい?」
口々にそう言う彼女たちなわけだが……ヘル様、あんたホントぶれねえな……。
まあ思ってもさすがに口には出さないが。頷くにとどめる。
「……ヘル、い、行こう」
「オッケー。それじゃみんな、こっちに来てちょうだい」
ということで、ヘル様に連れられて部屋を出……ってオォィ!
あんたその服の背中どうなってんだよ! ほとんど尻見えてっぞ! もうちょっと神様らしいかっこしてくれよ、マジで!
……いや、それを言うとこの場にいる神様は全員神様らしくねえか。
いやでも、でもだ、ヘル様、あんたマジでこの中で全然神様っぽくねえからな……!
「……あれ? マティアス様は残られるのですか?」
うっかり心の中の獣との戦いに全神経が注がれてしまった俺だったが、織江ちゃんの声で我に返る。
振り返ってみれば、確かにマーシュが動く気配がない。彼はソファに腰かけたままだ。
「うん、ボクは待機組。入り江に置いてきた船の守りも必要だし、万が一の時でもすぐに動かせる状態にしておきたいんだ。
それに……そもそもボクは地球世界の神じゃないからね。これ以上首を突っ込むのはちょっと厳しいんだ」
「神様にもいろいろあるんですね」
「突っ込みたいのが本音ではあるんだけどね。ま、でも。帰りは行きと一緒でボクが案内するからさ。がんばってきてよ」
船旅(?)で何度も見た、髪の毛を指でくるくるするのをまたやる仕草を見せながらマーシュは笑った。
「……しゃーなしだな」
「だねえ。実際そうなんだろーし……ぼくらはぼくらのやれることをやろうじぇい」
俺たちは、空さんに頷く。それから改めて、ヘル様たちへと向き直った。
今度は、何も言わないヘル様だ。静かに俺たちを招きよせ、そのまま先頭に立って歩き始める。
館の中は……なんていうか、お化け屋敷とか悪魔城とか、そういう体裁にかなり近い。近いが……普通に人が住んでいてもおかしくないレベルに管理や手入れが行き届いているので、別に恐ろしげな雰囲気はない。真琴も安心な設計だ。
そんな中を歩くことしばし、俺たちはどこかで見覚えのあるでかい装置が置かれた部屋へと案内される。
「これって……」
「ポータルではござらぬか。こちらにも、これが?」
「違う……。ポータル、は……元々オシリスおじ様、が……造られたもの……」
「オシリスって……エジプトの死神じゃないです?」
空さんの問いに、こくりと頷くイザナミ様。
……神様の世界って、結構いろいろ交流あるんだな。こういうの見てると、一神教って実はペテンなんじゃね? って思っちゃうな……いや、あっちはあっちで何かあるとは思うけど。
ってか、オシリスってイザナミ様より年上なのか。日本最古の神様より古いってわけだから……え? マジで何歳?
「このポータルはオリジナルの一つでね。あなたたちがトーナメント会場で使ってたやつより、段違いの性能なのよ」
ポータルの端のほうにポンと手を置いて、ヘル様が微笑む。
「あのポータル、トーナメント用の機能が盛り込まれてるからその点で言うと特別製ではあるんだけど……転送機能で見ればやっぱりオリジナルよりは劣るのよね。特定のところしか行き来できなくって」
「ってことは……これはそうじゃないところにも行けるっつーことすか?」
「その通りよ、坊や。しかも今回の目的地は、オーディンなんていう目立つ相手のところだからね。地点の特定も一瞬よ」
……ぱねえ。
「はい、それじゃ乗った乗った。そろそろ時間も本当に押してるわ」
口々に返事をして、俺たちはポータルに乗る。これ自体は慣れたもんだ。
最後に、イザナミ様もポータルに乗って準備万端だ。
「位置特定……完了。それじゃ、行くわよ?」
本当に特定クッソ早ぇよ!?
「行ってらっしゃい……健闘を祈るわ」
そのセリフと共に、ヘル様がポータルを操作した。
そしてその瞬間、俺たちは真っ白な光で視界を遮られ……これまた慣れた感覚と共に、身体がどこかへ飛んでいくのを感じていた。
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そして俺たちが出現したのは、巨大な魔法陣のど真ん中だった。
周囲には、八本も足のあるクッソでかい馬に乗った大男(直感した、こいつがオーディンだ)のほか、湊さんと、それから武装した女性(たぶんこの人たちはワルキューレかな?)が大勢いる。
「……はあ!?」
「あ、う。ワルプルギスの夜、の、ど真ん中に来た、っぽい……!」
「マジかよ!?」
いきなり敵陣のど真ん中に飛んだってことじゃねーか!
ヘル様よお、いくらなんでも範囲絞りすぎだぜ!? その服もそうだけど、もしかしてあんたおおざっぱな性格か!?
が、一方混乱していたのは俺たちだけではないようで……。
「何事だ!?」
「き、貴様ら一体どこから!?」
周りのワルキューレたちが、色めき立っている。オーディンも、どうやら相当驚いてるっぽいぞ。
たった一人だけ、冷静なのはオーディンの隣に立っていた湊さんだ。彼女だけがただ一人、薄い笑みを浮かべて腕を組んでいたのだ。
……もしかして、俺たちの出現も完全に予測済みか? だとしたらやばい、やばいが……。
「こうなったらしゃーなしだ! 作戦決行!」
「まーじーで!?……マジだろうね! っていうかそれしかないだろうし!」
「ええい、かくなるうえは暴れるのみでござる!」
「ボクもそうするよ! マスラ、おいで!」
考えるだけ無駄だ!
俺の声を受けて、なんとか立ち直った三人を引き連れて、俺たちはいっせいに行動を開始した。四人全員で、一斉に四方に向けて光線を乱射したのである。
これはもちろん真琴のライトロードで、彼がクライムバスターと呼んでいたものだ。
光線は光線だが、これはまさに文字通りの光線。つまり、その速度は光速である。しかも、俺は使ってみるまでわからなかったが、この技、発射に際してエアーロードで進行方向の空気を削っている。
光線は、ほぼ真空状態のところを飛んでいくのだ。これにより、その速さはほぼベストタイム……つまり秒速三十万キロメートルを叩きだす。
そんなものを乱射されて、回避しきれるものなんてそうそういないだろう……ということで、ワルプルギスの夜に乱入するならこれと決めていたわけだ。
そしてその予想は大当たり、ワルキューレたちの多くは突然の襲撃、そして光の攻撃をかわしきれず直撃を食らっている。
さすがにオーディンはかわしているが、……いや違ぇな、あれは攻撃をずらしてるんだな。光線が途中でぐにゃりと曲がってる。さすがに主神ってだけはあるか。
だが、そのオーディンが俺たちに向かってくることはない。なぜなら、俺たちが一斉に動いたと同時に、イザナミ様もまた動いていたからだ。
彼女は、光よりも早く(いや、マジで)オーディンに向かって肉薄していたのである。そして同時に、強化しまくったはずの俺の目でかろうじてとらえられるかどうか、というほどもすさまじいスピードで無数の光の矢をぶっ放した。
が、敵もさるもので、オーディンは巧みに馬を操ってそれを化け物じみたスピードでかわす。それをしながらも、俺たちからの光線乱射をいなしてるんだからありゃあガチに化け物だろ。
まあしかしそういうわけで、オーディンは完全にイザナミ様に引きつけられ、儀式会場と思われるこの魔法陣の場所から離れざるを得なくなった。
主のいなくなった会場では、イザナミ様の力だろう。そこにいる全員の頭上にライフゲージが表示され、完全にリバーストーナメントのバトルと同じ状況になった。ただし、乱戦なのが普段との違いか。
とはいえ、俺たちは円陣を組んで暴れているので、あまり普段との違いは感じない。基本、光線を乱射しまくってそもそも接近させないわけだが、少しでも近づいたら、その瞬間にマスラさんによる猛烈な真空波と衝撃波が待っている。竜巻のおまけつきでな。
それすらも潜り抜けてくる猛者も数人いたが……絶対王権の前では無力だった。動きが止まった後は、全力でブッ飛ばしてやればいい。
正直、思ったよりも取り巻きが強くないんだけど……これは俺たちが強いのか彼女たちが弱いのか?
確かにライフの減りはあまり早くないから、設定上彼女たちのライフは相当高いんだろうけど……そもそもこっちに攻めきれてない段階でなあ。ぶっちゃけ、どっちが正しいのかよくわからん。
しかし、気になることもある。そう、湊さんだ。彼女は、ただ黙ってこの様子を眺めているだけなのである。
彼女の頭上にもしっかりゲージが表示されており、聡明な彼女なら今どういうことが起きているのかはわかっているはずだ。だが、それでも彼女が動く気配はまるでない。
ただ、じっくりと俺たちの様子を眺めているような……、って、そうか!
彼女は、マジで俺たちを観察してるんだろう。ここに来るまでの道中で、俺たちがどれだけのステータスを得たのか、とか。そういうことを見ているんだと思う。
言い方はあんまよくねーが……ぶっちゃけ、彼女にとって周りのワルキューレなんて、エサでしかないんだろう。彼女ならあり得る話だ。
しかしそうは言っても、俺たちもここでやられるわけにはいかない。リバーストーナメントをぶっ壊されちまったら、俺はともかく俺以外の三人は確実に怒りまくるに違いない。そしてそれは、他の参加者にも言えるはずだ。
そしてどうやら、神様たちにも神様たちなりの事情もありそうで……ともかく、彼女の目的は阻止しないといけないのだ。
いくつかのワルキューレのライフがゼロになり、倒れていく。倒れた瞬間、どこからともなくイメちゃんとマボロシ君が現れてそれをどこへともなく持って行く。なるほど、回収ってこういうことな。
どこに連れて行ってるのかはわかんねーが、少なくともこの戦線から離脱させてるのは間違いない。素直に感謝しておこう。
そうしてどれだけの時間戦ったか……。彼方のほうで、馬に乗ったまま空中で槍を振り回すオーディンと、それに真っ向から立ち向かう少女……もといイザナミ様が時折見えたが、それについては信じるしかない。
ともあれ、それなりの時間をかけて、俺たちは無事にワルキューレたちを一掃することに成功する。
「……ふぃ。ちょいと手間取ったが……これであとはあんただけだぜ、湊さん!」
最後のワルキューレが、イメちゃんたちに連れて行かれるのを尻目に俺は言う。
その拳に炎をたぎらせながら、湊さんに突き付けながら。
「……ふふ、そうみたいね」
だが、湊さんは余裕な態度を崩さない。
「来ると思ってたわ。私を捕まえにきたんでしょ?」
「わかってるなら話が早いでござる!」
「お姉さん、お姉さんには悪いけど、トーナメントのことは諦めてほしいな……」
「そーゆーコト! 君にも主張する権利はあるけど、ぼくらにだってあるんだからねー!」
「わかってるわ。そしてこうなった以上、その主張を決するのは……」
そう言いながら、湊さんの身体が金色のオーラに包まれた。
いきなり勇之闘気で来るか!?
「こうするしかないわよね」
……にやり、と笑う湊さんの髪と目はひとまず今まで通り変わらなかった。俺がやらかした、スー○ーサイ○人化に至るレベルまでの使い方はしていないようだ。
それでも、勇之闘気は使うだけでめっちゃステータス上がるからな……相手にするにはきっついぞ。俺以外の面々も、表情をこわばらせているのがわかる。それだけ、あの技は自己強化に特化した技なのだ。
だが、さっきも言ったが俺たちもやられるわけにはいかないのだ。俺を含め全員が身構えながら、湊さんを包囲する。
いまだに余裕を崩さない湊さんだが……それでも彼女だって人間だ、できないことのほうが多いはず!
そして、俺たちは一斉に光線を放つ。それが、決戦の火ぶたを切って落とした。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
ワルプルギスの夜という命名は、ワルキューレ誕生の儀式として考えて借用したのですが、もっと早い段階からいろいろ仕込んでおけばよかったと後悔中。
うーん、やっぱりプロットは必要ですね。
そして……次回から涼との決戦です。




