第52話 死神たちの会合
「あらあー、久しぶりじゃないイザー!」
「うん、久しぶり……ヘル」
マーシュたちの案内で連れてこられたでかい館で、俺たちは二人の神様の熱い抱擁シーンを見せつけられていた。
片方は、我らがイザナミ様。もう片方は、目が覚めるような青い長髪がとてもきれいな、俺よりもでかいグラマラスな美人だ。胸はわしづかみできそうなレベルの逸材だが、かなり布面積が低い服装なのではっきり言って目に悪い。
その手の商売の人にも見えるが、この人がヘルという死神様なのは、間違いないだろう。
そのヘル様は、これでもかとばかりイザナミ様にキスの嵐をお見舞いしている。見ているこっちが少し引くレベルだが、聞いた話じゃこの区域は主にヨーロッパの北のほうを担当しているらしいので、神様も欧米スタイルなんだろう。
一方のイザナミ様は、嫌そうな顔一つせずにキスを受け入れている。たぶん慣れだと思うが、俺なら同性からのキスはなんとしてでも遠慮願いたいので、彼女の精神は案外鋼でできているのかもしれない。か、もしくはそっちの気の人か……。
「マーシュも久しぶりね。最近地球時空に来ないから、ちょっと心配してたのよ?」
「あはは、ご心配痛み入ります。いやあ、うちの世界ホントよく文明が滅ぶからなかなか手が空かなくて」
「あー、そういえばうちより滅ぶ率高かったものね。今度お見舞いに行こうかしら」
「台風みたいなノリで文明滅んでんの!?」
神様同士の、あまりにもスケールのでかすぎるトークに、俺は思わずツッコまずにはいられなかった。
それを受けて、今までこちらを気にするそぶりも見せなかったヘル様が、今気づいたと言わんばかりに目を向けてくる。
「私たちは複数の同じ世界を同時に管理してるのよ、坊や。簡単に言えば、一つの施設内のパソコンを一人が同時にすべて管理しているのと同じこと」
「そりゃあ、ミスも出る……故障の確率も、上がる……」
「神様ぱねえ!」
どんなマルチタスクだよ! そりゃ神様って名乗れるわな!
「そのたとえにならうと、ボクの世界は欠陥品のコンピュータばかりの寄せ集めだね」
「ど、どちらかって言うと、中古……」
「そうねえ、アストーンの管理機構は日本がモデルだものね。システムもかなり融通したのよね、確か?」
「うん、そう……妾、その頃本気で社の外に出なかったけど……」
「あはは、うん、その節はアマテラス様やツクヨミ様にはとてもお世話になりました」
そうして神様三人衆は、どこに笑うポイントがあったのか、揃ってあははと笑った。
わかんねえ、わかんねえよ……。俺も含め、人間四人は置いてけぼりでポカン顔だ。
それから死神様たちがひとしきり世間話を終わらせるまで、俺たちはひたすらその場で待機を強いられるのだった。ソファの座り心地は抜群だったがよ……。
そんなやり取りを終わらせてくれたのは、どこから現れたのかイメちゃんとマボロシ君だった。
瞬間移動か何かでいきなり現れたものだからかなりびびったが、相変わらず死神様たちは動じない。
「イザナミ様、ただ今戻りました」
「手筈通り、フギンとムニンを捕らえましてございます」
そう言って畏まる二人は、手に鳥かごを持っていた。中には、真っ黒なカラスが一羽ずつ。
「お、お疲れ、様」
「思ったより早かったね。さすがはイザナミ様の両腕だ」
「主命でございますので」
「当然でございます」
そんなやり取りを交わしつつ、イザナミ様は二人から鳥かごを受け取る。小さな彼女にとって、鳥かご二つというのはかなり大荷物に見えるな。
すると横から、ヘル様がその鳥かごを二つとも取った。そして、中のカラスをまじまじと見つめる。
「あら、本当にフギンとムニンじゃない」
「マーシュが、捕まえておいたほうがいい、って……」
「オーディンの連絡役だからね」
「ああ、確かにそうね。ふぅん……なるほどねえ。ってことは、遂に本気になってくれたのね。いいわ、だったら私も協力する」
おおう!?
「オーディンのやつには追放された個神的な恨みがあるからね……」
そう言ってにやりと笑うヘル様の目には、らんらんと輝く妖しい光が宿っていた。
やべえ、なんだあれ。めっちゃ怖い。今まで格好はともかくわりと普通のお姉さんって感じだったのに。軽くホラーなんですけど。
なんて思ってると、隣から腕をつかまれた。真琴だ。俺の身体を盾にするようにして、顔を伏せている。本当にホラーだめなのな……。
「イザ、やるからには徹底的によ。ノーと言ったうえで抵抗できなくなるくらい痛めつけてやらなきゃだめよ」
「殺す気か!?」
「私に殺せたらとっくに殺してるんだけど……」
「殺す気だ!?」
「ヘル、わかる、とても……」
「イザナミ様もわかっちゃうのかよ!?」
「大丈夫、しくじらない……妾、もう、目、覚めた……」
「殺意の波動に目覚めてる!?」
「その意気よ、イザ!」
「心の、友よ……!」
そして、二人はまたしても熱い抱擁を交わす。
えーと……え? なにこれ。
湊さんじゃなくてもわかるぞ。こういうの、茶番って言うんだ。確か。
「ヘル様はさ……」
呆然とするしかない俺たちに、マーシュがこそっとささやいてきた。
「父親があのロキ様な上に、母親はアース神族の天敵、巨人だからね。オーディンに追放されてるんだ。だから、元々とっても仲が悪いんだよ。ラグナロクでも、彼女はオーディンと敵対する側だし」
「…………」
「イザナミ様も境遇は似てて、最愛の夫に冥府に置き去りにされてるからね。共感するところはあるんだと思うよ」
何も言えねえ、何も言えねえよ……。
人間って、全員この人たちの子孫なんじゃね? どう考えても二人のエピソードは、ただの人間だろ……それも完全に痴情のもつれってやつじゃん……。
今、俺たちの目の前でしきりに計画を話し合っている二人は、どこからどう見ても殺人の計画を練っているようにしか見えない。
二人とも死神だから余計だ。テンションに比例しているのか神々しいオーラがだだ漏れだが、いくらなんでも無駄遣いにもほどがあるだろう。もっと使うべき場面は他にあんだろうに……。
「ああー、きれいな神威だなあ。ボクもいつかあの高みにたどりつけるだろうか……」
「マーシュ……頼むからお前だけはまっとうに人間の心を持ち続けてくれ……」
唯一の良心が、川の向こうに行ってしまいそうなのを必死にとどめる俺である。
それから、いい加減川の向うに永住してる(現実でもしてるけど)神様二人を引き戻すべく声をかける。
「あの、二人とも? 怖いんでそろそろ鎮まってくんないすかね……」
「あらいけない、私としたことが」
俺に言われると同時に、ヘル様から漂っていたヤバいオーラが消え失せた。そしてオホホと笑うヘル様だが……その仕草は、余計に怖さを煽ってるようにしか見えない。ホラーとはまた違う方向の怖さな。
「それじゃ、本題に入りましょうか。って言っても、そう長い話でもないんだけど」
じゃあさっきの話し合いはなんだったんだ……。
「私の神通力でオーディンのところにあなたたちを転送するから、徹底的に半殺しにしてちょうだいな」
「いやいや!?」
この人はいちいち物騒だなあ……どんだけ恨みためてるんだよ。しかも本当に長くなかった。
「お、オーディンは妾が相手する、から……亮たちは、涼を止めてほしい……」
……この人が、つい最近までひきこもりだったとは思えないな。見てくれ、このやる気に満ち溢れた真面目な態度……!
「ワルキューレの儀式、は、中断させられれば、失敗するから……あとは、彼女を抑えてほしい……拘束は、伏兵にして、イメとマボロシにさせるから……」
「逮捕ってか。まあ、さすがに四人がかりなら、あの湊さんが相手でもいけるか……」
「拘束、しやすいように……トーナメントのライフ制をエミュレートするから……遠慮なく、やっちゃって、いい、よ。
ライフがゼロになっても、十秒後に動けるようになるトレーニング、の、システム加えてる、から……亮たちも、作戦は、『ガンガンいこうぜ』……」
「うぃっす、合点」
最後にゲーマーの素顔がちらついたが、とはいえ現場復帰して最初の仕事を考えると、イザナミ様はもともとは相当優秀な人なんだろう。
そんな彼女がなんで引きこもったのかは……たぶんマーシュが言っていた、最愛の夫に……のエピソードが関係してるんじゃねーかな。ただの想像だけど。
「あ、あと。い、行く前に……ポイント使ったほうが、いい、と思う……スキル……上げよ?」
「あ。ああ、そういえば、真琴とのバトルでもらったポイント、まだ使ってなかったっけ」
「妾の特権、で……アイテムの購入だけは無料にしておいた、から、……買いだめ、していいから……」
「マジで!? そりゃありがてえ!」
「えへへ」
俺の言葉に、なぜか照れるイザナミ様だった。
ともあれ俺たちは、ヘル様の館で短時間ながら作戦会議を行うことにする。
ヘル様が、ずーっと「殺しに行こう、さあ行こう、すぐ行こう、今行こう」とやたら言ってくるのが鬱陶しかったけどな……。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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さらに出てくる新キャラ。いやホントどうにかできるのかなこれ。
まあフギンとムニンをあっさり終わらせちゃったし、彼女の出番も今後はたしてどれだけあるかって感じかな!?(白目
そしてそろそろお察しかと思いますが、次の次からバトルです。




